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第一蓮
第一蓮・結句 胡蝶の夢
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View point of 張楚歌
「まだ、口を開いちゃダメだ」『周りの視線が痛い』「逃げないと」『空気を読んでほしい』「ボクになにができるんだろうか」『たのむ、ウツツ、この状況を何とかして』「このままではみんながボクらのことを通報しちゃうよ」『この人達はどうするんだろうか』
頭のなかでわんわんと声が繰り返し、反響し、反芻される。目の前には無数の合わせ鏡、お互いに反射している鏡の一枚おきに楚歌とオモウが交互に写っている。鏡の中で幾千万のオモウと楚歌が反響するように叫び続ける。血走った二人の人物の目は睨みつけるように何千何万と鏡の向こうから楚歌に眼差しをおくる。鏡の中から尽きることなく湧き出続ける悲鳴にも似た慟哭は時間の感覚さえも麻痺し、無限の時と重なり合って少年を包囲する。
ふと、少年は気がついてしまった。鏡の中にいる泣き叫ぶオモウも楚歌もアバターだ。それなのにそれを見ている、もしかしたら彼等から見られている楚歌は現実の血と肉だった。叉焼(チャーシュー)のように太い醜い自分の腕に気がついた瞬間、哀叫がどうしようもなく現実感を帯びた。「人の目が…」「空気が…」「恐ろしい…」「気にしない…」「あああああああああああああああ!!!」
絶叫する声々に、はっとなって目をこする。いつもの見慣れた天井だ。動悸は未だ激しく、汗ばんだシャツが気持ち悪い。ガバリと起きて水を飲んで、シャツを変えることにする。汗で張り付いたシャツを脱ぐのにいつも以上に手間取ったのは手が震えていたからなのか、それとも自分の体型のせいなのか。さっき見た夢を思い出して嫌になる。あの時見た自分の腕は妙に生々しくて毛の一本まで覚えている気がする。
変な夢は忘れてしまえばいいと思う。どうせ明日の朝には忘れてる。確かに今しがた見た夢はまぶたに焼き付いているけど、そんなことはたいしたことじゃない。世の中どうでもいいのにキツイことはよくあることなんだから。わけのわからない事に放り込まれるのも人生ではわりとよくあること。
初等部で最初の抜き打ち試験があった時はすごく憤ったのを覚えてる。でも二回、三回と続けば怒りも続かない。初めての避難訓練をした時も緊張したけど繰り返せばだらだらとこなせるようになった。長距離行進訓練も当時は辛かったけど、今じゃいい思い出だし、どうってことない。そんなわけだし、トウキョウで変なことをしたことが多少記憶に焼きついたからって何も変わるわけないんだ。
トイレの鏡の前。ふと夢で見た合わせ鏡があるような気がして二度見する。もちろんそんなことあるはずもなく、ひどい顔のぽっちゃりとしたいつもの楚歌が映っているだけだった。
布団に包まって昨日のことを反芻する。なんだか今から考えると全てが夢幻だったような気がする。トウキョウは何もかもが違った。色鮮やかで伝統的な街の姿。個性的なアバターの行き交うそれは、まさに無政府、何者にも規制されないものがあるような気がした。そして全部がごちゃごちゃしていたのにどこか整然としていたし。そして美しいアバター達。カリの甘い声が思い出され、紅白のウツツのすこし男っぽい立ち姿をありありと思い浮かべる。そして、あのオモウの大きな四つの膨らみ。胸とおしり。ずっとオモウは楚歌の隣にいた。まるで気になるかのように。昨日会ったばかりだというのに。さっきまでとは違う感じで胸が動悸した。
窓からは上海の初夏の朝日が灰色の摩天楼群に差し込み始めた。
数時間後、学校。
皆眠い目をこすっていた。
「眠いよ。昨日、夢を見たんだ、眠れやしない。主観共有の夢」
自成がこぼす。
「しゃっきりしなさいよ。それに、そんなこと話すもんじゃないわ」
天衣がやんわりと注意してくる。
「あ、あの、ま、また行くの?」
震えるように小さな声で碧海が少年少女達に問う。
「もちろん行くよね?」
楚歌はまっさきに答える。悪い夢を見たといってもいっときの気の迷い。結局昨夜は何一つ楽しみらしい楽しみをしていないのだ。しかも、次に行った時にはゲームを一緒にプレイしようっと約束してくれた。これで行かなければせっかくトウキョウサーバーまでの道を開いた意味が無いと思う。
「わたしは反対よ。でも学校で話すのはやめましょう。つまらないもの」
言い訳のように天衣が言う。たしかに、学校は人目が多すぎるし、監視カメラや様々な教育装置が自分たちを見ているのだ。天衣は班長らしく懸念してみんなをつまらない問題から守ってくれる。いつものことながら、疲れないのかっとお固い班長に軽く同情して溜息をつく。
全くいつもと変わることのない風景だった。すこし疲れが見えていることを除けばだけど。
「そういえば今朝のニュースを見たか?」
自成が聞く。
「どのニュースのことかしら?」
「倭自治区での化学兵器テロのやつ」
ん?倭自治区って昨日行った東京のことか。
「東京で五人死亡、十人が重体だって」
「それって東京のどこ?」
昨日見たどこの風景にもテロなんて形も影も全然なかったのに。
「さぁ、そこまでは…」
自成が言葉を濁らせる。まぁ、仕方ない、当局の規制が入ってるんだろう。テロか、こんな偶然もあるんだなっと思った。だけど別に特別なことじゃないし、ここ上海でさえ年に一回はテロが起きてる。地球上のそこかしこで毎日戦争が行われているんだし、テロなんて些細な事。ただ数年後の兵役の時にテロが多い場所、例えば新疆とか倭とか越南に送られたくないだけ。
だけどそれさえも日々の遊戯の延長線上と捉えられなくもない。毎日FPSゲームで遊ぶ子供ほどいい兵士に生ると電脳空間の掲示板でも盛んに議論されているし。そりゃぁ、慣れているに越したことはない。だから、当局の作る映画もやたらと凄惨で血なまぐさい場面が多い。援朝抗美戦争、抗日戦争、阿片戦争、探さなくてもそこら辺に転がってる。まぁ、僕にとって大切なのは興奮して熱中できるかどうかだけなんだけどね。面白けりゃなんでもいい、誰がつくろうが僕にゃぁ関係ないことだ。
そんなことを考えながら楚歌の意識は睡眠の淵に落ちた。授業は奇しくも昨日の続き、日本併合の話であった。
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