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 『グリント王国高等学園』――それは、貴族の子弟子女と、選ばれし優秀な平民が通う学園だ。
 学園では身分を問わない平等が謳われているが、それはあくまで貴族社会の礼儀に不慣れな平民に対する救済措置である。
 いずれ国を動かす歯車の一つになる彼等は、この学園で貴族との付き合い方を学ぶのだ。
 それは、つい最近まで平民として暮らし、男爵様に妹の忘れ形見として引き取られたキャロル・ノーリッシュもその一人であった。
 学園の生徒達は親切だった。
 キャロルの事情を汲み、彼等彼女等は貴族社会の様々なことを教えてくれた。
 そして今日も、とある伯爵令嬢が親切心から、お勉強にいらっしゃい、と私的なお茶会に招いてくれた。
 お茶会でのマナー、話題、カップの上げ下げにいたるまで、様々なことを学ぶ。
 こうやってお茶会に招いてくれるのは、この伯爵令嬢だけではない。様々な生徒がキャロルに声を掛け、お勉強をさせてくれる。
 とても勉強になり、ありがたいのだが、キャロルは一つだけ困っていることがあった。

「キャロルさん。またあの方に見られていたようだけど、本当に心当たりは無いの?」

それは、誘っていただいたお茶会などの最中に、この質問を必ずされるからである。

「はい。本当に心あたりが無いんです。そもそも元は平民だった私が、身分あるあの方と関わることなんてありえませんでしたし、この学園に入ってからも声を掛けられた事も無くて……。だからといって、男爵家の私が視線の意味をお伺いに行くとことも出来なくて……」
「そうよね。そうなんだけど……」
「ええ。だからこそ不思議なのよね」

 令嬢達は不思議そうに小首を傾げ合う。
 そんな令嬢達の様子に、キャロルは心の中で謝る。実は、キャロルには心当たりがあった。
 彼女達が指す『あの方』とは、公爵令嬢のパトリシア・コルトレーンである。彼女はこのグリント王国の王太子の婚約者であり、この世界――乙女ゲーム『Song』の『悪役令嬢』だった。そして、キャロルはその乙女ゲームの『ヒロイン』だったのだ。
 


   ***



 キャロルが前世の記憶を取り戻したのは、五歳の頃だった。
 転生したのだと理解したが、その頃はここが乙女ゲームの世界だとは気付いていなかった。
 それに気付いたのは、学園に入学して、攻略対象の王太子を見かけてからだ。
 その時、キャロルは恥ずかしながら「イケメン達と素敵な恋愛が出来るかも!」と浮かれた。しかし、その浮かれ気分はすぐに地に叩き落とされた。
 
「えぇ……、なんで『悪役令嬢』の周りに侍ってるの?」

 彼等は、既に『悪役令嬢』であるパトリシア・コルトレーンに攻略された後だったのだ。
 軽く彼女の評判を調べてみれば、どうにもゲーム内の『悪役令嬢』と様子が違う。これは恐らく、彼女もまた自分と同じようにゲームの知識を持って転生したのだろうと当たりを付けた。

「まあ、現実的に考えて、攻略対象は皆、男爵令嬢如きの手に届くような人達じゃないんだよね……」

 そうやって早々に我に返ったのは幸運だっただろう。
 成りたて男爵令嬢如きでは、高位貴族を相手にするのは難しいし、怖い。それに、攻略対象達の様子から、あれはパトリシアに救われた後なのだと察っせられる。ならば、本当に『ヒロイン』の出番など無いのだ。
 キャロルに残された道は、トゥルーエンドのみ。この貴族社会を生き残るために、学園で勉強するのみだ。
 そうやって学園生活を開始したキャロルだが、困ったことが起きた。

「なんか、見られてる……よね……?」

 何故か、パトリシアに見られているのだ。――否、何故か、というのは正しくない。きっと、彼女は自分の破滅フラグである『ヒロイン』を警戒しているのだろう。

「分かるけど、分かるんだけど……!」

 ただでさえ見られているというのはストレスが溜まるのに、高位貴族――しかも、王太子の婚約者にじっと見られているのは怖いし、つらい。
 そうやって彼女がこちらを気にするからか、攻略対象のイケメン達までこちらを気にする始末。
 まさかの事態に、キャロルの胃薬が手放せない生活がスタートしたのだった。
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