上 下
87 / 165
第十章

87,国賊リュウト

しおりを挟む
 皇帝が亡くなって数日後。またしても、国でとんでもない事件が起きてしまった。

 ──皇后が、殺された。

 首を絞められ、皇帝の遺骨の前で息の根を止められたのである。
 皇后は第二皇子を新帝に即位させたいと強く願っていた。皇帝不在の今、一刻も早く大礼を行わなければならない。その最中で絞殺された皇后。
 その現場を目撃していた者は何十人といる。それなのに、誰にも止めることは出来なかったのだ。
 

 事件が起きてからすぐ、ヤエはリュウト皇子の寝宮を訪れた。相変わらず外の空気すら一切入らない、遮断された暗い部屋。
 一週間ぶりにヤエはここへ来た。近頃リュウトの体調が驚くほど良くなり、看病が必要なくなったからだ。

 嘘のようにリュウトの顔つきが変わった。痩せ細っていた頬は肉付きがよくなり、目には生気が感じられる。長い黒髪は綺麗に手入れされており、病人だったとは思えないほどの風貌だ。
 この短期間で、まるで別人になってしまったようだ。

 ヤエはリュウトを見上げ、冷たい声で言い放つ。
 
「なぜですか。なぜあなたは……皇后陛下を殺めたのですか!」
 
 心の中が、乱れている。

 このリュウトは──自らの肉親の生命を奪ったのだ。なぜそんな酷いことが出来ようか。
 継承権について、リュウトが不満に思っているのはヤエも知っている。それが原因だというのも。しかし、到底許しがたいことである。

 眉間に皺を寄せるヤエに対して、リュウトはニヤリと笑うのだ。
 
「これで邪魔者はいなくなった」
「……なんですって?」
「あの女は、自らの息子を汚らわしいと罵ったのだ。病人はいらぬ、男は強くなくてはならない、と」
「そんなことを言われたのですか……?」
「そうだ。幼い頃からずっとな! だから殺した。あんなのは親などではない! 俺を汚いものでも見るかのような目でいつも眺めてきた。これから北の皇帝となるのは、このリュウトである。お前は后となるのだ!」
 
 リュウトは今まで聞いたこともない程に大声を出した。一瞬、ヤエは引いてしまう。
 
「そんなに帝位に就きたかったのですか? あなたはこの世をどうするおつもりですか……?」
「俺は──いや、朕は支配者だ。人間など醜い! 弱者は救われず、強者だけが認められる! 心が汚い人間どもは滅ぶべきなのだ!」
「あなた……一体何をおっしゃっているのです?」
 
 恐ろしくなり、ヤエはおもむろに扉の方に後退りしていく。しかしリュウトは舐め回すようにヤエを睨み付けると、右腕を強く掴んできた。
 
「は、放してくださいっ」
「お前は妻だ。死ぬまで朕のそばにいろ」
「いや……!」
「よく聞くのだ! 東西の地は今後激戦となり更に乱れるだろう。幻草を利用してこの世を化け物で埋め尽くし、一人残らず人間どもを殺すのだ。朕とお前が最後の生き残りとなった時、共にこの生命を絶つとしよう」
「あなたは、人間を滅亡させるために皇帝になるのですかっ!?」
 
 リュウトはひどく冷たい表情になっていた。痺れるほどにヤエの両腕を掴んでくる。
 そして、乱暴に身体を寝台へ押し倒された。
 
「いや、やめて!」
「黙れ、朕の正室となるのだ。お前に拒否権などない」
「やめて、いや……いやっ!!」
 
 抵抗しても無駄だった。リュウトの力はあり得ないほどに強く、ヤエは逃げられなかった。

 無理やり犯される。どんなに痛くても、血が流れても、目の前にいる男は動きを止めることはしてくれない。
 悔しくて、ヤエは歯を食い縛った。目の奥が熱くなり、頬が悲しみで濡れていった。

 このリュウトという男は、何もかも変貌してしまった。話も通じない、力ずくで酷い仕打ちをしてくる。おかしな野望を抱き、暴走している。
 ヤエは更に、地獄の日々を送ることとなってしまったのだ。


 ──リュウトが正式に新帝となった一年間、国は更に混乱していった。
 兵糧確保のために、リュウトは民に対しあるだけの食糧を国に納めさせた。僅かな食糧しか残らず、餓死していく民があとを絶たない。東西の国に逃れようとする民も大勢いた。運良く逃亡出来ればよいが、大体の民は関所で殺されるか、戦力になりそうな男や働き盛りの女は無理やり北国に連れられた。

 誰にもリュウトを止めることなど出来ない。逆らえばすぐに殺されてしまう。あんなにも病弱だったはずのリュウトは、一切寝たきりになることはなくなった。むしろ、どんな武将にも劣らない力を持っていた。
 逆らった者の首をリュウトは片手で掴み、握力だけで握り潰して殺めてしまう。一人や二人だけではない。数えきれないほどの人間が、リュウトの手によって犠牲になっていった。

 新帝リュウトの所業に、東西二つの国は北国を滅ぼす為に同盟を組もうとしたが、二国併せても兵力すら北には敵わない。
 むしろ、東西は北国のはかりごとによって争ってしまう始末。

 権力と暴力によって世を混乱に陥れ、リュウトの野望は着実に現実へと近づいていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

契約に失敗した俺は……。

ど~はん
ファンタジー
時は西暦2445年。 世界はあらぬ方向に発展を遂げた。 天使または悪魔と契約できるようになったのだ。 人々は次々と契約し、天使や悪魔を新たな友達・家族のようにしていた。 しかし、そんな穏やかな何もない時など、続くはずもなかった……。 2450年。 それは起こった。 世界中で人々は天使や悪魔を使い、互いに争いを始めてしまった。 それから50年間、各国の政府や軍はその争いを静めようとした。 だが、天使や悪魔の力に軍の兵器などは通じるはずもなく、困難を極めた。 2501年 舞台は日本。 主人公は16歳になり、契約ができるようになった。 なんと…、失敗することのないはずなのに契約に失敗してしまった主人公。 少年の失敗が世界を救うかもしれない物語です。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

衣食住保障してください!~金銭は保障外だったので異世界で軽食販売始めます〜

桃月とと
ファンタジー
 どこにでもいる普通の社畜OL漆間蒼はついにブラック企業に辞表を叩きつけた!  遊ぶ時間などなかったおかげで懐には余裕がある。  家にはいつかやろうと揃えていたお料理グッズにキャンプ用品、あれやらこれやらが溢れたまま。  現実逃避が具現化した品々である。 「……これを片付けたら海外旅行でもしようかな!」  収入は途絶えたが蒼には時間がある。  有限だが、しばらくは働かなくても生きていけるだけの蓄えも。  なんとも晴れやかな……いや、それどころではない!  浮かれてルンルン気分でこれからの生活を想像していた。  だがそれも長くは続かない。 「あおいねーちゃんっ!!!」 「しょうくん!!?」  コンビニからの帰り道、隣に住む好青年、桐堂翔がなにやら神々しい光に包まれていたかと思うと、  足元には怪しげな魔法陣が……そのままゆっくりと沈むように吸い込まれている翔を助けようと  手を繋ぎ踏ん張るも、あえなく蒼の体も一緒に魔法陣の中へ。 「え!? なんか余計なのがついてきた……!?」  これまた荘厳な神殿のような場所に転がった蒼の耳に、  やっちまった! という声色で焦り顔の『異世界の管理官』が。  残念ながら蒼は、予定外の転移者として異世界に召喚されたのだ。 「必要ないなら元の世界に戻してくれます!?」 「いや〜〜〜残念ながらちょっと無理ですね〜」  管理官は悪びれながらも、うんとは言わない。  こうなったら蒼はなんとしてもいい条件で異世界で暮らすしかないではないかと、  しっかり自分の希望を伝える。 「じゃあチート能力ください!」 「いや〜〜〜残念ながらそれもちょっと……」 「ちょっと偉い人呼んできて!!!」  管理官に詰め寄って、異世界生活の保障をお願いする。  なりふり構ってられないのだ。  なんたってこれから暮らしていくのは剣と魔法と魔物が渦巻く世界。  普通のOLをやっていた蒼にとって、どう考えても強制人生ハードモード突入だ。 「せめて衣食住保証してください!!!」  そうしてそれは無事認められた。  認められたが……。 「マジで衣食住だけ保障してくれとるっ!」  特別な庭付き一軒家は与えられたが、異世界で生活するにも『お金』が必要だ。  結局蒼は生きていくために働く羽目に。 「まだ有給消化期間中だってのに〜!!!」  とりあえず家の近くに血まみれ姿で倒れていた謎の男アルフレドと一緒に露天で軽食を売りながら、  安寧の地を求めるついでに、前の世界でやりのこした『旅行』をこの異世界で決行することにした。 「意地でも楽しんでやる!!!」  蒼の異世界生活が始まります。

翡翠色の空の下で~古本の旅行ガイドブック片手に異世界旅行~

八百十三
ファンタジー
知っている人は知っている、有名な旅行ガイドブック、「みるぶ」。 とある土曜日、神保町の古書店を訪れた女性・澤 実里(さわ みのり)は、少々使用感の目立つ「みるぶ」が、他の本に紛れるようにして棚に収まっているのを見つける。 そのタイトル、「みるぶ異世界」。 中を開くと書かれているのはどれを取っても胡散臭い内容。それでも暇つぶしにはいいだろう、とジョークグッズのつもりでお買い上げ。代金200円と消費税8%。 本を収めたビニール袋片手に古書店の外に出ると――そこはまさしく異世界だった。 なんで異世界だと分かったか?何故なら、頭の上に広がる空が、どこまでも澄み切った緑色なのだ。 剣と魔法の世界ではない、けれど異種族が入り混じり、人種差別しつつされつつ暮らす近世チックな異世界にて。 元の世界に帰る時が来るまで、実里は古都フーグラーのギルドで雇った獣人族の通訳と共に、自身が迷い込んだマー大公国内を旅行することにしたのである。 ●コンテスト・小説大賞選考結果記録 エブリスタ様「読者を増やそう!エブリスタのトップに載れるコンテスト」 受賞 小説家になろう様 第9回ネット小説大賞 一次選考通過 ※カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様、エブリスタ様、ノベルピア様にも並行して投稿しております。 https://kakuyomu.jp/works/1177354054888255850 https://ncode.syosetu.com/n5542fg/ https://novelup.plus/story/990704739 https://estar.jp/novels/25627829 https://novelpia.jp/novel/319

貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。 ※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。 ※2020-01-16より執筆開始。

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

スキル【疲れ知らず】を会得した俺は、人々を救う。

あおいろ
ファンタジー
主人公ーヒルフェは、唯一の家族である祖母を失くした。 彼女の葬式の真っ只中で、蒸発した両親の借金を取り立てに来た男に連れ去られてしまい、齢五歳で奴隷と成り果てる。 それから彼は、十年も劣悪な環境で働かされた。 だが、ある日に突然、そんな地獄から解放され、一度も会った事もなかった祖父のもとに引き取られていく。 その身には、奇妙なスキル【疲れ知らず】を宿して。

処理中です...