上 下
42 / 151
令嬢は踊る

第二十四話 前日

しおりを挟む
「それで、なんだか着る物に悩んでいたみたいだけど、どうしたの? 気に入るものが無かったのかしら?」

 新しく作っちゃう? とオーダーメイドを示唆され、レナは全力で首を横に振った。

「いえ! 十分です! ただ、今まで来ていた服じゃなくて、あっちの服を着ようか迷っていただけで!」
「あら、残念」

 もっと色んなお洋服を着せてみたいのよね、と微笑む養母に戦慄する。
 養子入りする際に支度金としてもらったお金でかなり買い込んだのに、それからもガンガン洋服やドレスを買ってもらっているのだ。これ以上買ってもらうのは恐れ多い。
 そして、エセルがランランと鼻歌交じりにウォークインクローゼットへ入って行く。どうやら、こちらを着ろという事のようだ。

「そうねぇ、最近涼しくなってきたけど、昼間はちょっと汗ばむ時もあるから……」

 ゴソゴソと服を探し、ふと手を止める。

「そういえば、一人でお買い物に行くの? それともお友達と?」

 楽しそうな笑顔を浮かべる養母に、そちらの服を着ないとは言えそうにない。
 まあ、可愛い服が着たかったし、と思いながら、そろそろと自身もウォークインクローゼットへ入る。

「えっと、イヴァン先輩と買い出――」
「まあ! デートね!」

 途中で言葉を遮られたうえ、とんでもない事を叫ばれた。

「ええっ⁉ いや、あの、違――」
「大変! それじゃあ、可愛い恰好をして行かないと!」

 エセルが鼻息荒く服を漁る。

「奥様、こちらのワンピースなどいかがでしょう?」
「あら、良いじゃない!」
「ぴえっ!? ど、どこから――」

 エセルがクローゼット内を漁る向こうから、スッ、と音もなく黒髪の侍女が現れる。

「靴はこちらなど」
「まあ、素敵!」
「ひょわぁっ!?」

 足元に膝をつき、気配無く現れた銀髪の侍女が、そっとパンプスを差し出す。
 
「次はバックよ!」
「「お任せください」」
「ひえぇぇ……」

 エセルの号令の下、さっとメイドが姿を消す。
 東国のニンジャと呼ばれる隠密の如き身のこなしに慄きながらも、レナは養母に言う。

「あの、お母様。あまり大げさな格好は困ります。デートじゃなくて、買い出しなんです」
「あら、そうなの?」

 お洒落なカフェに行くのに似合いそうな可愛らしいワンピースを手に、エセルは首を傾げる。

「でも、相手はイヴァンなんでしょう?」
「え、あの、はい……。そうです……」

 相手を改めて確認され、尻すぼみに肯定すれば、エセルはにっこりと輝くような笑みを浮かべる。

「それじゃあ、やっぱりオシャレしないと~」

 歌でも歌いだすのではないかと言うくらいテンションを上げるエセルに、レナは何故⁉ と目を剥く。

「け、けど、行くのは職人街の素材屋なんです! そんな綺麗な格好で行ったら、悪目立ちしてしまいます!」
「あら、そうなの?」

 それに、エセルが持つワンピースは、スカートの裾や袖口の繊細なレースが美しい品だ。雑多に物が置いてある職人街では、レースが引っ掛かって悲惨な事になりかねない。

「残念ねぇ……」

 よく似合っているのに、とレナにワンピースを当てて残念そうに溜息をつくエセルに、そっと黒髪の侍女が葡萄の刺繍の入った生成り色の軽やかな印象のブラウスと、焦げ茶のワイドパンツをそっと差し出す。

「あら、これも良いわね」
「それと、そちらの服でしたら、ワイドパンツと同色のパンプスを」
「バックはマジックバック機能付きの物を」

 黒髪の侍女が更にパンプスを差し出し、銀髪の侍女が赤味の強い茶色の皮のバックを差し出す。
 しれっとマジックバックを出され、レナが目を剥く。このクローゼットにそんな物があるとは、知らなかったのだ。

「ちょ、ちょ、ちょ、待って、待って下さい! そのマジックバック、何処から⁉」
「あら、言ってなかったかしら? 旦那様が買っていらしたのよ。娘に何か買うのが楽しい、って言っていらしたから、他にも色々あるんじゃないかしら?」

 ねえ? と侍女の二人に言えば、色々ございます、と答えが返って来た。

「聞いてないです!」
「わざわざ言う程の物は買ってなかったからでしょうね。あ、でも、何が増えたか分からないと、身につけるチャンスがある時に身に付けられないわよね。やだわ、私ったら。その辺は侍女任せにしてあるから、つい、自分の感覚のままでクローゼットに入れておくよう指示しただけだったわ」

 ごめんなさいね、と言われ、レナはブンブンと音がするのではないかというくらいに必死に首を横に振った。

「お寒い場合は、こちらのカーディガンを」
「マジックバックを持って行くなら、荷物にもならないわね」
 
 灰茶色のカーディガンはかぎ針編みの見事なものだった。これも引っかけやすそうに見えるが、職人街に行く時間帯を考えれば、その場で着る事は無いだろう。
 侍女はさっとカーディガンを畳み、マジックバックへ入れてしまう。

「職人街デートだなんて、錬金術師らしくて素敵ね~」
「お、おかあさまぁ~……」

 浮かれる社交界の女傑相手では、淑女見習いの小娘ではあまりにも力不足だった。

しおりを挟む
感想 453

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。