78 / 165
第九章
78,シュウの決意
しおりを挟む
──それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
竹林に身を潜めるヤエたちは疲労が溜まっていた。
「静かだな」
あの後シュウたちは追手を一掃した。それでも、敵に見つかってしまわないかと絶えず身構えている。
今いる場所からは、村の様子は見えない。しかし夜通し聞こえていた騒音が、いつの間にか聞こえなくなったのだ。
「わたしが様子を見てくる」
「でも……兄様」
「案ずるな、すぐに戻る。ハク、お前はヤエを頼んだぞ」
シュウに言われると、ハクは任せろ、と返事をするかのようにヤエの隣に座って寄り添ってくる。
離れるのは不安だった。しかしシュウは簡単に生命を落とすような人ではない。
弓矢を両手で構えながら、シュウはしっかりした足取りで村の方へと歩いて行った。
──シュウが村に戻ると、北軍は既に姿を消していた。しかし多くの家屋が全焼し、建物の殆どが全壊。行く先々で村人たちの亡骸が横たわり、赤子であっても容赦なく殺められていた。
ソン兄妹が生まれ育った場所は、もはや「村」ではなくなっていたのである。
悲惨な状況を目の当たりにしたシュウは膝から崩れ落ち、悲嘆に暮れた。そんなシュウの元に、いくつかの足音が近づいてくるのであった。
まだ敵が残っているのか──
シュウは固唾を呑み、音のする方に向けて咄嗟に弓矢を構えた。
そこに現れたのは──単騎でこちらへ向かってくる一人の兵士であった。北軍の鎧を着ている。
シュウはすぐさま矢を射ろうとしたが、相手は武器も持たず攻撃してくる様子もない。数十歩先で止まると、馬から降りてなぜだかシュウに拱手するのだ。
「ソン・シュウ殿でしょうか?」
「……あんたは、何者だ」
「北皇帝の命より参りました。あなたを宮廷にお連れするように、と」
「何だと?」
遣いの者は淡々と告げた。
今回の奇襲は、カク将軍の子息が独断でやってしまったことなのだと。皇帝はこの件について憤慨しており、兵を挙げて襲撃を止めようとしたが間に合わなかったのだという。
北軍の武将の身勝手な行動により大事なものを奪ってしまったと、皇帝は直接詫びをしたいと申すのだ。
「陛下が直々に謝罪を、か。恐れ多いな。だが、我が村は復興できぬ。村人も家族も……失ったのだぞ」
「しかし、シュウ殿はまだ生きております。ここで野垂れ死にしてしまうのは如何なものかと。あなたは武術に大変優れたお方だ。知性もある。陛下はあなたをとても気に入っております。軍に入れば優遇すると仰っていましたぞ」
その話を聞き、シュウは考えた。
そもそも現在の北の政には不満があった。
毎年多くの年貢を納める義務があり、如何なる理由があろうともそれを破れば村人が犠牲となる。不作の年は自分たちでさえ食べるものに困ることがあるというのに。
飢えを凌ぐため、子を売って千里離れた村に食べ物を買いに出る者もいるほどだ。
民は、とんでもなく苦しんでいる。
だからシュウはこの地を治める皇族に近づき、この世を変えたいと考えた。皇帝からの申し出は、むしろ好機である。
この武術と知性を駆使して皇帝の側近となり、政に関われるようになろう。
どこまでやれるか見通しはつかないが、どうせ今宵失いかけた生命。村人や両親の無念を晴らす為に意を決しよう。
「分かった、陛下の元へ」
「では、早速わたくしたちと参りましょう。詳しいお話は陛下と──」
「いや、待ってくれ。南の竹林に妹がいるのだ。共に連れていきたいのだが」
「どうぞお連れください」
「だが一つ問題が。我らソン一家は白虎を連れている。戦時以外は人間を襲ったりしないが……白虎は、化け物なのだ。陛下は許すだろうか」
「存じております。全てを承知の上で、陛下はシュウ殿をお迎えしたいのです」
遣いの者は当然のようにそう答えたのだ。
竹林に身を潜めるヤエたちは疲労が溜まっていた。
「静かだな」
あの後シュウたちは追手を一掃した。それでも、敵に見つかってしまわないかと絶えず身構えている。
今いる場所からは、村の様子は見えない。しかし夜通し聞こえていた騒音が、いつの間にか聞こえなくなったのだ。
「わたしが様子を見てくる」
「でも……兄様」
「案ずるな、すぐに戻る。ハク、お前はヤエを頼んだぞ」
シュウに言われると、ハクは任せろ、と返事をするかのようにヤエの隣に座って寄り添ってくる。
離れるのは不安だった。しかしシュウは簡単に生命を落とすような人ではない。
弓矢を両手で構えながら、シュウはしっかりした足取りで村の方へと歩いて行った。
──シュウが村に戻ると、北軍は既に姿を消していた。しかし多くの家屋が全焼し、建物の殆どが全壊。行く先々で村人たちの亡骸が横たわり、赤子であっても容赦なく殺められていた。
ソン兄妹が生まれ育った場所は、もはや「村」ではなくなっていたのである。
悲惨な状況を目の当たりにしたシュウは膝から崩れ落ち、悲嘆に暮れた。そんなシュウの元に、いくつかの足音が近づいてくるのであった。
まだ敵が残っているのか──
シュウは固唾を呑み、音のする方に向けて咄嗟に弓矢を構えた。
そこに現れたのは──単騎でこちらへ向かってくる一人の兵士であった。北軍の鎧を着ている。
シュウはすぐさま矢を射ろうとしたが、相手は武器も持たず攻撃してくる様子もない。数十歩先で止まると、馬から降りてなぜだかシュウに拱手するのだ。
「ソン・シュウ殿でしょうか?」
「……あんたは、何者だ」
「北皇帝の命より参りました。あなたを宮廷にお連れするように、と」
「何だと?」
遣いの者は淡々と告げた。
今回の奇襲は、カク将軍の子息が独断でやってしまったことなのだと。皇帝はこの件について憤慨しており、兵を挙げて襲撃を止めようとしたが間に合わなかったのだという。
北軍の武将の身勝手な行動により大事なものを奪ってしまったと、皇帝は直接詫びをしたいと申すのだ。
「陛下が直々に謝罪を、か。恐れ多いな。だが、我が村は復興できぬ。村人も家族も……失ったのだぞ」
「しかし、シュウ殿はまだ生きております。ここで野垂れ死にしてしまうのは如何なものかと。あなたは武術に大変優れたお方だ。知性もある。陛下はあなたをとても気に入っております。軍に入れば優遇すると仰っていましたぞ」
その話を聞き、シュウは考えた。
そもそも現在の北の政には不満があった。
毎年多くの年貢を納める義務があり、如何なる理由があろうともそれを破れば村人が犠牲となる。不作の年は自分たちでさえ食べるものに困ることがあるというのに。
飢えを凌ぐため、子を売って千里離れた村に食べ物を買いに出る者もいるほどだ。
民は、とんでもなく苦しんでいる。
だからシュウはこの地を治める皇族に近づき、この世を変えたいと考えた。皇帝からの申し出は、むしろ好機である。
この武術と知性を駆使して皇帝の側近となり、政に関われるようになろう。
どこまでやれるか見通しはつかないが、どうせ今宵失いかけた生命。村人や両親の無念を晴らす為に意を決しよう。
「分かった、陛下の元へ」
「では、早速わたくしたちと参りましょう。詳しいお話は陛下と──」
「いや、待ってくれ。南の竹林に妹がいるのだ。共に連れていきたいのだが」
「どうぞお連れください」
「だが一つ問題が。我らソン一家は白虎を連れている。戦時以外は人間を襲ったりしないが……白虎は、化け物なのだ。陛下は許すだろうか」
「存じております。全てを承知の上で、陛下はシュウ殿をお迎えしたいのです」
遣いの者は当然のようにそう答えたのだ。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます
藤なごみ
ファンタジー
※コミカライズスタートしました!
2024年10月下旬にコミック第一巻刊行予定です
2023年9月21日に第一巻、2024年3月21日に第二巻が発売されました
2024年8月中旬第三巻刊行予定です
ある少年は、母親よりネグレクトを受けていた上に住んでいたアパートを追い出されてしまった。
高校進学も出来ずにいたとあるバイト帰りに、酔っ払いに駅のホームから突き飛ばされてしまい、電車にひかれて死んでしまった。
しかしながら再び目を覚ました少年は、見た事もない異世界で赤子として新たに生をうけていた。
だが、赤子ながらに周囲の話を聞く内に、この世界の自分も幼い内に追い出されてしまう事に気づいてしまった。
そんな中、突然見知らぬ金髪の幼女が連れてこられ、一緒に部屋で育てられる事に。
幼女の事を妹として接しながら、この子も一緒に追い出されてしまうことが分かった。
幼い二人で来たる追い出される日に備えます。
基本はお兄ちゃんと妹ちゃんを中心としたストーリーです
カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しています
2023/08/30
題名を以下に変更しました
「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきたいと思います」→「転生しても実家を追い出されたので、今度は自分の意志で生きていきます」
書籍化が決定しました
2023/09/01
アルファポリス社様より9月中旬に刊行予定となります
2023/09/06
アルファポリス様より、9月19日に出荷されます
呱々唄七つ先生の素晴らしいイラストとなっております
2024/3/21
アルファポリス様より第二巻が発売されました
2024/4/24
コミカライズスタートしました
2024/8/12
アルファポリス様から第三巻が八月中旬に刊行予定です
転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。
トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定
2024.6月下旬コミックス1巻刊行
2024.1月下旬4巻刊行
2023.12.19 コミカライズ連載スタート
2023.9月下旬三巻刊行
2023.3月30日二巻刊行
2022.11月30日一巻刊行
寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。
しかも誰も通らないところに。
あー詰んだ
と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。
コメント欄を解放しました。
誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。
書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。
出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。
よろしくお願いいたします。
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
ブラック・スワン ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~
碧
ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
乱世を駆ける幼女レイ
阿部まさなり
ファンタジー
太古の昔、気と魔法が存在する異世界の話。
二千年前、全世界を統一し巨大統一国家を造った、妖鬼族の国家霊王朝。しかし、二千年の時を経て霊王朝は力を失い、世界は群雄が割拠する乱世に突入していた。しかも異世界の人間達もやって来て、各々が皇帝や王を名乗り、国を開き、乱世に覇を唱えた。世界は数百余の国に別れ、争う戦国時代となった。それぞれが剣を持ち、魔法を振るい、気を極めて戦場を駆けていた。そして覇を競うのは人間だけでは無い。神々の世界でも乱世の兆しが見えつつあり、天上天下で世界は混迷していた。そして双方の世界の者達は二つの世界もろとも支配下に入れようと考えていた。
時は昭武六年。そんな乱世の時代に置いて、身長百センチメートルの幼女レイもまた乱世に己の武を以て覇を唱えようとしていた。彼女は妖鬼族の娘で人より秀でた再生能力と巧みに気を操る力を持っていた。しかし先天的な遺伝子異常により、三歳時点で成長が止まる代わりに不老という、不変幼という病気を抱えていた。妖鬼族は他種族より体が大きく、強大で気の扱いも巧みな種族。しかし不変幼という病気のせいで体が極めて小さい為に体力的に極めて不利な現実。それでもレイは好戦的な種族の特性か、己の気質か、小さな体で大きな野望を抱く。そんな彼女を中心に描く、異世界大河ファンタジー。天下を治めるのは一体誰なのか? 幼女レイかそれとも……?
サブタイトルに※のあるものは挿絵あり。
RISING 〜夜明けの唄〜
Takaya
ファンタジー
戦争・紛争の収まらぬ戦乱の世で
平和への夜明けを導く者は誰だ?
其々の正義が織り成す長編ファンタジー。
〜本編あらすじ〜
広く豊かな海に囲まれ、大陸に属さず
島国として永きに渡り歴史を紡いできた
独立国家《プレジア》
此の国が、世界に其の名を馳せる事となった
背景には、世界で只一国のみ、そう此の
プレジアのみが執り行った政策がある。
其れは《鎖国政策》
外界との繋がりを遮断し自国を守るべく
百年も昔に制定された国家政策である。
そんな国もかつて繋がりを育んで来た
近隣国《バルモア》との戦争は回避出来ず。
百年の間戦争によって生まれた傷跡は
近年の自国内紛争を呼ぶ事態へと発展。
その紛争の中心となったのは紛れも無く
新しく掲げられた双つの旗と王家守護の
象徴ともされる一つの旗であった。
鎖国政策を打ち破り外界との繋がりを
再度育み、此の国の衰退を止めるべく
立ち上がった《独立師団革命軍》
異国との戦争で生まれた傷跡を活力に
革命軍の考えを異と唱え、自国の文化や
歴史を護ると決めた《護国師団反乱軍》
三百年の歴史を誇るケーニッヒ王家に仕え
毅然と正義を掲げ、自国最高の防衛戦力と
評され此れを迎え討つ《国王直下帝国軍》
乱立した隊旗を起点に止まらぬ紛争。
今プレジアは変革の時を期せずして迎える。
此の歴史の中で起こる大きな戦いは後に
《日の出戦争》と呼ばれるが此の物語は
此のどれにも属さず、己の運命に翻弄され
巻き込まれて行く一人の流浪人の物語ーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる