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四章 新しい仲間たちの始まり

襲撃と、撃退

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 グリおじさんの昔の話も終わり、見張りの者以外は眠りについた。

 ダンジョンの中は常に魔法の光が灯っている。
 光源が見当たらずどのような魔道具になっているかは分からないが、常に天井から光が降り注いでいるのだ。

 そのため、昼夜の区別も無く、眠るのも冒険者たちの体力と時間の感覚次第だった。

 望郷のメンバーと従魔たちは一応、自分たちの時間感覚を信じて外が夜になっている時間に合わせて眠りについていた。

 最初の見張りは、ベルンハルトとコルネリアの二人。
 数時間で交代予定だ。

 ベルンハルトは、チェンジリングの魔道具を調べるのに興奮して寝付けそうになかったため自ら名乗り出た。
 そして、コルネリアもまた、眠れそうにないので最初の見張りを引き受けたのだった。

 どうも、グリおじさんから聞いた姫騎士アイリーンの姿が、伝承されているものと違い過ぎて衝撃を受けたらしい。気持ちを整理するのに、数時間は眠れそうになかった。

 その話をした当のグリおじさん……グリーダーはすでに眠っている。
 グリフォンの身体と人間の身体の違いは大きく負担となったらしい。疲れたと言って床に寝そべるとモゾモゾと寝やすい体制を探り、最終的には仰向けになって手足を伸ばして寝てしまった。
 今は大きないびきをかいている。

 <ねえ、おじちゃん本気で寝てるよね?>
 <何があっても、おきなさそう?>

 見張りは二人だけだが、寝たふりをして起きている二匹の姿があった。
 双子の魔狼ルーとフィーである。

 二匹は目を閉じて丸くなりながらも、周囲の気配を探っていた。

 <ディートリヒげぼくの身体は弱いから>
 <まわりを索敵しながら寝れないよね。ふべーん>

 いつものグリおじさんであれば、寝ていても索敵は欠かさない。何か異変があっただけで目を覚まし、対処することが可能だ。

 だが、今のグリおじさんは、ディートリヒの身体のせいでそういった能力は使えない。
 普通の人間と同じように、音や衝撃で刺激されない限りは目を覚ませないだろう。

 <やっと来るね?>
 <ひとりだけ。ぜんいんで来たらいいのに。つまらなーい>

 寝たふりを続けて数時間。双子はこの安全地帯セーフルームに一人の人間が近付いてくるのを感じ取っていた。
 双子が寝たふりをしながら待っていた、狩りの獲物だ。
 少しは楽しませてくれると良いなと、双子は鼻先を舐めながら考えた。

 その人間は安全地帯セーフルームの入り口の扉の前に立つと、慎重に中の様子を探る。
 そして、懐から小さな物を取り出すと、そっと扉の隙間に差し込んだ。

 双子はすぐにそれが紙片だと気が付いた。
 双子は鼻を小さく鳴らして空気の臭いを嗅ぎ取ると、眠ったふりのまま口元を緩めた。

 <眠り薬だね>
 <よかった、毒じゃないね。オジちゃんたちを起こさなくても良いや>

 差し込まれた紙片には、揮発性のある睡眠の魔法薬が染み込まされていた。
 毒だったら面倒なことになるところだ。双子とグリおじさんは平気だが、人間は少しの毒ですぐに死んでしまう。今、望郷のメンバーたちに死なれては困る。
 すぐに全員を叩き起こして、ロアの作った解毒の魔法薬を飲ませないといけなかった。
 しかし、睡眠薬なら命の問題はない。

 紙片が差し込まれてしばらくすると、見張りのベルンハルトとコルネリアが崩れ落ちるように眠った。

 さらに数分。
 扉の前の人間は中の様子を伺い続け、動きが完全になくなったことを確認してから扉に手をかけた。

 安全地帯セーフルームは共用の場所だ。扉に鍵も無く、当然ながら易々と扉は開かれた。

 「……さすが金貨五枚もする睡眠薬。高位の魔獣もグッスリって謳いうたい文句は本当だったみたいだね。耐性がある私でも、中和薬がなかったら危なかったかもしれないな」

 そう呟きながらゆっくりと扉を開けて入って来たのは、一人の女だった。

 背筋の伸びた姿勢は育ちの良さを示しているが、用心深く部屋の中を探る身のこなしはまるっきり盗賊だ。それもかなりの手練れの。
 その噛み合わなさが、彼女の存在に違和感を感じさせる。

 女は安全地帯セーフルームの中を見渡し、侵入後も動きが無いことを確認すると小さく安堵の息を吐いた。

 <ざんねん!寝てないよね>
 <ロアの薬の方がよく効くよね。オジちゃんに効かないから、意地になって作ったやつ!>
 <オジちゃん以外に使ったら、えいえんに目が覚めないからダメなやつ!>
 <あれの方がよく効くよね>

 侵入してきた女に聞こえないのを良い事に、双子は声高らかに話し合う。
 かなり大きな声だが、聞こえているはずの望郷のメンバーたちが起きる気配はない。薬がしっかりと効いているのだろう。

 <じゃあ、いち、にの、さんで飛びかかる?>
 <いちは、フィーがいうね?>
 <ルーが言いたいかなー>

 双子は身体を動かさず、言葉だけでじゃれ合う。
 その事に気付かない女は、眠っている望郷のメンバーたちに近付くと、腰のナイフを抜いた。

 天井から降り注ぐ光で輝くナイフ。
 普通のナイフよりも薄く長くゆったりとした曲線を描くそれは、骨の隙間に難なく潜り込んで重要な臓器を傷付けるだろう。
 暗殺に特化した形だ。

 女はナイフを振り被る。

 「私は恨みはないんだがな。しがらみというものだ。すまない」

 ナイフの延長線上にいるのは、ベルンハルト。
 崩れ落ちて眠った時に分解していたのだろう、周囲には魔道具の部品が散らばっていた。
 それでも魔道具の本体をしっかりと胸に抱えているのは流石というか……。

 彼女がベルンハルトを選んだ理由は、一番入り口に近い位置にいたから。
 それ以上でもそれ以下でもない。
 ここにいる全員を殺すのだから、効率を考えた結果だった。

 <えーじゃあ、いっしょに言う?>
 <いっしょに!>
 <<いち!>>

 双子はまだ言い争いながらじゃれ合っていたが、やっと決めたらしい。
 ここまで言い争っていた飛びかかる時の掛け声だが。本当は二匹には必要が無い。

 二匹で一つの「双子の魔狼」という群れなのだ。
 掛け声など無くても完璧に同時に行動できる。言葉での意思疎通どころか、合図一つ必要ない。
 その証拠に、今叫んでいる声も寸分の狂いも無く重なっている。

 ならばなぜ、こんな言い争いをしてたかと言うと。
 ただ単に遊んでいるだけである。

 双子にとって今の状況は、子犬が虫相手に遊んでいるようなものだった。

 <<にの!>>
 <……ユルサネェ……>
 <<えっ?>>

 双子が最後の掛け声を上げようとした時に、別の声が割り込んだ。
 それと同時に、双子は空中に投げ出される。

 投げ出された双子の下から何かが高速で飛び出し、風が吹き抜ける。

 <<あ……>>

 その時になって、双子は自分たちが何の上で眠っていたかを思い出した。

 グリおじさんの身体だ。
 正確には、ディートリヒの意識の入った、グリおじさんの身体。

 双子はその存在を忘れていた。

 グリおじさんの意識の入ったディートリヒの身体があるため、そちらにばかり気を取られていた。
 考えてみれば、気を付けるべきはグリおじさんの身体の方だった。

 グリおじさんの身体は、強力な睡眠薬を嗅がされても眠らない。
 ディートリヒの意識が中に入っているのだから、当然ながら双子たちの声も聞こえる。
 
 双子に任せておけば安心だと思っていたのかもしれない。
 上手く身体を動かせない自分が何かすれば、余計に状況を悪くすると考えたのかもしれない。

 とにかく、ディートリヒの意識は、状況を理解していたのに息を潜めていた。

 それが、ベルンハルトが……仲間が殺されかけた瞬間に我慢が出来なくなり、飛び出したのだった。

 「キャッ!」

 女の短い悲鳴が聞こえた。
 まだ空中にいた双子の視線の端で、ナイフを持った女に体当たりをするグリフォンの姿が見えた。

 <取られちゃったね>
 <フィーの獲物だったのに>

 双子は残念そうに呟くと、身体を回転させてキレイな着地を決めた。

 「起きていたなんて……。でも、薬は効いてるようだな」

 女は体当たりで床に転がったものの、すぐに立ち上がり呟く。
 女の目には足取りがしっかりしていない姿が薬が効いているように見えるのだろうが、そうではない。
 ただ単にディートリヒの意識が、グリフォンの身体を上手く扱えていないだけだ。

 それでもグリフォンは女に向かって飛びかかる。

 <けっこう上手く動けるようになったよね>
 <爪を使わないのは、片方の前足を上げたらころぶから?>

 双子はもう手を出す気は無いようだ。
 グリフォンと女の戦いを傍観している。

 「弱っててもグリフォンの相手なんて、無理だ!」
 <ニガスカッ!>

 女は敵わないと考えて、逃げの体勢に入る。
 それをグリフォンは追いかけようとしたが、女は複数の投げナイフを放ってそれを防いだ。

 <ナイフなんて気にしなきゃいいのに>
 <オジちゃんの身体は傷もつかないのに>

 双子が文句を言うが、グリフォンは飛んでくるナイフを思わず避ける。
 人間としての習慣が邪魔をしたのだろう。

 <あーあ。逃げちゃった>
 <ディートリヒは、狩りがヘタクソ>

 グリフォンが避けたナイフから女へと目を戻すと、女の姿は扉の向こうへと消えていた。
 盗賊だけあって、見事な逃げ足だ。

 <ちゃんと索敵しないと>
 <目にたよってたらダメなんだよ?>

 双子の文句が聞こえるが、襲撃は防げたらしい。

 グリフォンは周囲に目を這わせ、無事な仲間の姿と、だらしなく寝ているディートリヒの身体を見て溜め息を漏らした。
 
 

 

 
 



 
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