上 下
16 / 25
一件目『イフリクト:水の聖域』

09【了】

しおりを挟む
表情を消したハイネに、奴等の顔色が悪くなる。徐々に増していく神力に圧倒されているようだった。これだけの神力をあてられた奴等の身体は自由に動かすこともままならないだろう。

「ここで死んで貰おうか」
『ハイネ』

不吉な言葉を吐くハイネを止める。奴等の事を心配して、では無い。いくらハイネでも神獣殺しは赦されない。殺してしまうと神の鉄槌がくだされるだろう。
視線でハイネに訴える。憤怒を宿した瞳を見つめれば、徐々に和らいでいく美しい瞳。

「イフリクト」
『なんだ』
「ごめんね」
『、は』

謝罪したと同時に、胴体を掴まれ草むらに投げ飛ばされる。思わぬ行動に対処しきれなかった我は無抵抗のまま草むらへと身を投じた。

「殺さないよ」
『ハイネ?』
「けど、赦しはしない」

よろよろ、と立ち上がる頃には既に遅すぎた。
ハイネが手を翳すと同時に奴等が苦しみながら地面を這う。カインも、神獣も全員だ。一気に魔法を掛けただと?そんな話、聞いた事がない!

「苦しい?苦しいよね。君達には致死量に満たないギリギリの毒を身体に回した」
「グッ…か、あぁ…そ、そんな事っ…!ぐあ!」
「オプションで神経に悪戯してみた。痛いよね?でもナツの方がもっと痛かったんじゃないかな?」

脂汗を垂らしながらカインがナツを睨み付ける。まるで全ての原因だと擦り付けるかのように。そんな視線、ハイネが赦す筈が無い。

ハイネの長い足がカインの顎を捕らえる。そのまま蹴り上げれば、カインの身体が空に浮かび、凄まじい勢いで大木へと打ち付けられた。

「ねぇ、死にたいの?」

掌に禍々しい色の渦を浮かべながらゆっくりと近付くハイネに警告音が鳴る。

――その渦は、まさか、
つぅ、と頬に汗が流れる。嫌な予感がして堪らない。禍々しい程の凝縮された何かが蠢く渦に当てられるとどうなってしまうのか。死んでしまう?否、そんな生やさしいものでは無い、魂すらも食い潰す程のおぞましい力、だ。

我は必死にハイネの名を呼ぶ。だが、ハイネは反応せずに、カインへと近付く。恐らくカインも本能で察しているのだろう。ガタガタと身体を震わせながら充血した瞳でハイネを見ている。

「死のうか」

ハイネが長い手を天に上げ、振り翳した。

――その時だった。

「きゅぅ…」

何とも気の抜ける声が凍てついた空気を和らげた。
ハイネの腕ですやすやと眠っていたナツがも、ぞもぞと動きながらきゅうきゅう鳴いている。寝言だろうか。

「うわぁ…可愛いなぁ…イフリクト、見た?今の」
『あ、あぁ…』
「きゅうきゅう言いながら僕に擦り寄っちゃってさ。本当可愛い。食べちゃいたいくらい可愛い」

先程までの威圧は何処へ行った。奴等も余りの変わり身にぽかんとした表情を浮かべている。
ハイネはカインに背を向け、我の方へとやって来た。

「まぁ、これで大人しくなるよね。心臓に杭打っておいたし。ナツに変な事しようとしたら発動して心臓に突き刺さっちゃうやーつ。あ、今掛けてる魔法は徐々に弱まっていくから。暫く反省でもしてたら?」

言われた方はひとたまりもないだろう。だが、我の聖域を破壊した罰も含まれていると思えば、まだ優しい方かもしれない。

神獣殺しと同等に聖域を破壊する行為も禁忌とされている。聖域は言葉通り、聖なる領域だ。それを破壊する行為は――…言わずとも分かるだろう。

だからと言って殺して良い訳では無い。
ナツがあのタイミングで鳴いてくれた事に心の中で感謝した。今度沢山木の実をプレゼントしてやろう。



*****



眠りから覚め、薄らと目を開けるとぐっすりと眠っているハイネさんの綺麗な寝顔が近くにあった。思わず叫びそうになったが、すんでのところで止められた。良かった。
どうやら私達はクー様の聖域に泊まらせて貰っているようだ。寝室は普通の部屋だ。だが、窓に視線を向けると沢山の魚達が泳いでいる。
水底の家という事か。

ハイネさんを起こさぬように、ベッドから抜け出し、外に出る。

『起きたか』
「きゅ!」

外にはクー様が居て、私はすいすいと水掻きしながらクー様へと近付く。

私が眠っている間に何があったのか聞きたかった。あれだけ不穏な空気だったのだもの、はい解散って訳でも無さそうだ。そして夢の狭間に観た嫌な力。
あれは間違い無くハイネさんが発していたものだった。

『…ハイネは殺していないよ』
「きゅ!?」

物騒な言葉を言われて身体が跳ねる。確かに聞きたかった話ではあるが、そんな大ごと?と思う。けれど冗談では無いのだろう。それ程逼迫していた、と言う訳か。

『そもそも聖域を侵すのは万死に値する行為なのだ。元は我の聖域を破壊し、ナツを連れ去った奴等が悪い。だが殺して良いという話では、ない』
「……」
『ハイネは奴等に痛い目を見せる罰を与えた。あれだけ苦しい思いをすれば反省するだろう』

そう言ったクー様の周りで聖痕達が踊るように泳いでいる。とても幻想的な風景だった。今更になってクー様が五元の主だと実感する。
美しい鱗が反射して色々な色を映す。その中に私も沢山映っていて不思議な感覚だった。

『まだ疲れが残っているだろう?まだ夜は明けぬ。再び眠りに就くが良い。明日からは違う聖域に向かい祈りを捧げなければならぬのだからな』

クー様の言葉に頷き、再びハイネさんの元へと戻った。
本当はクー様の言葉に納得した訳では無かった。もっともっと大事な事が起きていたのに、それを私に教えてくれなかったのは、私を驚かせたくなかったのか、それとも私が無力で役に立たないからか。

「きゅ!」

だったら強くなればいい。魔法が全てじゃない。肉弾戦だってやってやる。小さいなら小ささを利用して戦えば良いのだ。

私は決意する。
ハイネさんに護られるだけの存在にならない事。
自分の身は自分で護れるようになって、いつの日かハイネさんに背中を任せて貰えるような存在になる事。

そんな決意を胸に、ハイネさんの胸に潜り込み再び眠りに落ちた。

――そんな様子を、ハイネさんは優しい瞳で見ていた事を私は知らない。




Next stage→『木の聖域』



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神獣に転生!?人を助けて死んだら異世界に転生する事になりました

Miki
ファンタジー
学校が終わりバイトに行く途中、子供を助けて代わりに死んでしまった。 実は、助けた子供は別の世界の神様でお詫びに自分の世界に転生させてくれると言う。 何か欲しい能力があるか聞かれたので希望をいい、いよいよ異世界に転生すると・・・・・・ 何故か神獣に転生していた! 始めて書いた小説なので、文章がおかしかったり誤字などあるかもしてませんがよろしくお願いいたします。 更新は、話が思いついたらするので早く更新できる時としばらく更新てきない時があります。ご了承ください。 人との接し方などコミュニケーションが苦手なので感想等は返信できる時とできない時があります。返信できなかった時はごめんなさいm(_ _)m なるべく返信できるように努力します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?

すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。 一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。 「俺とデートしない?」 「僕と一緒にいようよ。」 「俺だけがお前を守れる。」 (なんでそんなことを私にばっかり言うの!?) そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。 「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」 「・・・・へ!?」 『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。 ※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。 ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。

あの、神様、普通の家庭に転生させてって言いましたよね?なんか、森にいるんですけど.......。

▽空
ファンタジー
テンプレのトラックバーンで転生したよ...... どうしようΣ( ̄□ ̄;) とりあえず、今世を楽しんでやる~!!!!!!!!! R指定は念のためです。 マイペースに更新していきます。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

処理中です...