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四章 新しい仲間たちの始まり

コロッセウムの、魔獣たち

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 円形闘技場コロッセウムは巨大だ。
 今まで十層毎にあった階層長ボス部屋も戦うのに十分な広さの闘技場だったが、比べ物にならない。
 迷宮ダンジョンの外ですら、これほど大きな物はなかなか目に出来ないだろう。

 グリおじさんが真っ先に扉を潜って、中へと進む。
 ディートリヒたち望郷のメンバーは、その後ろに続いた。
 降り注ぐ、歓声の様な魔獣たちの鳴き声。喜びに満ちてはいるが、それは好意的な物ではない。侵入者たちを始末できることへの喜びだ。
 悪意の歓声は押し寄せる振動となり、望郷のメンバーたちの全身の毛を逆立たせる。

 グリおじさんは歩みを止めることはない。コロッセウムの中心へと進んでいく。

 硬く平らに土を敷き詰められた地面。取り囲んでいる、円形の壁。
 壁の上に広がる、すり鉢状の観客席。

 コロッセウムは石造りに見えるが、石を積んだ繋目が無い不思議な素材でつられていた。

 一見、岩魔法を使って作られているように見えるが、これは魔法で作られた物ではない。魔法を使えない人間であっても作り出せる物だ。

 コロッセウムは混凝土コンクリートと呼ばれる、砂や砂利に石灰岩ライムストーンを焼いた粉と水を混ぜて固めた物で作られていた。
 石を積み上げて作られる建築物でも同様の物は接着剤として使われており、知識があれば見抜けるだろう。

 ただ通常は、原料の問題からここまで大規模な物を作り出すことは不可能に近い。
 ここはアダド帝国の皇帝の居城の地下。石灰岩ライムストーンの台地の中である。
 立地を生かした、このダンジョンだからこそ作り出せる構造物だった。物作りを喜びとする妖精王が作った物だからこそ、利用可能な素材を生かしているのだろう。

 観客席には、多数の魔獣たち。
 すり鉢状の観客席にひしめいている。観客席と言っても椅子がある訳ではなく、なだらかな傾斜の大型の魔獣でも問題ない広場の様になっていた。

 魔獣たちは、観客席から望郷のメンバーとグリおじさんを見下ろしている。
 その数は数百……いや、千すら余裕で超えている。
 襲ってくる気配はない。この闘技場に限らず、ダンジョンの中には一定のルールが存在していた。この魔獣たちもまた、そのルールに縛られていた。
 ただひたすら、ルールに従って歓声に似た叫び声を上げ続けるだけに留めている。

 その歓声に、<死ね!>や<食い殺すぞ!>などの罵倒が混ざった。

 「うるせぇ!今言ったやつ出て来い!ぶっ殺してやる!」

 完全に臨戦態勢になっているディートリヒは罵倒に反応して立ち止まると、全体を舐める様に睨みつけてから吠えた。完全にキレて凶暴化している。
 それが引き金になったのか、魔獣全体が罵倒を叫び始める。コロッセウムを揺らさんばかりの罵倒の嵐となった。

 <……貴様らにも、声が聞こえたのか?>
 「……魔獣たちの、罵倒が聞こえる?」

 異常に気付いたのは、グリおじさんとクリストフだ。
 全員が、ディートリヒと同じ位置で立ち止まる。奇しくも、そこはコロッセウムの中心だった。

 <チャラいの、気付いたか?>

 グリおじさんも臨戦態勢だったが、ディートリヒの様に頭に血が上っている訳ではない。冷静に周囲の状況が観察できている。
 クリストフは多数の魔獣に囲まれるとんでもない状況に委縮しているが、生き残るために必死だ。斥候役として周囲の観察は欠かしていない。

 「ここにいるのは、全部ロアの従魔ってことか?」
 <小僧が全てと従魔契約をしたとは思えぬ。間接的に従魔となっておる、妖精王の配下であろうな。しかし、直接従魔契約をしていなくても声が聞こえるのか?小僧の無意識の力が強まっているのか?それとも配下が意図して聞かせようとすれば聞こえると言うことか?>

 望郷のメンバーたちがロアの従魔たちの声を聞くことができるのは、ロアの無意識の魔法の結果だ。
 ならば、ここにいる大量の魔獣がロアの従魔になっていると考えるのは当然だが、いくらなんでも全部に名前を付けけて従魔契約をしたとは思えない。

 それほどまでに、今ここにいる魔獣の数は多すぎる。

 順番に数字でも割り当てれば可能かもしれないが、意思疎通できる仲間として従魔を扱うロアが、そんな適当な事をするとは思えない。

 ならば、従魔契約をした魔獣の配下であっても、間接的な従魔と認められ声を聞くことができると考える方が妥当だろう。クリストフもグリおじさんの意見に納得した。

 グリおじさんは配下を持っていない。城塞迷宮シタデルダンジョンに四匹のグリフォンがいるが、あれはグリおじさんに全力で反発していて配下や眷属と呼べる存在ではない。
 双子も、いずれは多くの群れを従える立場になるのだろうが、今はいない。

 翼兎ウィングラビットのピョンちゃんは多数の配下を抱えているらしいが、クリストフは声を聴いただけで直接で会っていない。しかも、配下は普通のウサギばかりらしい。

 従魔の配下の声が聞こえるかどうか気付ける機会があったとしたら、唯一、ロアの従魔であり多数の眷属を持っている海竜の時だろう。

 どうだったかな……。と、クリストフは海竜の眷属であるイルカの魔獣と出会った時のことを思い出そうとしたが、記憶が曖昧だ。状況が混乱して、細部を気に出来る状況ではなかった。
 しかし、イルカの声を聞いた記憶がないのだから、聞こえていなかったはずだ。

 「配下?」

 グリおじさんとクリストフの会話を聞いたコルネリアが呟いた。
 コルネリアもまた、今の状況に完全に飲まれて委縮していた。恐怖で動けないという感じではないが、驚きを隠せないでいる。

 圧倒的な数の魔獣。
 何度か迷宮ダンジョンの魔獣が溢れた状況に立ち会っているが、これほどの魔獣が一堂に会しているのを見たことが無い。
 さすがはアダド地下大迷宮グレートダンジョンといったところだろうか。

 コルネリアは、恐怖を感じた。
 無意識に拳を握り締め、唇を噛む。

 大量の魔獣への恐怖ではない。まったく怖くないと言えばうそになるが、魔獣に対しての覚悟は決めている。
 恐怖を感じたのは、これだけの魔獣を従えているというロアの今の立場に対してだ。
 
 コルネリアも、ロアの立場の異常さは気が付いていた。
 それでも、可能な限り無視してきた。ロアが凶悪な魔獣たちと従魔契約をしていることで、どんな状況になっているのか見て見ないフリをしていた。

 だが、これだけの数の魔獣を直接目にさせられたら、認識せずにはいられない。
 ロアは、大国にも負けない力を従えている。

 ロアがこの力を使ってどこかに戦いを仕掛けることは絶対にないだろう。
 だが、強い力を従えると言うことは、それだけで争いの種になる。従えている力が強ければ強いほど争いは大きくなり、いずれは、戦乱を呼ぶ。

 今は戦争のない時代だ。だが、今後はロアの存在が呼び水となって、再び戦乱の世の中に変わるかもしれない。
 ロアが切っ掛けとなり、大きく時代が変化する。その可能性を実感して、コルネリアは恐怖した。

 「うっせーぞ!てめぇら!!そんなところから見てねーで、こっちに降りて戦え!!うぉらぁ!!」
 「…………挑発しないでよ、バカリーダー。あの大群に襲われたら私たちなんて即死よ、即死!」

 なおも観客席の魔獣たち相手に叫び続けるディートリヒ。
 その声に、コルネリアは思考の深みから現実に引き戻された。握っていた拳が緩み、口元に苦笑が浮かぶ。

 今まさにバカをやらかしている者を目にすれば、まだ訪れていない未来など気にしていられるはずがない。
 コルネリアは叫ぶのを止めないディートリヒを止めるため、腰を蹴った。

 <静かに!>

 コルネリアの蹴りが炸裂してディートリヒが黙ると同時に、一匹の魔獣の声が響く。

 波が引くように魔獣たちの声も止む。
 その魔獣は妖精で、女性の姿で足がヤギの足だ。服を着ていないのにも関わらず、首からぶらさげた大きな角笛が絶妙に胸元を隠していた。

 どうやら、この場を仕切る役割らしく、魔獣たちは彼女に従っている。

 ヤギ足の妖精は静かになった周囲を一瞥すると、視線を上げて頷いて見せた。
 その視線の先は、グリおじさんと望郷のメンバーたちの背後。
 彼らが入って来た扉がある、その上方だった。

 促されるようにグリおじさんと望郷のメンバーたちが振り返り、扉の位置から視線を上へと向けると……。

 「ロア!」

 真っ先に歓喜の声を上げたのは、ディートリヒだった。

 「ロア!やっと会えた!」
 「ロア!無事か!?」
 「……よかった」

 口々に、喜びの声を上げる望郷のメンバーたち。

 そこにいたのは、学園服を着て椅子に腰かけるロアと、傍らに立って控えている妖精王カラカラだった。
 観客席よりもさらに高い位置に箱型の玉座のような場所があり、そこに一人と一匹はいた。

 ロアは望郷のメンバーたちの呼びかけに反応することはない。玉座の様な椅子の背もたれに身体を預けてゆったりと座っている。
 薄く笑みを浮かべ、望郷のメンバーたちを見ているだけだ。

 その視線は、観察のためのもの。
 興味深い虫にでも向けるような、そんな目でロアは見つめていた。



 
 

 




 
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