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3、待ち伏せ
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それからのクレモンティーヌは、さらに忙しい日々を過ごした。
王太子殿下の妃となる女性が過ごすことになる部屋は、長い間誰も使っていない。
『第一王妃の間』と呼ばれる部屋だった。
もちろん、空気の入れ替えなどはこまめに行っていたが、人が生活できるように整えるのは大変だ。
しかも、その女性がお城に来ることになったのは、宰相から呼び出された日から数えて三日後のことだった。
こんなに早急に物事を進めなければいけない理由は、クレモンティーヌにも良く分かっていた。
寝具やカーテンを洗い、壁を拭き絨毯を新しくする。
キャビネットや化粧台も隅々まで磨き上げた。
いつもこの部屋に入った瞬間ひんやりとした空気を感じるのだが、忙しく動き回っている間に体が温まりすぐに気にならなくなる。
あまりに忙しすぎて、結婚を申し込まれたことも、あの男のこともすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
初めて、王太子殿下の妃となる女性をこの部屋に案内した時。
彼女は動揺しているようだった。
しかし、すぐにお落ち着きを取り戻し、彼女は明るくクレモンティーヌに話しかけた。
名まえと年齢を聞かれ、控えめに答える。
仕える者は、黒子の役割だ。
あまり前へ出過ぎてはいけない。
主と仲良くなり過ぎて、馴れ合いになってもいけない。
メイド界の掟である。
クラシカルなドレスのせいも相まって、彼女には若い今時の女性特有のキャピキャピした様子が少しもなかった。
華やかとはいえないが、スッキリとした顔立ちには灰汁のない美しさがある。
ピンと伸びた背筋は、どんな魔物も寄せ付けない力強さを感じさせた。
とても華奢なのに、この強さがどこからきているのかクレモンティーヌには分からなかった。
「とても素敵なお部屋ね」
「はい。代々、王の第一夫人が使われるお部屋でございます」
「えっ、王の第一夫人!?王の第一夫人が使うお部屋を私が使ってもいいの?」
部屋の説明をしている時に、思わずここが王の第一夫人の部屋であることを言ってしまった。
あの噂を知っていれば、この部屋を使うことを嫌がるかもしれない。
彼女はこの広い部屋が自分にはもったいないと言った。
遠回しに拒否しているのか。
しかし、この部屋以上に彼女にふさわしい部屋はないのだ。
「そんなことはございません。リル様は王太子殿下とご結婚されるのですから」
クレモンティーヌの言葉を聞いて、一瞬、彼女が複雑そうな表情を見せた。
もしかして、彼女は納得してお城に来たわけではないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、王太子の結婚相手が決まらなければ、この国の根幹が揺らいでしまう。
彼女はいわば、国のために差し出された人柱のようなモノなのだ。
いや、そんなことを考えてはいけない。
あれはただの噂でしかない。
たまたま偶然が重なっただけで、確実に彼女がそうなるとは言い切れない。
自分が動揺をしてしまえば、彼女も不安になるだろう。
クレモンティーヌは、ただ主である彼女に忠実に仕えることだけを心の中で誓った。
「できれば、お部屋より中庭でお茶したいのだけど……」
彼女の初めての要望を叶えるため、クレモンティーヌは宰相の許可を取った。
慣れない場所で少しでも、心が休まるようにと。
確か、外用に使うテーブルと椅子は西側の倉庫にあったはず。
ガーデンパーティ以来だから、埃をかぶっていないと良いのだけど。
頭の中で、最短で準備できるようにクレモンティーヌは段取りを組む。
そんな時、どこからともなく視線を感じた。
この感じ。そうだ、最近感じていた視線。
イヤな予感がしつつ、あたりを見渡すと柱の側であの男がこちらを見ていた。
そういえば、視線を感じる時にいつもあの男がいた気がする。
ーーストーカーかよ!
しかし、今はそんなこと気にしている暇はない。
足音をたてないようにしながらも、できるだけ急いで進む。
ようやく、倉庫にたどり着き重い扉を開ける。
中にはいくつものテーブルと椅子が積み重なっていた。
あまり汚れてはいないみたいだ。
上に乗せてあった椅子を下ろし、持っていたふきんでテーブルをサッと拭く。
そして椅子も手早く拭いていたその時、クレモンティーヌの背後で扉が閉まる音がした。
明かりはついているが小さなランプひとつだけで、扉が閉まると途端に薄暗くなる。
後ろを振り向くと、大きな体の男が閉まった扉の前に立っていた。
「……ヒッ!」
クレモンティーヌは驚きのあまり、声にならない悲鳴をあげた。
王太子殿下の妃となる女性が過ごすことになる部屋は、長い間誰も使っていない。
『第一王妃の間』と呼ばれる部屋だった。
もちろん、空気の入れ替えなどはこまめに行っていたが、人が生活できるように整えるのは大変だ。
しかも、その女性がお城に来ることになったのは、宰相から呼び出された日から数えて三日後のことだった。
こんなに早急に物事を進めなければいけない理由は、クレモンティーヌにも良く分かっていた。
寝具やカーテンを洗い、壁を拭き絨毯を新しくする。
キャビネットや化粧台も隅々まで磨き上げた。
いつもこの部屋に入った瞬間ひんやりとした空気を感じるのだが、忙しく動き回っている間に体が温まりすぐに気にならなくなる。
あまりに忙しすぎて、結婚を申し込まれたことも、あの男のこともすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
初めて、王太子殿下の妃となる女性をこの部屋に案内した時。
彼女は動揺しているようだった。
しかし、すぐにお落ち着きを取り戻し、彼女は明るくクレモンティーヌに話しかけた。
名まえと年齢を聞かれ、控えめに答える。
仕える者は、黒子の役割だ。
あまり前へ出過ぎてはいけない。
主と仲良くなり過ぎて、馴れ合いになってもいけない。
メイド界の掟である。
クラシカルなドレスのせいも相まって、彼女には若い今時の女性特有のキャピキャピした様子が少しもなかった。
華やかとはいえないが、スッキリとした顔立ちには灰汁のない美しさがある。
ピンと伸びた背筋は、どんな魔物も寄せ付けない力強さを感じさせた。
とても華奢なのに、この強さがどこからきているのかクレモンティーヌには分からなかった。
「とても素敵なお部屋ね」
「はい。代々、王の第一夫人が使われるお部屋でございます」
「えっ、王の第一夫人!?王の第一夫人が使うお部屋を私が使ってもいいの?」
部屋の説明をしている時に、思わずここが王の第一夫人の部屋であることを言ってしまった。
あの噂を知っていれば、この部屋を使うことを嫌がるかもしれない。
彼女はこの広い部屋が自分にはもったいないと言った。
遠回しに拒否しているのか。
しかし、この部屋以上に彼女にふさわしい部屋はないのだ。
「そんなことはございません。リル様は王太子殿下とご結婚されるのですから」
クレモンティーヌの言葉を聞いて、一瞬、彼女が複雑そうな表情を見せた。
もしかして、彼女は納得してお城に来たわけではないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎる。
しかし、王太子の結婚相手が決まらなければ、この国の根幹が揺らいでしまう。
彼女はいわば、国のために差し出された人柱のようなモノなのだ。
いや、そんなことを考えてはいけない。
あれはただの噂でしかない。
たまたま偶然が重なっただけで、確実に彼女がそうなるとは言い切れない。
自分が動揺をしてしまえば、彼女も不安になるだろう。
クレモンティーヌは、ただ主である彼女に忠実に仕えることだけを心の中で誓った。
「できれば、お部屋より中庭でお茶したいのだけど……」
彼女の初めての要望を叶えるため、クレモンティーヌは宰相の許可を取った。
慣れない場所で少しでも、心が休まるようにと。
確か、外用に使うテーブルと椅子は西側の倉庫にあったはず。
ガーデンパーティ以来だから、埃をかぶっていないと良いのだけど。
頭の中で、最短で準備できるようにクレモンティーヌは段取りを組む。
そんな時、どこからともなく視線を感じた。
この感じ。そうだ、最近感じていた視線。
イヤな予感がしつつ、あたりを見渡すと柱の側であの男がこちらを見ていた。
そういえば、視線を感じる時にいつもあの男がいた気がする。
ーーストーカーかよ!
しかし、今はそんなこと気にしている暇はない。
足音をたてないようにしながらも、できるだけ急いで進む。
ようやく、倉庫にたどり着き重い扉を開ける。
中にはいくつものテーブルと椅子が積み重なっていた。
あまり汚れてはいないみたいだ。
上に乗せてあった椅子を下ろし、持っていたふきんでテーブルをサッと拭く。
そして椅子も手早く拭いていたその時、クレモンティーヌの背後で扉が閉まる音がした。
明かりはついているが小さなランプひとつだけで、扉が閉まると途端に薄暗くなる。
後ろを振り向くと、大きな体の男が閉まった扉の前に立っていた。
「……ヒッ!」
クレモンティーヌは驚きのあまり、声にならない悲鳴をあげた。
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