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第三章

「誰か、ここから抜け出す手段を考えよ!」

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 王城の四階は、国政にあたる者たちの執務室と王族の居住区になっている。

 三階から四階に上がる階段は鉄板で蓋ができるようになっており、有事の際は完全に下の階と隔離できるようになっていた。
 床板も特別に分厚く作られており、窓も全て弓除けの板戸を取り付けられるようになっている。

 さらに王城そのものに張られているもの以外に四階単独で魔法で結界が三層の張られており、絶対に敵の侵入を許さない。
 高所にあることも含め、距離的、物理的、魔法的に完全な防御を誇っていた。

 だが今、その結界のうちの二層が消え、最後の一層のみで侵入を防いでいた。

 「誰か、ここから抜け出す手段を考えよ!」

 板戸を締め切った薄暗い室内で、国王が叫ぶ。
 完全防御のこの場所であっても、当然ながら脱出の手段は準備されている。
 そうでなければ、意味がない。

 本来であれば、王族のみが使用を許された転移魔法陣で遠方で脱出が可能だった。それが唯一の脱出経路だ。
 後を追われないための仕掛けだ。
 高い位置に籠城していると見せかけて、安全に脱出するのだ。

 しかし、それも現在は使用できない。

 その原因を、国王はある程度は予測できていた。

 <妖精が逃げ出したのか……>

 王城の結界や転移魔法陣などの魔法的装置の動力源は、この城が建てられたころから封じられている妖精の力が利用されていた。
 それは王族と、一部の重鎮のみに知らされている秘密だった。

 王城の地下深くに隠された場所にそれはあった。
 小箱に封印した妖精を魔法陣上に配置して、大きな力を生み出して利用していたのだ。

 全ての魔法的装置が動かないなら、その力が消えたとしか思えない。

 唯一残っている結界は賢者ブリアックがもしもの時に張ったもので、独立した魔道具を動力源にしているものだ。
 それがなければ、四階まで敵は侵入していただろう。
 賢者が気まぐれに張った結界だったが、それに救われた形になっていた。

 <やはり、あの解呪の儀式か?>

 解呪で封印が解けることはない。
 本来は別系統の魔術だからだ。
 だが、あれが切っ掛けになったとしか思えなかった。

 ガコン、ガコンと、鉄の板が叩かれる音が響く。
 国王がいる場所から鉄板で蓋がされている階段までは離れている。
 しかし、四階にいる誰もが声を潜めているため、静まり切った空間にやたらと音が響き渡るのだ。

 『……ねえねえねえ……ここ開けてよ……おにごっこしようよ……』
 「ひぃいい」

 近くにいた王妃が悲鳴を上げた。
 王族は一室に集められ、その周囲を近衛騎士団が守っていた。
 別の部屋では同じように大臣たちも守られているはずだ。
 
 三階以下にいた貴族や官僚、使用人たちがどうなったのかは分からない。
 今のような状況で誰も助けに来ないということは無事とは思えないが、確認に行く術はない。

 あの声の主は、封印されていた妖精だろう。
 それ以外にあのような声を響かせられる存在は、王城に存在しないはずだ。
 
 本当に妖精なら、対抗できる人間はいない。
 力の弱い妖精ならともかく、王城にかけられていた魔法を支えていたような強力な妖精だ。
 並みの魔法使いではどうにもできないだろう。
 このまま食糧が付き、餓死する未来しか見えなかった。

 <せめてブリアックが生きていてくれれば……>

 死んでしまった賢者のことを考える。
 彼ならなんとかできただろう。
 片手間でやって、デートの時間が減ったと文句を言うことだろう。
 あれはそういう男だった。
 
 『あけてよ……』

 ガコンガコンガコンと、叩く音が激しくなる。

 バコン!

 「ひっ!」
 「なんだ!!」

 突如、今までの音とは違う、別の音が混ざった。

 音は階段の方ではなく国王たちがいる部屋の窓からだった。
 窓には板戸がはめ込まれている。妖精に対しては無力だが、気休めに閉められていた。

 「マジで蹴破っていいのか?」
 「思いっきりやれ、結界は無効化されているから問題ない」
 「いや、そういう意味じゃ無くてな。王城の窓だぞ?捕まるんじゃないか?」
 「ここまで来て、何を言っておる!」

 窓の外から、やけに気の抜けたやりとりが聞こえた。
 それと同時に、窓が内側にはじけ飛び、光が差し込む。

 「救助の押し売りだ!喜ぶがいい!!」

 差し込む光の中に立つ二つの影を、国王たちは呆然と見ることしかできなかった。
 
 
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