上 下
150 / 165
第十七章

150,リュウキの願い

しおりを挟む
 それを聞いて、リュウキは安堵した。と同時に、どうしようもない虚しさを感じてしまう。
 彼女が遠い存在になったような気がしてならない。

「きっかけは、きっと身近なところにあります。リュウキ様も大丈夫です」

 ヤエにそう言われるが、リュウキは頷くことも出来なかった。彼女から目を逸らし、小さく息を吐く。

「僕に出来ることは、もう何もない」
「……え?」
「僕の望みは君の記憶を取り戻し、幸せになってもらうことだ。だけどもう、大切な人が誰なのかも思い出せたんだろう……?」

 束の間、ヤエは口を閉ざす。じっとリュウキの瞳を見つめ、ゆっくりと頷くのだ。
 リュウキはたちまち目尻が熱くなった。やがてぬるい涙が一粒流れ落ちる。

「リュウキ様、どうなさいましたか……?」
「いや、ちょっと。──嬉しくてね」

 リュウキは拳を強く握った。身体が勝手に震えてしまう。

「ヤエ、どうか幸せでいて。大切な人のそばで、ずっと……」

 笑顔を作ろうとした。しかし、どうしても顔が引きつってしまう。全身が熱を帯びている。今までのどんな炎よりも熱く燃え上がり、どうしたって止まらない。

「何を仰っているのです?」

 ヤエは困ったように眉を八の字にする。
 闇に包まれた意識の中が、真っ赤に燃えていった。リュウキの炎の力が、暴れ回る。

「お願いだ、ヤエ。僕の力がどんどん肥大化してしまう。まだまだ止まらない。世界を焼き尽くすまで暴走するだろう。だから、君の氷で僕を殺してくれないか……?」

 リュウキがそう言い放ったときだ。目の前の景色がパッと変わった。

 闇の意識から抜け出し、現実世界へと戻されたようだ。
 耳の鼓膜が破れそうになるほどの爆撃音。辺り一面炎の地獄化とし、城壁や木々、城が燃え崩れている。
 こんな状況で、無数の動物たちが──いや、化け物たちが人間の遺体を貪る姿まであった。
 生臭い血の匂いが鼻の奥を刺激する。

 熱い、息が苦しい……。

 リュウキは、自ら形成してしまった炎の龍に閉じ籠ったまま項垂れた。

「リュウキ様!」

 絶えず鳴り続ける爆撃の空間から、焦りを乗せた絶叫が聞こえた。

 ヤエだ。
 意識の底に響いてくるものではない。たしかに今「ここで」聞こえる。

 リュウキはどうにか気力を取り戻そうとした。彼女が自分を呼んでいる。それに答えたい。

「ヤ、エ……」

 目に映るもの全てが赤。熱気で視界が揺れている。
 求めれば求めるほど、彼女の姿を捉えるのが難しくなってしまう。なんてもどかしいのだろう。

「リュウキ様、こちらを向いてください。私はあなたのそばにいます」

 下方に目をやると──こちらに向かってくる人間がいた。一人は青色の見たこともない剣を握り、厳しい顔をしている男。立派な鎧をまとい、汗が流れる額には大きな傷の跡がある。
 シュウだ。道中、幾度かリュウキたちの前に現れた謎の男。なぜかリュウキに対してうやうやしい態度を取っていた。しかし──今思い返すと納得できてしまう。

 彼のすぐ後ろには、ヤエがいた。寄り添う形で、守られるようにシュウの背中に身を寄せている。
 その様を目にして、リュウキの心がうずく。
 彼女は、ヤエは、怯えたような眼差しでこちらを見ていた。

「心を静めて……!」

 震えた声だ。不安感や緊張、戸惑いなどがひしひしと感じられる。

(ヤエ……僕を怖がっているんだね?)

 彼女の悲しみに包まれた瞳を見て、リュウキは感情が昂ぶってしまう。
 喉の奥が痛くなるほど熱くなり、息を吐くと同時に発熱した。

(やっぱりだめだ、自制が効かない)

 リュウキの負の感情が形成した炎の龍から、再び火の玉が放出された。その一部が、彼女の所まで飛んでいく──

「伏せろ!!」

 瞬時にシュウが剣を振り、巨大な火の玉を切り込んだ。刃と火がぶつかり蒸気が吹き出る。真っ二つに割れた火の玉はそのまま地に落ち、じゅわじゅわと音を立てて消滅した。

 シュウが手に持つ剣の刃先から、冷気が漂う。

(あれは……氷で出来ているのか? まさか、ヤエが作ったもの?)

 初めて見る氷の剱に、リュウキは目を丸くする。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ブレーメン

もちっぱち
ファンタジー
狼の主人公アシェル。 ある都会で俳優を目指していた。 待てど暮らせど、夢は叶わない。 底辺にまで成り下がったとき 道端にふわっと飛んできた紙に驚いた。 デジタルな世界に 1枚の紙でチラシが落ちている。 劣等感に満ちていた それぞれの余り物が 大集合する。 デジタル化が進む都会に 動物たちが 住んでいる不思議な世界。 異世界ファンタジー。

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

スキル【海】ってなんですか?

陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
スキル【海】ってなんですか?〜使えないユニークスキルを貰った筈が、海どころか他人のアイテムボックスにまでつながってたので、商人として成り上がるつもりが、勇者と聖女の鍵を握るスキルとして追われています〜 ※書籍化準備中。 ※情報の海が解禁してからがある意味本番です。  我が家は代々優秀な魔法使いを排出していた侯爵家。僕はそこの長男で、期待されて挑んだ鑑定。  だけど僕が貰ったスキルは、謎のユニークスキル──〈海〉だった。  期待ハズレとして、婚約も破棄され、弟が家を継ぐことになった。  家を継げる子ども以外は平民として放逐という、貴族の取り決めにより、僕は父さまの弟である、元冒険者の叔父さんの家で、平民として暮らすことになった。  ……まあ、そもそも貴族なんて向いてないと思っていたし、僕が好きだったのは、幼なじみで我が家のメイドの娘のミーニャだったから、むしろ有り難いかも。  それに〈海〉があれば、食べるのには困らないよね!僕のところは近くに海がない国だから、魚を売って暮らすのもいいな。  スキルで手に入れたものは、ちゃんと説明もしてくれるから、なんの魚だとか毒があるとか、そういうことも分かるしね!  だけどこのスキル、単純に海につながってたわけじゃなかった。  生命の海は思った通りの効果だったけど。  ──時空の海、って、なんだろう?  階段を降りると、光る扉と灰色の扉。  灰色の扉を開いたら、そこは最近亡くなったばかりの、僕のお祖父さまのアイテムボックスの中だった。  アイテムボックスは持ち主が死ぬと、中に入れたものが取り出せなくなると聞いていたけれど……。ここにつながってたなんて!?  灰色の扉はすべて死んだ人のアイテムボックスにつながっている。階段を降りれば降りるほど、大昔に死んだ人のアイテムボックスにつながる扉に通じる。  そうだ!この力を使って、僕は古物商を始めよう!だけど、えっと……、伝説の武器だとか、ドラゴンの素材って……。  おまけに精霊の宿るアイテムって……。  なんでこんなものまで入ってるの!?  失われし伝説の武器を手にした者が次世代の勇者って……。ムリムリムリ!  そっとしておこう……。  仲間と協力しながら、商人として成り上がってみせる!  そう思っていたんだけど……。  どうやら僕のスキルが、勇者と聖女が現れる鍵を握っているらしくて?  そんな時、スキルが新たに進化する。  ──情報の海って、なんなの!?  元婚約者も追いかけてきて、いったい僕、どうなっちゃうの?

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

九龍懐古

カロン
キャラ文芸
香港に巣食う東洋の魔窟、九龍城砦。 犯罪が蔓延る無法地帯でちょっとダークな日常をのんびり暮らす何でも屋の少年と、周りを取りまく住人たち。 今日の依頼は猫探し…のはずだった。 散乱するドラッグと転がる死体を見つけるまでは。 香港ほのぼの日常系グルメ犯罪バトルアクションです、お暇なときにごゆるりとどうぞ_(:3」∠)_ みんなで九龍城砦で暮らそう…!! ※キネノベ7二次通りましたとてつもなく狼狽えています ※HJ3一次も通りました圧倒的感謝 ※ドリコムメディア一次もあざます ※字下げ・3点リーダーなどのルール全然守ってません!ごめんなさいいい! 表紙画像を十藍氏からいただいたものにかえたら、名前に‘様’がついていて少し恥ずかしいよテヘペロ

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

処理中です...