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Episode.03

聖獣と聖女

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   聖獣と聖女

 それは、この世界に新たに神子が生まれる50年前、今から65年前のこと。

 王国最北の地、不可侵の山々を見上げる地に、荘厳な霊廟がある。王国創建の英雄が眠る霊廟は白い大理石で造られ、特別な日以外、人が訪れる事はまずない。
 その、人などいないはずの、生活の場のない霊廟に、黒髪の少女が独りで佇んでいた。
 じきに本格的な吹雪の季節を迎える、冬の日に。

 霊廟は氷で造られたのでは、と思わせるほどの冷え込みで、保温魔法が付与されたローブを羽織っても、手足の先から体温が奪われてゆく。
 「この寒ささえなければ、キレイなところよね」
 明かり取りの天窓の外、降り続く雪を見上げて、彼女がつぶやいた。

 10日ほど前、彼女はこの地に、付近の浄化を理由に連れてこられ、置き去りにされた。

 「本当の冬が来たら、ヒトはココで生きられないよ」
 不可侵の山から下りてきた聖獣・フェンリルが彼女に話しかける。
 「そうね、きっと」
 彼女はこれを現実とは受け止めていないようだった。
 或る日突然、何もかもが違う世界から召喚され、聖女と祭り上げられて壮大な使命を押し付けられ、全てが済んだと最果ての地に追いやられたのだ。
 もしかしたら、召喚されてから彼女はずっと、これが自分の身に起きている現実だとは受け止めていなかったのかもしれない。何をされても、何が起きても、どこか、未だに他人事なのだ。
 「建国の英雄も、召喚されたヒトだったのかな
 私みたいに」
 霊廟の主の像を見上げ、彼女がつぶやいた。
 「ねぇ、望みを言って
 私たちが、精霊王も聖獣たちも、皆が、あなたの望みを叶えるから
 私たちは何でもできるから」
 フェンリルがどれだけ訴えても、彼女は微笑むだけ。
 『貴女の望みは全て叶える
 でも、望まれなければ、何もできない』
 その言葉すら、彼女には届いていないようだった。

 1日中雪が降った日の夕刻、彼女がやっとフェンリルに話しかけてきた。
 「抱きしめてもいい?」
 一段と細くなった腕をフェンリルの首に回し、冬毛に顔を埋める。彼女を守るように丸まって、全身で包み込み温めた。
 「ふわふわで、やわらかいのね」
 それが、彼女の最期の言葉だった。

 霊廟に駆けつけたのは、若い騎士独り。もう1人の騎士、第三王子と共に聖女を守り、瘴気を浄化する旅の共をした騎士だった。
 彼は、浄化の旅が終わり、聖女が第三王子と婚約した後、王命を受けて辺境警備の任に就かされていた。辺境から辺境へ、国内を転々と移動する任務。思えば、聖女らと接触させないための画策だったのかもしれない。
 彼が聖女の異変に気づき、最期を知ったのは、東の果ての寂れた漁村。時折、広い海の向こうから、巨大な魔獣が現れる地だった。
 通常、馬車で6日かかる距離を、天馬を酷使して2日で、文字通り飛んできた。

 浄化の旅をしていた時、危機対応のため、2人の騎士は彼女の異変と居場所がわかる魔法石を持っていた。
 彼女の髪を封じた琥珀製の魔法石。その石を、彼は辺境警備の任務に就いてからも、どこへ行かされても、肌身離さずに持ち歩いていた。
 その魔法石が聖女の異変と居場所を知らせてきた。
 途端に、旅をしていたときの想いが蘇り、全てを放棄してこの地に現れたのだった。

 聖女の姿を目にした瞬間、彼は膝から崩れ落ちた。
 しばし呆然と床を見つめてからようやく立ち上がり、彼女の頬に触れる。
 はたはた と、白く冷たくなった聖女の額に騎士の涙が落ちた。涙が、落ちたそばから白く凍ってゆく。
 無言で凍りつく涙を流し、聖女を見つめる騎士。その背後には、いつの間にか、3人の精霊王、4匹の聖獣、5人の竜王が集まっていた。
 そのうちの1人、緑のアゲハチョウの羽根、虹色の花弁の髪、褐色の肌を持つ地の精霊王が近づき、耳元で何かを囁いた。
 ハッ と、騎士が地の精霊王を見上げ、握りしめた拳で涙を拭う。
 彼は聖女の頬にそっと口づけをした。それから、彼女の動かない体を強く抱きしめ、耳元にそっと話しかける。
 最後に、冷たい頬に頬ずりをして、立ち上がった。
 何も言わず精霊王たちに一礼だけをして、騎士はそのまま霊廟を立ち去っていった。

 聖女の遺骸は、今でも、当時のままで霊廟に、建国の英雄の隣室に安置されている。
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