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第一章
<最悪の、失敗か……>
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「にぎゃっ!」
ナイは悲鳴を上げた。
それは通路に差し込んだ光の所為ではない。
突如身体に満ちた、体内を掻き回されるような違和感の所為だ。
<なんだこれは?>
ダンジョンコアに願いを叶えてもらう時に本人が苦しんだという記録はない。
ならば……。
毛皮一枚下が、すべて溶けて渦巻いているような不快感。
苦痛にナイは踏ん張ることすらできず、あっさりと体を地面に横たえた。
<最悪の、失敗か……>
ナイの願いはダンジョンコアに拒絶されたということだろう。
それも、分不相応な願いを持った黒猫に罰を与えるという、全力の拒絶で。
<まあ、よい。すでに十四年生きた。十分すぎる猫生だった>
ナイは苦痛を受け入れる。
<主殿に、もうすぐ会えるな。あの少女たちには申し訳ないが、運命と思って受け入れてもらおう>
先ほどまで命を救おうと動いていたのに、あっさりとしたものだ。
十四歳のナイは、猫として老いている。すでに自分自身の寿命を感じ、死への恐怖も薄れている。
そんなナイだからこそ、死を忌むだけのものとは思っていない。
ナイは静かに目を閉じ、身体の力を抜いた。
……しかし。
<む。我は生きているのか?>
しばらくしても自分にまだ意識があることに気づいた。
すでに苦痛も、身体の不快感も消えていた。
ナイはゆっくりと、その目を開く。
<……>
まず、ダンジョンコアが視界に入った。
ナイが触れる以前と変わらず、漆黒の姿のままで変化はない。
「……どうして……は?」
人間の声が聞こえた。
ナイはその声に驚き飛び起きる。
周囲を見渡したが、声の主はいない。
さらに周囲を見渡していると、違和感を感じた。
視線が高い。
ダンジョンコアが、小さくなっている?疑問を感じながら視線を落とすと……。
「うわ!」
視線の先には人間の手があった。
慌ててナイはその手を前足で跳ね除けようとするが、動いたのはその人間の手で大きく空を切る。
「はい?え?」
<この人間の声は自分の中から出ている?>
周囲に響く声は、ナイから出ている。
そのことに気づいて、ナイは少しだけ思案すると、覚悟を決めたように大きく息を吸い、声を発した。
「あーーーーーーーーーーー!ああああぁ!!?え?これは我の声か?我が喋っている?どうして?」
ナイは自分の身体に触れる。
自慢の柔らかな毛皮に触れるはずなのに、その手応えはツルリとしていた。
「は?身体が変わっている?なんだ?え?」
身体全身を、叩くように触れていく。
「頭にだけ毛皮が残って……いや、これは髪?髪の毛が生えているのか?まさか?」
そして、自分の身体に視線を這わせ、確信する。
「……人間になっているというのか?」
自慢の漆黒の毛皮は白い皮膚となっていた。
指は長く五本に分かれ、鋭かった爪は丸く薄く皮膚が透けて見えて桜色になっている。
四肢は長くなり、四つの足というより手足だ。
ナイが人間がするように上半身を起こし地面に座ってみた。
高い視界。
箱の上にでも乗ったくらいの高さがある。
ゆっくりと、立ち上がってみる。
二本足で立つのは難しいかと思ったが、まるで最初からそうして生活していたかのように立ち上がることができた。
「……これは……ダンジョンコアの仕業か?」
この状況の原因に唯一思い当たるとしたら、それしかない。
<だが、我の願いは……>
ナイがダンジョンコアに願ったのは、初心者パーティーを救うことだった。
とくに方法は限定していないが、ダンジョンを管理しているダンジョンコアなら最も効果的な方法を選択してくれると思っていた。
だが……。
「我は心の底では、人間になりたいと思っていたということか……」
そうとしか考えられない。
ダンジョンコアはナイの表向きの願いではなく、本心の願いを叶えたということなのだろう。
「だが、表向きとはいえ、少女たちを助けたいという思いも本心だったのだぞ?……いや」
ナイは困惑したが、ある可能性に気付いた。
ダンジョンコアがたった一つの結果で、複数の願いを叶えられる、もっとも正しい選択をした可能性だ。
ナイは無言で目を閉じる。
<自然体で意識を己のうちに向け、ヘソの下あたりに力がないか探るのだったな>
ナイは賢者ブリアックが初心者に魔法を教えた時のことを思い出していく。
<力を感じる……やはり、我に魔力がある!>
「ふふふふふふふふふ!やれる!やれるぞ!さすがダンジョンコア、我の望みを簡潔な形にまとめて叶えてくれたわけだ!」
ナイの歓喜の叫びが周囲に響き渡ったのだった。
ナイは悲鳴を上げた。
それは通路に差し込んだ光の所為ではない。
突如身体に満ちた、体内を掻き回されるような違和感の所為だ。
<なんだこれは?>
ダンジョンコアに願いを叶えてもらう時に本人が苦しんだという記録はない。
ならば……。
毛皮一枚下が、すべて溶けて渦巻いているような不快感。
苦痛にナイは踏ん張ることすらできず、あっさりと体を地面に横たえた。
<最悪の、失敗か……>
ナイの願いはダンジョンコアに拒絶されたということだろう。
それも、分不相応な願いを持った黒猫に罰を与えるという、全力の拒絶で。
<まあ、よい。すでに十四年生きた。十分すぎる猫生だった>
ナイは苦痛を受け入れる。
<主殿に、もうすぐ会えるな。あの少女たちには申し訳ないが、運命と思って受け入れてもらおう>
先ほどまで命を救おうと動いていたのに、あっさりとしたものだ。
十四歳のナイは、猫として老いている。すでに自分自身の寿命を感じ、死への恐怖も薄れている。
そんなナイだからこそ、死を忌むだけのものとは思っていない。
ナイは静かに目を閉じ、身体の力を抜いた。
……しかし。
<む。我は生きているのか?>
しばらくしても自分にまだ意識があることに気づいた。
すでに苦痛も、身体の不快感も消えていた。
ナイはゆっくりと、その目を開く。
<……>
まず、ダンジョンコアが視界に入った。
ナイが触れる以前と変わらず、漆黒の姿のままで変化はない。
「……どうして……は?」
人間の声が聞こえた。
ナイはその声に驚き飛び起きる。
周囲を見渡したが、声の主はいない。
さらに周囲を見渡していると、違和感を感じた。
視線が高い。
ダンジョンコアが、小さくなっている?疑問を感じながら視線を落とすと……。
「うわ!」
視線の先には人間の手があった。
慌ててナイはその手を前足で跳ね除けようとするが、動いたのはその人間の手で大きく空を切る。
「はい?え?」
<この人間の声は自分の中から出ている?>
周囲に響く声は、ナイから出ている。
そのことに気づいて、ナイは少しだけ思案すると、覚悟を決めたように大きく息を吸い、声を発した。
「あーーーーーーーーーーー!ああああぁ!!?え?これは我の声か?我が喋っている?どうして?」
ナイは自分の身体に触れる。
自慢の柔らかな毛皮に触れるはずなのに、その手応えはツルリとしていた。
「は?身体が変わっている?なんだ?え?」
身体全身を、叩くように触れていく。
「頭にだけ毛皮が残って……いや、これは髪?髪の毛が生えているのか?まさか?」
そして、自分の身体に視線を這わせ、確信する。
「……人間になっているというのか?」
自慢の漆黒の毛皮は白い皮膚となっていた。
指は長く五本に分かれ、鋭かった爪は丸く薄く皮膚が透けて見えて桜色になっている。
四肢は長くなり、四つの足というより手足だ。
ナイが人間がするように上半身を起こし地面に座ってみた。
高い視界。
箱の上にでも乗ったくらいの高さがある。
ゆっくりと、立ち上がってみる。
二本足で立つのは難しいかと思ったが、まるで最初からそうして生活していたかのように立ち上がることができた。
「……これは……ダンジョンコアの仕業か?」
この状況の原因に唯一思い当たるとしたら、それしかない。
<だが、我の願いは……>
ナイがダンジョンコアに願ったのは、初心者パーティーを救うことだった。
とくに方法は限定していないが、ダンジョンを管理しているダンジョンコアなら最も効果的な方法を選択してくれると思っていた。
だが……。
「我は心の底では、人間になりたいと思っていたということか……」
そうとしか考えられない。
ダンジョンコアはナイの表向きの願いではなく、本心の願いを叶えたということなのだろう。
「だが、表向きとはいえ、少女たちを助けたいという思いも本心だったのだぞ?……いや」
ナイは困惑したが、ある可能性に気付いた。
ダンジョンコアがたった一つの結果で、複数の願いを叶えられる、もっとも正しい選択をした可能性だ。
ナイは無言で目を閉じる。
<自然体で意識を己のうちに向け、ヘソの下あたりに力がないか探るのだったな>
ナイは賢者ブリアックが初心者に魔法を教えた時のことを思い出していく。
<力を感じる……やはり、我に魔力がある!>
「ふふふふふふふふふ!やれる!やれるぞ!さすがダンジョンコア、我の望みを簡潔な形にまとめて叶えてくれたわけだ!」
ナイの歓喜の叫びが周囲に響き渡ったのだった。
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