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第六話

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 その後宿に戻り、声をひそめて守秘義務に引っかからない程度に話をすれば、スカーレットは目頭を揉みながら大きな溜息をついた。

「……それ、魔女協会には報告したの?」
「いいえ、まだ言ってないわ。もう少し情報収集してから報告しようかと思って……」

 なにせ、分かっていることはプレスコット王国のミリアリア姫が嫁いで早々に死んでしまったことと、その死体が誰にも発見されず、放置されていること。そして、どうやら近い時期に側妃となった男爵令嬢を、ミリアリア姫と勘違いしている者が居るということだけだ。

「まあ、確かに情報は少ないけど、明らかにまずい状態じゃない。明日、もう一度魔女協会に行って報告して来た方が良いわよ。魔女協会なら伝手を辿って情報収集できるでしょ? 貴女一人で情報収集するより、そっちの方が多く情報が集まるわよ」
「ああ、それもそうね……。うん、そうするわ」
「貴女、いったいどういう経緯でそんなことを知る羽目になったのよ……」
「すっごく不本意な経緯があってのことよ。ホント、勘弁してほしいわ」

 そう言い、ミアとスカーレットは目を見合わせて、二人同時に大きな溜息をついた。



   ***



 翌日、宿を引き払って早々に魔女協会に行き、ブレスト皇国での一件を報告した。
 取り扱いの難しいそれは、結局魔女協会から経過報告が欲しいと言われ、依頼扱いで報酬が貰えることとなった。
 元々魔女協会に情報を集め次第報告して行こうと思っていたので、報酬が出ると言われてラッキーと思いながらその依頼を請け負った。
 そしてミアは自宅へ帰り、簡単に夕食を済ませると遠見の水晶を覗き込んだ。
 水晶にはやはり使用人たちの慌ただしい仕事風景が映っており、無駄口をたたく暇もないようだった。水晶を操り、他の場所を映していると、目の前を食事を乗せたワゴンが通った。アレは恐らく、貴人の為の食事だろう。
 誰のものかは分からないが、丁度いいとそれを追い、ある部屋へ辿り着く。
 そこには、気の強そうな美女と、その美女にそっくりな幼い少女が居た。

「ヴィヴィアン様、お食事の時間です」
「そう、ご苦労様」

 ヴィヴィアンと呼ばれた女性は少女を呼び寄せ、隣の部屋へ移動し、食卓の前に少女と向かい合わせで座る。
 食事は静かなものだったが、ヴィヴィアンは少女にマナーを教えているらしく、時々少女に食べ方を注意していた。
 食事が終われば湯浴みをし、そのまま就寝となる。
 侍女たちが全て出て行き、暗闇の中ヴィヴィアンの呟きが聞こえた。

「いつまで、こんなことを……」

 その呟きは、悲しみと諦念が込められた、乾いたものだった。
 その様子をずっと見ていたミアは、水晶の前で頭を抱えていた。

「ご主人サマァ、大丈夫ぅ?」
「大丈夫じゃないかも……」

 前髪をかき回しながら、ミアは言う。

「ちょっと、待って。ヴィヴィアン、っていったらブレスト皇国の正妃様よ? 皇帝の正妃、つまり皇妃様! なのに、なんなの、あの扱い! 仲が良くなさそうな侍女に皇妃様じゃなくて、名前呼びされていて敬いの気配は無いし、部屋のランクも皇妃様に相応しくない!」

 ヴィヴィアンが居た部屋はミリアリアが通された離宮よりは良いものだったが、皇妃に相応しからぬ広さだったし、家具や調度品も寵愛の無い側妃レベルだった。

「待ってよ、なにこれ。明らかに冷遇されてるじゃないの! ヴィヴィアン皇妃といえば、ブレスト皇国のお隣のロスコー王国の第一王女だった人よ? ロスコー王国は土地こそブレスト皇国よりは狭いけど、豊かで怒らせたら怖い国じゃない。その国から貰ったお嫁さんに、皇帝は何してるのよ⁉」
「あらぁ……、猫にも分かるまずい状態ネェ……」

 ブレスト皇国とロスコー王国という大国同士の婚姻は、どちらが上ということは無い。大国同士故に気を使わねばならない婚姻であり、皇帝は寵愛を傾ける者が出来たとしても皇妃であるヴィヴィアンに気を使わなくてはならない筈なのだ。

「ホント、どうなってるのよ⁉ プレスコット王国の前に、ロスコー王国ともヤバイ状態なんじゃないでしょうね⁉」

 うがー! と叫ぶミアに、ノアが「困っちゃうわネェ」と言う。

「皇帝が怖くなってきたんだけど! 主に頭の中身が!」
「そうネェ。猫よりも上等な人だといいわネェ」

 ミアは遠見の水晶を戸棚に戻し、さっさと風呂に入ってベッドに飛び込んだ。きっといい夢は見られないだろう。
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