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閻魔ちゃん

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「閻魔ちゃん!閻魔ちゃん!起きて!今日シフトですよ!」

召使いのリナの声で私は目覚めた

「うぅ~やだ。閻魔様のシフトじゃないの?」

「閻魔様の週は終わりました。今日からは閻魔ちゃんの哀れみの週です」

だるい…ずっと寝ていたい…いっその事…

「起きてください!!閻魔くんも言ってましたよ!最近閻魔ちゃんはゴロゴロのし過ぎで太ってるって!」

「え、閻魔くんが!?そんなこと言うはずがない…閻魔が酷いこと教えたんだ…地獄におとしてやるぅぅ」

閻魔の間。
ここには6人の『閻魔』が存在する。

自らの手で罪人を選び罰を与える 業の閻魔 『閻魔様』

天国か地獄かは運で決める 娯楽の閻魔『閻魔』

その人の生い立ちや人生を考慮した判決を下す優しさの閻魔 『閻魔さん』

綺麗事などを嫌い、結果のみで判決を下す
『閻魔殿』


そして私はその人の悲しみや哀れみを考慮して判決を下す とってもかわいいかわいい 慈悲の閻魔 『閻魔ちゃん』

あ、そうそう閻魔くんは…

「早くしてください!!もう迷い人が来てるんですよ!!」

「ひぃぃ」

なんでそんな怒るの…リナ酷いよぅ

迷い人は1日に1000人ほどやってくる

大体の手続きは三途の川を渡る小舟の中で天使ちゃん達が終わらせるけど、自己判断で決められない時だけ私の出番なのだー!

今日来たのは30代の男性 野口あきよし
IT関係会社の若社長をやっていたらしい

死因は過労死 会社のために働きすぎた結果このような終末を迎えてしまった

天国に行くか地獄に行くかを決める以外にも私たちの仕事はある

この世界に来たにもかかわらずまだ死を受け入れられない人は、どちらの世界にも向かうことが出来ない

だから心のケアをしなければいけない
その仕事は大抵私が行う。

「こんにちは~」

私が声をかけると軽く微笑み、男性は会釈をして返した。

私は彼の隣に座った。
今彼はどんな気持ちなのだろう。
彼の目は死んでおらず、まだ何かをなしとげようとしている意思が伝わるほど真っ直ぐだった

「ここ、どこか分かりますか?」

彼はこちらを見て再び前を向いた。
そして辺りを見渡したあとゆっくり口を開いた

「ここは…天国…ですか?
私は本当に死んでしまったのでしょうか。
それは困ります。だって私にはやらなければいけないことが沢山あるんです。」

「…残念ですが。あなたはもう現世に帰ることはできません。天国ならいけます。ここで全ての悔いを落とすことが私たちの役目です」

「そんな…」

彼は酷く落ち込み、頭を抱えた。

しかし少しすると遠くを見つめながら口を開いた。
彼は自分の人生について私に教えてくれた。



野口さんの会社は彼自身が大学卒業後に創りあげたものであり、当初は従業員が3人だけだった。

3人のうち1人は当時の彼の恋人。
大学時代からの友人でもあり彼女でもあった。
在学中に2人は夢を語り合った
いつか日本を代表する会社を2人で作ると。

当初は2人で会社を立ち上げた。

しかし頭は良かったが、ビジネスのことについて無知な2人は出始めから困っていた。

まず何をすればいいのか、何を学べばいいのか。

とにかくビジネスのことを学ばなければ会社を作っても意味が無い。
毎日2人はビジネスについて学んだ。

そのまま就職しておけばよかったと言う気持ちもチラついているなか、2人は会計士の小野さんという人に出会った。

彼は物腰柔らかく、ビジネスについても詳しく教えてくれるような人だった。

「小野さんいつもありがとうございます……なんか、自分たち何も返せなくて…すいません」

「いいんですよ。気持ちをちゃんと返してもらってます。それに、私は謝られるのが嫌いですから、大丈夫です」

今の自分があるのは小野さんのおかげだと彼は語る。

小野さんは自分たちの会社の従業員ではなかったが、2人を応援するために無償で勉強会を開いてくれたり、ビジネスに関する案を提案してくれたりした。

従業員数を増やしつつ、野口さんは自らのビジネスを作り上げ一気に軌道に乗ることが出来た。

「小野さん!やったよ!!俺…成功したよ!!本当にありがとう!!今まで支えてくれてありがとうございます!!
今までの恩は色つけて返します」

「はっはっは。良かったです。ほんとに…良かった。」

「あ、すいません。小野さんのいる会社は今…経営不振に陥ってるんでしたっけ」

「いいんです。謝られるのは嫌いです」

創立三年目にして年商は80億
従業員数は100人に増やせるほどの余裕はできてきた。

だが野口さんは不可解なことを感じるようになっていった。それは最近彼女の態度がよそよそしい事だった

彼女は働きもせず、たまに会社に来る小野さんと話していることが多くなったのだ

もっと会社を大きくするためにはこれから頑張る必要がある。なのにこの人は人の彼女にちょっかいかけて何しているんだ
自分の会社が調子悪いことへの当て付けか?

矛先は彼女ではなく小野さんへと向かった

そんな気持ちもあったことや、中小企業向けの会計士である小野さんから別の会社への契約も考えていた野口さんは、小野さんとの関係を切ることにした。


それから二年後、事件が起きた

彼が考えたビジネスが著作権法に引っかかってしまったのだ。
もちろん意図した訳では無い。
このビジネスなら行ける。
そう思ったものを先に誰かが特許を出願し、受理されていたのだ。

会社を大きくする
呪縛に囚われたかのようにいつもその言葉を口にしていた野口さんはその特許を買い取るために10億を支払った。

これで会社は大きくなる

はずだった

それから野口さんの会社はみるみる衰退していった。

ライバル会社は別の指標を追っており、野口さんの会社よりも大きな売上を残したため、客のほとんどがそちらへ流れてしまったのだ。

野口さんは毎日働いた。
従業員の大半が去っていっても
彼女が去って行っても働き続けた。

そんなある日、彼の元に手紙が届いた。
その手紙には「小野」の文字があった。

そうだ…小野がどこからか情報を得て先に特許を出願したんだ…

野口さんは小野さんに連絡をし、会う約束をした。

野口さんは小野さんに会うなりいきなり殴りかかった。

自分がおかしいことはわかってる。会計士として無償で働き、時にはビジネスの助言をしてくれた。本気で人を応援できる心を持っている相手を疑い、口よりも先に手が出る自分に嫌気がさした。

それでも手は止まらなかった。

「野口さん…落ち着いてください…」

「…は…ご、ごめんなさい……おれ……おれ…」

野口さんはその場を立ち去ってしまった。

会社に戻ると彼はある決心をした。

その次の日かれは従業員全員を解雇した。

これからは1人で働く。という意欲を周りにみせた。

見せただけで本心は違った

精神的にも肉体的にも追い込まれていた彼は過労死に見せかけた自殺を行ったのだ

人を信じられなくなった状態で社長なんて務まらない

ましてや恩人を殴りそのまま逃げてしまった。
人間として終わりだ。

彼は会社にこもり、パソコンを立ち上げた

そこで今までお世話になった人に対し感謝と謝罪の文を書きなぐった。
三日三晩何も食べず、疲労状態の彼には限界が来ていた。
そして気づいたら、ここにいたというわけだ。


「じゃあ…会社のことや生きることはもう諦めがついてるはずです。なのにどうして天使ちゃんはこの人を留めたんでしょう」

召使いのリナが後ろから声をかける

野口さんはリナの方を見ずに答えた

「…それはきっと。まだ謝れてない人がいるからです」

「謝れてない人?」

「小野さん…彼に対する謝罪文だけ完成しなかった。そのまま私は死んでしまった」

なるほど、そこに対する未練か。
となると方法はひとつしかない。

野口さんにはある決断をしてもらわないといけない

「野口さん。今からある提案をします。それを飲むか飲まないかはあなた次第です」

「提案?…」

「はい、小野さんに、謝罪をしに行きましょう」

「え!そんなことが出来るんですか!?」

「出来ます…ただ。天国には行けません」

野口さんは目を見開いた。
しかし直ぐに私の目を真っ直ぐ見つめた

「……構いません。恩人に…会いたい…謝りたい…!!」

「分かりました。では、行きましょう」



私は野口さんの手を繋ぎ、目を閉じた。

死人を現世に連れていくことは出来るが、その際、天国と地獄への通行券が消滅する。神様から権利が剥奪されるのだ。
もちろん我々にも罰が下るがそれは閻魔くんが何とかしてくれるはずだ。

現世に着くと野口さんと共にまず彼のオフィスに向かった。

ビルの一角に彼のオフィスがある。
外の眺めは絶景そのものだった

オフィスに入るとデスクやPCは片付けられていた。
野口さんはなんだか切ない顔をしていた。

「小野さんの…家に行きましょう」

乾ききった声を出したあと彼は踵を返した。

「待ってください」

私は彼を止めた
彼が死んでから既に1週間が経過している。
葬儀にはたくさんの参列者がいた。
その中に彼の元彼女と、小野さんがいた。

元彼女は野口さんの姿を確認した後、号泣していたが、小野さんは拳を握りしめ必死に涙をこらえていた。

「小野さんは今、精神病院にいます。」

「え…どうして。」

「これはリナに調べさせた情報です。
これを見てあなたが彼に会いに行くか行かないかを判断してください。私は…これで」

「ちょっと待ってください…!

いや…ありがとう…ありがとうございました。
こんな私にチャンスをくれて」

野口さんは涙ぐみながらそういった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

野口は小野が入院している病院へと向かった。

霊体の能力なのか歩くより進むスピードが早い。そして小野の居場所がすぐに分かることが出来た。

自分が彼と接触することでパニック障害を引き起こしてしまわないか不安だった。

小野は野口の死を自分のせいだと受け止め、精神を病んでしまっていた

小野は外の風景をじっと見つめていた。
彼の手には完成前の野口の謝罪文が握りしめられていた。

「小野…さん…!小野さん!」

「……」

「お…おのさん?」

小野は野口に対し見向きもしなかった。
野口は焦り、小野の視界に入った

「小野さん!おれだよ!!」

自分のせいで放心状態になっていることを疑った。
「小野さーん、体調はどうですかー?」

看護師が部屋に入り小野に声をかけた時、小野はいつもの優しいほほ笑みを見せた

「ええ、だんだん気持ちの整理もついて来て今は落ち着いてます。」

「そうですか、もうすぐ退院できると思うので、この調子でゆっくり休んでくださいね!」

看護師が部屋を出たあと小野は大きなため息をついた。

「俺のせいで…野口さんが…」

野口はその言葉を聞いて驚いた

「違う!俺は自分の意思で!」

「なのに彼からの手紙には俺への感謝ばかりが書かれている…」

完成前の手紙には感謝の言葉が先に書かれていた。

右も左も分からない大学卒業ホヤホヤの自分に指導してくれたこと
行き詰まった時、いつも優しい笑顔で支えてくれたこと。アドバイスしてくれた事
会社が軌道に乗ったあとも時おり顔を見せ、相談に乗ってくれたこと
誰よりも小野を尊敬していたこと

全ての感謝を紙に書いていた。

「俺は…野口さんに何も出来なかったよ…あの時は他の仕事も上手くいってなくて…自分が応援することで誰かが不幸になってるんじゃないのかって…ずっとそう思ってた。

でも野口さん達は逆境にも必死で立ち向かって会社を大きくさせて行った。

時には辛い時も合ったと思う。

それなのに彼らは…彼は…会社のみんなを奮い立たせ、ビジネスを成功させた…!!野口さん…あなたは俺の…希望でしたよ…」

与えられる側であった自分も与える側であった事を野口はここで初めて知った。
そして小野の心の広さに涙が流れた

「小野さん…!私…俺…!俺…謝らないと…あなたに…あんなに優しくしてもらったのに…あんな酷いことしてしまった…ごめんなさい…!!本当にごめんなさい!!」

どれだけ声を出しても、その声は届かなかった。

「小野さん!!小野さん!!ありがとう!!」

野口の体は徐々に消えていった。

体が完全に消える直前に見えたのは、優しく微笑む小野の姿だった

「謝られるのは、嫌いです。」

その言葉を最後に聞き、野口は消えた

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