追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)

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四章 新しい仲間たちの始まり

エピローグ①

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 アダド帝国の皇帝の居城。
 石灰岩ライムストーンの台地の上に建つためライム城とも呼ばれるその城の中には、様々な施設が収まっている。

 大半は国家運営の重要施設だが、皇帝の居城であることから生活のための空間も多く取られていた。

 その生活のための一角に、人の出入りも無い静かな場所がある。
 それは、先代皇帝が愛妾のために建てた小さな塔だ。

 高い塀と小さな庭に囲まれ、人の出入りを完全に制限できる。それは嫉妬深い妃たちから愛妾を守るために建てられたものだったが、先代皇帝の情念が凝り固まった愛のための牢獄としか見えない場所だった。

 今はもう使われていないはずの場所だ。
 だが、先日よりそこに二人の人間が滞在している。

 その場所が使われている理由は、二人が極秘にすべき存在だったからだ。

 「不自由を強いて済まないな」

 そこに滞在している一人、ダースが心底申し訳ないと言った風で声を掛けた。
 ダースの正体は元アダドの第三皇子ダウワース。すでに公に死亡報告がなされ、アダド帝国に居るはずがない……居てはいけない人物だった。

 ダースの姿は以前の薄汚れた姿と違い、サッパリとした印象だ。
 風呂で洗い清められて、上質な布地の服を着ている。見違えたようだ。

 ただ、気に入っているのか、それとも見た目の印象を変えたくないのか、長い髪と髭は整えられているものの、そのままだった。

 「いや、事情が事情だ。私も受け入れている。謝罪はもういいと、何度も言っているだろう?」

 ダースの問い掛けに、しっかりとした声が返される。
 声の主もまた、アダドにいてはいけない存在だ。
 アダド帝国と実質的に敵対しているネレウスの女騎士。イヴだ。
 しかも最も警戒されている剣聖の元領地ヴィルドシュヴァイン侯領の騎士なのだから、絶対にこのような場所にいていい存在ではなかった。

 彼女はゆったりとしたドレスを着て、庭を見下ろすテラスに置かれて椅子に腰かけていた。
 以前より表情が柔らかなのは、騎士服からドレスに着替えたからだろうか、それとも常に身近にいて今も対面に腰かけている人物のおかげだろうか。

 ダースとイブ。
 彼らは、皇帝の居城には罪人として連れて来られたはずだった。

 皇帝自らの手で断罪され、強制的に死罪にされる予定だったのだ。

 だが、奇跡が起こった。
 妖精王と名乗る存在が現れ、彼らを生かす指示を与えた。
 皇帝はその指示に従い、彼らを許して新しい人生を与えることとなった。

 二人は今、処遇が決まるまでの間、アダドの人間の目に触れないこの場所に幽閉されている。
 罪人ではなく、妖精王と縁を結んだ人物として、破格の待遇を持って。

 「しかし、こちらの事情に巻き込んでしまったわけだし……」
 「誠意を込めた謝罪でも、あまりに執拗だと嫌味になるぞ」
 「すまない……」

 イヴの言葉に、ダースは肩を落とした。
 謝罪したいのに謝罪を許されない状態に彼は耐えられないのだろう。落ち込んだ姿は叱られた犬のようだ。

 「話は、進んでいるのだろうか?」

 落ち込んだダースに助け舟を出すように、イヴは話題を変えた。
 話とは、イヴとダースの結婚の話だ。

 そう、ダースとイヴは、妖精王の命令により婚約を結ばされた。
 正しくは、妖精王は『第三皇子とそのは我と縁を持った。復権させよ』と告げ、続けて『北の辺境の地にでも封じるがいい。名を変えても構わぬ』と伝えて来ただけだ。
 だが、それは実質的に二人を夫婦にして、辺境の地の領主にしろという命令と同じだった。

 妖精王はアダド帝国を支えてきた存在。その言葉に逆らうことはできない。
 こうして、皇帝主導で二人の結婚が決まったのだった。

 ただ、ダースはすでに死亡したことになっている第三皇子だ。今更、死んだ皇子が生き返ったなどと発表は出来ない。別人として表舞台に出て来る必要がある。
 しかも、領主になるとなれば、どこかの貴族家の養子にでもするしかないだろう。
 その選定や手続きに、時間がかかっているのだった。

 「皇帝直轄の中から治める領地の候補を選定中らしい。妖精王様の命令だからな、それほど時間はかからず決まりそうだ。養子の件は妖精王様と縁を結びたい貴族で取り合いになってるらしい。こっちの方が時間がかかりそうだ。名はダースのままで行くよ。その方が、呼びやすいだろう?」

 さして興味も無さそうに、ダースは答えた。
 処刑までしようとしていた自分を貴族が取り合っている掌返しの状況に、嫌気が差しているのだろう。

 「私の方は、妹と領主様に手紙を送ったよ。どのような反応が返って来るか、予測もつかないな。妹は祝福してくれると思うが」

 イヴの言う領主様とは、雇ってもらっていたヴィルドシュヴァイン侯爵のことだ。
 イヴの方もネレウスの騎士のままではダースと結婚は出来ない。ネレウスの騎士は比較手的辞めるのは簡単とはいえ、色々な繋がりが存在している。各方面に連絡を取り、了承を得る必要があった。

 「ネレウスのディートリヒ王子が君との結婚の後押しを約束してくれたそうだ。予想以上にスムーズに進みそうだよ」

 もっともこちらは、ネレウスの王子から投げやりに「ジジイの領の騎士なんだから、どこの誰が相手と結婚しても文句言われねーぞ。ジジイが色ボケだからな。ま、話は通しとく」というお墨付きを与えてもらったらしく、それほど難航はしそうにない。

 「なるほど、あの人が……」
 「知り合いなのか?」

 ダースが興味深そうに眉を吊り上げた。
 公には秘密にされているが、ディートリヒ王子は今アダドで一番注目されている人物だ。興味を持つのも当然だろう。

 そんなダースにイヴは無言で笑みだけを返して見せた。
 まさか、ダースも一緒に旅をしてたじゃないかなどとは言えない。ダースと共に行動していた間は、ディートリヒ王子たちは姿を偽装していたのだから。

 「内緒だ。任務が関わるのでな」

 イヴにそう言われて、ダースは何も返せなくなる。
 ダースとて元皇子。しかも軍事国家の皇子だ。任務の内容を身内にすら漏らせないのは、重々承知している。

 興味があるのに質問すら出来なくなって困っているダースを見ながら、イヴはゆっくりと息を吐いた。
 ずっと話したいことがあった。今がその機会だろう。
 イヴは、覚悟を決めると真っ直ぐにダースを見据えた。

 「私は、他にも隠していることがあるんだ」
 「あ、ああ……」

 真顔になったイヴの告白に、ダースは気のない返事を返した。驚いた様子はない。自分の態度から予測されていたのかと、イヴは思った。

 「やはり、ダースは気付いていたのか?」
 「まあ、な」
 「そうか」
 「ネレウスの騎士にしては……その、イヴは上品すぎるんだ。それに、ここで使用人に世話をされている時の態度で確信を得た。君は人に使われる立場ではなく、人を使う立場で育った人間だ」
 「そうか」

 イヴはダースの言葉を坦々と受け入れる。
 対してダースは、かなり難しい顔をしている。秘密に気付いていたことが申し訳ないという雰囲気だ。
 その様子からイヴは、真実を知ることで、今までの関係が変わるのを嫌がっているのだと解釈した。

 だが実は、ダースは「何も気付いていない間抜けな男」を、完璧に演じられず見抜かれていたことに落ち込んでいただけだった。彼は生まれ育った環境から、自分の置かれた立場を演じぬくことが最善だと思い込んでいる人間なのだ。

 「私は、ペルデュ王国の貴族の家に生まれ、ペルデュ王国の騎士をしていた。色々あってすべての身分を失い、縁あってネレウスのヴィルドシュヴァイン侯領の騎士になった」
 「へぇ……え!?」

 イヴはあっさりと告白した。
 あまりに淡白な告白にダースは気のない返事を返しかけ、内容を理解して驚きの声を上げる。
 ダースはイヴが貴族令嬢であることは予測していたものの、まさかネレウスの貴族ではなくペルデュの貴族だとは思ってもみなかった。

 「内緒だぞ?」
 「あ……ああ」

 イヴは人差し指を立てて口の前にもっていき、「しーーっ」とおどけた風に笑う。
 ダースは驚きに声を詰まらせたが、イヴの滅多に見せないお道化た姿に、頬を染めた。

 「助けてくれた人たちとの約束で詳しいことは言えないが、色々あったのだ。まあ、本題はそこではない。理解して欲しいのは、私が元は貴族令嬢で、家や国家の事情に巻き込まれ、他人に人生を決められることが当然だと思って育ったということなんだ。だから、この結婚に異論はない」
 「…………なるほど」

 納得したように言いながらも、ダースは表情を曇らせる。
 貴族令嬢の結婚の多くは家や国家の事情を含む政略である。それを否と言う令嬢は、滅多にいない。あの個人の自由を重んじているネレウスですら、政略は政略で受け入れるくらいだ。

 でもそれでは。
 ダースの目が潤み始める。強く閉じた唇が、震えた。

 彼女が言う、本題。直前までしてていた、謝罪と、結婚の話。
 それでは、まるで政略だから仕方なく、この結婚を受け入れたかのようではないか。

 ダースはイヴが結婚を受け入れてくれたことから、イヴも自分の事を憎からず思ってくれていると考えていた。
 なのに、本当は違ったのだ。
 ダースの肩は震え、目から涙が零れ落ちかける。胸が締め付けられるように痛んだ。

 「それにだな」

 ダースの悲しみに気付かないように、イヴは続ける。

 「政略とはいえ、初恋が実るのは嬉しい事なのだ」
 「は?」

 スッと、ダースの涙が引っ込んだ。驚きに目は丸まり、口も丸く開いていく。

 「すまない。意地悪だったな。だが、ダースも悪いのだぞ。私もダースの本当の気持ちを聞いていない」
 「……」

 確かに流れに任せて、結婚を受け入れたのはダースも同じだ。本心を伝えていない。不誠実だったと、ダースは気付く。

 それと同時に、感じた悲しみの原因を理解する。
 ただ、気持ちは無いと知らされるだけで泣きそうになるほど、自分は本心から目の前の女性を愛していたのだと。

 政略結婚をする立場を演じていただけなら、悲しみなど感じなかったはずだ。むしろ、気持ちが無くても仕方なく受け入れてくれることに、ありがたさ感じていただろう。

 ダースは今、イヴを愛している男を演じているのではなく、やっと、本当にイヴを愛しているのだと自覚した。

 「その、イヴ。私は、君のことが好きだ。結婚したい。いや、結婚してくれ!」
 「おそいよ、ダース。私も貴方の事を好いている。喜んで受けよう」

 真っ赤になって早口で愛を告げるダースを、イヴは笑って受け入れる。
 もう結婚から逃げられない状況になって、やっと二人は互いの気持ちを伝え合うことが出来たのだった。

 



 
 
 
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