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四章 新しい仲間たちの始まり

謎の男と、輪舞

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 舞い落ちるメモ用紙。
 ドッペルゲンガーが伸ばしていた触手も崩れ落ち、何事もなかったかのように風に踊りながら落ちてくる。まるで祝賀行列パレードに降りしきる祝福の紙吹雪のようだ。

 その中に立つ一人の男を、ロアと望郷たちは呆然と見つめていた。
 髪に白い物が混ざり、初老に差しかかかったくらいの年齢だろうか。その割にやけに筋肉質で、先ほど振り下ろした剣の腕前もあって戦いを職業にしていることは間違いない。ただ髪は乱れ肌の艶もなく目の周りに隈も浮いており、全体的にくたびれている様な印象があった。

 見たことが無い男だ。
 いや、なんとなく見たことがあるような気がしないでもない。こんな落ちぶれた感じではなく、もっと威厳がある姿で……。だが、誰も思い出せなかった。

 ほぼ全員が目の前の男の正体を思い出そうとしている中、コルネリアが動いた。
 ただ一人、無言で男の前に向かって歩き出す。

 そしてそのまま、手に握っていた戦槌ウォーハンマーを振り被った。

 「待て待て待て!覚えてないのか!?オレは……」

 謎の男は慌てたが、コルネリアは止まらない。反撃する気もないらしく、剣を手放して敵意が無い事を示すように両手を上げて大きく振った。

 だがコルネリアは止まらない。そのまま振り被った戦槌ウォーハンマーを振り下ろした。

 「うわっ!!?」

 男が咄嗟に一歩下がって身を護る。
 しかし、コルネリアがハンマーを振り下ろした先は、男がいた場所ではなかった。

 「リーダー!何呆けてるの?こいつ、まだ生きてるから!攻撃!!」
 「お……おう……」

 コルネリアがハンマーを振り下ろした先に有ったのは、赤い液体。
 ロアの姿を取っていた、ドッペルゲンガーだ。
 コルネリアが突然男に襲い掛かったと思ったディートリヒは、戸惑いながらも彼女の目的を理解した。

 ドッペルゲンガーは謎の男に真っ二つに切り捨てられて崩れ落ちていたが、まだ力尽きたわけではなかった。わずかながら表面は波打ち、再び攻撃する機会を狙っていた。

 その気配を目ざとく見つけたコルネリアは、男の事を一旦忘れ、本来のドッペルゲンガー討伐と言う目的に戻ったのだった。

 「とにかく、このオッサンの事は後回しだ!ドッペルゲンガーの始末をつけるぞ!」
 「「応っ!」」

 望郷のメンバーが攻撃をするべく動き出す。

 「おいお前ら、結局何だったんだ?メモ用紙を無駄にしてた赤いのは魔獣か?おい、無視するな、答えろ!」

 謎の男が騒いでいるが、無視だ。とにかく今は決着を付けないといけない。
 望郷、そしてロアはドッペルゲンガーに再び攻撃を仕掛けるべく武器を振るおうとした。

 「キャッ!」

 だが、悲鳴が上がり、その足は止まった。
 悲鳴の主は、コルネリアだった。コルネリアは戦闘中に悲鳴を上げることなど滅多にない。異常事態と判断した望郷のメンバーたちは、慌ててコルネリアに目を向ける。

 コルネリアはハンマーを振り下ろした状態で固まっていた。
 振り下ろされたハンマーからは、白煙が上がり、小さな雷のような物が漏れ出ている。雷の魔法でも使われたかと思ったが、ハンマーを握っているコルネリアは無事なため、違うようだ。

 「壊れた……みたい。どうしよう?」

 顔を青くして、戸惑った表情をディートリヒに向ける。ハンマーをよく見れば、確かに壊れていた。本体の一部が歪んでいる。それも打ち付けて壊れたというよりは、内側から弾け飛んだように見える。
 
 <ああ、ドッペルゲンガーが崩壊する時の力を受け止めきれなかったんだね>
 「え?」

 答えたのは、カラくんだった。
 カラくんは急激に魔力を吸われ、地面に仰向けに倒れ込むようにへたり込んでいた。まだ動けないようだが、それでも何とか首を動かしてロアと望郷に顔を向けていた。
 魔力は完全に尽きていないのか、偽装している姿のままだ。熊の着ぐるみを着た小さな男が倒れ込んでいるように見える。
 だからこそなのだろうか、謎の男に警戒されていないようだ。魔獣本来の、巨大な熊の姿であれば、攻撃されていたところだろう。

 同じようにグリおじさんも倒れ込んでいるのだが、こちらは目を回して気絶寸前と言った様子だった。
 本来であれば、グリフォンは最強最悪と言われる魔獣。警戒されて当然の存在だ。
 なのに謎の男はグリおじさんにも警戒している様子が無く、そのことがよりロアと望郷の不信感を煽った。

 「どういうことだ?」
 <ドッペルゲンガーが壊れる時に、溜め込んでいた魔力が放出されたんだよ。そのはかなりの高性能みたいだけど、処理しきれずに壊れたんだね>

 カラくんはへたり込みながらも、クリストフの問い掛けに律儀に答えた。
 ただ、その答えでさらに疑問が深まってしまう。

 「魔道具って?このハンマー、怪しいと思ってたけどやっぱり普通の武器じゃなかったの!?」

 コルネリアが思わず声を上げて、ハンマーを手放した。今まで愛用していた物が、突然得体のしれない物のように感じたからだ。

 <呆れるね。これほどの魔道具を使ってて気付いてなかったなんて。巧妙に偽装されてるけど、打ち付けた瞬間に相手の魔力を吸って、攻撃の力に変える簡易反射魔法リフレクトみたいな効果があったはずだよ。ですよね?ご主人様!>
 「え?あ、そうだったんだ?」
 <そうだったんだって……気付いてなかったのですか?間抜けな人間やグリフォンどもならともかく……もうダメ……>

 ロアは突然話を振られ、ちょっと気まずそうに答えた。
 カラくんはその答えに脱力し、向けていた顔を伏せて動かなくなってしまった。気力すら尽きてしまったのだろう。

 ロアにしてみれば、妙な信頼をしてもらっても困るだけだ。ロアは魔道具については学び始めたばかりで、詳しくない。そもそも、そういうことにやたら詳しいグリおじさんだって気付いていなかったはずだ。
 それに、ロアには戦槌ウォーハンマーを作った暴力鍛冶屋ブルーノが、有能ながらもただの鍛冶だという先入観がある。気付けるはずがなかった。
 そう言えば、ハンマーは弟子の作品だと聞いていた。あの変人鍛冶屋なら、魔道具を作る弟子がいてもおかしくない。
 
 「おい、崩壊って!」

 思い出したように、ディートリヒが叫んだ。やけに声が弾んでいる。

 「崩壊、崩れて壊れることだな」

 クリストフが、当たり前のことを答えて返す。クリストフはもう今の状況を理解しているのだろう。暗殺者刀アサシンナイフを片付けながら、大きく息を吐いて疲れた様子で地面へと座り込んだ。

 「つまり!ドッペルゲンガーの討伐が終わったってことで良いんだよな?な!?」
 「そう言ってただろう。終わりだ終わり」
 「え?」

 二人の会話で状況に気が付いたのか、遅ればせながらもコルネリアが驚きの声を上げた。
 そう、終わったのだ。
 コルネリアの戦槌ウォーハンマーでの追撃で、ついにドッペルゲンガーは力尽き、崩壊した。コルネリアが、最後のトドメを刺したのだ。

 実感のない勝利だが、勝ちは勝ちだ。
 面倒事は全て片付いた。

 「よっしゃ!」

 パンと手を叩くと、ディートリヒは喜びに飛び上がった。着地と同時にロアに走り寄り、抱き上げる。誘拐犯並みの素早さだ。

 「ロア!終わったぞ!!」

 両腕ごとロアを抱きしめて、そのままクルクルと回転して振り回す。
 喜びの表現としてはかなり子供じみているが、よっぽど嬉しかったのだろう。その動きはダンスを踊るように、軽やかに、弾んでいた。とても武骨な鎧を着こんだ男の動きには見えない。

 ロアも戸惑いながらもそれを受け入れる。何度も振り回されている内に実感がわいてきて、ロアの表情も緩み笑みが浮かんできた。

 「全部終わりだ!帰れる!帰るぞ!!」
 「はい!!」

 頬がくっ付きそうな距離で満面の笑みを見せつけられ、ロアも心からの笑顔を返す。
 目に少し涙が浮かんでいるのは、一度死を覚悟したことが原因だろうか。また、皆で笑顔でいられることが嬉しくて仕方がない。

 思えば今回の旅は長かった。ネレウス王国行きから始まり、いつの間にかアダドへと連れ去られ。
 記憶が無かったとはいえ、グリおじさんと双子とも引き離されていた。そのせいで余計に長く感じる。
 
 帰る場所は決まっている。
 ロアと従魔たちが暮らす場所。ペルデュ王国の……アマダン伯領の我が家だ。
 そこで、グリおじさんと双子と、できれば望郷のメンバーたちとも一塊に身体を寄せ合ってゆっくり眠りたい。

 「ネレウスなんか寄らないぞ!アマダンに直行で帰るからな!!」

 ディートリヒの思いも同じだったらしく、ハッキリとした声で告げる。アマダンの街はディートリヒには異郷の地だったはずだ。なのに帰ると言ってくれるのが嬉しい。
 ふわふわとした心地になってくる。振り回され過ぎて頭に血が上ってきたのかもしれないが、気持ちよくて仕方ない。

 「コラルドさんには悪いが、護衛依頼も途中キャンセルだ!ギルドにペナルティを食らっても知るかよ!帰るぞ!速攻だ!」
 「それは困るね」

 興奮気味に言うディートリヒの声に、冷水を浴びせかけるような冷ややかな声が重なった。

 「え?誰だよ?」

 見れば、結界の崩れた部分から、女性が近付いて来ていた。
 ふくよかな体形をしており、長い髪を後頭部で丸く一纏めシニヨンにしてしている。柔らかな見た目に反して、どこか迫力の様なものを感じる人物だった。




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