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Episode.01

5年前、伯爵家王都邸

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  15年前、伯爵家王都邸

 ネロス伯爵家王都邸には2人の妊婦が暮らしていた。1人は嫡男ボアズの妻で第一子を、もう1人は次男フリートの妻で第二子を宿していた。
 先に陣痛が始まったのは、次男の妻だった。彼女は難産の末、元気な男子を産む。子はその手にピジョンブラッドルビーを握りしめていた。
 残念なことに、夫人は朝を待たずに息を引き取った。
 翌日、続いて嫡男の妻が産気づいた。深夜、日付が『贖罪の日』に変わった頃に、やっと、彼女は元気な男子を出産する。子の手には、スターサファイアが握りしめられていた。

 出産直後、疲れた体を休めるイリヤの部屋を、夫と義父、3日前に生まれたばかりの子を抱いた義弟が訪れた。
 メイドに支えられ、ベッドから身を起こして挨拶をしようとするイリヤを止め、デートリヒ伯爵が声をかける。
 「よくやった、立派な跡取りだ」
 「がんばったね、愛しているよ」
 夫のボアズが妻を強く、彼女の顔を胸に沈めるように抱きしめた。
 熱い抱擁と労いの言葉に、イリヤだけでなく、メイドや助産婦も目頭を押さえ、視線を逸らし、涙を拭う。
 部屋の者全員の目が離れた隙に、デートリヒがベッド横の子とフリートの子、2人を抱き上げた。そして、両腕の子らを誇らしげに皆に示し、イリヤに微笑みかける。
 彼女に先に渡したのは、右腕の子。
 「ボアズ似の子だ、良き跡取りになる」
 イリヤはそっと受け取り、愛しげに顔を見つめた。子の手には深紅のルビーが輝いている。
 続いて、デートリヒは左腕の子も彼女の胸に抱かせた。
 「この子が母を失ったことは知っているな
 伯爵家を支えるに相応しい子として、お前が立派に育てるように」
 青いサファイアを握りしめたもう1人の子にも、イリヤは優しく頬ずりをする。
 「大切に、お育ていたします」
 その部屋にいた者たち、伯爵と兄弟以外、子らの取り替えには気づいていなかった。

 デートリヒ伯爵が息子たちに孫の取替えを命じたのは、2人が妻の懐妊を同時に報告した時だった。
 家長の命令とはいえ、兄弟たちは、当然、強く反発する。
 デートリヒが2人に答えたその理由は、驚くべきものだった。
 「精霊王の啓示である」

 デートリヒの叔父、ネロス公爵家長子は、聖女の騎士の1人だった。
 聖女の死の直後、彼は精霊王から直々に告げられたのだという。
 『おまえの血族の先に、聖女と共に蘇らせてやる
 全てを偽ってでも、守るがいい』
 最後に会った時、他言無用と、当主にも、母にも、妻にも隠すように、と伝えられた言葉。
 デートリヒが伯爵家を継いで長い年月が過ぎ、意識の底封じ込んだ記憶だった。息子たちの妻が同時に懐妊したとの報告を受けた時、はっきりと、忘れていた瞬間などなかったかのように、鮮やかに蘇る。

 精霊王の言葉に従い、3日早く生まれた次男の子を嫡男の子ディルと、『贖罪の日』生まれの嫡男の子を次男の子リョクとした。
 ディルの髪と瞳、そして魔石がボアズと同じ色だったこと、リョクの瞳がフリートと同色であり、彼が伯爵家で暮らす理由が明確であったこと、さらに、イリヤ夫人が母性の強い慈悲深い女性だったこと、で、疑う者は現れなかった。

 伯爵の庇護の下、リョクとディルは双子のように、離れることなく育てられた。同世代の友人はいない。伯爵らが神子発覚を恐れ、2人の安全を優先したためでもあった。
 そしてやがて、伯爵家の者たちは、2人を隔離して育てた判断が、間違っていなかったと確信する事件が起きた。

 それは、竜王が神子の誕生を認め、保護の勅命を発布した直後、リョクとディルが3歳の時だった。

 王都で、前例のない事件が起きた。被害者は市場の商店の母娘。
 雑踏の中、気がついた時には、娘は絶命、母は右腕を失っていた。同時に娘の魔石、エメラルドも奪われていることもわかった。
 当初、騎士団は魔石を宝石と間違えた強盗殺人と考え、捜査を行った。
 そして、手がかりのないまま過ぎた15日後、今度は貴族の子息と従者が標的とる。さらに60日後、今度は裕福な商家の、元貴族の娘と乳母が命を落とした。
 3件とも、子は鋭利な刃物で心臓を一刺し、保護者は右腕を落とされていた。ほぼ同一の大きさと深さの傷口、金銭的価値のない奪われた魔石。さらに、詳しく調べると、最初の子の誕生日が『贖罪の日』、次の2名とも10日以内に生まれた子だった。
 当然、騎士団内では、神子候補を狙った同一人物の犯行と考えられた。 

 巷では『魔石を持つ子』が狙われる。と囁かれていた。
 竜王の勅命発布をきっかけに、公の存在となった神子候補。その子らが狙われている、という不都合な事実を隠すために意図的に流された噂だ。
 第三騎士団に入隊したばかりのボアズは、職務上、神子候補が狙われていると、すぐに知ることができた。
 以降、伯爵家に出入りする者は極端に制限され、リョクとディルは広い王都邸から出ることはなかった。
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