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四章 新しい仲間たちの始まり

企む、三匹

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 <ピョン。聞いているのであろう?小僧が、ルーとフィーが困ってるとなどと言っておったからな。貴様の仕業なのは分かっているぞ>

 今ここにいるのはグリおじさんとカラくんの二匹だけ。二匹はダンジョンの中を風の様に飛び続けている。
 それ以外は影すら見えない。

 だが、呼びかけたグリおじさんは、誰かに声が届くことに確信を持っているようだった。

 <まあ、気付くよね。お久しぶり!グリおじちゃん!!>

 声が返ってきた。
 ここにはいない、もう一匹の魔獣の声。
 カラくんは不意に聞こえてきた声に身構えた。

 <ピョン、おじいちゃんは止めろと言っておるだろうが。たぶん、妖精王の方が我より年上だぞ>
 <じゃあ、カラおじいちゃんだね!!よろしく、ボクはピョンちゃん!遠方から声だけを届けてるけど、本当は肉体がある愛らしくてフワフワなウサギだよ!ピョンちゃんに、グリおじさんに、カラくん!ちょっと変な名前仲間だね!>

 響き渡る陽気な声に、カラくんは眉を寄せる。
 経験上……というか、自分自身と重ねてこういった可愛らしい弱者を装う連中は信用できないものを感じてしまう。ある意味、同族嫌悪だ。

 <ピョンちゃん……?>
 <先に言っておくと、ボクとカラおじいちゃんは会ったことがあるよ!ボクがまだ自我すらしっかり持っていない頃だけどね>
 <………アイリーンの従魔?肩に乗っるだけで役に立っていなかったウイングラビットか?>
 <正解!!さすが、記憶を操る妖精だね!>

 ピョンちゃんの言葉に促されるようにカラくんは記憶をたどりって思い出した。
 「グリおじさんの知り合い」「ウサギ」「ピョンちゃん」「会ったことがある」。それらを糸口にすれば、全知の木の記憶アカシックレコードに頼らなくても自然と答えを導き出せた。

 ピョンちゃん。
 大昔に姫騎士アイリーンのパーティーが、アダド地下大迷宮グレートダンジョンを訪れた時に同行していた翼兎ウイングラビットだ。
 その時は力も弱く、アイリーンの従魔ながらただの愛玩用ペット扱いで、肩に乗って戦闘もしていなかったと記憶している。

 <さっきのグリおじいちゃんの言葉は気にしない方がいいよ!おじいちゃんは、本能的に相手が嫌がることを察知して思わせぶりに言ってるだけだから。言葉ほどたいして深いことは考えてないよ。あと、従魔の新人さんへのマウントかな?ロアくんの事を自分の方がよく理解してるんだぞってアピールして、上位に立とうとしてるんだよ。卑怯だよね>
 <ピョン!貴様!!>

 グリおじさんが声を荒くして叫ぶ。どうやら図星を突いていたらしい。
 ピョンちゃんはロアが記憶を取り戻してから、魔力回廊を通じてロアと従魔たちの周囲の出来事を見聞きしていた。先ほどまでのグリおじさんとカラくんの会話も筒抜けだ。

 ロアに双子の魔狼ルーとフィーがロアの近くに行けなくて困っていることを教えたのもピョンちゃんだし、何をすれば良いか教えたのもピョンちゃんだ。
 魔力回廊での繋がりは高い水圧がかかる深海などでは機能不全を起こすが、それでもダンジョンの壁程度であれば問題ないらしい。
 ダンジョンは魔力の流れを遮るが、その遮る力よりも魔力回廊での繋がりは強いということだろう。
 そのことは、双子が魔力回廊を通じて海竜とイルカの魔獣の魔力を借りられたことでも証明されている。

 <まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。それで、何のご用?用があるから呼んだんでしょ?>
 <……ふん。言いたいことだけ言いおって。ヴァルと連絡を取って小僧のところに向かわせろ。それだけだ>

 グリおじさんは簡潔に用を伝える。
 ヴァルは本来であればロアを護衛している魔道石像ガーゴイルである。
 姿を隠して行動することに長けてはいるが、ダンジョンの機能によって中に入ることは許されず、外で活動していた。

 <あー、なるほど。でも、いい加減、おじいちゃんも魔力回廊経由で声を届けるくらいは出来るようになって欲しいな。魔力が届く範囲なら自由に見聞きして声を届けられるんだから、その応用だよ?>

 魔力回廊を通じて他者の感覚を利用するのはピョンちゃんだけの特殊技術という訳ではない。
 だが、グリおじさんは守りたい者の近くにいたい方だし、必要性を感じていなかったせいで学ばなかったために使えずにいた。
 だから、ヴァルへの伝言一つでも、ピョンちゃんに頼る必要があったのである。

 <うるさい。我には必要が無い技術だ。覗き見ウサギめ>

 逆にピョンちゃんは覗き見が趣味なため、比類ないほどにこの技術に長けている。
 さらには半魔道具のヴァルに至っては、記憶を覗くことすら可能だ。ロアが過去にヴァルの思考を覗き見る許可を出して、そのまま忘れてしまっているからだ。
 おかげでピョンちゃんはグリおじさんたちがダンジョンに入るまでの行動と、その後の帝都周辺で起こった出来事の詳細を把握している。
 だからこそ、こうやって対応できているのだった。

 <ヴァルくんをダンジョンに入れるのかぁ。ヴァルくんがダンジョンに入ると、帝都の出来事は見れなくなるんだよね。でも、まあ、大丈夫かな?ダンジョンの上のお城の方で面白いことになってるんだけど、もうヴァルくんの出番は無さそうだし。……そうだ、カラくんの配下でお城に侵入してる妖精はいない?できれば、目を貸してもらいたいんだけど>
 <面白いこととはなんだ?>

 ピョンちゃんの言葉に、グリおじさんは苛立った感じで問いかけた。
 性悪ウサギの<面白いこと>に、さらなる問題に繋がるのではないかと感じたためだ。性悪仲間同士、こういった察しは良い。

 <それは追々説明するよ。その前に配下の妖精はお城にいるの?妖精王さん?>
 <いるにはいるけど……>

 カラくんは弱々しく答えた。
 アダドの城には多くの妖精を忍び込ませて監視させている。だがこのウサギに配下の目を貸す方法などカラくんは知らなかった。

 <あ、君もご主人様にはベッタリ寄り添いたいタイプだもんね。許可さえもらえば、目を借りるのは勝手にやるから安心して>
 <…………許可する>

 少し悩んだが、カラくんは渋々ながら許可を出した。
 このウサギに許可を出したが最後、自分の配下を好き勝手に使われるような気がしたが、そんな能力があるなら抵抗は無意味だと諦める。
 なにせ、性悪グリフォンですら感覚を勝手に使われることに抵抗ができていないようなのだ。妖精王とその配下であっても、気付かない内に勝手に使われるかもしれない。大手を振って自由に使うために、大義名分が欲しいだけだろう。

 悪辣ウサギ。
 そう言えば、賢者フィリアの従魔にそんな呼ばれ方をする者がいたと、噂で聞いたことがあった。たぶん、こいつのことだろう。
 兎系の魔獣は本来低位の魔獣ばかり。こんな風に高位魔獣と肩を並べられるほどに成長した者が、他にいるはずがない。

 <ありがとう!それと、これはボクからの提案なんだけど……>
 <なんだ?ろくでもない提案なら後回しにしろ。我は忙しい>

 なにせ、今は五十層に向けてダンジョンの飛んでいる最中だ。
 グリおじさんと言えど障害物が多い場所での高速の飛行はそれほど余裕はない。

 <いや、ボクを呼んだのは君だけどね。なに、悪い話じゃないよ。城で面白いことが起こってるって、さっき言ったよね。それを上手くやれば、この国でもロアくんが自由に活動できるようにできるんじゃないかって思ってさ>
 <どういうことだ?>
 <ロアくんはネレウスの人たちと仲良しだから、アダドを自由に出歩けないでしょう?そこをちょっと調整してあげられないかなーーって>

 ネレウス王国は、このアダド帝国とは仲が悪い。それにロアはアダド帝国の皇族から目を付けられ、一度は皇子に誘拐もされている。

 ダンジョンでの騒動が治まっても、ロアはアダド帝国内で自由に動けない立場になるのは確実だった。

 <この騒動が終わったら、カラくんは頻繁にロアくんをこのダンジョンに来させるつもりでしょ?それなのに、外に出られないのは寂しいんじゃないかと思ってさ。ロアくんなら自由に外に出て、色々買い物したり外の物を採取したりしたがるんじゃないかなー?>
 <…………たしかにご主人様なら色々な所を見たがるでしょうね……>

 カラくんが、ピョンちゃんの言葉を受けて同意する。
 まだそれほど長くない間の関係だが、ロアが好む行動はだいたい把握している。カラくんにとってご主人様ロアの望むことが一番大事だ。
 記憶を取り戻したロアに正しく従魔契約をしてもらい、ロアをダンジョンに籠らせる必要は無くなった。ならば、可能な限りロアにはアダドでも自由に活動して欲しい。
 そういう思いが、ピョンちゃんの言葉を聞いてカラくんにも芽生えて来た。

 <待て!ピョンの言葉に乗せられるな!!そやつは我以上に自分の望みを叶えることしか考えておらぬぞ!何か企んでおるに違いない>
 <酷いなー。ボクは何も企んでないよ?グリおじいちゃんだって、アダドは嫌いでしょ?ちょっと嫌がらせしたくない?あの第三皇子をこの国に連れて来たのは、グリおじいちゃんでしょ?準備した仕掛けが生かせるんだよ?ドッペルゲンガー退治のついでに出来るんだから、損はないでしょ?もちろん、ロアくんには内緒にするから!全部は偶然。そう、、そうなるだけなんだよ!!ボクたちは関与してない!いいね?>
 <それは……>

 妖精王の誘拐事件は許したとはいえ、ロアを色々な面倒事に巻き込んだアダドへの鬱憤は消えていない。
 それを解消できるならピョンちゃんの口車に乗ってやるのも一興かもしれない。……と、グリおじさんもピョンちゃんの提案に魅力を感じてしまった。

 <決まりだね!>

 グリおじさんとカラくんが口を噤むと、それ以上の反論はないと判断したのかピョンちゃんは楽し気に言い放った。

 こうして、ロアたちのロアの偽者ドッペルゲンガー討伐作戦の裏で、三匹だけの怪しげな内緒の計画が進行することになったのだった。




 
 
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