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第一章

<ここは最下層だな>

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 魔法陣が発した光が消えると、そこは巨大な空洞だった。

 ナイは周囲を見渡すが、全体的に薄暗く、自分たちから遠く離れた場所は闇に包まれていて、どこまで続いているのか見ることはできなかった。

 <ここは最下層だな>

 ナイは自分の記憶と照らし合わせ、そう結論付けた。
 この初心者ダンジョンは最下層以外は巨大な空洞などなかったはずだ。

 「ネリー!!どうして飛び出したんだ!」
 「だって、猫ちゃんがいたから……」
 「ここはダンジョンの中なんだ!考えて行動しろよ!」

 ナイの背後では、少年の一人が少女を叱っている。
 会話を聞く限り、ナイのことを見つけた少女が、反射的に飛び出してしまったのだろう。
 そして、ナイが調べていた『彷徨える落とし穴』が発動し、ナイとパーティーごと転移してしまったのだ。

 引率していた男は、素早く剣を構えて無言で周囲を警戒している。
 これからどうするか必死に考えているに違いない。その表情は険しい。
 他の少年少女は思わぬ罠に引っかかったせいで、パニックになってうろたえているだけだった。

 <まともに対応できているのは引率の男だけか。説教している少年は周りの警戒を疎かにして声を荒げてる時点で少女と同類だぞ?>
 
 「叱るのは後だ!周りを警戒しろ!」

 引率の男が叫ぶと、初心者パーティーのメンバーはやっと動き始めた。

 <さて、何が出てくるか?……と言っても、何が出てくるか我は知っているのだがな>

 ナイはそれが出てくるであろう方向を見つめる。
 このダンジョンの地図を記憶しているナイは、これから何が現れるのかよく知っていた。

 <あの奥から出てくるはずだな。そしてそのさらに奥にダンジョンコアがあるはずだ>

 ナイは落ち着いていた。
 それはそうだろう。何が出てこようが、ナイは攻撃されることはない。
 道端に落ちている石のように無視される。
 いや、無視どころか認識すらされないだろう。

 <我は安全なのだが……。ふむ、このまま無関係を貫くのは寝覚めが悪いな。こやつらがここに来る原因は我にあるわけだしなぁ>

 初心者パーティーと引率の男がここに来たことの責任が、ナイにあるわけではない。
 基本的にダンジョン内の出来事は自己責任であるし、直接的な原因もナイを見つけて飛び出した少女にあるだろう。

 しかし、きっかけは間違いなく魔法陣を調べていたナイにあるので、そのままにして自分だけが助かるのも後ろめたさを感じるのだった。
 だからといって、黒猫であるナイにできることと言えば限られている。

 <さて、どうするか。ここはボス部屋、ダンジョンマスターしかいないはずだ。そして逃げ場はない。ここに来るまでの道も閉鎖されているな>

 方法はどうであれここに人間が入った時点で、ここに至るまでの道はすべて閉鎖されて逃げ道はなくなっている。
 転移ポイントはあるが、それもダンジョンマスターが倒されるまで動かせない。
 
 <あとは、ダンジョンコアがあるだけか。だが、ダンジョンコアの部屋に続く通路は……>

 ダンジョンコアに続く通路は閉鎖されているはずだ。
 しかし、ナイはあることを思い出した。

 <……鉄格子か……>

 どういった意図があるのか、ダンジョンコアに続く通路は扉ではなく鉄格子で閉鎖されていた。
 ダンジョンマスターが倒されれば、その鉄格子がせり上がり、通路が通れるようになる。
 向こうにダンジョンコアが見えているのにダンジョンマスターを倒すまで行けないという、どうにも嫌味な構造になっているのだ。
 実に、悪意を感じる。

 <行ってみるか……>

 鉄格子なら、人間は通れなくても猫のナイなら通れる。

 ナイはわずかな希望にかけて、走り出した。
 
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