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ルディ・リアリース
しおりを挟む突然の出来事に思考が停止する。
ルディが追われている。誰に。
周囲の喧噪が遠退くような感覚を覚えていると、雑踏に合わせて鎧の関節部、金属と金属が擦れ合うけたたましい音が鼓膜に届く。数は三つ。
明らかにただ事ではない。
我に返った俺は一先ず彼を護らねばと彼の着用しているローブを拝借し、目深に被る。そしてレオにルディを託して、俺は敢えて人目につきやすい位置に立ち、さも今走り疲れて休憩していますという呈を装った。実際は腰がっくがくなんだけども。
二拍ほどして俺の思惑通り、金属の音がかなり近くに迫る。
「捕まえたぞ!」
鎧を纏った男が俺の手を掴んで反転させる。関節に走るぴりっとした痛みに眉間を寄せた刹那、細まった視界に兵士らしき男達が飛びこむ。
心臓部に鷹らしき紋章。
警ら、街の治安部隊の鎧ではない。
即座に貴族の私兵だと判断した俺は可能な限り低い声を出して、男達を睨みつけた。
「いっってえな。なにしやがる!」
「!? お前、」
外套の下、はためいた俺の赤茶に、男達が驚きを露わにする。
「何時まで掴んでんだよ。こちとらちょっと休憩してただけでいきなり暴力を振るわれる謂れはないんだけど。それとも御貴族様は気に入らねえもんには掴みかかるのが常識なのか」
「あ、いや」
態とらしく声のボリュームを上げれば道行く者達が足を止め、なんだなんだと群がり始める。
計画通りだ。
野次馬共は状況を視認、思い思いに“自分の主観”を吹聴してはそれが伝言ゲームのように二転三転して原型を留めない別物となって辺りを漂う。
最終的には『冒険者への暴行未遂』が『貴族が何の罪もない子供に殺人未遂を働いている』に置き換わっていた。
四方八方から突き刺さる侮蔑と怒りの視線。自分に向けられたものでないと判っていても肝が冷える。当事者である彼等も相当なプレッシャーだろう。
慌てて拘束を解き、誤解だと弁明を試みるが、この状況を覆す強烈な一手には成り得ない。
ただただ不信感と緊張が一本の糸として引き延ばされ……音もなく切れる。
兵士達の前に小石が転がる。
それが合図となった。一つ、また一つと石が放られ、群衆達が釣られるように正義感と貴族、それと現状への不平不満を載せて投石を開始する。
想定以上の成果に内心で詫びつつ、俺はその場から後退り、それに気付いた男衆女衆が『よく頑張ったね。アンタは早く逃げな』と労りながら俺を通してくれる。
「た、ただいま」
「お帰り……じゃなくて大丈夫。怪我してない!?」
「大丈夫。掴まれただけで石は当たってないよ。けど少し見誤ったかな。通行人達がああまでやるのは読めなかった。彼等には少し悪い事をしたかな」
遠巻きに窺うと、石を投げられた兵士達は堪らず尻尾を巻いて逃げ出している途中だった。何時の世も凶暴化した民衆とは恐ろしいものだ。
「まあでもこれであの兵士達は暫く表立ってこの辺りを彷徨けないかな」
「そうだね。……ところでルディ、何故君は彼等に追い掛けられていたの」
「ユニさん……ユニざぁぁあん゛」
「わっ」
感極まったルディが俺に抱き着く。
そういえば快癒した礼も報せも、俺達の幸せの為にルディの物語を手助けする意向も、彼が所在不明だった為に全て後回しになっていた。
宥めるべく腕を回した俺に、眉尻を下げたレオがへの字型に唇を引き結ぶ。不満だけど今回は仕方ないから我慢するという表情だ。ちょっとぶちゃいくで可愛らしい。
「久しぶり。元気だった」
「うぅ~……」
「怪我手当てしてくれてありがとね」
小さな子を相手するように、努めて穏やかな口調で背中をあやす。
不可抗力とはいえ、俺を慕う子供が凄惨な現場を目撃した上に神聖魔法を開花させ、結果その所為で環境の変化によるゴタゴタに恐らく巻き込まれ、助けた俺とは一ヶ月超音信不通……改めて並べるととんでもない心労案件だ。
路地裏に響く嗚咽が鋭い刃物となって俺の罪悪感を滅多刺しにしてくる。
「(すまねえ、ほんとすまねえ)」
「ユニさん、ユニさん。生ぎでで良かっだぁ」
「あああ。心配かけてごめんね。大丈夫、もうすっかり元気だから」
「あい」
「ほら、一回お鼻チーンしようか」
落ち着くまで待つこと暫し。
泣き腫らした目をしょぼしょぼさせたルディは、恥ずかしかったのか再び俺の腕の中に収まって離れない。
そしてレオの顔芸も凄い。
「ルディ。またあの兵士に鉢合うといけないから一回場所を移そう、ね」
「……はい」
「そうなると何処に向かった方がいいかな?」
「その前に一旦防具屋に寄って、ルディの見た目、服を替えよう」
メラビアンの法則によれば人は見た目から受ける視覚情報が大半を占めている。流石に髪色や目は変更のしようもないが、髪型、服装は可能だ。
何かのテレビ番組でもあった。
最初の印象から遠く離れたものになれば、人の脳はそこそこ誤魔化せる。
幸い此処から防具屋まではそう遠くない。
「あ、でも僕いま持ち合わせが……」
「俺が出すよ。治療のお礼と心配かけたお詫び」
「じゃあ俺も半分出すよ。俺のユニを助けて貰った礼として」
「あ、え、俺のユニ? それ、どういう、ことですか」
「あ。ごめん。言ってなかったね。俺とレオ、その、付き合ってるんだ」
さっきもそこの宝飾品店で結婚指輪を購入したばかりだとレオが告げれば、ルディはガーンという顔文字そっくりの顔になる。
「な、な、な」
「ユニと俺は生涯ずっと一緒にいるんだ!」
「…………だ」
「え?」
「やだ。やだやだやだぁ!」
「ちょっ、ルディ。ぐえっ」
「ユニさんは僕の、僕のなのぉ!!」
泣き止んだと思ったら一転、さっきを上回る勢いで泣き喚き、駄々っ子モードに入るルディ。
因みにそれは防具屋で俺セレクション、可愛い系錬金術師になるまでクールダウンしなかった。
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