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第十一話

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 そこは、後宮の奥まった一角。
 部屋から見える庭園の花は寂しく、他の庭よりみすぼらしい。
 そんな庭園が見える部屋の窓から身を乗り出し、手紙を渡すのは黒髪の美女――この国の皇妃、ヴィヴィアンだった。

「お願い、この手紙を大使館のコーウェン子爵に渡して! 誰にも悟らせず、内密に……」
「えっと、あの……」
「私はきっと、もう駄目……。でも、娘だけは助けたいの! 貴女だけが頼りなの! ごめんなさい、巻き込んでしまって……。本当に、ごめんなさい……!」

 ヴィヴィアンの顔色は青白く、伸ばした手は震えていた。
 ミリアリスは恐る恐るその手紙を受け取り、胸に抱いた。

「ごめんなさい、どうか……、お願いします」
「は、はい、確かに承りました!」

 さあ、ここに居てはいけないわ、行って! と言われ、ミリアリスは走ってその場を離れた。
 そして、物陰に入り、息を整える。

「さっきの人、たぶん、皇妃様よね……。娘だけは助けたいって、どういうこと? ジェームズ様を頼ればいいのに、それをしないって、どうして……? 娘って、ジェームズ様のお子様でもあるのに……」

 困惑し、受け取った手紙を見つめる。

「……もしかして、姫様はジェームズ様のお子ではない? だから、醜聞として誰かが殺そうとして?」

 愛する男を心から信じているミリアリスはそう思い、悩む。

「浮気したヴィヴィアン様はともかく、姫様には何の罪もないわ。姫様を助けたいというなら、それは正しい行いよ」

 ミリアリスは頷き、決意する。

「どうすればこの手紙をコーウェン子爵に届けられるかしら……」

 そう呟き、胸元にその手紙を隠してミリアリスは歩き出した。



   ***



「「いや、全部あのクソ皇帝のせいだから」」

 魔女達は遠見の水晶を覗き込み、そうツッコんだ。
 
「まさかのキーパーソンにミリアリス妃が選ばれたんだけど」
「ミスキャストどころの話じゃないんだけど。けど、とんでもない運命力よね。男爵家に生まれて皇帝に見初められ、側妃になって、寵愛を受けてる。それこそ、皇妃を殺してまで隣に置こうと思えるほどに」
「それから、全ての元凶とも言えなくもないメイドに扮したミリアリス妃にヴィヴィアン皇妃が一縷の望みを託すって、どんな運命のいたずらよ、って話よね」
「これ、どうなると思う?」
「普通は無理だと思うけど、なーんか、成し遂げちゃいそうな気がするのよね」
「可哀想にねぇ。あのクソ皇帝にさえ見初められなければ、相応の幸せがあったでしょうに」
「そうね。働き者で、顔も性格も悪くなさそうなのに、変な男に捕まったばっかりに……」

 ミリアリスから受ける印象は、純朴でウブな田舎娘だ。
 それに、彼女の年齢から考えて社交界デビューして間もなく、貴族の子女との付き合いもなかったように見受けられる。あまりにも貴族間の情報に疎く、平民出身のメイド達になじみ過ぎている。生家の男爵家は裕福ではなく、彼女は平民と共に育ったのだろう。きっと嫁入り先は貴族ではなく、平民の良家あたりを予定していたはずだ。彼女の成すことは、平民の家なら働き者の良い嫁だと褒められそうだった。

「可哀想にね」
「本当にね」

 そんなミリアリスは、彼女の愛する男のせいで、知らぬうちに加害者の立ち位置に立ってしまっている。このままいけば、彼女の行きつく先は破滅しかない。
 
「全部クソ皇帝のせいよ」
「そうね。皇帝なんて責任ある立場に立っている癖に、スッカラカンな頭をしやがってるあのゲス以下のせいね」

 眉間に深い皺を刻み、魔女二人はやってられない、とばかりに度数の高いワインを空け、グラスに注いで一気に飲み干した。

 翌日、昼間から飲みまくり、居間には酒という酒の空き瓶が何本も転がっていた。そんな荒れた居間に、寝落ちた二日酔いの魔女達が朝日を浴びて苦し気に呻いている。
 そんな見苦しい姿をさらす主人に、彼女達の使い魔二匹は顔を見合わせ、小さく溜息をついた。
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