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四章 新しい仲間たちの始まり
打ち消し合い、生まれる力
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<行って!早く!>
<長くはもたないよ!!>
双子の魔狼が叫ぶ。
だが、他の者たちは混乱していた。グリおじさんすら、何が起こっているのか理解できていない。
大きく目を見開き、双子を見つめるだけだ。
双子は妖精王カラカラと対峙している間、唸っていただけのはずだ。
ずっと、カラカラに対して威嚇しているだけだと思っていた。
なのに、カラカラが姿を消し、妖精の抜け道が消えようとした瞬間に予想外の出来事が起こった。
一度は消えかけた妖精の抜け道が、再び開き始めたのだ。
開いた妖精の抜け道……その入り口である光の円盤はカラカラが維持していた時とは違い、不安定に揺らめいていた。揺らされ、零れ落ちかけている水盆の水のように。
<早く!魔力がもたない!!>
<開いた道が、また、とじちゃう!!>
必死な様子の幼い声に、グリおじさんと望郷のメンバーたちは驚いた。
彼らはやっと理解した。
妖精の抜け道を再び開いたのは、双子なのだと。
双子が上げ続けている声なき唸りが、妖精の道をこじ開けている。
<<ロアを助けて!!>>
重なり合う、懇願の声。
それに最初に反応したのは、ディートリヒだった。
「……行くぞ」
短く言うと、足を進める。
再び開いた妖精の抜け道へ向かって行く。
<…………まて、寝坊助。こんなことはあり得ぬ。ルーとフィーからは魔法を使っている気配は感じられない……>
グリおじさんが渋るものの、ディートリヒは歩みを止めない。
「ルーとフィーがここまで必死に訴えかけてるんだ。オレたちが応えなきゃダメだろ?」
<しかし……再び開いたこの道が、同じ場所に通じているかは……>
グリおじさんが渋るのには理由がある。今の双子からは、魔法を使っている気配がしないのだ。
双子が魔力を発している気配はある。だが、それだけでは索敵魔法程度の役にしか立たないはずだ。
妖精王が閉じようとしていた妖精の抜け道を再びこじ開けるなど、グリおじさんの知識ではありえなかった。
多くの事を知っているグリおじさんだからこそ、この事態に混乱していた。
「行くぞ!」
「お……おう……」
「そうね。多少のリスクは最初から織り込み済みだものね」
「……」
ディートリヒがもう一度号令をかけると、望郷のメンバーたちも応じて足を進め始めた。
戸惑っているのは、グリおじさんだけだ。
<おじちゃんが行かなきゃ!だいじょうぶ、ちゃんとした場所につうじてるから!>
<妖精王はてごわいから、おじちゃんが行かなきゃ!>
<……>
双子の言葉にグリおじさんは嘴を固く閉じた。
返答に困り、唇を噛み締めるかのように。
<おじちゃん、常識を気にしすぎ!しらないことでも受け入れて?>
<ロアの従魔なのに、常識なんていみないって、まだわからないの?怖がりのザコ?>
<ザコおじちゃんだね?>
<ざこーーー!>
口汚くグリおじさんを罵るものの、双子の姿に余裕はない。
音の出ない唸りを上げている口元には泡が浮かび、目は虚ろになりつつある。手足は震え、シッポは元気なく垂れ下がっていた。
限界は近い。
口ぎたなく罵るのも、グリおじさんを早く行かせたいばかりに焦って出た言葉だった。
グリおじさんの性格を知っているからこそ、煽っているのだ。
その事がよく分かるグリおじさんは、覚悟を決めて口を開いた。
<あああああ!分かった!行けばいいのであろう、行けば!我をザコ呼ばわりするではない!!くそっ、小僧のせいで、ルーとフィーまで気持ちの悪い魔法を使い始めたではないか!!>
グリおじさんは叫ぶと、覚悟を決めてそのまま駆け出した。
そして勢いのまま妖精の抜け道へと突っ込んだ。
「うお!」
「なんだ!?」
「キャッ!!」
勢いを付け過ぎて、先を歩いていた望郷のメンバーを後ろから押し飛ばす格好になったのは仕方ない事だろう。
グリおじさんと望郷は、横倒しになりながら団子状で妖精の抜け道の中へと消えていった。
後に残ったのは、まだ不安定に揺らめいている光の円盤だけだ。
「「ふううう……」」
それをしばらく見つめてから、二匹は唸るのを止めて大きく息を吐いた。
同時に、光の円盤は見る見る間に収縮し、小さな点となって消えた。
<もう限界>
<魔力もないよ>
二匹は弱々しく呟くと崩れ落ちる様に脱力して、地面へと転がる。
腹を見せて寝てから、もぞもぞと動いて二匹は身体を寄せた。
その顔には疲労の色が浮いているが、どこか晴れやかだった。
<行ったね>
<ちゃんと、送れたね>
この場に残されたのは、双子の魔狼の二匹だけ。
今まで騒がしかったのが嘘のように、静けさが満ちている。風の通り抜ける音すらハッキリと聞こえた。
周囲には、迷宮の中とは思えないほどの平原が広がっている。
二匹の他には、誰も……何もいない。
<大丈夫だよね?>
<ちゃんと、えこーろけーしょんで確かめたから大丈夫!>
反響定位とは、イルカやクジラなどが人間には聞き取れない領域の声を出し、反響させて周囲を調べる技術の事だ。
双子はそれを利用して、妖精の抜け道を抜けた先の安全確認も済ませていたのである。
だからこそ、安心してグリおじさんと望郷のメンバーたちを送り出すことができた。
ただ、気がかりなのは先に妖精の抜け道を通ったはずの妖精王とロアの姿が、抜け道の先に無かったことだろうか。
<せいこー!>
<大成功!!>
二匹は寝転んだままで、互いに見つめ合う。
計画通りの結果に、満足そうに笑い合った。
……そう、全ては双子の計画通りだった。
もしも妖精王が妖精の抜け道を通って自分たちの目の前に現れたら、こうしようと事前に話し合っていた。
双子はアダド地下大迷宮に入ってから、ずっと実験と訓練を繰り返していた。
グリおじさんが訳の分からない遊びをしている間も、ずっとロアを救う手段を得るために試行錯誤していた。
双子が得たエコーロケーションは、イルカの魔獣に習った魔力を乗せて効果を強めたものだ。
グリおじさんの索敵魔法より精度が高い。
双子はそれを二つの位置から同時に使うことで、別の空間に隠れている妖精すら発見できる技術に発展させた。
だが、エコーロケーションはあくまで周囲を探るためのものだ。
周囲の状況を知ることは確かに大事な事だが、それだけでは何もできない。
だから、双子はさらに発展させることにした。
エコーロケーションの魔力の波に、魔法を加えることができないか考えた。
双子は魔法が飛ばせない。
触れていれば強力な魔法が使えるし、得意の属性であれば飛んできた魔法の制御を奪うこともできる。それなのに、自分では飛ばせない。
大人の姿になれば難なく飛ばせるので、自分たちが子供だからだろう。
それが分かっていてなお、双子は妖精王と戦ってロアを助けるために遠距離の攻撃は必要だと双子は考えていた。
だから、双子はエコーロケーションに魔力が乗せられるなら、魔法も乗せられないかと実験した。
実験の進め方は、ロアが魔法薬の実験をするのを横で見ていたから分かっている。条件の詰め方も手慣れたものだ。
しかし、その結果は、失敗。
魔法自体は乗せられるのだが、攻撃の手段としては使えなかった。
弱い魔獣すら倒せるようなものではなかった。
エコーロケーションは声で、つまりは空気の波でしかない。火や氷の魔法を乗せてもなんとなく空気の温度が変わる程度だった。
だが同時に、奇妙な発見があった。
<消えたね?>
<消えたよ?>
最初に見た時、不思議な現象に双子は首を傾げた。
二匹で別方向からそれぞれ火と氷の魔法を乗せたエコーロケーションを放ったところ、数十回に一回の割合で魔法そのものが消滅してしまったのだ。
火魔法と水魔法は打ち消し合う対極の魔法と言われている。水魔法の上位にある氷魔法も当然同じ性質を持っている。
だが、普通に火魔法と氷魔法を衝突させても、効果が打ち消し合うだけだ。魔法そのものが消滅したりはしない。
火が冷気で消え、氷が火で溶ける程度くらいだ。
それに魔法を使った痕跡すら消えている。最初から魔法を使っていないかのように、何もない。
<なんか変?>
<変だね>
魔法の消滅と同時に、奇妙な変化が生まれるのを感じた。
エコーロケーションを使っていたからこそ気付ける、小さな変化だった。
それは魔力でもなく、魔法でもない。
熱くもなければ冷たくもない。爆発もしなければ、光りもしない。なんだか変な感じがするという程度のもの。
最初は不思議な現象が起こったと思ったものの、気にも留めなかった。
だが、それは双子が望んでいたとある効果を持っている力だった。
それは、妖精が使う空間魔法に影響与えていた。
発見は偶然に過ぎない。
より強い魔法をエコーロケーションに乗せられないかと実験を繰り返していた時、また魔法の消滅が起こった。
同時に別の空間に隠れていた妖精が弾き飛ばされるように目の前に現れたのである。
妖精は自分の魔法の失敗だと思ってすぐに姿を隠したようだが、双子はその現象に興味を持った。
そして実験を重ねて、ついにその力が生まれる条件を発見した。
完全に同時に、完全に同じ量の魔力を使い、完全に正反対の性質を持つ魔法を衝突させる。
その条件を満たした時に初めて、同様の現象が起こり力が生まれるのだ。
衝突させる角度は条件には無い。ただし、衝突させる角度で、生まれる力の有効距離や方向性を決めることができた。
これは一心同体と言っていいほど強い繋がりを持ち、普段から互いの魔法を助け合ってきた双子だからこそ発見できたことだろう。
そうでなければ、相反する魔法を使って条件を揃えることなど不可能だった。
それに、エコーロケーションという一定間隔で魔力が均等化される波に魔法を乗せていたことも大きい。
単純に火魔法と氷魔法を衝突させていたなら、条件を絞り込むことは困難だっただろう。
双子自身の性質と、魔法を使っていた条件が良かったとしか言いようがない。
<すごい!>
<ロアに教えないと!!>
双子はこの発見に歓喜した。
双子はその力を発見してから、意図的に発生させれれる様に練習を重ねた。
それと同時にこの力が妖精が使う空間魔法にどのように影響を与えるのか、慎重に実験を重ねた。
なにせ、実験相手の妖精に気付かれては意味がない。
このダンジョンにいる妖精は全て妖精王の配下だ。何かしようとしているのか気付かれては意味がない。
妖精に実験していることすら気付かれないように、注意に注意を重ねて実験を進めた。
そしてついに双子の魔狼は、別の空間に隠れている妖精の姿を現させ、消える間際の妖精の抜け道をこじ開けることができると知ったのだった。
双子にこの力が何なのか分からない。
ただ漠然と、水を急激に熱したときに水蒸気爆発が起こるように、相反する魔法がぶつかり合って別の力が生まれているのだろうと考えている。
水の中で起こった水蒸気爆発が、水から空中に飛び出して水柱を上げる。そんな感じで、起こした場所よりも異なる空間に大きく影響を与えているのだろう。
……こんな風に、消える間際の妖精の抜け道をこじ開ける力を発見してから。
双子は妖精の抜け道を通って、妖精たちの本拠地……つまりはロアのいる場所に行く手段を考えていた。
だが、ダンジョン内にいる妖精は小さ過ぎる。いくらこじ開けられると言っても、元の大きさより穴を大きくはできない。
ひょっとしたら双子がもっと大きな魔力を持っていたら可能になるかもしれないが、現時点では不可能だ。
双子では通れない。
ならば、より大きな抜け道を作れる妖精を待つしかない。
具体的には、妖精王が目の前に現れる瞬間を狙うしかなかった。
そして、その待ち構えていた瞬間が訪れた。
妖精王が妖精の抜け道の前に防御魔法を張っていたのは予想外だったが、大きな問題ではない。
双子にはその防御魔法を破り、直後にエコーロケーションで妖精の抜け道をこじ開けるだけの魔力はないが、グリおじさんがいる。
グリおじさんが何やら頭脳戦の様な事を始めたが、どうせグリおじさんだ。いずれは癇癪を起して防御魔法を破ってくれるだろう。
それを信じて、双子は妖精王が現れた時点で準備を始めた。
いつでも魔法を乗せたエコーロケーションに切り替えられるように、ずっと低い唸りを上げ続けた。
そして予想通り、グリおじさんは防御魔法を破壊した。
妖精王の防御魔法はグリおじさんでも簡単に破れないらしく、その間に妖精王は逃げて妖精の抜け道も閉じかけたが、何とか間に合った。
だが、妖精王が作った大きな妖精の抜け道をこじ開けた瞬間に、双子は悟った。
この抜け道を維持しながら、自分が通り抜けることは不可能だと。それは直感だった。
だから、双子はグリおじさんと望郷のメンバーたちを送り込むことを選択した。
自分たちはロアがいる場所に行けなかったが、双子は満足している。
グリおじさんは、双子も後から来ると思っていただろう。
双子が付いて来ていないことに気付いて、怒っているかもしれない。まあ、それはどうでもいい。
次に会う時は、どうせロアも一緒だ。守ってもらえるし、グリおじさんなら言いくるめる自信がある。
<おじちゃんたち、がんばってね>
<ロアを助けてね>
妖精の抜け道を通って行った面々を思い、祈る様に呟く。
双子に出来ることはやった。後は、信じるしかない。
本当は自分たちがロアを助けたかったが、今は我慢して待とう。
少し前に無理をしてでもロアを助けようとして何もできなかった経験から、双子は成長していた。どこぞのグリフォンとは違うのだ。
<これから、どうする?>
<どうしよう?>
お腹を空に向けて寝そべりながら、双子は考える。
先に進めないし、戻ることもできない。十層毎に扉があり、魔獣である自分たちでは人間の冒険者の同行無しに通り抜けることはできないからだ。
今いる五十一層から六十層の間しか動けない。進むことも引くこともできない。
でも……。
<実験する?>
<あの扉を通るほうほうの実験?しようか?>
妖精たちの空間魔法すら、何とか出来る手段があったのだ。たかが魔道具ならもっと簡単にできるかもしれない。
例えば、扉自体を破壊したり、機能を狂わせたり。
それに、扉を通れれば、少しでもロアの近くへ行ける。グリおじさんたちがロアと一緒に帰ってきた時に、少しでも早く出迎えられる。
<やってみる?>
<やってみよう!>
双子はダンジョンの上部に広がる本物そっくりの空を仰ぎながら、楽しげに笑い合った。
<長くはもたないよ!!>
双子の魔狼が叫ぶ。
だが、他の者たちは混乱していた。グリおじさんすら、何が起こっているのか理解できていない。
大きく目を見開き、双子を見つめるだけだ。
双子は妖精王カラカラと対峙している間、唸っていただけのはずだ。
ずっと、カラカラに対して威嚇しているだけだと思っていた。
なのに、カラカラが姿を消し、妖精の抜け道が消えようとした瞬間に予想外の出来事が起こった。
一度は消えかけた妖精の抜け道が、再び開き始めたのだ。
開いた妖精の抜け道……その入り口である光の円盤はカラカラが維持していた時とは違い、不安定に揺らめいていた。揺らされ、零れ落ちかけている水盆の水のように。
<早く!魔力がもたない!!>
<開いた道が、また、とじちゃう!!>
必死な様子の幼い声に、グリおじさんと望郷のメンバーたちは驚いた。
彼らはやっと理解した。
妖精の抜け道を再び開いたのは、双子なのだと。
双子が上げ続けている声なき唸りが、妖精の道をこじ開けている。
<<ロアを助けて!!>>
重なり合う、懇願の声。
それに最初に反応したのは、ディートリヒだった。
「……行くぞ」
短く言うと、足を進める。
再び開いた妖精の抜け道へ向かって行く。
<…………まて、寝坊助。こんなことはあり得ぬ。ルーとフィーからは魔法を使っている気配は感じられない……>
グリおじさんが渋るものの、ディートリヒは歩みを止めない。
「ルーとフィーがここまで必死に訴えかけてるんだ。オレたちが応えなきゃダメだろ?」
<しかし……再び開いたこの道が、同じ場所に通じているかは……>
グリおじさんが渋るのには理由がある。今の双子からは、魔法を使っている気配がしないのだ。
双子が魔力を発している気配はある。だが、それだけでは索敵魔法程度の役にしか立たないはずだ。
妖精王が閉じようとしていた妖精の抜け道を再びこじ開けるなど、グリおじさんの知識ではありえなかった。
多くの事を知っているグリおじさんだからこそ、この事態に混乱していた。
「行くぞ!」
「お……おう……」
「そうね。多少のリスクは最初から織り込み済みだものね」
「……」
ディートリヒがもう一度号令をかけると、望郷のメンバーたちも応じて足を進め始めた。
戸惑っているのは、グリおじさんだけだ。
<おじちゃんが行かなきゃ!だいじょうぶ、ちゃんとした場所につうじてるから!>
<妖精王はてごわいから、おじちゃんが行かなきゃ!>
<……>
双子の言葉にグリおじさんは嘴を固く閉じた。
返答に困り、唇を噛み締めるかのように。
<おじちゃん、常識を気にしすぎ!しらないことでも受け入れて?>
<ロアの従魔なのに、常識なんていみないって、まだわからないの?怖がりのザコ?>
<ザコおじちゃんだね?>
<ざこーーー!>
口汚くグリおじさんを罵るものの、双子の姿に余裕はない。
音の出ない唸りを上げている口元には泡が浮かび、目は虚ろになりつつある。手足は震え、シッポは元気なく垂れ下がっていた。
限界は近い。
口ぎたなく罵るのも、グリおじさんを早く行かせたいばかりに焦って出た言葉だった。
グリおじさんの性格を知っているからこそ、煽っているのだ。
その事がよく分かるグリおじさんは、覚悟を決めて口を開いた。
<あああああ!分かった!行けばいいのであろう、行けば!我をザコ呼ばわりするではない!!くそっ、小僧のせいで、ルーとフィーまで気持ちの悪い魔法を使い始めたではないか!!>
グリおじさんは叫ぶと、覚悟を決めてそのまま駆け出した。
そして勢いのまま妖精の抜け道へと突っ込んだ。
「うお!」
「なんだ!?」
「キャッ!!」
勢いを付け過ぎて、先を歩いていた望郷のメンバーを後ろから押し飛ばす格好になったのは仕方ない事だろう。
グリおじさんと望郷は、横倒しになりながら団子状で妖精の抜け道の中へと消えていった。
後に残ったのは、まだ不安定に揺らめいている光の円盤だけだ。
「「ふううう……」」
それをしばらく見つめてから、二匹は唸るのを止めて大きく息を吐いた。
同時に、光の円盤は見る見る間に収縮し、小さな点となって消えた。
<もう限界>
<魔力もないよ>
二匹は弱々しく呟くと崩れ落ちる様に脱力して、地面へと転がる。
腹を見せて寝てから、もぞもぞと動いて二匹は身体を寄せた。
その顔には疲労の色が浮いているが、どこか晴れやかだった。
<行ったね>
<ちゃんと、送れたね>
この場に残されたのは、双子の魔狼の二匹だけ。
今まで騒がしかったのが嘘のように、静けさが満ちている。風の通り抜ける音すらハッキリと聞こえた。
周囲には、迷宮の中とは思えないほどの平原が広がっている。
二匹の他には、誰も……何もいない。
<大丈夫だよね?>
<ちゃんと、えこーろけーしょんで確かめたから大丈夫!>
反響定位とは、イルカやクジラなどが人間には聞き取れない領域の声を出し、反響させて周囲を調べる技術の事だ。
双子はそれを利用して、妖精の抜け道を抜けた先の安全確認も済ませていたのである。
だからこそ、安心してグリおじさんと望郷のメンバーたちを送り出すことができた。
ただ、気がかりなのは先に妖精の抜け道を通ったはずの妖精王とロアの姿が、抜け道の先に無かったことだろうか。
<せいこー!>
<大成功!!>
二匹は寝転んだままで、互いに見つめ合う。
計画通りの結果に、満足そうに笑い合った。
……そう、全ては双子の計画通りだった。
もしも妖精王が妖精の抜け道を通って自分たちの目の前に現れたら、こうしようと事前に話し合っていた。
双子はアダド地下大迷宮に入ってから、ずっと実験と訓練を繰り返していた。
グリおじさんが訳の分からない遊びをしている間も、ずっとロアを救う手段を得るために試行錯誤していた。
双子が得たエコーロケーションは、イルカの魔獣に習った魔力を乗せて効果を強めたものだ。
グリおじさんの索敵魔法より精度が高い。
双子はそれを二つの位置から同時に使うことで、別の空間に隠れている妖精すら発見できる技術に発展させた。
だが、エコーロケーションはあくまで周囲を探るためのものだ。
周囲の状況を知ることは確かに大事な事だが、それだけでは何もできない。
だから、双子はさらに発展させることにした。
エコーロケーションの魔力の波に、魔法を加えることができないか考えた。
双子は魔法が飛ばせない。
触れていれば強力な魔法が使えるし、得意の属性であれば飛んできた魔法の制御を奪うこともできる。それなのに、自分では飛ばせない。
大人の姿になれば難なく飛ばせるので、自分たちが子供だからだろう。
それが分かっていてなお、双子は妖精王と戦ってロアを助けるために遠距離の攻撃は必要だと双子は考えていた。
だから、双子はエコーロケーションに魔力が乗せられるなら、魔法も乗せられないかと実験した。
実験の進め方は、ロアが魔法薬の実験をするのを横で見ていたから分かっている。条件の詰め方も手慣れたものだ。
しかし、その結果は、失敗。
魔法自体は乗せられるのだが、攻撃の手段としては使えなかった。
弱い魔獣すら倒せるようなものではなかった。
エコーロケーションは声で、つまりは空気の波でしかない。火や氷の魔法を乗せてもなんとなく空気の温度が変わる程度だった。
だが同時に、奇妙な発見があった。
<消えたね?>
<消えたよ?>
最初に見た時、不思議な現象に双子は首を傾げた。
二匹で別方向からそれぞれ火と氷の魔法を乗せたエコーロケーションを放ったところ、数十回に一回の割合で魔法そのものが消滅してしまったのだ。
火魔法と水魔法は打ち消し合う対極の魔法と言われている。水魔法の上位にある氷魔法も当然同じ性質を持っている。
だが、普通に火魔法と氷魔法を衝突させても、効果が打ち消し合うだけだ。魔法そのものが消滅したりはしない。
火が冷気で消え、氷が火で溶ける程度くらいだ。
それに魔法を使った痕跡すら消えている。最初から魔法を使っていないかのように、何もない。
<なんか変?>
<変だね>
魔法の消滅と同時に、奇妙な変化が生まれるのを感じた。
エコーロケーションを使っていたからこそ気付ける、小さな変化だった。
それは魔力でもなく、魔法でもない。
熱くもなければ冷たくもない。爆発もしなければ、光りもしない。なんだか変な感じがするという程度のもの。
最初は不思議な現象が起こったと思ったものの、気にも留めなかった。
だが、それは双子が望んでいたとある効果を持っている力だった。
それは、妖精が使う空間魔法に影響与えていた。
発見は偶然に過ぎない。
より強い魔法をエコーロケーションに乗せられないかと実験を繰り返していた時、また魔法の消滅が起こった。
同時に別の空間に隠れていた妖精が弾き飛ばされるように目の前に現れたのである。
妖精は自分の魔法の失敗だと思ってすぐに姿を隠したようだが、双子はその現象に興味を持った。
そして実験を重ねて、ついにその力が生まれる条件を発見した。
完全に同時に、完全に同じ量の魔力を使い、完全に正反対の性質を持つ魔法を衝突させる。
その条件を満たした時に初めて、同様の現象が起こり力が生まれるのだ。
衝突させる角度は条件には無い。ただし、衝突させる角度で、生まれる力の有効距離や方向性を決めることができた。
これは一心同体と言っていいほど強い繋がりを持ち、普段から互いの魔法を助け合ってきた双子だからこそ発見できたことだろう。
そうでなければ、相反する魔法を使って条件を揃えることなど不可能だった。
それに、エコーロケーションという一定間隔で魔力が均等化される波に魔法を乗せていたことも大きい。
単純に火魔法と氷魔法を衝突させていたなら、条件を絞り込むことは困難だっただろう。
双子自身の性質と、魔法を使っていた条件が良かったとしか言いようがない。
<すごい!>
<ロアに教えないと!!>
双子はこの発見に歓喜した。
双子はその力を発見してから、意図的に発生させれれる様に練習を重ねた。
それと同時にこの力が妖精が使う空間魔法にどのように影響を与えるのか、慎重に実験を重ねた。
なにせ、実験相手の妖精に気付かれては意味がない。
このダンジョンにいる妖精は全て妖精王の配下だ。何かしようとしているのか気付かれては意味がない。
妖精に実験していることすら気付かれないように、注意に注意を重ねて実験を進めた。
そしてついに双子の魔狼は、別の空間に隠れている妖精の姿を現させ、消える間際の妖精の抜け道をこじ開けることができると知ったのだった。
双子にこの力が何なのか分からない。
ただ漠然と、水を急激に熱したときに水蒸気爆発が起こるように、相反する魔法がぶつかり合って別の力が生まれているのだろうと考えている。
水の中で起こった水蒸気爆発が、水から空中に飛び出して水柱を上げる。そんな感じで、起こした場所よりも異なる空間に大きく影響を与えているのだろう。
……こんな風に、消える間際の妖精の抜け道をこじ開ける力を発見してから。
双子は妖精の抜け道を通って、妖精たちの本拠地……つまりはロアのいる場所に行く手段を考えていた。
だが、ダンジョン内にいる妖精は小さ過ぎる。いくらこじ開けられると言っても、元の大きさより穴を大きくはできない。
ひょっとしたら双子がもっと大きな魔力を持っていたら可能になるかもしれないが、現時点では不可能だ。
双子では通れない。
ならば、より大きな抜け道を作れる妖精を待つしかない。
具体的には、妖精王が目の前に現れる瞬間を狙うしかなかった。
そして、その待ち構えていた瞬間が訪れた。
妖精王が妖精の抜け道の前に防御魔法を張っていたのは予想外だったが、大きな問題ではない。
双子にはその防御魔法を破り、直後にエコーロケーションで妖精の抜け道をこじ開けるだけの魔力はないが、グリおじさんがいる。
グリおじさんが何やら頭脳戦の様な事を始めたが、どうせグリおじさんだ。いずれは癇癪を起して防御魔法を破ってくれるだろう。
それを信じて、双子は妖精王が現れた時点で準備を始めた。
いつでも魔法を乗せたエコーロケーションに切り替えられるように、ずっと低い唸りを上げ続けた。
そして予想通り、グリおじさんは防御魔法を破壊した。
妖精王の防御魔法はグリおじさんでも簡単に破れないらしく、その間に妖精王は逃げて妖精の抜け道も閉じかけたが、何とか間に合った。
だが、妖精王が作った大きな妖精の抜け道をこじ開けた瞬間に、双子は悟った。
この抜け道を維持しながら、自分が通り抜けることは不可能だと。それは直感だった。
だから、双子はグリおじさんと望郷のメンバーたちを送り込むことを選択した。
自分たちはロアがいる場所に行けなかったが、双子は満足している。
グリおじさんは、双子も後から来ると思っていただろう。
双子が付いて来ていないことに気付いて、怒っているかもしれない。まあ、それはどうでもいい。
次に会う時は、どうせロアも一緒だ。守ってもらえるし、グリおじさんなら言いくるめる自信がある。
<おじちゃんたち、がんばってね>
<ロアを助けてね>
妖精の抜け道を通って行った面々を思い、祈る様に呟く。
双子に出来ることはやった。後は、信じるしかない。
本当は自分たちがロアを助けたかったが、今は我慢して待とう。
少し前に無理をしてでもロアを助けようとして何もできなかった経験から、双子は成長していた。どこぞのグリフォンとは違うのだ。
<これから、どうする?>
<どうしよう?>
お腹を空に向けて寝そべりながら、双子は考える。
先に進めないし、戻ることもできない。十層毎に扉があり、魔獣である自分たちでは人間の冒険者の同行無しに通り抜けることはできないからだ。
今いる五十一層から六十層の間しか動けない。進むことも引くこともできない。
でも……。
<実験する?>
<あの扉を通るほうほうの実験?しようか?>
妖精たちの空間魔法すら、何とか出来る手段があったのだ。たかが魔道具ならもっと簡単にできるかもしれない。
例えば、扉自体を破壊したり、機能を狂わせたり。
それに、扉を通れれば、少しでもロアの近くへ行ける。グリおじさんたちがロアと一緒に帰ってきた時に、少しでも早く出迎えられる。
<やってみる?>
<やってみよう!>
双子はダンジョンの上部に広がる本物そっくりの空を仰ぎながら、楽しげに笑い合った。
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