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悪夢編
第十三話 召喚1
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「キッッッッショ!」
「酷いな、嬢ちゃん」
真っ正直な悲鳴じみた声を上げるネモに、頭だけ人間のロベルの顔をした蜘蛛の悪魔は、余裕綽々の態度でケタケタと笑う。
そんな悪魔を尻目に、ネモは嫌そうにぼやく。
「ちょっと待ってよ、また悪魔なの? 人間技じゃないとは思ったけど、それでも滅多に遭遇するようなもんでもないでしょ、悪魔って。なんなの、ホント。勘弁してほしいわ」
ネモはつい最近、聖職者を大量に殺し、それを使って死体を復活させ、それに乗り移った爵位持ちの上級悪魔とやり合ったばかりだ。非常に厄介な相手だったため、悪魔とは二度と関わり合いになりたくないと思っていたのに、現実はコレだ。
「おや、嬢ちゃんは俺以外の悪魔と会ったことがあるのかい? それなのに今生きてるなんて、運が良いねぇ」
そう言いながらも、その笑みは酷薄で、こちらを明らかに見下している。折角生き残ったのに、ここで死ぬなんて可哀想に、とでも思っているのだろう。
透けて見える嘲笑に、ネモは不快そうに眉をひそめた。
「それで、悪魔が関わってるってことは、契約主が居るわけでしょ? そいつ、何が目的でサミュエル殿とケイトさんを攫ったわけ? 言っちゃなんだけど、マクシード子爵はそこまで重要な家ってわけじゃないわ。それに、貴族の三男坊はいざとなれば切り捨てられるし、侍女頭なんてただの使用人。わざわざ攫う価値なんてないでしょうに」
ネモがそう尋ねれば、ロベルはニタァと嗤って言う。
「人間の地位なんざ、俺にはどうでも良いことさ。そして、それは俺のゴシュジンサマも同じこと。ゴシュジンサマは、サミュエル本人に用があったのさ。その女は、ただのついで。攫うところに偶然居合わせて、巻き込まれに来たお節介女さ。ま、せっかくだから有効活用したがね」
どうやら、ケイトには用は無かったらしい。これは、殺されていないだけマシとでも思うべきか。ただ、どちらにせよ彼女のやつれた体を見れば、彼女がどれだけ苦しい思いをしたかが分かる。町の人間の言葉や体格に合ってないドレスを見れば、彼女は元はもっとふっくらした体つきをしていたはずだ。それが、この半年でこれほどまでに痩せるなど、どれだけの仕打ちを受けたのか……。彼女が体を自由に出来ず、操り人形のままでも、発狂せずにどうにか意識を保ち続けたのは奇跡に近い。
「有効活用?」
「そうさ。ゴシュジンサマの恋路に必要なスパイスにさせてもらったんだよ」
ロベルのその言葉を聞き、ネモは一瞬、呆気にとられた。今、この悪魔はなんと言った?
「恋路?」
ネモが、そう呟いたその時だった。
ギィ、とこの部屋の扉が、不快なお音を立ててゆっくり開いたのだ。そして、その扉の向こうからゆっくりと姿を現したそれに、ネモは目を見開く。
そこには、一人の少女が立っていた。
テルテル坊主のような、丈の長いスカートタイプの簡素な白いネグリジェ。今まで眠っていのだろう。赤い髪は三つ編みにされ、サイドに垂れている。
月明りに照らされて、薄暗い中でも不気味に目立つ青い瞳からは感情が読み取れず、ひどく落ち着かない。
「ネモさん……。貴女も、私のサミュエルを奪うの……?」
「アンナさん……」
それは、表情が抜け落ち、暗い瞳でこちらをじっと見つめるアンナだった。
アンナは小首を傾げ、どうして? と悲しげな声で呟く。
「どうして、皆邪魔するのかしら? 私と彼は、出会うべくして出会った運命の恋人なのに……」
彼女は苦しげに、ネグリジェの胸元を握る。
「皆、言うのよ。身分が違う、勘違いだ、って……。そんなことないのに。確かに彼は貴族で、私は平民のただのメイドよ。けど、よく目が合ったし、彼は私にいつも優しく微笑んでくれたわ。彼と私は愛し合ってるのよ! なのに、分不相応な勘違い女だなんて言われて、メイドを辞めさせられて……!」
あ、なるほど。ヤバイやつだな、とネモはしょっぱい顔になる。
目がよく合ったのはアンナがずっと見ていたからで、辞めさせられたのはヤバイ女だと判断されたのだろう。実際、悪魔と契約してサミュエルを攫い、更に洗脳している。アンナを辞めさせたのは、サミュエルを守るための当然の行いだ。
「いや、運命って何よ。人を攫っといて、しかも洗脳までしてよくもまぁそんなことが言えるわね。それに、泊めてもらった時に見た感じでも、完全に片思いにしか見えなかったんだけど」
ネモの指摘に、アンナはネモを睨み付けた。
「だって、仕方なかったのよ! 恋人の私と一緒に居られても、家族と離れるのは辛かったの。あんまり家に帰してくれと悲しむから、仕方なく記憶を封じて、彼は家族のいない孤児で、使用人として働いてることにしたの。だから、彼との関係をまた一からやり直すしかなかった」
身勝手な言い分だった。ネモは表情を嫌悪に染める。とんだショタコン女だ。背後から、ケイトが動けないながらも怒りからだろう、殺気立つのを感じた。
「彼は忘れてしまったけど、私達は愛し合っていたんだもの。おまじないに必要なハーブのスープは彼は残さず飲んでるし、ハーブ入りのお菓子も食べてくれてる。きっと、もうすぐまた私を愛してくれるわ」
言われ、ネモは気づく。
おまじないのハーブとは、暗示に必要なあの薬草のことだろう。ケイトがこれほど消耗しているのは、自分を操り人形にする悪魔の料理を警戒したのと、食事に入っている薬草が洗脳や己を操るのに助けとなっているのを知ったからだ。だから、自分達を虐げる酷い女主人という恋のスパイスを演じさせられるなか、どうにか自分の意思を混ぜて食事を拒否し、サミュエルに渡されたアンナの菓子を食べられないように踏み潰したのだ。見上げた精神力である。
けれど、サミュエルは完全に洗脳され、パーレ草を摂取してしまっている。このままだと、アンナの言うように、サミュエルは彼女にとって都合の良いように思考が誘導されるだろう。
悪魔が関わっている面倒な状況ゆえに、ネモは一時撤退して体制を強化したいところだが、知ってしまったからには逃がしてもらえないに違いない。
頼みのあっくんも、屋敷の中ではその強大な力は振るいにくい。もし建物が倒壊でもしたら、自分はもちろん、ケイトやこの屋敷のどこかに居るだろうサミュエルが潰れる可能性がある。ケイトを庇いながら戦うのも難しい。――そうすると、打てる手はすべて打つべきだろう。
ネモは眉間に深い皺を刻み、苦渋の決断とでも言わんばかりの顔で告げる。
「あっくん。もはや、これまでよ。もう、私達だけではどうにもならないわ」
「きゅ~……」
ネモのその言葉を聞き、ロベルは観念したか、と嘲りの笑みを浮かべる。それを不快そうに睨み付けながら、ネモは言った。
「お願い、あっくん。あっくんの下僕を召喚してちょうだい!」
「きゅいっ」
いいよ、とあっくんは元気に鳴き、きゅっきゃ~、と鼻歌でも歌うかのような軽妙さで鳴いた。そして、その瞬間――
「なっ!?」
「えっ……?」
ロベルの驚愕の声と、アンナの困惑の声が重なる。
二人の視線の先には、人一人分の大きさで、縦に展開された魔法陣があった。
「何故、その魔法陣をその畜生如きが使うんだ!?」
それは、悲鳴じみた声だった。
アンナは分かっていないようだが、ロベルは悪魔だからこそ分かったようだった。彼が怯えるように見るそれは、悪魔を召喚するための魔法陣――爵位持ちの上級悪魔を召喚する魔法陣だったからだ。
魔法陣から、ぬぅっ、と人の腕が生える。
そして、その魔法陣をくぐるように現れたのは、長い美しい黒髪に、白い肌。長い笹耳と赤い瞳を持つ、美しい男だった。
彼はニィッ、と怪しく微笑み、ネモ達の方を振り返って言う。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
それは、多くの聖職者を殺し、エルフの死体を復活させてそれを乗っ取った伯爵位の上級悪魔――ザクロだった。
「酷いな、嬢ちゃん」
真っ正直な悲鳴じみた声を上げるネモに、頭だけ人間のロベルの顔をした蜘蛛の悪魔は、余裕綽々の態度でケタケタと笑う。
そんな悪魔を尻目に、ネモは嫌そうにぼやく。
「ちょっと待ってよ、また悪魔なの? 人間技じゃないとは思ったけど、それでも滅多に遭遇するようなもんでもないでしょ、悪魔って。なんなの、ホント。勘弁してほしいわ」
ネモはつい最近、聖職者を大量に殺し、それを使って死体を復活させ、それに乗り移った爵位持ちの上級悪魔とやり合ったばかりだ。非常に厄介な相手だったため、悪魔とは二度と関わり合いになりたくないと思っていたのに、現実はコレだ。
「おや、嬢ちゃんは俺以外の悪魔と会ったことがあるのかい? それなのに今生きてるなんて、運が良いねぇ」
そう言いながらも、その笑みは酷薄で、こちらを明らかに見下している。折角生き残ったのに、ここで死ぬなんて可哀想に、とでも思っているのだろう。
透けて見える嘲笑に、ネモは不快そうに眉をひそめた。
「それで、悪魔が関わってるってことは、契約主が居るわけでしょ? そいつ、何が目的でサミュエル殿とケイトさんを攫ったわけ? 言っちゃなんだけど、マクシード子爵はそこまで重要な家ってわけじゃないわ。それに、貴族の三男坊はいざとなれば切り捨てられるし、侍女頭なんてただの使用人。わざわざ攫う価値なんてないでしょうに」
ネモがそう尋ねれば、ロベルはニタァと嗤って言う。
「人間の地位なんざ、俺にはどうでも良いことさ。そして、それは俺のゴシュジンサマも同じこと。ゴシュジンサマは、サミュエル本人に用があったのさ。その女は、ただのついで。攫うところに偶然居合わせて、巻き込まれに来たお節介女さ。ま、せっかくだから有効活用したがね」
どうやら、ケイトには用は無かったらしい。これは、殺されていないだけマシとでも思うべきか。ただ、どちらにせよ彼女のやつれた体を見れば、彼女がどれだけ苦しい思いをしたかが分かる。町の人間の言葉や体格に合ってないドレスを見れば、彼女は元はもっとふっくらした体つきをしていたはずだ。それが、この半年でこれほどまでに痩せるなど、どれだけの仕打ちを受けたのか……。彼女が体を自由に出来ず、操り人形のままでも、発狂せずにどうにか意識を保ち続けたのは奇跡に近い。
「有効活用?」
「そうさ。ゴシュジンサマの恋路に必要なスパイスにさせてもらったんだよ」
ロベルのその言葉を聞き、ネモは一瞬、呆気にとられた。今、この悪魔はなんと言った?
「恋路?」
ネモが、そう呟いたその時だった。
ギィ、とこの部屋の扉が、不快なお音を立ててゆっくり開いたのだ。そして、その扉の向こうからゆっくりと姿を現したそれに、ネモは目を見開く。
そこには、一人の少女が立っていた。
テルテル坊主のような、丈の長いスカートタイプの簡素な白いネグリジェ。今まで眠っていのだろう。赤い髪は三つ編みにされ、サイドに垂れている。
月明りに照らされて、薄暗い中でも不気味に目立つ青い瞳からは感情が読み取れず、ひどく落ち着かない。
「ネモさん……。貴女も、私のサミュエルを奪うの……?」
「アンナさん……」
それは、表情が抜け落ち、暗い瞳でこちらをじっと見つめるアンナだった。
アンナは小首を傾げ、どうして? と悲しげな声で呟く。
「どうして、皆邪魔するのかしら? 私と彼は、出会うべくして出会った運命の恋人なのに……」
彼女は苦しげに、ネグリジェの胸元を握る。
「皆、言うのよ。身分が違う、勘違いだ、って……。そんなことないのに。確かに彼は貴族で、私は平民のただのメイドよ。けど、よく目が合ったし、彼は私にいつも優しく微笑んでくれたわ。彼と私は愛し合ってるのよ! なのに、分不相応な勘違い女だなんて言われて、メイドを辞めさせられて……!」
あ、なるほど。ヤバイやつだな、とネモはしょっぱい顔になる。
目がよく合ったのはアンナがずっと見ていたからで、辞めさせられたのはヤバイ女だと判断されたのだろう。実際、悪魔と契約してサミュエルを攫い、更に洗脳している。アンナを辞めさせたのは、サミュエルを守るための当然の行いだ。
「いや、運命って何よ。人を攫っといて、しかも洗脳までしてよくもまぁそんなことが言えるわね。それに、泊めてもらった時に見た感じでも、完全に片思いにしか見えなかったんだけど」
ネモの指摘に、アンナはネモを睨み付けた。
「だって、仕方なかったのよ! 恋人の私と一緒に居られても、家族と離れるのは辛かったの。あんまり家に帰してくれと悲しむから、仕方なく記憶を封じて、彼は家族のいない孤児で、使用人として働いてることにしたの。だから、彼との関係をまた一からやり直すしかなかった」
身勝手な言い分だった。ネモは表情を嫌悪に染める。とんだショタコン女だ。背後から、ケイトが動けないながらも怒りからだろう、殺気立つのを感じた。
「彼は忘れてしまったけど、私達は愛し合っていたんだもの。おまじないに必要なハーブのスープは彼は残さず飲んでるし、ハーブ入りのお菓子も食べてくれてる。きっと、もうすぐまた私を愛してくれるわ」
言われ、ネモは気づく。
おまじないのハーブとは、暗示に必要なあの薬草のことだろう。ケイトがこれほど消耗しているのは、自分を操り人形にする悪魔の料理を警戒したのと、食事に入っている薬草が洗脳や己を操るのに助けとなっているのを知ったからだ。だから、自分達を虐げる酷い女主人という恋のスパイスを演じさせられるなか、どうにか自分の意思を混ぜて食事を拒否し、サミュエルに渡されたアンナの菓子を食べられないように踏み潰したのだ。見上げた精神力である。
けれど、サミュエルは完全に洗脳され、パーレ草を摂取してしまっている。このままだと、アンナの言うように、サミュエルは彼女にとって都合の良いように思考が誘導されるだろう。
悪魔が関わっている面倒な状況ゆえに、ネモは一時撤退して体制を強化したいところだが、知ってしまったからには逃がしてもらえないに違いない。
頼みのあっくんも、屋敷の中ではその強大な力は振るいにくい。もし建物が倒壊でもしたら、自分はもちろん、ケイトやこの屋敷のどこかに居るだろうサミュエルが潰れる可能性がある。ケイトを庇いながら戦うのも難しい。――そうすると、打てる手はすべて打つべきだろう。
ネモは眉間に深い皺を刻み、苦渋の決断とでも言わんばかりの顔で告げる。
「あっくん。もはや、これまでよ。もう、私達だけではどうにもならないわ」
「きゅ~……」
ネモのその言葉を聞き、ロベルは観念したか、と嘲りの笑みを浮かべる。それを不快そうに睨み付けながら、ネモは言った。
「お願い、あっくん。あっくんの下僕を召喚してちょうだい!」
「きゅいっ」
いいよ、とあっくんは元気に鳴き、きゅっきゃ~、と鼻歌でも歌うかのような軽妙さで鳴いた。そして、その瞬間――
「なっ!?」
「えっ……?」
ロベルの驚愕の声と、アンナの困惑の声が重なる。
二人の視線の先には、人一人分の大きさで、縦に展開された魔法陣があった。
「何故、その魔法陣をその畜生如きが使うんだ!?」
それは、悲鳴じみた声だった。
アンナは分かっていないようだが、ロベルは悪魔だからこそ分かったようだった。彼が怯えるように見るそれは、悪魔を召喚するための魔法陣――爵位持ちの上級悪魔を召喚する魔法陣だったからだ。
魔法陣から、ぬぅっ、と人の腕が生える。
そして、その魔法陣をくぐるように現れたのは、長い美しい黒髪に、白い肌。長い笹耳と赤い瞳を持つ、美しい男だった。
彼はニィッ、と怪しく微笑み、ネモ達の方を振り返って言う。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
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