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悪夢編

第八話 洋館8

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 なんだったんだろうな、と思いながら部屋へ向かっていると、ロベルとアンナを見かけた。
 二人もこちらに気付いたようで、笑みを浮かべる。

「ネモさん、こんにちは」
「よう、お嬢ちゃん。奥様にお茶に誘われたんだって?」

 ロベルに問われ、ネモは頷く。

「ええ。何故かお茶に誘われたわ。ハウエル夫人には歓迎されてないと思ったんだけど、なんでかしら?」

 その疑問に、アンナが微笑んで答える。

「ああ、あんまり深く考えなくても良いと思いますよ。奥様はお客様はいらっしゃる度に、お茶に誘われますから。郵便配達の人や、ミルクや卵を配達してくれる人まで、けっこう見境なく誘ってるんです。たぶん、お茶会が好きなんだと思います」
「うちは金がないからな。豪勢なお茶会を開くのも、そういうお茶会に行くのも無理だ。見境なく誘うのは、欲求不満を解消するための代用なのさ。それに俺は菓子は作れないし、出来るとしたら、アンナの嬢ちゃんの菓子作りのとき、オーブンの番をするので精いっぱいだな」

 そう言って肩を竦めるロベルに、アンナはクスクスと笑う。
 二人の様子を見て、そんなものなのか、とネモは首を傾げる。

「んー……。まあ、特に何かあるっていうことじゃないなら、気にしないでおくわ」

 そう言ったネモに、それで良いと思いますよ、とアンナが微笑み、ロベルもニヤッと笑った。



   ***



 その日の夜、シャワーを使い、部屋に戻る際にベンを見かけた。ベンはネモの進行方向の前を歩いていた。
 それだけなら、ああ、執事さんだな、と思うだけなのだが、ベンの様子にどうも目が吸い寄せられる。

「……なんか、歩き方がキモイ」

 率直で大変失礼な本音が思わず零れた。
 最初に会ったときや、部屋に案内されたときは気にならなかったのだが、今のベンの歩き方はどうにも不自然さを感じるのだ。
 ベンは姿勢も真っ直ぐで、シャキシャキ歩いているのに、その姿に奇妙な違和感を感じる。
 この不自然さはなんだろう、と考えているうちに、ベンは曲がり角の向こうへ姿を消した。
 ネモはあてがわれた部屋へ戻り、ベッドに腰かける。
 
「でも、なーんか、あの歩き方、どこかで見たことがあるのよね」

 長く生きていれば、いろんな人間に出会う。
 片足を魔物に襲われて失った人間にも出会った。彼は義足を作って生活していたが、その歩き方はベンのものとは違った。
 病で足が弱った人間にも出会った。彼女は足に負担のかからない歩き方を心掛けていたが、その歩き方も、やはりベンのものとは違う。

「どこで見たんだっけ……」

 ネモはベッドに倒れ込み、考えるが、どうにも思い出せない。
 うーん、と唸っていると、あっくんが寄って来て、どうしたの? と首を傾げた。
 ネモは苦笑し、なんでもない、とあっくんの頭を撫でる。
 そして身を起こし、はた、と気付く。

「いや、そもそも、なんでこんなに気になるのかしら……?」

 それこそ、前述したように様々な理由で特徴的な歩き方をする人間を見て来た。しかし、こんな風に気にかかるようなことはなかった。

「あー……。待って。これって、気になるんじゃなくて、気にしなきゃいけない事だわ……」

 この『気になる』は、経験上からの『気をつけろ』という警告である。
 
「でも、思い出せない……。ええー……。何処で見たんだっけ?」

 うんうん悩むも、思い出せない。長く生きて色々なものを見過ぎた弊害かもしれなかった。

「うあー……。駄目だわ。思い出せるまで町に滞在しよう。ここから遠く離れた場所で思い出して、取り返しのつかない事態になったら洒落にならないわ」

 そう言って、あっくんを両手で持ち上げる。

「あっくん。嵐が止んだら、しばらく町に滞在するからね」
「きゅいっ」

 あっくんは元気に、わかったー、と返事をした。
 よし、良いお返事、と頷いたとき、ふと、ネモは気付く。

「そういえば、ベンさん、カーペットがあるとはいえ、足音がしなさすぎじゃない?」

 廊下にはカーペットが敷かれており、それが足音を吸収していた。しかし、それでもやはりパタパタとくぐもった足音がするはずである。しかし、ベンにはそれすら無い。
 気付いてしまったことに顔をしかめ、ネモは夢の中へ逃げるようにベッドに潜り込んだ。



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