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令嬢は踊る

第六十一話 サンルームにて

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 ランタナ王国の国立魔法学園には、サンルームが存在する。
 そのサンルームはとても大きい物で、生徒達に、これはサンルームではなく、植物園の温室だと言わしめる大きさだ。
 そのサンルームは二階建てで、二階が高位貴族用、一階が平民から貴族まで平等に使えるエリアだ。また、サンルームにはカフェが併設されており、そのカフェの飲食物を楽しめる造りとなっている
 サンルームの外は木枯らしが吹き、その風の冷たさに人々は首を竦め、枯れ葉が舞う季節となった。
 夏場は閑散としていたサンルームには多くの生徒がやって来て、思い思いの時を過ごしている。
そのサンルームの二階に、ジュリエッタと、彼女に侍る五人の男達が居た。
 
「ねえ、ジュリエッタ。この前行ったタルトが美味しいカフェに新作のタルトが出たんだ。今度の休養日に一緒に行こうよ」

 甘えた声でジュリエッタを誘うのは、愛らしい容姿の伯爵家の三男、ジャスティンだ。ジャスティンはこの中でも一番年下で、見た目も少年の域を出ない愛らしさを持っている。

「いや、カフェなら最近行っただろう。休養日には植物園に行かないか? 温室の霧の野薔薇が見ごろらしい」

 思わず聞きほれてしまいそうになる美声の男は、子爵家次男のシメオンだ。武骨な雰囲気を持つ彼は、既に準騎士として扱われている優秀な男だ。

「それより行くならオペラだろう。マディーレ・キャンベルの公演がそろそろ終わる。ジュリエッタはまだ見てないだろう?」

 侯爵家次男のマルセルが、女性が好むような甘く整った顔を緩ませ、穏やかに誘う。

「オペラに行くなら伝手がある。いい席を用意するぞ。……まあ、もし皆で行くならボックスは二つになるが」

 冷然とした整い方をしている顔に、少々意地悪そうな笑みを浮かべるのは、伯爵家の嫡男であるコンラッドだ。

「ふふ、予定がいっぱいだね、ジュリエッタ」

 柔らかく笑んで紅茶をサーブするのは、先頃ランドール公爵家から除籍されたオーランドだ。

「オーランド様、そんな、貴方が使用人の真似事なんてしなくて良いのですよ?」

 紅茶を淹れ、サーブするのは使用人の仕事だ。オーランドが貴族階級から弾かれたからといって、フーリエ公爵家は彼を蔑ろにするつもりはないのだ。

「いや、やらせてくれ。私はもう公爵家の人間でも、貴族でもない。紅茶くらい自分で淹れられるようにならなくては。それに、君の所の侍女殿に、随分と上達したと褒められたんだ。飲んでみて欲しいな」

 そう言って穏やかに笑むオーランドに、ジュリエッタは困った様に微笑む。
 そうして淹れられた紅茶を口に付けた時、階下が騒めいた。
 その騒めきはすぐに収まったが、階下の人間の意識が一点に集まっているように感じた。
 何事かと彼等の視線の先を追えば、そこに居たのは絹糸のような黒髪に、貴石のような美貌を持つ青年――チアン・カンラが居た。
 ジュリエッタは思わず視線が吸い寄せられ、目の前の男達を意識の外へと置いてしまう。
 そんな彼女の様子に気付いた男達は面白くなさそうな顔をするが、すぐにそれを覆い隠し、ジュリエッタの視線の先を見る。
 そこには、チアンの他にもランタナ王国の第三王子、ヘンリー・ランタナと、彼が所属するクラブの人間が数名付き従っていた。
 そのクラブの人間の中で、王子達以外に名が通っている二人を見つけ、コンラッドが口を開く。

「おや、ヘンリー殿下のお傍に居るのは確か、天才と称される準錬金術師のイヴァン・ウッドと先頃サンドフォード家に引き取られたレナ・サンドフォード嬢じゃないか?」
「え? ああ、本当だ」

 その言葉に、ジュリエッタが微かに反応したが、それに気付く者は居なかった。
 マルセルが少し身を乗り出して、彼等を眺めながら言う。

「イヴァン・ウッド殿はやられたよね。うちも彼に目を付けてたんだけど、早々にヘンリー殿下に確保されちゃって、参ったよ」

 それに苦笑するのはシメオンだ。

「ヘンリー殿下はとにかく人材集めに精を出されていたからな。王族が商売に力を入れるのはどうかと思うが、あの方の身の上を考えると、見事としか言えなくなるな」

 男達は確かに、と頷く。

「そういえば、レナ・サンドフォード嬢も最近令嬢達の間で話題になっているようだな」
「ああ、確かサンドフォード家が経営する商会で新しい化粧品が出されたとか」
「うちの母上が大騒ぎしていたよ」
「確か、あの化粧品を作り上げたのがレナ嬢らしいが、本当なのだろうか?」

 話題がレナの事に移り、ジュリエッタの顔が強張りそうになる。しかし、そこはお手本となるべき令嬢として育てられただけあって、見事な微笑みの仮面を被り、ジュリエッタの内心に気付く者は居ない。
 しかし、そんなジュリエッタが思わず仮面を取り落すようなことを言いだす者が居た。

「そうだ、ジュリエッタ。折角だから、あのクラブの方達をお茶会に招いたらどうだろう?」

 それを言い出したのは、オーランドだ。
 その提案に驚いたのはジュリエッタだけではなく、彼女に侍る男達もそうだった。
 皆、一様に目を丸くしてオーランドを見る。
 そうやって注目を集める中、彼は眉をハの字に下げて言う。

「ジュリエッタは、そろそろ国に――ブルノー王国へ帰ってしまうんだろう?」

 その言葉を受けて、男達は更に驚きに目を瞠り、本当なのか、とジュリエッタに問う。
 ジュリエッタは困った様に淡く笑み、小さく頷く事でオーランドの言葉が本当なのだと肯定した。

「実は、祖国の方が大分落ち着いたみたいなので、兄から帰ってくるようにという手紙が来ましたの」

 その言葉で、男達の顔が絶望に染まる。
 ジュリエッタのその言葉は、男達にとっては最後通牒に等しかった。
 もしここで男達の誰かが彼女の婿に迎えられるというなら、ジュリエッタの帰国前に事前に話が来るはずだ。それが無いという事は、彼女は自分達以外の男との婚姻を望まれているという事だ。
 ヘンリーが婚約し、これらと思っていたのに、突然、婚約者への座へ昇る梯子を外され、ある者は悔しげに、またある者は悲しげに目を伏せた。
 そんな男達を、オーランドは見て見ぬふりをして、ジュリエッタに改めて告げる。

「殿下達と繋がりを作らないのは、ちょっと勿体ないんじゃないかな? 殿下達が所属するクラブの面々は、中々優秀な人が揃っている。お茶会にお招きした事があるという事実だけでも、価値はあると思うよ」

 オーランドの提案に、ジュリエッタの心は揺れた。
 彼は、ジュリエッタがチアンに惹かれてている事に気付いている。それと同時に、ジュリエッタがこの叶わぬ恋を葬るつもりでいる事にも……
 この提案は、彼の優しさだ。
 ジュリエッタに、思い出を作らせようとしてくれているのだ。

「……そうね」

 桃色に色づいた唇が、そっと言葉を紡ぐ。

「最後に一度、お茶会にお招きしてみようかしら」

 淡く、透明に微笑んで、ジュリエッタはそう呟いた。
 それを受けて、オーランドはお茶会の準備を手伝う事を約束した。
 ジュリエッタはオーランドの優しさに感謝し、言う。

「ありがとうございます、オーランド様。私、いつも貴方に助けて貰ってばかりね」
「いいんだよ、ジュリエッタ。僕が君の助けになれば幸いさ」

 そう言って、オーランドはいつものように優しく微笑んだ。
 
 ジュリエッタは、気付かなかった。
 いつものように微笑むオーランドの瞳の奥に、チリチリと不安を覚えるような想いが燃えていることに……
 その時が来るまで、彼女は彼の想いの深さも、重さも、……狂気も。
 何も気づかなかったのだ。
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