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第三章

「この街に害があるようなら、全力で介入する」

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 その時、アルベルトとナイはアパルトマン併設の食堂で遅い朝食をとっていた。

 ここで二人が食事するのは久しぶりだった。
 昨夜やっとアルベルトの自室で過ごし、そのまま朝を迎えて朝食をとっているのだった。
 もちろん、ただ自室で寝ていただけで、やましいことは何もしていない。

 遅い時間だったため食堂にはあまり人はおらず、その人たちもアルベルトたちに気付いてはいるものの声をかけてくることはなかった。
 もし囲まれてしまったら、二人はまたしばらくは精霊の庵に籠ろうかと思っていたので、ありがたい反応だ。

 これは自宅であるアパルトマンに姿を現さなくなったアルベルトたちに配慮して、経営者が住人や客に言い聞かせてくれた成果である。
 英雄を称えるのは確かにいいことだが、住んでいる場所でまで騒がれたら落ち着けるところが無くなるだろうと考えてのことだ。
 せっかく英雄が住んでいることで有名になったのに、騒ぎすぎてここから出ていかれたら、アパルトマン自体の評判にも関わるという打算的な部分もあるにはあったが。

 「ん?」

 食事途中にいきなりナイが小さく声を漏らした。

 「なんだ?食いたかったのか?」

 向かい合わせでテーブルについていたアルベルトは、眉を寄せて急に真面目な表情になったナイに声をかける。
 その手にはソーセージが刺さったフォークがあり、口を開けて齧り付く寸前だった。
 アルベルトとナイは別のメニューを食べており、ナイの方にはソーセージがなかった。

 「いや……うむ、いただこう」
 「ほれ」

 アルベルトにソーセージを差し出され、ナイは中腰で立ち上がり上半身を伸ばして齧り付いた。
 大きく口を開けて咥えるときに『変態め……』と周囲の客の中から聞こえたが、気付いたのは耳の良いナイだからだろう。
 パリッとソーセージの皮が破け、肉汁が口元を汚す。
 ナイはそれを赤い舌で舐めとりながら声のした方を見ると、なぜか顔を赤くしている中年男性の姿があった。

 「……先ほど何か魔法の封印が壊れた感じがあったぞ」
 
 ゆっくりとソーセージを噛み下してから、ナイは平然と言ってのけた。

 「封印?おい、それ」
 「いや、魔剣のものではない。そもそもあれは単なる結界で、解けることがあっても壊れるようなものではない」
 「いや、その解けると壊れるの違いが分からないんだが……。まあいい、それで大丈夫なのか?」

 封印と言えば、アルベルトのイメージでは人間の力で倒しきれない悪いものを一時的に無力化するためのものだ。
 例外はあるだろうが、そういう認識でかまわないだろう。
 ナイの言葉を聞き、とっさにそれを思いついたアルベルトは焦った。

 「さあな。感覚的には王城の方だぞ。あそこは色々な魔法的防御があるはずだ。なんとかなるのではないか?」

 そう言いながら、ナイはもう一度、上半身を伸ばして大きく口を開ける。
 もっとソーセージをよこせという意味だ。

 「そんな、無責任な」

 アルベルトはもう一度、ソーセージを差し出す。

 「んぐ。我に責任はどないだろう?もぐ。しょもしょも、我は貴族街にしゅら入れないのだからにゃにもできはい」
 「口に食べ物を入れたまま話すな」

 アルベルトの注意にナイは微笑みを返した。

 「ともかくだな。今は我らに手出しできることはないぞ」
 「まあ、そうか……」
 「だがな」

 ナイはソーセージの肉汁でテカった唇を、グイっと手の甲で拭った。

 「我は少なからずこの街を気に入っておる。仲良くなった者たちもいるしな。この街に害があるようなら、全力で介入する。それはアルベルトも同じだろう?」

 手の甲で拭ったせいでテカりの広がった口は、間が抜けて見える。
 しかしそれはアルベルトの心を打ったようだ。

 アルベルトは大きく目を見開いてから、真剣な顔を作った。

 「もちろんだ!」

 そして、二人して笑い合うのだった。


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