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第三章

『おにごっこ……』

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 『おにごっこ……』

 それは声なのだろうか?
 空間そのものから響いているようで、どこから聞こえているかすら分からない。

  『おにごっこ……おにごっこ……』

 まだ正午前。
 外は晴天であったはずだ。

 なのに、明り窓から差し込む光は濁ったようで、室内は薄暗い。
 手元は見えるのに、周囲に深い霧が立ち込めているように見通せなかった。

 『つかまえちゃうよ……』

 その声は子供のものに聞こえるのに、酷く暗い響きがあった。

 『にげなきゃね……つかまえたら……とじこめちゃうよ……』
 『ちいさな箱に……とじこめちゃうよ……』

 その声は一つではない。
 一つに聞こえるときもあるが、まるで分裂するように複数の声が聞こえるときもあった。

 『からだをクチュっと……ちいさな箱にいれちゃうよ……』
 『しまっちゃおうね……つかまえて……ちいさな箱にとじこめて……』
 『ボクらにしたみたいに……つかまえちゃうよ……』

 ここは王城だったはずだ。
 なのに、人影はない。
 煌びやかな内装や家具はそのままに、無人の屋敷にすり替わったようだった。

 壁に飾られた歴代王族の肖像画も病んだように微笑み、彫像も不気味な影を落としている。

 『おにごっこ……いちばんわるい王さまは……いちばんさいご……』
 『みんなつかまえちゃってから……さいごのおたのしみ……』

 人影はないが、不自然な赤い染みが床のいたるところにできていた。
 じっとりと濡れたそれが何なのか……。
 
 『ちゃんとみんな隠れてね……みつけたらつかまえちゃうよ……』

 声は響き続けた。




 <あれは何だったのか……>

 ウーゴ・メラス伯爵は震える身体を自分自身で抱きしめる。
 見慣れない部屋。
 壁には棚が隙間なく並び、多くの壺が置かれていた。
 何かが腐っているような、すえた臭いがしていることからして保存食の保管庫だろうか?
 その一角に、身体を押し込むようにしてウーゴは膝を抱えて座り込んでいた。

 着ている黒いローブは裂け、顔や手には赤黒い液体がこびりついている。
 黒色で目立たないだけで、ローブもその液体が染み込んでいるのだろう、湿ったような重みが感じられた。

 『おにごっこ……おにごっこ……』
 「ひっ……」

 聞こえた声に悲鳴を上げかけるが、手で口を押えて抑え込んだ。
 目だけをキョロキョロと動かして周囲を確認するが、何かがやってくることはなかった。

 声は近くから聞こえているように感じるが、声の主は近くにいるわけではないらしい。
 そのことに気が付くと、ウーゴは安堵の息を吐く。

 ウーゴ主導の集団解呪は成功したはずだった。
 確かに、何かを解呪できたのだ。

 ただそれは魔剣の呪いではなかった。
 解呪の後も魔剣は相変わらず魔法陣を展開し続けており、失敗に終わったことを示していた。

 <我々は何を解呪してしまったのだろう?>

 ウーゴは考えるが、その答えは出ない。
 ただ、解呪が成功した瞬間から、奇妙な声が聞こえ始めた。
 そして、どろりとした濁った光が床から立ち昇ったのだ。

 その光は数人の魔法使いにまとわりつくと、まるで雑巾を絞るように細く縮まっていき……気が付いたら掌に乗るような小さな木箱が落ちていた。
 その下には赤い染みが広がっていたのだった……。

 『からだをクチュっと……ちいさな箱にいれちゃうよ……』

 あの声の通りなら、あの箱の中には……。

 その後はパニックだった。
 その場にいた全員が全力で逃げた。
 魔法など使っている余裕はない。喉から絶叫を垂れ流しながら、必死で走った。
 濁った光に捕まれば、あの箱になってしまうのだ。

 何者かは分からないが、捕まってはいけない。
 恐怖で縺れる足を無理やり動かし、時には這いつくばりながら謁見の間から身体を遠ざけた。
 どれだけ走ったのかも、階段を下りたのか上ったのかすら覚えていない。
 どこの扉を開けてどこの部屋に潜り込んだのかも覚えていない。

 とにかく、必死で逃げたのだった。

 『おにごっこ……』

 それは命がけの鬼ごっこだった。
 ウーゴは発狂しそうになりながらも、逃げ切ることだけを考えていた。

 
 
 
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