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四章 新しい仲間たちの始まり

決着の、一閃

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 「そんな……」

 ディートリヒの言葉に明るい肯定の答えを返す望郷のメンバーたち。だが、それは無茶だ。
 ロアは止めるために言葉を続けようとした。

 「ロア、返事は?」

 だがそれは、ディートリヒの言葉で遮られた。

 「ロア。お前も仲間だろ?一人だけサボろうとするなよ?ルーとフィー、ヴァルも動けないんだ。手が足りなんだぞ?」
 「……はい!!」

 止めようとしたのに、ロアは大きく頷いて叫ぶように答えていた。
 答えながら、ロアはズルいと思った。そんな言い方をされたら、否定のしようがない。
 仲間として認めてもらって、一緒に行動するのが当たり前のように言われ、頼られて、拒否できるわけがない。
 ロアは自分の口元が喜びに弛んでいることに気が付いた。

 「でも、どうやって?」
 「ドッペルゲンガーはもう形が保てないくらい虫の息だ。魔力が集められないように邪魔をしながら、とにかく叩き続ける。剣でも打撃でもいい。あっちが限界になるまで、ひたすら攻撃だ」
 「根競べですね」

 言葉を交わしながら、ロアはナイフを、ディートリヒは魔法銀ミスリルの剣を抜いた。
 
 「それしかないな」
 「そうよね」

 いつの間にか魔法の鞄マジックバッグから取り出したのか、クリストフが暗殺者刀アサシンナイフ、コルネリアが鎧を脱ぎ捨てて手に戦槌ウォーハンマーを握っている。
 無言ながらも、ベルンハルトも戦棍メイスの様な長く禍々しい魔術師の杖を持っていた。魔法が使えない時のための打撃武器だろう。ロアはベルンハルトの初めて見る装備に少し驚いた。

 双子は急激な魔力切れで動けず、戦えるのはロアと望郷だけだ。魔法で攻撃できなくなった今、とにかく物理攻撃で攻めるしかない。
 ドッペルゲンガーの限界は近い。魔法ほど強烈な被害ダメージを与えられないものの、剣や打撃武器でもなんとかなるかもしれない。……いや、できるはずだ。

 それを信じて、攻撃し続ける道を望郷とロアは選んだのだった。

 「やるぞ!」
 「「「「応!」」」」

 ひたすら地味な戦いが始まる。
 ロアと望郷は、ひたすらドッペルゲンガーに攻撃する。

 と言っても、液状になって地面に飛び散り広がっているドッペルゲンガーだ。ある意味、地面を耕している様な行為に近い。
 地面を剣で突き、ハンマーで殴り続ける。どれだけダメージを与えられているかも分からない作業。

 ドッペルゲンガーは魔力を集めるために無数の口で詠唱をしようとするが、剣で切り払えば詠唱は途中で止まる。このまま攻め続けてさえいれば、何とかなりそうだった。

 「……でも、中身はロアなんだよな……」

 クリストフが、ポツリと呟いた。
 そう、唯一不安材料があるとすれば、ドッペルゲンガーがロアの記憶と考え方を持っていることだ。
 バカみたいに諦めの悪いロアが、手出しできなくなったからと言ってこのまま諦めるとは思えない。

 先ほどまで、ロアがこのまま逃げようと言い出すくらいには、分が悪い勝負だったはずだ。
 なのに、順調すぎる。
 むしろ、ドッペルゲンガーが力を隠して逆転を狙っていると思えるほどに……。

 何か見落としはないか?……と、クリストフは考えるものの、何も思いつかない。思い付かないことが不安を増長させていく。

 ドッペルゲンガーの魔力の供給源は、ダンジョンだ。
 今はダンジョンから出たことで切り離され、再び繋がろうとしても結界で遮られている。結界は魔力を吸い取られてボロボロになっているが、壁としての機能は残っている。上部が崩れ落ちて冒険者ギルドの建物の上部が見えるくらいに崩れ落ちているものの、弱ったドッペルゲンガーを留めるくらいの役には立ってくれている。

 結界は魔力で作られた物だ。
 だが、魔法で強化されたダンジョンの壁がそうであったように、魔力が非常に吸い出しにくい状態になっている。魔力の供給源にはなり難い。
 大気に散らばっている魔力は希薄なので、集めているところを邪魔できれば問題ないだろう。

 双子の魔狼ルーとフィー、そして魔道石像ヴァルは魔力切れで動けないくらいだから、そちらから魔力を吸い取ることはできない。
 妖精王カラくんはダンジョンの奥底にいる。本人は気付いていないようだったが、決戦の場からカラくんを遠ざけたのは、ドッペルゲンガーに利用されないためだった。
 何かと関係性があり、親和性も高いドッペルゲンガーとカラくんは、何らかの繋がりが存在していてもおかしくない。逆に利用される可能性もあるからと、カラくん以外の全員一致で遠い場所に配置しておくのが安全だろうと、グリおじさんの補助という名目で遠ざけられていた。

 そのカラくんと一緒にいるグリおじさんもダンジョンの奥底だ。

 「やばい!」

 クリストフは、思わず声を上げた。最悪の事態を思いついてしまった。
 ロアはどうして気が付かなかったのか?ロアなら真っ先に予測できたはずだ。なにせ、ロアが熟知している者の行動なのだから。
 ……そう思ったものの、ロアはどうやってドッペルゲンガーを倒すかに思考を割いていたのだろう。他の事まで気が回らなかったに違いない。

 「どうした?」

 何か問題でもあったのかと、ディートリヒが攻撃の手を止めずに声だけ掛ける。誰も手は止めないが、全員の意識がクリストフに向いた。

 「あのロア至上主義が来ないはずがない!」
 「え?オレが何です?」
 「害獣!グリおじさんだ!何の説明もなく、魔力回廊を閉じろと言われて、監視に使ってた魔力も吸われて無くなって、あれが大人しくしてるはずが無いだろ!絶対来る!持ち場を投げ出して来るはずだ!それを、ドッペルゲンガーは待ってるんだよ!でっかい、魔力の塊が来るのを!!」

 その言葉が、まるで予言だったかのように。

 <小僧!!何があったのだ!!>

 今まさに懸念された者の声が、結界の外で響き渡った。
 グリおじさんの声だ。
 声からは、焦りの感情が伝わってきた。

 <ご主人様!!何があったのです!!>

 さらにもう一匹。グリおじさんと同等の魔力を抱えた存在まで来てしまった。
 カラくんだ。

 ロアが魔力回廊を閉じろと命令してそれほどの時間は経っていない。ほぼ素通しで通って来られるとはいえ、ダンジョンの最下層から来たとは思えない早さだった。

 「グリおじさん!カラくん!来ちゃダメ!!」

 ロアも声の主たちを認識した途端に、この先の事を予測したのだろう。声の限りに叫んで止めるが、すでに遅かった。

 グリおじんさんか、カラくんか。もしくはその両方か。
 一気に魔法をぶつけて、結界を破壊したのだ。

 弾け飛ぶ結界。
 飛び込んでくるグリおじさんとカラくん。
 二匹の形相は必死そのもの。主人の危機に駆け付ける、忠義者の姿だった。

 だが、それが主人ロアの首を締め上げる。最悪な形で。
 ドッペルゲンガーの表面にこれ以上ないくらいびっしりと口が浮かび上がった。

 「「「「「「「「「「!!!!!!!」」」」」」」」」」

 限界まで早口で唱えられる詠唱。人間どころか魔道具の限界まで早められたそれは、もう声ではなく硝子ガラスを掻きむしるような音としか聞こえなかった。

 「うわ!」
 「なにこれ!!」

 同時に、ドッペルゲンガーの一部が変化した触手がロアと望郷のメンバーたちを捉える。足から絡め捕られ、ディートリヒすら力任せに抜け出すことは不可能だ。
 飛び込んで来たグリおじさんとカラくんは放置されている。なぜなら。

 <くっ、我の、ち……力が……>
 <ボクの魔力が取られる?>

 二匹は魔力を吸い取られ脱力して地面に転がった。飛び込んで来た勢いのまま転がり、土埃が舞い上がる。

 舞い上がったのは土埃だけではない。
 小さな、紙片。それは、符術のために魔法式が印刷された大量のメモ用紙。

 ドッペルゲンガーは、まだ体内に隠し持っていたのだろう。舞い上がったメモ用紙は天空で大きく広がり、雪のように舞い落ちてくる。
 美しい光景だが、生み出す結果は最悪だ。

 魔力と巫術のメモ用紙。
 最悪の状況が揃ってしまった。

 「敵」

 身動きが出来ないロアと望郷の目の前で、ドッペルゲンガーの一部が盛り上がり、形を取った。

 それは人型。詳しく言うなら、ロアの姿だ。
 全身が真っ赤で、細部は解けたように歪んでいるが見間違いようがない。

 「敵」

 ロアの姿を取ったドッペルゲンガーはニヤリと笑った。

 「オレが、キミに成り代わる」

 ドッペルゲンガーは、真っすぐにロアを見て告げた。
 勝利宣言だ。
 ロアが作った物を利用して巫術を完成させ、ロアの発想から魔力を吸収する魔法を実現させ、ロアよりも先に状況を読んで、勝利を得た。
 偽物が、本物に勝った瞬間。

 その喜びが、醜くドッペルゲンガーの顔を歪ませる。

 <小僧!!>
 「ロア!!」

 グリおじさんとディートリヒが吠えるように叫ぶが、彼らは動けない。声は空しく響くだけだ。
 ドッペルゲンガーの触手が、空を舞うメモ用紙に伸びた。

 「みんな!ごめん!!」

 皆の協力があれば勝てると思っていた。それは、信頼から来る油断だった。おごりと言っても良い。
 仲間を信頼してしまったからこその、失敗。

 「ありがとう!」

 でも、ロアは後悔していない。
 信頼できる仲間がいることは、嬉しかったから。皆を巻き込んだことは謝りたいが、皆がしてくれたことには感謝したかった。

 ほんの一瞬。ドッペルゲンガーの触手がメモ用紙を捉え、魔法が襲って来るまでの間。
 ロアは周りにいてくれる仲間たちの顔を焼き付けるように見つめた。

 笑みを浮かべ、もう終わりだと、諦めの悪いロアが諦めた時。

 「メモ用紙を粗末にするなぁぁああああああああ!!」

 絶叫と共に舞い落ちるメモ用紙の中を抜けて、何かが落ちて来た。
 
 「え?」

 小さな疑問の声を漏らしたのは、ドッペルゲンガーだ。
 何が起こったのか分からないと言った顔をしている。それは当然だ。ロアも、望郷も、グリおじさんですら、何が起こったのか分からない。

 誰一人として、理解できない状況。

 ドッペルゲンガーの身体が、左右に分かれる。溶けるように地面に流れ落ちて行くドッペルゲンガー。

 その背後には、一人の男が剣を持って立っていた。
 ロアたちはやっと、男がドッペルゲンガーを頭上から両断したのだと理解した。

 「オレが作ったメモ用紙を、粗末にしやがって!!」

 場違いな台詞に、誰もが顔を見合わせることしかできない。
 そして、しばらく思案した後。

 「「「「「<<<<……誰?……>>>>」」」」」

 全員の疑問の声が重なった。


 

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