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悪夢編

第二話 洋館2

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「こちらの部屋をお使いください」

 案内された部屋は飾り気はなく、簡素なものだった。部屋の明かりが付けられ、部屋の中が明らかになる。
 ベッドが一つに、サイドテーブルとランプ。小さな卓に椅子が一脚。トイレとシャワーは共用で、外にあるらしい。客用のトイレとシャワーが部屋の外にあるとは、この屋敷の築年数は相当なものだろう。
備え付けのチェストも素っ気ない程に簡素で、あの厳しそうな奥様が言った金が無いというのは本当のことのようだ。屋敷の規模の割に、家にある物に金が掛けられている様子がない。
 少し埃っぽく感じるのは、掃除の為の人出が足りていないのだろう。金が無いのなら使用人は雇えない。色々と行き届いていなのは仕方のないことだ。
 しかし、その印象は屋敷の規模に対してであり、埃っぽい所をのぞけば、町の宿屋程度のランクだ。十分すぎる設備だ。
 ネモはにっこり微笑む。

「本当に、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、命令ですので。何か不明な点がありましたら、お声をおかけ下さい。そちらにベルがありますので、それを鳴らしていただければこちらに参ります」

 それでは、と一礼してベンは出て行こうとし――

「あ、そうでした」
「ひぃっ!?」
「きゅあっ⁉」

にゅいん、と勢いよく、気持ち悪――糸に吊られたかのような特徴的な動きで振り返り、ネモの顔を見た。
 
「夜はどうぞ、部屋から出ないようお願いします。それから、こちらから反対の棟には行かないように願います。そちらは奥様の部屋などがありますので」
「は、はあ……、わかりました……」

 隈の目立つ三白眼で、じっと見つめられながら念を押され、ネモは頬を引きつらせながら素直に頷いた。あっくんはベンの先程の動きに驚いた所為で、毛を逆立たせて膨張していた。
 それに満足し、ベンは頷き返すと、再び一礼して部屋を出て行った。

「なんか、癖のある人ねぇ……」
「きゅ~……」

 ネモとあっくんはベンが出て行ったドアを見つめ、半ば呆気にとられながらそう呟いた。



   ***



 ネモはマジックバックからタオルと着替えを取りだす。
 体を拭き、さらりと乾いた綺麗な服を着て、ようやくホッと一息ついた。

「はぁ~……。ようやく人心地つけたわ。嵐の中、外を歩くのはやっぱり無謀よね」
「きゅあ~」

 仕方のないことだったとはいえ、ネモはなかなか無茶をしたものだな、と己の行動を振り返る。

「あっくん、夕飯までちょっと時間があるし、温かい物でも飲もうか」
「きゅいっ」

 賛成、とばかりに嬉しそうな声で鳴くあっくんに微笑み、ネモはマジックバックから温かいお茶が入った魔法瓶を取り出す。

「ほうじ茶と……、あ、おかきがあった。あっくん、食べる?」
「きゅきゅいっ!」

 わーい、と嬉しそうにバンザイするあっくんの前に小さい湯呑を出し、そこにほうじ茶を淹れる。そして、おかきを小皿に盛って出してやれば、あっくんは早々にそれを手に取り、ボリボリと食べだした。
 ネモはほうじ茶を飲みながら、窓の方を眺める。窓の向こうには飾り格子が見え、その隙間を縫って雨粒が窓を叩いた。
 
「流石に、疲れたわ。あっくん、今日は早めに寝よっか」
「きゅいっ」

 そうやってあっくんとポツポツ喋っていると、ドアがノックされた。なんだろうと思い、ドアを開ければ、そこには玄関ホールでタオルを持ってきてくれた赤毛の少女が居た。

「あら、貴女は……」
「あの、先程は失礼しました。私、このお屋敷でメイドをしているアンナ・ニューリーっていいます」
「あ、私はネモフィラ・ペンタスです。ネモ、って呼んでください。さっきの白いリスみたいな子は、あっくんです」

 自己紹介をしあい、二人は微笑み合う。

「実は、うちのコックがスープが余ったから、良ければどうぞ、とのことです」

 そう言って、彼女はお盆に乗せたスープが入った二つの皿を差し出した。
 スープは湯気が立っており、おそらくせめて温かいものをという気遣いだろう。

「わあ、ありがとうございます! けど、本当に良いんですか?」
「えっと、その……、できれば奥様には内緒にしてください……」

 ネモの言葉に、ちょっと視線を泳がせるアンナに、ネモは笑みを返して頷いた。
 お皿は後で取りに来ると言って、彼女は去って行った。
 ネモは野菜とベーコンが浮かぶスープをあっくんの前に置き、もう一つを自分の前に置く。

「それじゃあ、冷めないうちにいただきましょうか」
「きゅいっ」

 ネモの言葉にあっくんは頷き、一人と一匹は、いただきます、と食前の挨拶をしてスープを口に含み――

「う……」
「ぎゅぅ……」

 微妙な顔をした。

「美味しくはないけど、食べられないわけではない、微妙な味……」
「ぎゅあ~……」

 ぶっちゃけ、いつも食べているものと比べると、不味い。これは、食事がハズレの安宿レベルの味だ。
あっくんなど正直に、これいらな~い、と皿を遠ざけている。
 ネモとしてはあっくんはそれで良いとしても、自分は気遣いに感謝して完食すべきだと思った。

「けど、これは、ちょっと……」

 舌がこれ以上食べることを拒絶していた。

「これ、なにを入れたのかしら。覚えがある風味なんだけど、思い出せない……」

 ハーブ系の何かだと思うのだが、この薄っすら薫るこれがどうしようもなく駄目だ。

「これは申し訳ないけど、食べたふりをさせてもらいましょう」
「きゅい」

 ネモはマジックバックから小鍋を取り出し、移し替える。それをマジックバックに仕舞いつつ、時間停止の付与がされているマジックバックから具沢山のサンドイッチを取り出した。

「ちょっと早いけど、夕飯を食べちゃいましょう。あっくん、さっきのスープのことは内緒よ?」
「きゅっきゅ」

 人差し指を一本立て、口の前に持って来てそう言うと、あっくんは素直に頷いた。



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