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四章 新しい仲間たちの始まり

最後の、仕事

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 「ま……マム……」

 謎の男が身を縮めながら不安げに問い掛ける。そんな男に女性は厳しい視線を向けた。
 
 「スティード!何をやってるんだい?あんたはもうギルド副長サブマスなんだから、もう少し落ち着いててくれなきゃ困るよ!……まあ、トラウマを吹っ切って、外に出てくれたことは嬉しいけどね……」
 「へい……」

 ふくよかな女性の口元は、厳しい口調ながら緩んでいる。まるで子供のイタズラを叱りながらも元気な事を喜んでいる母親のようだ。
 男はマムと呼び掛けていたが、二人の年齢に大差があるようには思えない。母親ではないのは明白だろう。
 ならば他にマムと呼ばれる存在は……。と、考えて、横で話を聞いていたクリストフが思いついたように顔を上げた。

 「リーダー。あれはここのギルドのギルマスだ。慣例で女主人マムと呼ばれてる。それと、あのオッサンの事も思い出した。雰囲気が変わっててすぐに思い出せなかったが、あれはアマダン伯領の元ギルマスのスティードだ」
 「あっ……」
 「そうだ!」

 クリストフに言われ、ディートリヒだけでなくロアも気が付いて声を上げる。じっくり観察すると、確かに男はアマダン伯領の元ギルマスだった。
 望郷もロアも数度顔を合わせた程度だし、かなり荒んだ感じの風貌になっているが、間違いない。

 アマダンのギルドマスターは、何か不祥事をやらかして左遷されたと噂になっていたが、こんなところに流れ着いていたらしい。
 確かにそれならば、凶悪な魔獣であるはずのグリフォンがこんなところに居ても攻撃しないのは当然だろう。なにせ、彼は、ロアの事もグリおじさんが従魔であることをよく知っているのだから。
 そして彼がいる冒険者ギルドであれば話は伝わっているはずだ。グリおじさんが攻撃されることはない。
 ロアは手助けをしてくれたのが彼で良かったと、本心から喜んだ。

 「ディートリヒ王子」

 不意に、ギルドマスターが声を掛ける。女性らしい柔らかな雰囲気ながら、強い意志を感じる声だった。
 ギルドマスターは真っ直ぐにディートリヒを見つめていた。その視線に並みならぬ気迫を感じ、ディートリヒは抱いていたロアを下すと背筋を伸ばして向かい合った。

 「は……」
 「へ?マム?王子だって?こいつは冒険者パーティー『望郷』のリーダーのディートリヒだろ?ネレウスからの流れ者で、酒癖が悪くて度々騒ぎを起こしてたやつだ。うちの……オレが昔いたギルドの酒場も、こいつに半壊させられたからよく覚えてるぞ。酒でやらかして、ネレウスを追いだされたんじゃないかって噂になってたな」

 ディートリヒが返事を返そうとしたところに、元アマダンのギルマススティードが割り込んで話し始めた。ギルドマスターの勘違いを窘めるような口ぶりで、滔々と語って見せる。
 どうやら彼は、ディートリヒが自らの身分を告げた時に聞いていなかったらしい。

 「……うわ……否定できないわ。特に酒でやらかして追い出されたってところ」
 「ギルドの酒場も壊したしな」

 スティードの言葉を聞いて、コルネリアとクリストフが小声で呟く。望郷の面々にしてみれば、彼の言ったことは事実でしかない。恥ずかしさに悶えるしか出来なかった。

 「スティード!口を挟んで話をまぜっ返すんじゃないよ!あんたはちょっと黙ってな!!」
 「へい……」
 
 スティードはギルドマスターに一喝され、背中を丸めて後ろへと下がった。
 ギルドマスターはその姿を横目で確認してから、再びディートリヒに向き直る。

 彼女がディートリヒを見つめる目は真剣だ。

 ふっくらとした優し気な見た目。なのに、ディートリヒは凶悪な魔獣に対峙している様な空気を感じていた。女性でも荒くれ者の冒険者たちを取り仕切っている者だ。何者にも負けない強さを感じる。
 やはり、自分の身分を告げたのは失敗だったかと、ディートリヒは今更ながらに考えた。
 
 ここはアダド帝国。
 戦争状態ではないものの、事実上はネレウス王国と敵対している国である。
 自分が正式な名を名乗り、ネレウスの王子だと知られれば憎しみの目を向けられるのも当然だ。それが公平を期する冒険者ギルドの人間であっても。

 しかも、彼らには事情を教えずに、庭先で激しい戦闘を繰り広げたのだ。
 敵対行動と取られても仕方ない。

 土下座でもして謝り倒すしかないか。……と、ディートリヒは考え始めた。
 上手くいけば牢屋に入れられる程度で済むだろう。その後はネレウスに強制帰国させられるに違いない。

 かなり恥ずかしい思いをするかもしれないが、ネレウスの王子と言う身分を晒した以上は、ディートリヒの恥はネレウス王国の恥だ。つまり、女王の恥。なら、ディートリヒには何の問題もない。むしろ、女王に対して良い嫌がらせになる。
 ディートリヒは土下座するために、膝を折ろうとした。

 「ディートリヒ王子。この度は、ありがとうございました」

 だが、先に頭を下げたのは、ギルドマスターの方だった。

 「へ?」
 「皇帝より勅令を賜りました。国難を救っていただいたディートリヒ王子に対して、礼を尽くせと」
 「え?何を……」
 <そういうことにしたからね!>

 ギルドマスターの言葉にディートリヒが戸惑っていると、やけに明るい声が割り込んで響き渡る。
 ピョンちゃんの声だ。

 <あ、みんな、ボクの声に反応しないでね。これ以上不審者に見られたくないでしょ?>
 「……」

 「なにがそういうことなんだよ?」と疑問の声を上げる前に、ピョンちゃんがそれを封じた。
 仕方がなく、ディートリヒを始めとした全員が表情も変えずにピョンちゃんの声に耳を傾けるしかなくなる。

 <いやぁ、なんか大変だったみたいだね。心配してたんだよ。こっちも色々大変で口出しできなかったんだけど、何とかなったようだね。良かった良かった>
 「……」

 ピョンちゃんの声に心配していた様子は微塵もない。むしろ、わざとやったんじゃないかと思えるくらいに軽い調子だ。

 <ああ、グリおじちゃんも妖精王もグッタリしちゃって。魔力をドッペルゲンガーに全部吸われちゃったんだね。可哀そうに>

 可愛そうにと言いながら、ピョンちゃんの声は弾んでいる。面白がっているのが隠しきれないという雰囲気だ。
 このウサギも本質的に性格が悪い。

 <まあ、自分の持ち場を離れて駆け付けた結果だから仕方ないよね。自業自得。ホント、二匹とも、年だけ重ねて忍耐が足りてないよね。思慮深いボクを見習ってほしいな。でも、二匹が口出しできない状態で良かったよ。ここで口を挟まれたら、また面倒事が増えそうだよね。ボクが奔走してたのが無駄になるところだよ>
 「あの、ディートリヒ王子。どうかされましたか?」

 無言で固まっているディートリヒに向けて、ギルドマスターが問い掛ける。
 無駄口を叩いて本題に入らないピョンちゃんに苛立っているのが、表情に出てしまっていたのだろう。ギルドマスターは心配げな顔をディートリヒに向けていた。

 「いや、何でもない。その、必要に迫られて身分を明かしたが、王子ではなくただの冒険者のディートリヒとして扱ってもらった方がありがたい」
 「はい、重々承知しています。妖精王の使徒であるのはネレウスのディートリヒ王子ではなく、冒険者パーティー『望郷』のディートリヒ様であると」
 「使徒!!?」

 なにやら聞きなれない単語が出て来た。ディートリヒの眉間に深く皺が刻まれる。他のメンバーは呆れた表情だ。
 ロアはと言うと、偉い人たちの話は自分には関係ないとばかりにディートリヒたちから離れて、ぐったりしている双子の背中を優しく撫でていた。逃げ出したわけではなく、本心から自分が関わって良い話ではないと思っての行動だ。自己肯定感の低さはかなり改善されてきたものの、完全には抜けきっていないらしい。

 <そういうことにしたから!望郷のリーダーさんは妖精王の使徒ね。ダンジョンで起こった大問題を片付けてもらうために呼び寄せられた、妖精王のお友達さ!国同士が不仲なのにアダドの危機に駆け付けてくれた聖人なんだよ!すごいねー!>
 「……すごいねー、じゃねぇよ……」

 ピョンちゃんの自分勝手な語り草に、ディートリヒは思わず小声で不満を漏らした。

 「え?何でしょうか?」
 「いや、なんでもない。その使徒と言う大仰な呼び方はやめてくれ。様付けも不要だ。その、恥ずかしい」
 「分かりました。あくまで、冒険者のディートリヒとして扱えと言うことだね?」

 ギルドマスターは途中から口調を変えて、頭を上げてニッコリと微笑んで見せた。
 なかなかの大胆さだ。王族相手に上から目線の態度を取ることになっても、戸惑っている様子すら見せない。つられてディートリヒも笑顔を返した。

 「望郷のディートリヒ。こんな大騒ぎを起こしたんだ、報告をしてくれるんだろうね?」
 「当然だ」

 ギルドマスターの問い掛けに即答したが、本当の事を言うつもりはない。言い訳は相談して準備してある。何やらよく分からない妖精王の使徒だのなんだの事情は、お喋りウサギピョンちゃんが説明の手助けをしてくれるだろう。
 真実は闇の中。望郷のメンバーたちと、ロア、従魔たちの心の中にだけ残されることになる。

 「スティード!会議室の準備をしな!」
 「へい!マム!」

 ギルドマスターの指示に、スティードが駆け出す。
 冒険者ギルドへの報告。
 それは、冒険者が依頼をこなした後に果たす、最後の仕事だ。

 ディートリヒは騒動が終わった実感を噛み締めた。




 




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