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四章 新しい仲間たちの始まり

結界と、目撃者

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 ロアが使った魔法は、結界。
 望まない物を、全て拒む魔法。拒絶すれば人も魔獣も魔法も通さないし、なんなら光すらも通さないように出来る。
 それだけなら防御魔法と大差がないと思えるかもしれないが、その特徴は逆に望んだ物は通せるという性質にあった。
 魔獣は拒むが、人は通せる。味方の攻撃は通すが、敵の攻撃は通さないなどの選別が可能なのだ。

 今ロアが作り出した結界は、崩れたダンジョンの瓦礫や揺れから発生する負荷を拒んでいる。
 そして、補修や崩れないように支える力は全て通すようにしていた。

 つまり、ロアが張った結界は、ダンジョンの補強に特化した物だった。
 
 ダンジョンの内部を覆い、壁や床、天井にまで水面に広がる波紋の様に、薄く広がっていく。
 いずれはダンジョンの内部全体を覆うだろう。

 <結界が……。あーあ>
 <だいじょうぶ!ザコだから!>
 「?」

 ピョンちゃんが大きくため息をつき、青い魔狼フィーが自信満々に言ってのける。
 ロアにはその二の会話の意味は理解できなかった。

 青い魔狼フィーがチラリと視線を動かした気がしたのでそちらを見たが、その方向には何も無い。大きな岩が転がっているだけだ。
 詳しく調べれば何かあるのかもしれないが、今のロアにその余裕はない。ヴァルが見せてくる精密なダンジョン全体の広範囲な立体地図がロアの感覚を埋め尽くしており、新たに探知の魔法を使えば限界を超えそうだった。

 それに今はまだ結界の魔法を使っている途中だ。
 ロアであっても、別の魔法を同時に使うことはできない。

 <まあ、良いけどね。どちらにしても、ダンジョンの中にはまだ多くの冒険者が残ってるわけだから、目撃者を無くすってのは不可能だろうしね。それにしても、ロアくんは相変わらず非常識だね!結界の構築の速さが異常だよ!>
 「魔法式は前に作った物の応用だし、必要のない機能は取り除いて簡略化してるから。それに、ほとんどヴァルに頼ってるし……」

 ロアはピョンちゃんに非常識と言われたことを受け入れる。まだ納得がいっていないが、多少は意識改革が進んで来た証拠だろう。
 それでも、ヴァルのおかげだと言って、若干の抵抗を見せた。

 <たしかに、ヴァルの負担は大きそうだね。魔法式の構築が追い付かなくて、ゆっくりとしか広がって行かないみたいだ>

 ヴァルがやっているのはロアの魔法の補助だが、状況によっては魔法を使う本人よりも補助の方が負担がかかる場合があった。今が正にその状況だ。
 今のロアは結界の魔法を作り出しているだけ。探知結果を利用してダンジョン内部に沿うように広げているのは、補助のヴァルだ。

 探知魔法で集めた情報を元にして精密な魔法を使うのは半魔道具であるヴァルの得意とするところだが、それでも細かな調整で魔法式の構築が間に合わないらしく魔法の広がりは遅い。

 <ヴァルくんだって、太古の半魔道具で反射魔法リフレクトが使えるほど高性能なんだけどね。その能力が追い付かないほどの魔法を使うって十分非常識だからね。自覚してね>
 「……」

 釘を刺されてロアは無言で返した。もっとも、魔法を使っている途中で気の効いた返答を考えられるほどの余裕もなかったのだが。

 <全体を覆うまでかなり時間がかかるんじゃない?追いかけてるドッペルゲンガーの方は大丈夫?>
 「あ!」

 追い打ちをかけるようにピョンちゃんが言うと、ロアが声を上げた。
 自分の失策に今気付いたとばかりに慌てて、後方に目を向ける。

 <ドッペルゲンガーに追いかけられてるのを、忘れてたんだね……>

 幸い、まだドッペルゲンガーが追い付いてくる気配はない。
 だが、すぐにでも追いついてくるだろう。

 ロアは魔道石像ヴァル経由でダンジョンの崩壊が始まっているのを見せられ、対処に慌てて、すっかり大事なことが頭から飛んでいた。
 ロアは少し後悔するが、魔法は発動している。今更中断はできない。

 「移動しながらは、無理だよね?」
 <無理だろうね。ヴァルくんが壊れちゃうよ>

 ロアは大丈夫でも、ヴァルが耐えられそうにない。
 ヴァルは自分の現在の位置を元にしてダンジョン全体の位置関係を調整して魔法を使っている。移動して元になる場所が動いてしまえば、次々と魔法式も変更していく必要が出てしまう。
 ただでさえ負担がかかっているのに、耐えられないだろう。

 無理だな……と判断すると同時に、ロアはグリおじさんが使う魔力を集める魔法の事を思い出していた。
 魔力を集める魔法も、一度使い始めると移動が出来ない。あの魔法も、同じように自分の位置を固定していないと負担がかかる類いの魔法なのだろう。
 意外なところで、グリおじさんの事情が知れた気がした。ちょっとだけ嬉しくなって、ロアは焦りから固く結んでいた口元を緩めた。

 <だいじょーぶ!魔法をつかい終わるまで、フィーがロアを守るから!あんな偽者の攻撃なんてぜんぶふせいじゃう!すきなだけ魔法を使って!>

 元気よく青い魔狼フィーに告げられ、ロアの緩んでいた口元は明確に笑みの形に変わった。

 魔力を送り続けてくれているグリおじさん。
 守ってくれている青い魔狼フィー
 手の届かないところで、望郷の助けをしてくれている赤い魔狼ルー
 グリおじさんの手伝いをしているカラくん。
 情報をくれたピョンちゃん。
 魔法を手伝ってくれているヴァル。
 双子に魔力を与えてくれている海竜とその眷属たち。
 そして、避難誘導をしてくれている望郷のメンバーたち。

 自分のために、皆が手助けをしてくれている。
 ロアは自分の幸せを噛み締める。仲間がいてくれることが、これほどまでに心強いことだと、改めて思い知った。

 「うん!頼んだよ!」

 その言葉には青い魔狼フィーだけでなく、関わってくれている皆への思いが籠っていた。




 ……ロアは気付いていなかったが、ロアたちが居る十八層には息を潜めて隠れている者たちがいた。

 「…………これは……結界……」

 小さく呟いた声は、女性のものだ。

 「結界?」

 その声を受けて、もう一人が疑問の声を上げた。
 こちらもまた女性。二人は身を寄せ合い、大岩の影に隠れていた。

 最初に呟いた女性の名はサマル。そして、もう一人の名はターラ。
 彼女たちは、アダドが誇る勇者パーティー『降りしきる花』のメンバーだ。

 ……いや、メンバーと言う方が正しいだろう。
 すでに、『降りしきる花』は崩壊している。残ったのは、この二人だけ。
 もう、冒険者パーティーとして戦うことは不可能だ。

 彼女たちの服はボロボロ。全身泥と埃と汗と血にまみれて薄汚れている。幸いなことに回復役の女神官であるサマルが一緒だったおかげでケガは治っているが、それだけだ。
 リーダーであるハリードに好かれるために整えていた身なりも、もう見る影もない。

 カラくんの配下がグリおじさんたちの対処に回ったことで管理が手薄になり、さらにダンジョンコアの不調でダンジョン内の秩序は完全に崩壊していた。
 そのせいで彼女たちのパーティーは魔獣に襲われ続け、気付けば二人だけになっていた。他のメンバーたちの安否は分からない。

 彼女たちにとって幸運だったのが、残ったのが治癒魔法を使える神官のサマルと、姿隠しの魔法を使える魔術師のターラだったことだろう。そのおかげで、何とか逃げ延びられたのだから。

 「シッ!」
 「あっ……」

 二人は思わず呟いてしまったものの、今の自分たちの状況を思い出して口を押えた。そして絶対に気付かれたくないとばかりに小さく身を縮める。

 本来なら高位の魔獣にも効くはずの姿隠しの魔法。
 だが、気付かれてしまった気がする。

 なにせ、先ほど目が合ったのだ。
 チラリと目を向けられただけだったが、間違いなく自分たちの方向を見ていた。

 岩の向こうにいるのは、巨体の魔獣。青い毛皮を持つ、美しくも威厳のある魔狼だ。
 どう見ても、自分たちが到達した階層よりも下にいるはずの高位の魔獣だった。

 怖い……。
 目にした瞬間から抑えきれない恐怖が溢れた。敵対すれば……いや、見つかっただけでも容易く殺されてしまうだろう。そう思わせるほどの、圧倒的強者の存在感。

 二人は、震える身体を自らの両腕で抱きしめながら隠れ続ける。気付かないでと、心の中で唱えながら。

 実のところ、当の巨大な魔狼フィーには完全に気付かれており、ザコだからと見逃されている。
 それどころか、ヴァルにも、ヴァルの感覚を使っているピョンちゃんにまで気付かれている。全員が取るに足らない存在だからと、放置しているだけだ。
 気付いていないのは、結界を張るのに忙しいロアのみ。

 それに、見つかったところでロアの指示も無しに双子が人を襲うはずがないし、ロアがそんな指示を出すはずがない。むしろ、外まで送り届けてくれるだろう。
 二人が隠れているのは、全く無駄な行為だった。

 だが二人は、無駄な行為をしていることに気付くことはない。ひたすら、身体を小さくして震え続けている。
 
 耐え切れないほどの、巨大な魔狼への恐怖。
 少しでも意識を逸らそうと、サマルは別の事を考えた。

 結界……。
 それは、彼女が籍を置いている教会の本部を守っている物。聖女と多数の神官が地脈の魔力を使わないと張れないと言われている、究極の魔法。

 なのに、なぜ、こんなところで……。
 巨大な魔狼の背に、人影のような物が見えた。まさか、あの魔狼が従魔だというのだろうか?

 このアダド地下大迷宮グレートダンジョンは錬金術師に作られた場所だという伝説がある。ならば、あの人影がここの主なのか?

 だが、錬金術師ならこれほどの魔法は使えないはずだ。何か特殊な魔道具を使っているのだろうか?
 あの巨大な魔狼を従魔にしているのも、特殊な従属の魔道具のおかげだろうか?

 疑問は膨れ上がっていくが、あの魔狼の前に出て問えるほどの勇気はない。
 結界の魔法を使う得体のしれない者と、その従魔らしい巨大な魔狼が早く立ち去ってくれることだけを、ひたすら祈り続けた。

 …………この出来事が、いずれまた別の大きな騒動を生むことなど、サマル本人も気付かないまま。

 




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