上 下
50 / 69
第三章

「祝福を」

しおりを挟む
 この場で平民が勝手に口を開くのは無礼な行為だ。

 しかし、ナイの言葉は国王や式典を進行している文官に向けられたものではなく、近づいてきた近衛騎士へのものだ。
 ギリギリ、無礼になるかならないかの境目くらいの、微妙な位置である。
 まあ、無礼打ちでもされかけたなら、全員に魔法をかけて逃げればいいかと適当に考えているナイである。

 「……なんだ?」

 近衛騎士は怒ったような響きを含んでいた。
 近衛騎士ともなれば下位とはいえ騎士爵を持っている。気安く声をかけられる存在ではない。

 「そのように怒気を含ませなくても、献上については私どもも了承しております。ただ、我がパートナーであるアルベルト以外がその魔剣に触れると危険だと忠告しておきたいと思っただけでございます」
 「なに!?」

 ナイの言葉で、謁見の間が騒めいた。
 ナイはというと、普通の娘のような話し方が上手くいっていることに一人感動していた。

 「その魔剣はダンジョンコアから与えられたもの。ダンジョンコアが個人に与えたものは、その個人の手を離れると呪いを放ち元の持ち主の下に戻ろうとする性質があるとか。ご注意ください」

 ナイは頭を下げたまま横を向いて近衛騎士に笑いかける。
 その笑顔に騎士はわずかに怯んでアルベルトの魔剣を奪おうとしていた手を止めた。

 「小娘!そのようなこと、当然ながら我らも知っておる!!」

 並んでいた貴族たちの列から、一人の男が躍り出た。
 その男にナイは見覚えがあった。

 <む。どこかで見た顔だな。魔導士のようだが……>

 見覚えはあったが、どこの誰だかまでは思い出せない。
 名前を憶えていない程度なら、どうせ賢者ブリアックに関係していた有象無象の内の誰かだろうと考えるのをやめた。

 「そうですか」
 「小娘!お前ごときが考えるようなことはこの魔道騎士団装備部の部長、ウーゴ・メラス伯爵がすでに理解し対策を取っておる!ここにはこの国最高の魔法封じがかけられている場所だ。他国が全力で仕掛けてた魔法であっても封じることができるものだ。たかが剣一本に込められた魔法など恐れるる必要なない!」

 まるで舞台俳優のように大仰に言ってのけた。
 近衛騎士は国王の顔を伺い、国王が小さく頷くのを見てからアルベルトの腰の魔剣に手をかけた。

 「差し出がましい口をききましたね」

 またナイが話したことで、近衛騎士の動きがまた止まった。

 「この国の安寧を願うゆえの言葉でした。お許しください。ただ、忠告させていただいたこと、努々お忘れにならないように」
 「……」

 近衛騎士は少し考えた後に、アルベルトの魔剣を手に取った。
 そして、何事も起こらないことを確認してから、慎重にベルトから魔剣を取り外す。

 「ふう……」

 ナイの脅しが効いたのだろうか、近衛騎士の動きは腫物に触るような繊細でゆっくりとしたものだった。
 近衛騎士は魔剣を手に、国王の玉座の前に進み、片膝を付くと国王に魔剣を捧げ上げた。

 「……これで式典のすべてが終了した。アルベルトよ、下がることを許す」

 文官の声が響き、アルベルトとナイは謁見の間を退出した。
 
 <魔剣を取り上げればもう用無しか。淡白なものだな。さて、魔剣に仕込んだ魔法はこの国に益となるか街となるか……>

 「祝福を」

 謁見の間を出る瞬間、ナイは最後の言葉を伝える。
 その声を聴いたのは、横を歩くアルベルトだけだ。
 アルベルトは起こったことに対応しきれず、先ほどまでかけられていた麻痺の魔法の効果が残っていたこともあって呆然としていたが、その言葉を聞いた途端に眉間を寄せて嫌そうな表情ナイに向けた。

 「うお!」

 ナイの後ろで近衛騎士の叫び声が響く。
 近衛騎士は捧げていた魔剣を支えきれず、両手で抱えだす。

 「な、なんだ!急に重く……もうダメだ!」

 近衛騎士の手から魔剣が滑り落ちる。
 滑り落ちた魔剣は切っ先から床へと落ちていく。

 床は大理石だ。
 それに魔剣は鞘に入った状態で紐で結わえてある。
 誰もが魔剣は床に転がるものだと思ったが、結果は違っていた。

 キンという甲高い音とともに、魔剣は鞘を割り大理石の床に突き刺さったのだった。

 鞘はきれいに二つに分かれ、弾けるように飛んで行く。それは見事に放物線を描き、成り行きを見つめていた貴族たちの足元に転がった。
 剥き身となった魔剣は大理石に深く、刀身の半ばまでを食い込ませたのだった。

 「いったい何が!」

 この異常事態にその場にいたすべての人間の目が剣に集まる。
 その瞬間、魔剣から光が発せられ、それは魔法陣の形となった。
 数メートルの広さに広がる魔法陣は、床へと紅色の光を落とす。

 「なぜ魔法封じが発動しない!?」

 苛立った声の主は、魔道騎士団装備部の部長ウーゴ・メラス伯爵のものだったが、それに答えられる人間はすでに謁見の間を退出していた。
 
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

娘の命を救うために生贄として殺されました・・・でも、娘が蔑ろにされたら地獄からでも参上します

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
ファンタジー
第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。 「愛するアデラの代わりに生贄になってくれ」愛した婚約者の皇太子の口からは思いもしなかった言葉が飛び出してクローディアは絶望の淵に叩き落された。 元々18年前クローディアの義母コニーが祖国ダレル王国に侵攻してきた蛮族を倒すために魔導爆弾の生贄になるのを、クローディアの実の母シャラがその対価に病気のクローディアに高価な薬を与えて命に代えても大切に育てるとの申し出を、信用して自ら生贄となって蛮族を消滅させていたのだ。しかし、その伯爵夫妻には実の娘アデラも生まれてクローディアは肩身の狭い思いで生活していた。唯一の救いは婚約者となった皇太子がクローディアに優しくしてくれたことだった。そんな時に隣国の大国マーマ王国が大軍をもって攻めてきて・・・・ しかし地獄に落とされていたシャラがそのような事を許す訳はなく、「おのれ、コニー!ヘボ国王!もう許さん!」怒り狂ったシャラは・・・ 怒涛の逆襲が始まります!史上最強の「ざまー」が展開。 そして、第二章 幸せに暮らしていたシャラとクローディアを新たな敵が襲います。「娘の幸せを邪魔するやつは許さん❢」 シャラの怒りが爆発して国が次々と制圧されます。 下記の話の1000年前のシャラザール帝国建国記 皇太子に婚約破棄されましたーでもただでは済ませません! https://www.alphapolis.co.jp/novel/237012270/129494952 小説家になろう カクヨムでも記載中です

異世界で黒猫君とマッタリ行きたい

こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。 世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。 それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。 マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。 注)途中から黒猫君視点が増えます。 ----- 不定期更新中。 登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。 100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。 それではどうぞよろしくお願いいたします。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...