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【25】芙蓉覆水~どんな一瞬の軌道すら、全部覚えて僕らは羽ばたく

そつぎょう、いやだぁ

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 卒業生を拍手で送り、そして式は無事終わった。
「あー、終わったかあ」
 うーん、と普が伸びをする。卒業生は先に講堂を出た。
 在校生はその場で解散となり、あとは好きにしていい。
 当然、このまま帰るつもりは幾久達には毛頭ない。
「いっくん、雪ちゃん先輩んとこ、行くんだろ?」
 声をかけてきたのは、鷹クラスに所属する、恭王寮の桂弥太郎だ。
 幾久の少し後ろで、雪充を見守った。
「トーゼン!絶対、絶対に挨拶するって決めてるから」
 そう言って、幾久も御堀も児玉も、互いに頷く。

 三年生は、殆どがすぐに帰ったりせず、暫くが後輩に送られる為、講堂から出て神社の境内に集まっていた。
 皆自由におしゃべりしたり、打ち上げで遊びに行く生徒も居る。
 あとは彼女が待っていたり、迎えに行ったり、様々だ。
 卒業生はみんな晴れやかで、後輩からだろうか、花束をいくつも貰っている生徒が沢山いた。

 ひときわ賑やかで、同級生や後輩に囲まれているグループがあった。
 やはりそこは中心に雪充が居た。
 メンバーを見ると、桜柳祭の面々らしい。
「あ、雪ちゃん先輩見つけた」
 普が言い、幾久は近づこうとして足を止めた。
「どうしたのいっくん。雪ちゃん先輩んとこ、行かないの?」
「―――――忙しそうだから、もうちょっと待つ」
 それに、そうすれば雪充をもうすこし長く見ていられる。
 幾久の考えが判ったのか、児玉も御堀も顔を見合わせて、石碑がある場所へと移動して腰を下ろした。
「なんかオレ、花束もって来たらよかった」
 花束を持つ雪充を見て初めて気づいた。
「ぬいぐるみあげたばっかりだろ昨日」
 御堀が言うと、幾久は頬をむっと膨らませて言った。
「今日もあげたかった」
 児玉が呆れて苦笑した。
「お前、だったら雪ちゃん先輩が大学合格してもプレゼントするし、引っ越す時だって持ってくだろ。キリがないぞ」
「うーん、そうだけどさ」
 幾久の近くに立っていた山田が言った。
「俺らんとこも花とかないぞ。どうせ先輩ら寮にまだ居るし、退寮式は後だしな」
 卒業式が終わっても、特に自治寮は退出をその日にしろという命令はない。
 もうしばらく、大体が大学の合格発表があるあたりまでは寮に居る事が多い。
 特に自治寮は先輩、後輩のつながりが深いので先輩がどの進路に進むのかは後輩らにとっては重要な問題だ。

 先輩を追いかけて大学に行ったり、進路を決めるのは報国院でもめずらしい事ではないらしい。
 だから、その後の事を話し合うためにも寮には長く居て良い事になっているそうだ。

 幾久達が雪充を待っている間、雪充は卒業証書を持ち、三年の友人たちと話をしていた。
 二年の久坂、高杉も一緒だ。
「―――――で、話は分かった。じゃあワシ等は寮に先に帰る事にする」
 高杉が言うと久坂も笑った。
「そうだね、あそこに狸がじーっとおりこうに待ってるし」
 久坂の言葉に、その場にいた三年が全員どっと笑う。
 幾久がこちらを見て、大人しく待っているのは勿論気づいている。
「ぼちぼち行ってやったら?」
 苦笑する周布に、雪充は「そうだな」と笑う。
 どうせまだ時間はあるし、この後は三年で打ち上げをする予定なので慌てる事もない。
 雪充が幾久の居る場所へ向かい歩くと、面白そうだとそこに居た団体がぞろぞろついて行く。

 雪充がこちらへ向かうのを見て、幾久は目を丸くして驚いていたが、皆と一緒に立ち上がるといつもの笑顔を見せた。
 と、弥太郎が幾久に言った。
「ごめんいっくん、先にちょっと」
「あ、うん」
 同じ寮ならなにか約束があるのだろう。
「雪ちゃん先輩、卒業、おめでとうございます」
 そう言うと、雪充は「ありがとう」と頷く。
「ヤッタとは約束してたね」
 そう言って雪充は制服の胸に付けた恭王寮のバッジを外した。
「―――――恭王寮、頼むね」
 雪充が言うと、弥太郎は大事そうにバッジを握り、何度も頷く。
 ぽんと頭に手を置かれ、雪充が撫でると弥太郎がこらえきれず泣き出した。
(そっか、ヤッタ、寮のバッジ、貰ったのか)
 いいなあ、と羨ましく思って雪充をじっと見ていると、雪充が幾久に近づいて来た。
「……ご卒業、おめでとうございます」
 幾久が言うと雪充は「ありがとう」といつも通りの笑顔を見せた。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます」
 児玉や御堀、普に山田らも次々三年生に言うと、雪充のほかに、前原や梅屋、周布もありがとう、と頷いた。
 幾久は雪充をじっと見上げた。
 隣に居る児玉と御堀も、雪充をじっと見つめている。

 誰か、何か言うと、弥太郎のように泣いてしまいそうだとみんな思っていた。
 だから何も言えず、口ごもっていると雪充が児玉を呼んだ。
「タマ」
「はい、」
「―――――寮のことでは、迷惑をかけたね」
「いいえ、全然、俺のほうが……っ」
 首を横に振る児玉は、もう涙がこぼれていた。
 児玉がつけている御門の寮バッジは、雪充から貰ったものだ。
 雪充はポケットから折りたたんだ、黄金色のタイを児玉へ渡した。
「雪ちゃん先輩?」
 驚く児玉に雪充は言った。
「もう二度と、鳳から落ちるなよ」
 だからこのタイを、金色の鳳のタイを譲るのだと雪充に言葉なく言われたと気づいた。
 児玉は思い切り頷いた。
「―――――はい!」
 鳳を目指し、一度落ちた児玉だったが、自分の考え方を手に入れて再び鳳に戻った。
 もう二度と落ちる事もないだろうけれど、鳳は競争が激しい。
 児玉であっても、必死に勉強をしないと追いつけないだろう。
 それでも、児玉はもう二度と落ちる気がしなかったし、落ちないだろうとも思った。
 雪充は御堀に声をかけた。
「御堀は?なんかいる?」
「いりません。仕事を山ほど貰ったので」
 きっぱりという御堀に雪充は「厳しいな」と笑った。
 とはいえ、御堀の言う通りで、桜柳祭ではきっと、やっぱり忙しい目にあうだろう。
 御堀が雪充のように、地球部と桜柳会、どちらを選ぶのかは判らないが、多分幾久をサポートに添え、うまくやりきるだろう。
 それでも仕事は相当多いだろうけれど。
「仕事以外になんかあげたら良かったんだけど」
 雪充が言うと御堀が答えた。
「ちゃんと全部奪います。三年間の首席の座も」
 雪充を目指すと断言した御堀は、やっぱりきっぱりと雪充にそう宣言した。
「怖いなあ」
「その怖い事を、完ぺきにやりきった人を見ていたので」
 御堀が言うと、雪充は頷いた。
 三年間、首席を一度も譲らなかった。
 桜柳祭を主宰し、会をきちんと運営し、ちゃんと受験の準備もした。
 合格発表はまだだったが、多分受かっているだろうし、春からは目指した場所で新生活が始まる。
 敵わないのは、愛するこの場所で過ごす事だけ。
 だけどそれも、仕方のない事だ。
 羽ばたく時期は決まっていて、その為にずっと三年間、ここで過ごしてきたのだから。



 もうすぐ、もう少し。
 そう思い続けていた事が、いま、ここで終わってしまう。
 雪充を見上げて幾久は思った。
 きっと自分は、どんなに長く一緒に雪充と過ごしても、いつまでも寂しいと思うだろう。
 去年まで、知りもしなかったのに、こんなにお別れが悲しい人が出来るなんて思わなかった。
 子供みたいに、卒業しないで、と泣きわめきたい程、幾久は雪充にここに居て欲しかった。
 だけどそんな事が叶うはずもない。
 雪充は幾久をじっと見つめて黙っている。
 幾久の目には、これまで過ごした雪充との事が重なって映って見えた。
 春、桜の舞い散る中で一緒に過ごしてくれたこと、声をかけてくれたこと、気にかけてくれたこと、忙しくても地球部に約束通り顔を見せてくれたこと、桜柳祭でサポートしてくれた事も。
 いろいろ、ありがとうございました。
 お世話になりました。
 大好きでした。
 そう伝えたいのに、なにも言葉が出てこない。
 ただ寂しさが胸にこみあげてどうしようもない。
 黙ったまま立っている幾久に、雪充が声をかけた。
「―――――いっくん」
 いつもと変わらない穏やかで優しい声に、幾久は雪充の目をじっと見つめた。
 唇を引き結んだままの幾久に、雪充は、ふ、と笑って話し始めた。
「御門に無理やりみたいに突っ込まれて、大変だったね」
 幾久は首を横に小さく振った。
「……でも、今は、御門で良かった、っス」
 御門で良かった。
 きっと他の寮じゃ、こんな風に変われなかった。
 今は判る。
 去年の自分がどんなに子供で、なにもかも見えていなかった事も。
 先輩達がああ見えて、とても自分を甘やかしてくれていたのも。
「タマも、誉も、来てくれたし……」
「うん」
「ハル先輩も、瑞祥先輩も。栄人先輩もいるし」
「うん」
「ガタ先輩も、うぜーけど、居たし」
「うん」
 雪充は幾久の悪口に、ちょっと、くすっと笑った。


 ―――――でも、あなたはいなかった。
 そしてここからも、いなくなる

 息を吸ったはずなのに、あたり一面の空気が全部水に変わってしまったみたいに、幾久の鼻の奥、つんと痛みがあふれ出した。
「―――――……う、」
 噛み締めていた唇から、小さな嗚咽が漏れた。
 堪えていた感情が決壊すると幾久の目から、まるで滝のように涙がどばっと溢れ、三年生が苦笑する。
「我慢してたのに」
 雪充がそういって幾久の頭に手を置いて撫でるが、幾久は首を横に振った。
「や、や、やっぱ。む、むり、っす。卒業、嫌だぁ」
 べそをかきながら幾久が言うと、三年生らがとうとう我慢できなくなり、どっと笑った。
「ぶれねーなお前は本当に」
 周布は笑って、幾久の髪をくしゃっと撫でた。
「でももう卒業しちゃったし」
 そういうのは梅屋だ。
「おい、良い事じゃないか、ここまで後輩に慕われるとか羨ましいぞ」
 そう言うのは前原で、雪充は「そうだね」と頷く。
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