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第九章

78,シュウの決意

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 ──それから、どれほどの時間が過ぎただろうか。
 竹林に身を潜めるヤエたちは疲労が溜まっていた。

「静かだな」

 あの後シュウたちは追手を一掃した。それでも、敵に見つかってしまわないかと絶えず身構えている。
 今いる場所からは、村の様子は見えない。しかし夜通し聞こえていた騒音が、いつの間にか聞こえなくなったのだ。

「わたしが様子を見てくる」
「でも……兄様」
「案ずるな、すぐに戻る。ハク、お前はヤエを頼んだぞ」

 シュウに言われると、ハクは任せろ、と返事をするかのようにヤエの隣に座って寄り添ってくる。
 離れるのは不安だった。しかしシュウは簡単に生命を落とすような人ではない。

 弓矢を両手で構えながら、シュウはしっかりした足取りで村の方へと歩いて行った。

 ──シュウが村に戻ると、北軍は既に姿を消していた。しかし多くの家屋が全焼し、建物の殆どが全壊。行く先々で村人たちの亡骸が横たわり、赤子であっても容赦なく殺められていた。   
 ソン兄妹が生まれ育った場所は、もはや「村」ではなくなっていたのである。

 悲惨な状況を目の当たりにしたシュウは膝から崩れ落ち、悲嘆に暮れた。そんなシュウの元に、いくつかの足音が近づいてくるのであった。

 まだ敵が残っているのか──
 シュウは固唾を呑み、音のする方に向けて咄嗟に弓矢を構えた。

 そこに現れたのは──単騎でこちらへ向かってくる一人の兵士であった。北軍の鎧を着ている。

 シュウはすぐさま矢を射ろうとしたが、相手は武器も持たず攻撃してくる様子もない。数十歩先で止まると、馬から降りてなぜだかシュウに拱手するのだ。

「ソン・シュウ殿でしょうか?」
「……あんたは、何者だ」
「北皇帝の命より参りました。あなたを宮廷にお連れするように、と」
「何だと?」

 遣いの者は淡々と告げた。
 今回の奇襲は、カク将軍の子息が独断でやってしまったことなのだと。皇帝はこの件について憤慨しており、兵を挙げて襲撃を止めようとしたが間に合わなかったのだという。
 北軍の武将の身勝手な行動により大事なものを奪ってしまったと、皇帝は直接詫びをしたいと申すのだ。 

「陛下が直々に謝罪を、か。恐れ多いな。だが、我が村は復興できぬ。村人も家族も……失ったのだぞ」
「しかし、シュウ殿はまだ生きております。ここで野垂れ死にしてしまうのは如何なものかと。あなたは武術に大変優れたお方だ。知性もある。陛下はあなたをとても気に入っております。軍に入れば優遇すると仰っていましたぞ」
 
 その話を聞き、シュウは考えた。

 そもそも現在の北のまつりごとには不満があった。
 毎年多くの年貢を納める義務があり、如何なる理由があろうともそれを破れば村人が犠牲となる。不作の年は自分たちでさえ食べるものに困ることがあるというのに。
 飢えを凌ぐため、子を売って千里離れた村に食べ物を買いに出る者もいるほどだ。

 民は、とんでもなく苦しんでいる。

 だからシュウはこの地を治める皇族に近づき、この世を変えたいと考えた。皇帝からの申し出は、むしろ好機である。
 この武術と知性を駆使して皇帝の側近となり、政に関われるようになろう。
 どこまでやれるか見通しはつかないが、どうせ今宵失いかけた生命。村人や両親の無念を晴らす為に意を決しよう。

「分かった、陛下の元へ」
「では、早速わたくしたちと参りましょう。詳しいお話は陛下と──」
「いや、待ってくれ。南の竹林に妹がいるのだ。共に連れていきたいのだが」
「どうぞお連れください」
「だが一つ問題が。我らソン一家は白虎を連れている。戦時以外は人間を襲ったりしないが……白虎は、化け物なのだ。陛下は許すだろうか」
「存じております。全てを承知の上で、陛下はシュウ殿をお迎えしたいのです」

 遣いの者は当然のようにそう答えたのだ。
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