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第十八章

158,リュウキ、意を決する

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「まさか」

 ヤエの話に、リュウキの胸がどくんと唸る。

 悲鳴を聞き分けてみると──たしかにあった。聞こえてしまった。
 彼女の言う通り、ヤオ村の人たちの叫び声が紛れている。

 あの日から今までずっと、精神が壊れる寸前であっても、リュウキはヤオ村を囲む炎を燃やし続けていた。
 人であった彼らを殺したくなかった。村人たちが外に出て人間を襲わないようにしたかった。
 その想いがあった為に、彼らを守ろうと村を封鎖したというのに。

『苦しい 苦しい』
『これ以上、生かされたくない』
『辛い 辛い』
『自分が何者なのか分からない』
『怖い 怖い』
『心が闇に支配されている』
『消えたい 逃げたい 楽になりたい!』

 そんな彼らの声が、絶え間なく伝わってくる。
 独り善がりだった。余計なことをして、苦しめてしまった。
 
(僕はなんて愚かな真似を……)

 リュウキはたまらず歯を食いしばる。
 空から照らされる満月の光が、震える影を形作った。不気味なほどに映えている。

 ふとシュウの方を見ると、彼は何とも言えない表情でこちらに目を向けていた。深くため息を吐き、小さく口を開くのだ。

「あの村の人たちの叫び声が、わたしにも聞こえました」

 淡々とした口調ではあるが、シュウの声色は憂いあるもの。

「あの日、わたしは村人たちを殺した方がよいと申しました。一度化け物になると二度と戻らないからです。しかし、リュウキ様は必ず解決方法を見つけると仰り、ヤオ村を封鎖しようと巨大な炎で周辺を囲いましたね」
「ああ、そうだよ……」
「北の皇子として、人々を守りたい思いがあっての行動だったと理解しています。記憶が失っていても、根本的な人となりは変わらない。たとえ西国の民だったとしても、見捨てられなかったのでしょう」
「今思えばそうだったのかもしれないね……。だけど、ヤオ村の人たちは生かされていることによって辛い想いをしている。僕の行動は浅はかだったよ……」

 以前までのリュウキならば、この状況を否定していたかもしれない。「必ず解決策が見つかるだろう」と、この期に及んでそう発言したかもしれない。
 だが、短期間だけでも旅をして分かってしまった。現実はそう甘くはないのだと。

 幻草は百年以上も前から存在し、その間に化け物はどんどん増殖されていった。
 各地で混乱が起こり、国と国が争い、世界は荒れてしまった。北国の皇帝リュウト──リュウキの双子の兄の野望により、更なる乱世へと導かれた。
 解決策があるのならば、少しでも何かの手掛かりがあるはずだ。しかし、容易に平和は手に入るものでもない。個人の願望や希望だけではこの世を救うことなどできない。

 リュウキは叫びたい気持ちを必死に抑え込み、朱鷺の少女とハクの顔を見ながらゆっくりと頷いた。

「分かったよ……。僕の力で、終わらせよう」

 それは、この世を少しでも和平に導こうとする決意の言葉であった。

「ありがとう、リュウキ」

 穏やかな顔で微笑むと、朱鷺の少女はそっとリュウキたちから翼を放した。たちまち化け物たちの悲鳴が耳に届かなくなるが、その残響は心に居座り続けている。

「リュウキなら成し遂げられるって信じてるよ」

 彼女はこれ以上ない美しい声でそんなことを口にする。綺麗な瞳が、満月の光に反射していた。
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