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第二連

第二連・承句 志有る者は事竟に成るなり(2)

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第二連・承句 志有る者は事竟に成るなり

View point of淮天衣

「仕方がないわ。屈服するわけではないけれど、唯(ただ)の遊戯ごときに怯えるのでは祖先の歴史に申し訳が立たないから付き合いましょう。いつでも危険を感じたら離脱するわ」

「どうぞ、ご自由に。ではコマンドボックスを開いてタカマガハラサーバーを選択、出てくる地名の中から『筑紫』を選んでくれ」
皆で一斉にコマンドを選択する。


 そこは森の中の様だった。青々と茂った木漏れ日の隙間からほのかに日が差し込み、初夏の心地いい風が吹いている。爽々とした気持ちの良い風、かぎ慣れない緑の香りが鼻をくすぐり、風に揺られて木漏れ日がさらさらと眼下に揺れる。

「こっちだ」

ウツツが呼ぶ声に私は周りを見渡した。私達は皆、結局時間の制約もありチュートリアルミッション中は危険もないことから、通常のアバターに特別変化を加える事もなくここにいる。違うことと言えば、それぞれ武器を持っていることくらいだ。緻密さに拘る彼等らしく、初期装備の段階から十分な種類があることには驚いた。

 私は青龍刀を選び、自成が戟(げき)を、楚歌が鞭を、そして碧海が香炉を取る。日本人達も私達のレベルに合わせて初期装備で参集する。ウツツは日本刀、カリが大幣(おおはらえ)、オモウが鉞(まさかり)だ。

 ウツツがこれまでのように先導する。少し歩くと小道に着き、すぐに建物が見えてくる。
「あ、はじめのチュートリアル用のストーリーですね~、なつかし~」
カリがホワワンと宙に浮いたような声で呟く。

 見えてきた建物は木造でどうにもずいぶん原始的なものらしい。建物の前に二人の人物がいる。一人は小柄な女性で倭姫命(ヤマトヒメノミコト)と表示される。とても愛くるしい少女のようだ。他方、少女から何かを受け取っているのは小碓命(オウスノミコト)と表示されている。少年のようだが桃頬は少女と見まがうほどに可愛らしい。

 かつて私達が彼らに下賜した『倭』という字句を使っているあたりに好感を抱く。

 私達がウツツに率いられて彼らの方に向かって行くと二人は振り向き、こちらに話かけてくる。
「私は小碓命、父の命にて西方の蛮族、熊襲(クマソ)を平定せねばならない。そなた達は我が兵達か?」

これに対して、ウツツが膝をついて答える。私達全員、膝をつく。他の日本人達は平伏しているあたり私達は一応、特別の礼を以って接せられているのだろうか?

「はい、これなる者達は異郷の地から遥々陛下をお助けすべく参った者たちです、寡兵ながら一命を賭してお助けいたします」

「では、まいられよ」
小碓命と言う名のついたNPCが走り出し、森へ入る。
すぐに全身に墨を彫った人外達が私達を取り囲む。

「戦闘表示画面の攻撃コマンドを脳内で唱えろ、技が繰り出されるから」
ウツツが叫び、敵に上段構えで斬りかかっていく。私もすぐにウィンドウを確認し、脳内でコマンドを唱える。

『斬撃→刺突→斬伐→斬切』

ふっと体が軽くなり腕が軽々と青龍刀で一人目の敵を袈裟斬りにした上にその急所目掛けて突き刺し、返す刀で隣にいた敵兵をなぎ払い、その首を落とす。

すぐに敵兵の血しぶきが上がり、私の顔を濡らす。生暖かいその感触は妙に現実感があって私には馴染めないものだった。しかし、既に周りを見渡せば皆各々敵を撃破すべく切り結び合っている。

 「集中しろ!興奮すればするほど、脳内アドレナリンの量に応じてクリティカルヒットが出やすくなる」
ウツツが時々戦い方を叫ぶ。

振り向いた私に向かって敵が突進してくる、その刃が私の脇腹をえぐった瞬間、本物の傷みが私を襲う。

「あああっー痛ぁあっ」
叫んだ私の声を聞きつけたオモウの鉞(まさかり)が敵の頭を潰す。

ふっと気が付くと痛みが弱まっていた。私のHPゲージがかなり削られているのに気がついたオモウが回復アイテムを私の患部にふりかけて傷みと傷が消えていく。

その頃には既に敵の大半は地面に転がり、私達のCPカウンターが回転し始めていた。

「ちょっと、痛過ぎるわよ。何とかならないの?」
問いただす私に対してウツツが

「敵を倒して経験値がたまったら痛覚に関するパラメーターに経験値スコアをふることが出来る。そうすれば痛みが軽減される」
と言い、カリが

「でもでも、そんなことする人はほとんどいないわ~」
っと笑いながら言う。

「どうして、痛いのは嫌じゃないの?」
っと問うたのは楚歌、未だに彼の好奇心は衰えていないらしい

「痛くなかったら、リアルじゃないわ~、そうでしょ?それに興奮してたら痛みはそれほど気にならないですよ~。あと、たまに痛み自体が気持ちいいって変態さんもいますよ~。結局、感覚なんてそれぞれの認識の問題でしかないんじゃないですかね~。」

蛮人達に聞いた私が愚かだった。彼らの非道な変態さを再認識しただけだった。
そんな他愛のない話をしながら敵を切り進んでいくと、遠くからでも見える強大な篝火(かがりび)があった。

ポップアップウィンドウが表示され、


{タカマガハラチュートリアルシナリオ1:熊襲討伐(クマソトウバツ)
 Chapter1: 10分間小碓命を熊襲兵達の攻勢から防御せよ!
 小碓少年は父王からの無理な命にも関わらず蛮族熊襲の討伐に向かう。その途上敵の大群に囲まれてしまった。
成功報酬: 簡易傷薬×2、銅鏡、20CP}

「来るぞ」
ウツツの叫び声とともに敵の大群が押し寄せてくる。皆ほとんど全裸におどろおどろしい赤や青の刺青をして銅剣で襲いかかってくる。蟻の大群のように隙間なく襲い掛かってくる蛮夷に対して私達はNPCの美少年を中心にして円陣を組んで立ち向かう。円の中から碧海が香炉の魔法効果で面攻撃を仕掛ける。彼女の攻撃はチャージ時間が長いからだ。

臭くて汚らわしい肉の群れは猛々しく咆哮し、間髪入れずに四方八方から攻撃してくる。敵の勢いに負けぬように私もひたすら脳内でコマンドを唱え続ける。しかしコマンドはあくまでも攻撃の型を体に実行させるに過ぎないので向きや角度、あるいは標的の選定は別になる。かなり複雑で集中せざるを得ないようになっている。

『刺突→刺突→刺突→刺突」

「攻撃が単調になっているぞ!初期のレベルの敵でもそんなにわかりやすい攻撃をしてたら読まれてしまうぞ」

ウツツが隣で叫ぶ

「大きなお世話よ!あなたこそ眼前の敵に集中しなさい」
「さすがに戦国時代ばっかりの中国人は違うな。これぐらい簡単か?」
「当然よ!春秋戦国五胡十六国に三国六朝五代十国、あなたたちとは歴史が違うのよ」

そうは言いつつ頭は悲鳴を上げる。しゃべりながらコマンドを暗唱し、しかも状況判断をそれぞれ行う。学校の授業で板書しながら内緒の文書通信するのとはわけが違う。

「それは頼もしい、あと半分だ。その誇り、信頼するぞ」
「もちろん、貴方こそ私の延安精神に驚嘆する準備は大丈夫?」

軽口の間も頭と目は回し続ける。なんせ隣で日本人が高い得点を上げ続けているのだ。これ以上私の面子を失うわけには行かない。さっき痛みに叫んだ時点で彼らの嘲笑の対象だろう。

「ふふ、私とて誰にも恥じることない益荒男振り、負ける訳にはいかないな!」

死体の山が私達の前にできては数分後に下の方から消滅し、新しい死体が積み上がってかさを維持する。気が付くと敵の匂いも血糊の気持ち悪さも忘れていた。それどころかHPゲージも多少減っているのに気が付かなかった。果たして傷みはあったのだろうか。そして、かなりの確率で致命的攻撃を与え始めた。目に見えて私の前にある死体の山が大きくなっていく。

そして、突然始まった会戦は突然終わる。ウィンドウが再びポップアップする。

{タカマガハラチュートリアルシナリオ1: 熊襲討伐(クマソトウバツ)
 Chapter1: 10分間小碓命を熊襲兵達の攻勢から防御せよ!
            了
あなたの戦績: 180、ボーナスCP50 
成功報酬: 簡易傷薬×2、銅鏡、20CP}

「戦績はどうだった?」
聞いてくるウツツに私は胸を張った

「180よ、あなたは?」
「175だ。さすがは三国志の国から来ることはあるな」

嬉しさとともに少し釈然としない気がした。彼女の言には二心あるような違和感があった。昨日の主観共有の影響だろうか。それでも、漢朝の面子を一応立てることは出来たと思う。

 「班長、180なの?僕200」
いきなり横からぬっと出てきて楚歌が自己主張する。こういう系のゲームに慣れている彼のことだ、なれない操作性にもすぐに適応したのだろう。

「さすがね、今回ばかりは電脳世界に引きこもっているのが良かったってわけね」
珍しく楚歌が成功できている場所だ。評価してあげようと思ったが、なんだか皮肉っぽくなってしまった。

「これで終わりなの?」
「いや、まだだ。もう少し進むぞ」

ウツツが言い、NPCの後を追う。
再びウィンドウがポップアップする。

{タカマガハラチュートリアルシナリオ1:熊襲討伐(クマソトウバツ)
 Chapter2: 小碓命に協力し、熊襲の蛮族を平定せよ!
 小碓少年は父王からの無理な命にも関わらず蛮族熊襲の討伐に向かった。西方に敵なしと謳われた熊襲健(クマソタケル)兄弟に小碓皇子は奇策を巡らす単身挑みかかる。敵の渦中にいる小碓命を救出せよ。
成功報酬:熊襲キーホルダー、熊襲刺青キット、熊襲まんじゅう✕5、50CP}

徐々に日は暮れかけて、森は赤く染まる。紅黒い木々は次第に不気味さを増し、おどろおどろしい雰囲気が私達を覆う。先導する日本人達も微かに不気味さを感じているようで言葉少なに歩き続けるだけだ。深々とした林道に私達の粛々たる足音だけが響き渡り、真っ赤な朱が照らす。日は既に沈みかけ、私達の心も沈みつつあるようだった。

数分後、ほぼ日はくれて漆黒の森の向こうに赤々たる炎が見えてくる。大きな焚き火だ。焚き火の二人の主は日に煌々と照らされてぬうっと黒く浮かび上がっている。筋骨隆々体躯長大、ほとんど木と変わらないほど巨大な半裸の男が座っていた。取り囲むのはほとんど全裸の女性たち、酌をしているようで男の巨体にしなだれかかり、それぞれの体を擦り付けていた。そしてそれを取り囲むのはやはり半裸の男たち、それぞれやはり女達を侍らし肉林の宴を堪能している。私は自分の眉がひそむのを感じた。

「ちょっと待ってくれ。予に策がある。ここから直進しても敵が多過ぎるがゆえに首級を挙げられないじゃろう」

そう言ったのは小碓命といった美少年。いつの間にか少年は結った髪を下ろし、美しい女性の衣装をまとっていた。

「可愛らしいじゃろ?女達に紛れて予は敵に近づき、その首級を挙げる。その後、汝らに逃走を助力してもらいたい」

そう言って少年は薄く微笑んだ。何故笑うのか私には解らなかったが、少年の決意には感じ入った。少なくとも、彼等の行動は私達には理解できること。蛮夷を平定し、理によって教化すること。それこそが中華の大義、その目的において小碓命の行動は絶対的な正義以外の何物でもない。日本に来て初めて私は納得の行くものに出会った。

少年は木陰から出て男たちの間に入っていく、燃え盛る炎の陰から、男たちが小碓をさそい、最奥の焚き火の主の所に連れて行くのが見える。焚き火の炎の陰に見えた少年は蕩蕩として艶っぽく見えた。二つの巨体に挟まれ、それぞれの盃に酌をする。髭面の男たちの目は欲望に燃えて、その隆々たる筋肉は少年をいつでも弄べると誇示しているようであった。少年は盃を次々満たし、首魁は飲み続ける。

やがて二人の男は興奮してきたのか少年の体を弄り始める。肩や腕から始まり、徐々に体の芯に向けて柔々と揉みしだき、撫で回し、そして汚い黒く縮れた毛に覆われた口をつける。少年は一瞬嫌な顔をした後に、受け入れ二人の山のような男たちに嬲られるがままになる。白く美しかった着物は煤と泥とよくわからない体液で汚れ、全てが屈辱に満ちていた。ああ、見ているだけで私の身も屈辱に震えているようだった。義のための戦い、文明に対する忠を感じるがゆえに耐え難きを耐えねばならない。少年は本当の意味で尊敬に値する人間だった。

やがて、男たちの興奮が最高潮に達したのか、揺れる炎の陰から、彼等の腕が下半身に伸びるのが見える。そしてその次の瞬間片割れが怯んだように見えた、電光石火、刃が炎を反射し、首が落ちる。もう一人が逃げようとするところを少年は後ろから斬りかかる。

私達はウツツの号令一下、潜んでいた木立を飛び出して少年を助けに向かう。

迷いなく、逡巡なく、戸惑いなく、私は剣をふるう。今こそ中華の兒女に奇志多いことを、紅装を愛さず武装を愛することを見せる時、まさに私と彼らの志は今一致した。私の背中をウツツが守り、ウツツの背中を私が守る。日本刀と青龍刀、前後二つの刃が夷敵を切り刻みあたかも一つの機械の動力であるかのように私達を推進する。私が進むとウツツが歩幅を合わせ、全ての隙を補ってくれる。嗚呼!まさにそれこそが彼等の本懐、以心伝心、言わずと伝わる私の意図に快感すら抱きながら、私達は進む。撃進するのは中日の協和、蒙を啓くことにおいて我らの大義に違いはなく、蛮を恭順させることにおいて一致する。確かに私はこの戦いに胸踊らせ、誇りを感じていた。

大混乱の末に私達は主上の元にたどり着く。丁度、少年が後ずさった蛮族の長に剣を深々と突き通したところだった。少年の二倍を優に超える大男の上に乗りかかるようにして体重をかけた少年に対して、男は観念したのか口を開く

「ちぃっとまってくれぬか、どこの益荒男が我が命(たま)を奪うのか知らんのでは死んでも死にきれぬ。ちょっと待ってくれんかのう」

少年は血にまみれた紅い衣を振って答える。

「予は大倭国日代宮(やまとのくにひのしろのみや)で天下を治むる今上帝の第二皇子で名を倭男具那命(やまとおぐな)と言う。貴様ら熊襲は天朝に逆らい礼を知らぬが故に、詔命に拠って予は汝を誅殺せんと遣わされた」
ぐふぅっと気持ち悪い息を立てて男が少年につげる。
「然り、然り、西方に我等二人が立った時に誰も敵うほどの敵はおらんかった。然るに大倭国には我等二人にまさる建(たけ)き男がおったとはなぁ。西ばかり見ておったんで気づかなんだわ」
体を震わせて呵々大笑、男は更に続ける。
「我が死を以って我が名をお主に奉る。爾後、大倭武尊(ヤマトタケルノミコト)と名乗るがええ」
っと田舎臭く奇妙な発声で言った。聞き終わるやいなや少年は剣を抜き、血しぶきも構わずにその醜い首を落とした。白かった少年の着物はあちこちに赤い染みが出来ていた。まさにそれこそ私が教科書で見た、かつてあった日本の国旗の色のようだった。彼等も又彼等の文明を広げることに余年のない誇り高い者達であったのだ。そう私がこの原始的な物語を解釈しているとウィンドウがポップアップし、戦績表示が出る。どうやら最初のチュートリアルが終わったようだった。
時計を見るととっくに定められた時間を過ぎていた。この間、私は完全に時間を忘れて只々、私の使命を全うすることだけに集中していたのだ!
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