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野営と思わぬヒント

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 野営地点への到着はまだ早い時間だった。
 見上げた空の太陽は真上を少し過ぎた程度。腕時計や時計塔のない此処では恐らく昼の二時の辺りだろう。
 燦々と降り注ぐ陽光は温かく、隠す雲は見当たらない。明日もきっと快晴だ。
 荷を降ろした俺は、周囲を検める。
 雑草のない、踏みしめられた剥き出しの大地が四方二十メートルほど。一角には何年も親しまれてきたような土堀りの竃と、片付け忘れた少量の灰が残っていた。
 俺達以外に人の気配はなく、魔物による襲撃などの痕跡は今の所ない。

「じゃあ野営の準備をしようか」

 レオの号令を合図にそれぞれが動く。
 中年カップル組は四方に刺した木の杭へ、木板に音の鳴るよう細工した鳴子を紐に通して結びつける。一方の同郷組は寝床の作成と忌避剤の設置。警護対象である依頼人は馬の世話、最後の俺は恒例の焚き火と食事の支度に勤しむ。
 因みになぜ恒例かは消去法だ。
 世の中には同じ材料、手順を辿れど摩訶不思議な現象を生み出すその道のプロがいる。
 彼等がまさにそれだった。
 毒料理と無味料理のスペシャリスト。彼等の名誉の為にどっちがどっちかは伏せておく。……とまあそんな感じで調理は全面的に俺が熟している。

 付近に流れる小川で汲んだ水を沸かし、良い感じに冷ました頃、水洗いした人数分の布を投入し絞って簡易お絞りを作成する。
 
 焚き火の火を守りつつ、付近に流れる小川で汲んだ水を沸かして良い感じになった頃、洗濯した人数分の布をさっと入れて絞ったら簡易おしぼりの完成だ。
 これを風呂代わり兼防具の拭き取り用にする。生ものを扱う手前、先に身奇麗にしていると役割を終えたレオが戻ってきた。

「あ、お疲れさま」
「いや、え」

 俺を見るなり、即、目線を外す。

「ユニ、服、服!」
「食べ物を扱うからね。レオ達の分もそこの鍋にあるから自分で絞って使って」
「そうじゃなくて、服着て」
「……え?」

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。
 俺は自分の身体を見る。
 やや色白な半裸。後衛特有の筋肉の薄い体だが、見るに堪えないほど酷くはない……と思う。多分。
 故に優しいレオは、俺が風邪を引いてはいけないと慮ってくれたのだろう。

「はい、着たよ」
「えっとごめんね。あ、ちょっと口開けて」
「? ふぉう?」
「っ、」

 指示通り唇でOの字を作ると、何故かレオが息を飲んだような気がした。
 そこまで酷い顔だったのかと地味に傷付いた刹那、何かが口に放られる。大きさは、昔栽培したワックスベリー大で、噛むと酸味と甘みが広がった。
 とんとご無沙汰だった甘味だ。自然と顔を緩めた俺に、レオは自身の口元に人差し指を立てて、内緒のポーズを取る。

「さっき、そこで見つけたんだ。一つしか無かったから皆には内緒にして」

 首がもげるくらいに首肯する。
 紫だった頃にはたくさん甘い物を口にしてきたが、今はこれがどの有名スイーツより何倍も美味しく感じる。
 余韻を楽しむ俺に、レオはまた見つけたらあげるねと笑う。

「これからご飯の支度だよね。手伝うよ」
「有難う。……けどそれよりお願いがあって。――俺がご飯作ってる間、アイツを近付けないように抑えてほしい」

 真顔でオズの居る方を指差す。
 奴を野放しにしたら最後、ストレス全開で調理する未来しか見えない。
 『あ゛? メシってこれかよ』
 『何だこの味付け』
 『ほんとお前つかえねーな』
 『腹減ってんだからさっさと作れよ』
 後半は屑元彼の言だが、奴なら絶対に言いかねない。

「あ~……うん。ごめんね」
「へ、あ、兎に角宜しくね」

 多分俺は今、口に出せないほどブスな顔してたんだと思う。取り繕うように作り笑いを浮かべるが、レオの表情が引き攣っているところを見るに、一ミリも誤魔化せてはいないのは明白だ。
 けれどプラスに考えればこれで奴と俺の相性が壊滅的だと理解してもらえて、今後安易に近付けさせないよう仕向けられる。なので結果オーライだ。

「お疲れで……どうかしました!?」
「あ、いや、何でもない。じゃ、アイツのとこ行ってくるよ」

 早速足止めに行ってくれたレオをリモと二人で見送る。

「もしかして喧嘩してました?」
「ううん。強いて言うならこれから喧嘩しないよう行ってくれた」
「あ~……」

 方角を見て深く頷くリモ。

「そこのお湯鍋に布入れてあるから絞って体拭くといいですよ」
「いいんですか!?」
「全然オーケー。なんなら小鍋にお湯分け入れて馬さんの体を拭っても構いませんよ」
「うわぁ、助かります!」

 パァアアという擬音が聞こえてきそうなほど眩い笑顔に目を細める。
 自分にもあんな時期があった。
 気持ちを切り替えて調理道具と食材を並べていく。今日のメニューはナイトレイドの香草焼き、ホットワイン、ヒューリ村で頂いた馬鈴薯の蒸かしだ。
 その内、各自の役割を遂げた面々が合流し、武器や防具の手入れをする。




 鴉に似た鳥が鳴いている。
 空が朱色に染まる頃、俺達は夕餉にした。
 メインは肉汁を吸わせて柔らかくした固焼きパンに野菜代わりの食べられる野草と香草焼きを挟んだ即席サンドイッチだ。
 全員に配り、カップのホットワインに口を付ける。安い赤ワイン特有の閉じた味わいに加え、ぴりりとした刺激が舌の上に転がり冷えた体を温める。
 サンドイッチの方も、入念な下処理のお陰で肉の臭みと筋張った食感は一切なく、豚肉程度の柔らかさに昇格している。
 秘かに他面々の反応を窺えば、それぞれ口角を上げたり、目元を緩めるなど美味しいを表情してくれていた。

「これ、凄く美味しいです」
「そうかぁ? まあまあじゃねえの」
「口に合わないなら食べなくていいよ」
「あ゛、合わねえとは言ってねえだろうが」
「あっそ」

 奴と俺の背後に柄の悪い山猫と威嚇する飼い猫が見えるとグノーが小さく呟く。
 そんな気まずい空気が流れる中、レオが火の消えた竃にある鍋を指差した。

「ユニ、あっちの鍋は何?」
「ナイトレイドのごろごろシチュー。明日の朝飯用だから勝手に食べないようにね」
「あ゛、なんで俺様を見んだよ!」
「はいはい、喧嘩はそこまで。ユニもそう突っかかんな」
「ん、ごめん」
「ハッ。怒られてやんの」
「オズ。お前もダ」
「……チッ」
「ま、まあまあ。ユニさん、これどうやって作ったんですか?」
「香草焼きですか? そんなに難しくないですよ」

 調理の手順やアレンジなどなるたけ解りやすく説明していく内、レオ達が話しを膨らませ、和やかな食卓を形成する。

「ハハッ。そういえば此処もゴブリンが多かったナ」
「ここも?」
「ああ、最近ちょっと魔物の数が増えているような気がしてね」
「繁殖シーズンなら分かるんだけどまだ時期は先だし、リモの村では話しとかない?」
「いえ、初耳です」
「あ゛、いつも通りだろうが」
「支部では特に言及なかったから危険度はないと思うけど」
「おい、俺様を無視してんじゃねえ!」
「考えられるとしたら偶然巣が近かったか、全体的に塒を変えたか。どちらにせよ帰ったらまた報告だな」
「おいっ!」
「あ、今更ですけどこの依頼はどうしてリモさんなんです?」

 普通、薬剤の材料になる物を取りに行くなら扱う立場にいる者か、それに準ずる者だ。 

「それは俺が時々手伝ってて、村の医者はもういい歳ですから」
「じゃあ何時もリモが? 大変だね」
「ええまあ。けど妹の薬の材料も取りに行けるので俺としては助かってます」
「妹さん? 何処か悪いの?」
「足を少し」

 歯切れ悪く告げるリモに、改めてこの世界の医療レベルの低さを痛感する。

「なんか空気悪くさせてすみません。そうだ、皆さんはどうして冒険者になったんですか?」
「俺様は強くなるためだ!」
「俺は子供の頃からの夢かな」
「オレとグノーは、まあそれしか選択肢がなかったってだけだな」
「俺は……大体レオと同じ」

 今は脱出を考えているけども。

「他の奴は一攫千金とか名声、あとはちっと違うが支部への就職って奴もいるな」
「就職?」

 創作小説で富と名声は耳に為るが、支部への就職は耳にしたことはない。

「引退を考えた冒険者が支部の職員としてやってくんだよ。腕の良い奴はスカウトされるらしいが、そうでねぇ奴は最低でも銀等級まで上がらねえと無理なんだと」
「初耳だよ」
「そりゃあ、あんま魅力ねえからな」

 ガハハと豪快に膝を叩くラム。
 だがその中で俺だけが、雷に打たれたような衝撃を喰らっていた。
 支部の職員。あのカウンターで仕事を捌く受付が脳裏を過る。

 ――支部職員、ユニ・アーバレンスト。


 ……ありかもしれない。
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