45 / 57
悪夢編
第八話 洋館8
しおりを挟む
なんだったんだろうな、と思いながら部屋へ向かっていると、ロベルとアンナを見かけた。
二人もこちらに気付いたようで、笑みを浮かべる。
「ネモさん、こんにちは」
「よう、お嬢ちゃん。奥様にお茶に誘われたんだって?」
ロベルに問われ、ネモは頷く。
「ええ。何故かお茶に誘われたわ。ハウエル夫人には歓迎されてないと思ったんだけど、なんでかしら?」
その疑問に、アンナが微笑んで答える。
「ああ、あんまり深く考えなくても良いと思いますよ。奥様はお客様はいらっしゃる度に、お茶に誘われますから。郵便配達の人や、ミルクや卵を配達してくれる人まで、けっこう見境なく誘ってるんです。たぶん、お茶会が好きなんだと思います」
「うちは金がないからな。豪勢なお茶会を開くのも、そういうお茶会に行くのも無理だ。見境なく誘うのは、欲求不満を解消するための代用なのさ。それに俺は菓子は作れないし、出来るとしたら、アンナの嬢ちゃんの菓子作りのとき、オーブンの番をするので精いっぱいだな」
そう言って肩を竦めるロベルに、アンナはクスクスと笑う。
二人の様子を見て、そんなものなのか、とネモは首を傾げる。
「んー……。まあ、特に何かあるっていうことじゃないなら、気にしないでおくわ」
そう言ったネモに、それで良いと思いますよ、とアンナが微笑み、ロベルもニヤッと笑った。
***
その日の夜、シャワーを使い、部屋に戻る際にベンを見かけた。ベンはネモの進行方向の前を歩いていた。
それだけなら、ああ、執事さんだな、と思うだけなのだが、ベンの様子にどうも目が吸い寄せられる。
「……なんか、歩き方がキモイ」
率直で大変失礼な本音が思わず零れた。
最初に会ったときや、部屋に案内されたときは気にならなかったのだが、今のベンの歩き方はどうにも不自然さを感じるのだ。
ベンは姿勢も真っ直ぐで、シャキシャキ歩いているのに、その姿に奇妙な違和感を感じる。
この不自然さはなんだろう、と考えているうちに、ベンは曲がり角の向こうへ姿を消した。
ネモはあてがわれた部屋へ戻り、ベッドに腰かける。
「でも、なーんか、あの歩き方、どこかで見たことがあるのよね」
長く生きていれば、いろんな人間に出会う。
片足を魔物に襲われて失った人間にも出会った。彼は義足を作って生活していたが、その歩き方はベンのものとは違った。
病で足が弱った人間にも出会った。彼女は足に負担のかからない歩き方を心掛けていたが、その歩き方も、やはりベンのものとは違う。
「どこで見たんだっけ……」
ネモはベッドに倒れ込み、考えるが、どうにも思い出せない。
うーん、と唸っていると、あっくんが寄って来て、どうしたの? と首を傾げた。
ネモは苦笑し、なんでもない、とあっくんの頭を撫でる。
そして身を起こし、はた、と気付く。
「いや、そもそも、なんでこんなに気になるのかしら……?」
それこそ、前述したように様々な理由で特徴的な歩き方をする人間を見て来た。しかし、こんな風に気にかかるようなことはなかった。
「あー……。待って。これって、気になるんじゃなくて、気にしなきゃいけない事だわ……」
この『気になる』は、経験上からの『気をつけろ』という警告である。
「でも、思い出せない……。ええー……。何処で見たんだっけ?」
うんうん悩むも、思い出せない。長く生きて色々なものを見過ぎた弊害かもしれなかった。
「うあー……。駄目だわ。思い出せるまで町に滞在しよう。ここから遠く離れた場所で思い出して、取り返しのつかない事態になったら洒落にならないわ」
そう言って、あっくんを両手で持ち上げる。
「あっくん。嵐が止んだら、しばらく町に滞在するからね」
「きゅいっ」
あっくんは元気に、わかったー、と返事をした。
よし、良いお返事、と頷いたとき、ふと、ネモは気付く。
「そういえば、ベンさん、カーペットがあるとはいえ、足音がしなさすぎじゃない?」
廊下にはカーペットが敷かれており、それが足音を吸収していた。しかし、それでもやはりパタパタとくぐもった足音がするはずである。しかし、ベンにはそれすら無い。
気付いてしまったことに顔をしかめ、ネモは夢の中へ逃げるようにベッドに潜り込んだ。
二人もこちらに気付いたようで、笑みを浮かべる。
「ネモさん、こんにちは」
「よう、お嬢ちゃん。奥様にお茶に誘われたんだって?」
ロベルに問われ、ネモは頷く。
「ええ。何故かお茶に誘われたわ。ハウエル夫人には歓迎されてないと思ったんだけど、なんでかしら?」
その疑問に、アンナが微笑んで答える。
「ああ、あんまり深く考えなくても良いと思いますよ。奥様はお客様はいらっしゃる度に、お茶に誘われますから。郵便配達の人や、ミルクや卵を配達してくれる人まで、けっこう見境なく誘ってるんです。たぶん、お茶会が好きなんだと思います」
「うちは金がないからな。豪勢なお茶会を開くのも、そういうお茶会に行くのも無理だ。見境なく誘うのは、欲求不満を解消するための代用なのさ。それに俺は菓子は作れないし、出来るとしたら、アンナの嬢ちゃんの菓子作りのとき、オーブンの番をするので精いっぱいだな」
そう言って肩を竦めるロベルに、アンナはクスクスと笑う。
二人の様子を見て、そんなものなのか、とネモは首を傾げる。
「んー……。まあ、特に何かあるっていうことじゃないなら、気にしないでおくわ」
そう言ったネモに、それで良いと思いますよ、とアンナが微笑み、ロベルもニヤッと笑った。
***
その日の夜、シャワーを使い、部屋に戻る際にベンを見かけた。ベンはネモの進行方向の前を歩いていた。
それだけなら、ああ、執事さんだな、と思うだけなのだが、ベンの様子にどうも目が吸い寄せられる。
「……なんか、歩き方がキモイ」
率直で大変失礼な本音が思わず零れた。
最初に会ったときや、部屋に案内されたときは気にならなかったのだが、今のベンの歩き方はどうにも不自然さを感じるのだ。
ベンは姿勢も真っ直ぐで、シャキシャキ歩いているのに、その姿に奇妙な違和感を感じる。
この不自然さはなんだろう、と考えているうちに、ベンは曲がり角の向こうへ姿を消した。
ネモはあてがわれた部屋へ戻り、ベッドに腰かける。
「でも、なーんか、あの歩き方、どこかで見たことがあるのよね」
長く生きていれば、いろんな人間に出会う。
片足を魔物に襲われて失った人間にも出会った。彼は義足を作って生活していたが、その歩き方はベンのものとは違った。
病で足が弱った人間にも出会った。彼女は足に負担のかからない歩き方を心掛けていたが、その歩き方も、やはりベンのものとは違う。
「どこで見たんだっけ……」
ネモはベッドに倒れ込み、考えるが、どうにも思い出せない。
うーん、と唸っていると、あっくんが寄って来て、どうしたの? と首を傾げた。
ネモは苦笑し、なんでもない、とあっくんの頭を撫でる。
そして身を起こし、はた、と気付く。
「いや、そもそも、なんでこんなに気になるのかしら……?」
それこそ、前述したように様々な理由で特徴的な歩き方をする人間を見て来た。しかし、こんな風に気にかかるようなことはなかった。
「あー……。待って。これって、気になるんじゃなくて、気にしなきゃいけない事だわ……」
この『気になる』は、経験上からの『気をつけろ』という警告である。
「でも、思い出せない……。ええー……。何処で見たんだっけ?」
うんうん悩むも、思い出せない。長く生きて色々なものを見過ぎた弊害かもしれなかった。
「うあー……。駄目だわ。思い出せるまで町に滞在しよう。ここから遠く離れた場所で思い出して、取り返しのつかない事態になったら洒落にならないわ」
そう言って、あっくんを両手で持ち上げる。
「あっくん。嵐が止んだら、しばらく町に滞在するからね」
「きゅいっ」
あっくんは元気に、わかったー、と返事をした。
よし、良いお返事、と頷いたとき、ふと、ネモは気付く。
「そういえば、ベンさん、カーペットがあるとはいえ、足音がしなさすぎじゃない?」
廊下にはカーペットが敷かれており、それが足音を吸収していた。しかし、それでもやはりパタパタとくぐもった足音がするはずである。しかし、ベンにはそれすら無い。
気付いてしまったことに顔をしかめ、ネモは夢の中へ逃げるようにベッドに潜り込んだ。
10
お気に入りに追加
1,082
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
攻略対象の王子様は放置されました
白生荼汰
恋愛
……前回と違う。
お茶会で公爵令嬢の不在に、前回と前世を思い出した王子様。
今回の公爵令嬢は、どうも婚約を避けたい様子だ。
小説家になろうにも投稿してます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
美少女に転生して料理して生きてくことになりました。
ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。
飲めないお酒を飲んでぶったおれた。
気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。
その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる