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第二章

<人間の少女として扱おうとした自分が間違いだった!>

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 訓練を始めてからの三日間はアルベルトにとって地獄だった。

 昼間の訓練は拷問まがいで、しかも得意の体力がまったく意味をなさない、ひたすら精神だけを消耗させるものだ。
 それに加えて、隙あらばナイは身体を接触させようとするし、どんなに拒んでもベッドに潜り込んで寝ようとする。

 言えばその時は興味をなくしたようにあっさりと引き下がるのだが、気づけばアルベルトに擦り寄ってくるのだ。

 ごく自然に膝に乗ってくるし、肩にも上ろうとする。顔が近づけばキスしてくるし、油断していたら身体を舐められたこともあった。
 人前でも関係なく、アルベルトの身体に四肢を絡ませてくる。
 夜は精霊の庵に寝に行ったはずなのに、朝に気づくとベッドの中に潜り込んでいる。

 少しでも恥ずかしがれば欲情していると言われ、交尾の話になる。

 かと思えば、突然不機嫌になるときもある。
 訓練の時など、まるでいたぶるような、強烈なまでに嗜虐的な態度をとられるのだった。

 アルベルトは消耗した。
 たった三日なのに、疲労困憊だ。精神が病みそうなところまでいった。

 それでも訓練を放り出してナイを追い出さなかったのは、アルベルト本来の面倒見がいいところと、訓練を終えて成長すれば自分と孤児院の子供たちの未来につながると考えられたおかげだろう。
 命を救ってもらい、強力な魔剣を貰ったという負い目もあった。
 
 そして三日目。
 鈍った頭で考えていた時、天啓のように閃いた。
 
 <猫なんだから、猫として扱えばいい>

 そう、思いついてしまったのだった。

 ナイが密着してくるのは、本人が言っていたようにアルベルトに自分の匂いを付けるためだ。
 猫だと考えると、普通の行動だろう。
 猫なら、縄張りとお気に入りの飼い主に匂いを付けようとするものだ。
 そこに愛情とか性的な欲求があるわけではない。

 猫なのだから、暖を求めてベッドに潜り込んでくることもある。
 猫なのだから、足の間で寝ようが勝手に腕枕させられてようが関係ない。身体の上に乗って寝ていても普通のことだろう。

 猫は狩猟をする動物なのだから、獲物をいたぶるのは本能だ。
 嗜虐的な性格なのではなく、元々そういう生き物なのだからどんな態度をとられても気にする必要はない。
 気分屋なのも猫なら普通だ。

 <自然体でいて、近づいてきたら頭を撫でてやればいいだけじゃないか!>

 近づいてきたら抱き上げて撫でてやればいいだけだ。

 <人間の少女として扱おうとした自分が間違いだった!>

 それに気づいた瞬間、アルベルトはスッと気持ちが楽になるのを感じて思わず涙したのだった。
 ちょうどその頃からアルベルトも魔力操作に慣れ、訓練の方も拷問じみた感じから厳しい訓練程度という感覚になりつつあった。
 その時期が重なったことで自己肯定が働いて、アルベルトは自分の考えが正しかったと思い込んでしまう。

 思考が鈍っていた所為で、少女を猫として……ペットとして扱うことの危険性をまったく気付かないまま、アルベルトの脳にその考えが染み渡っていったのだった。



 
 一方ナイは、人間になったことで人間らしい感情が現れつつあった。

 冷静なナイはそれを自己分析し、面白いと考える。

 最初はアルベルトのことを自分の居場所づくりに利用できて、自分の趣味を満たせる頑丈な玩具くらいの感覚でいた。
 便利な存在程度の認識だった。
 その立ち位置は飼い主であった賢者ブリアックに近いが、ブリアックに対して持っていた尊敬の念がないため、劣化版と言ってもいいだろう。
 魔剣などの魔道具を与えたのも、精霊の庵という大きな秘密を共有させたのもアルベルトの逃げ場をなくすために過ぎない。そのついでに、物作りに対する趣味的欲求を満たす意味もあった。作った魔道具の体の良い実験台でもある。

 しかし、本能に従って擦り寄り、共に行動しているうちに、自分の中に飼い主に対しての感情と違うものがあるのを感じ始める。

 <これがいつでも発情できる人間の特性なのかもしれんな>

 とても興味深いと、ナイは独り言ちる。
 この感情がどうすれば大きく育つのか、そして有益な方向に導けるのかナイは考える。

 しかし、答えが出ることはなかった。

 <流れに任せるしかないか。面白い>

 ナイは好奇心のまま、その感情に従って動くことを決める。

 それがどのような結果を生むのか。
 行きつく先が破滅でも、それはそれでいい。
 自分は十四歳の老いさらばえて死ぬ寸前の老猫だったのだ。
 いずれ訪れる死は覚悟していた。

 得難いものを得られる好機に、アルベルトの元から離れるという選択肢は、もう無くなった。
 

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