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【24】品行方正~ロミオとジュリエット、巌流島にていざ決戦す(白熊を添えて)

さみしさとたのしみ

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 時山は言った。
「お前に伝わるように、俺たちは何度も言葉を選んだし、伝えても来た。だけどお前には届かなかった。俺らの力不足かもしれねえけど、生返事ばっかりで笑って本気にしなかったお前に伝わるまで俺らは頑張らないといけねえの?」
 覚えがあるのだろう、赤根は言葉を詰まらせた。
「お前の性格も知ってるから、俺らはそれでなあなあで済ませてきた。でも、後輩を巻き込むのなら話は別だ。だろ?桂」
 時山が言うと、雪充が頷いた。
「そうだよ。先輩風吹かすだけならまだしも、後輩に意見を押し付けてマウント取るのは絶対にやっちゃいけない事だ。特に他寮の生徒になんて、その先輩の指導がなっちゃいないといちゃもん付けるみたいなもんだって判らないのか?」
 そこで幾久は、やっと気づく。
 寮の提督同士がなぜあんなにも強固なつながりを持っていて、共同戦線を張って、互いに協力しあっているのか。
 それは、寮の先輩達を互いに信じあってているからだ。
 寮の事は、寮の采配で。
 だから寮の先輩が決めたことは絶対で、学校も提督に権限を与えているのだ。
 それを一生徒、しかも自治寮ではなくほぼ一人暮らしの鯨王寮の赤根がやっていいことではなかったのだ。
「僕たちは、特に自治寮についてはその寮の責任者に指導を任せてきた。なのにお前は、こうやって他寮の後輩にちょっかいを出す。いっくんに言いたいことがあるのなら、まず山縣を通すべきだった。でもお前はそれをせず、自分から首を突っ込んだ。今回もそうだ。お前はいっくんがケートスに所属もしていなければ、興味も持っていないのに自分から関わっては思い通りにならないと癇癪を起す。だからこうして僕も口をはさむんだよ」
 雪充の言葉はなにもかもがもっともで、幾久は感心してしまう。
「さっき、いっくんはお前に対して『コーチでもないのにうざい』と言ったろ。その通りなんだよ。サッカーは審判以外にジャッジする権限はあるのか?」
「―――――そんなものはない」
 赤根が悔しそうに言う。
「ま、あるとしたらVARか?それでも最終判断は審判だけどな」
 時山が口をはさんだが、赤根を助ける言葉ではなかった。
「お前はどうして、いっくんをジャッジし続ける?お前の方がサッカーが上手いからか?同じチームでもないのに」
「それは……サッカー経験者で、後輩だから」
「サッカー経験者でユース落ちた後輩なんか、報国院にいくらでもいるだろ。お前だって見覚えがある連中はいるはずだ。なのにどうしてそっちをほったらかしていっくんにばかり声をかける?いっくんが見つけやすい場所に居るからだろ」
 幾久は思わず声を上げそうになった。
 去年の自分と同じ目にあっていた事に気づいたからだ。
(なんだよ、マジか)
 わけもわからず喧嘩を売られ、腹を立てたのは幾久が馬鹿だったからと高杉に窘められた。
 そして、結局は乃木希典の子孫とか関係なしに、目立っていたから叩きやすかった、と教えてくれた。
 幾久は思わず声に出してしまった。
「なあんだ。オレ、赤根先輩にいじめられてたんだ」

 幾久の言葉に赤根は目を見開いて、山縣と時山は同時に噴出した。
「人聞きの悪い事を言うな!」
 赤根が言うも、幾久はむしろあまりに納得がいきすぎて、頷いてしまった。
「そっか、だからなんかムカつくなーと思ってたの、そのせいだったんだ。そりゃそうか」
 あっけらかんと幾久は言うが、赤根は幾久に言った。
「俺はいじめなんかしていない!」
 そういうも、幾久の中ではしっかり方程式が出来上がってしまっていて、納得しかない。
「赤根先輩がそう思うならそれでいいんじゃないっすか?オレはオレで納得いったからそれでいっす」
「ふざけるな!やってもないことをなんでそんな風に言われなくちゃならないんだ!」
 山縣が茶化すように口をはさんだ。
「おーおー、いじめる奴のテンプレ」
「お前は関係ないだろう!」
 赤根が怒鳴るも、山縣が言った。
「え?でも御門の最高責任者って俺だし、乃木は俺の寮の一年だし」
 そう言われると赤根は黙った。
 山縣は続けて、鼻をふんと鳴らして言った。
「ごめんなさいもありがとうも言わず、なにかと『すまないな』で力技クリアして、責任も取らず、権利もないところへ首突っ込んで審判よろしくジャッジメント!ってやべーじゃん。せめて後輩にはやめとけよ」
「ガタ先輩が言うと説得力ないっスね」
 幾久が呆れて言うと山縣が言った。
「なんだよ庇ってやってんのに」
「ありがた迷惑っス。オレをパシリにしていじめてんのガタ先輩っスからね」
「ちゃんと報酬は与えてるだろ、奴隷らしく」
「いじめよりもっと悪かった。あとで殴る」
 いつもの山縣と幾久の言い合いに、時山が噴出した。
「まあつまりさ、見ての通りお前と山縣じゃ立場ちげーって事だよ。首突っ込んだお前のミスだな」
 時山が赤根に促した。
「きちんと謝っとけ。でねーと永久に同窓会でネタにされっぞ。成人式で再会して延々ネタにされて笑われるの嫌だろ?」
 赤根は時山の言葉にぐっと押し黙ると、暫くして、ごめんなさい、と言って頭を下げた。


 赤根と時山が去り、その様子を見ていた面々も話が終わり野次馬も引いた。
 山縣が幾久に言った。
「お前、最高の悪口が『へたくそ』って、子供かよ」
「えぇー、だって思いつかないっすもん。赤根先輩のプレイ、よく知らないし」
「知ってたらボコボコにするんだろうね幾は」
 御堀が言うと幾久は「失敬な」とむっとする。
「ちゃんと正当な評価するよオレは。特にサッカーに関しては」
「それがボコボコって言うんだよ。ヨーロッパ基準だし」
「見る方の判断は高くていいじゃん」
 御堀と言い合っていると、雪充がにこにこしていたので、幾久は雪充に言った。
「ちゃんと自分でやりかえしました!」
 最後の『へたくそ』はともかく、ちゃんと幾久は言い返すことが出来ていた。
「うん、よくできたね。それにちゃんと僕の前でやったのは偉い」
 雪充が言って幾久の頭を撫でると、幾久は照れて、へへ、と笑う。
「だから、先輩が卒業してもちゃんと自分でやれます」
 ふん、と胸を張る幾久に、雪充は目を細めた。
 それは少し寂しいけれど、でもきっとこれでいいんだ。
 そう思った。

 じゃあ、もう打ち上げでもするか、という話になり、人数が多いので皆で寺の敷地内に向かおうという事になった。
 着替えを済ませ、買い出し舞台が和菓子屋へ向かった。
 ついでに別のお菓子も買ってくるとの事なので、じゃんけんに勝った幾久達は先に三年の先輩達と寺へ向かった。
 山縣が歩きながら幾久に尋ねた。
「で、後輩、お前は赤根に対して何を謝ったんだよ」
「うーん、ろくにプレイも知らないのにへたくそ扱いしてごめんなさい」
「そこかよ!うぜえとかじゃねーのな!」
「だって実際うざかった訳っすし、そこは謝る義理はねーかなと」
 梅屋が笑った。
「確かにそうだわ」
 その言葉に雪充は苦笑する。
 幾久が言った。
「ガタ先輩はオレに何万回でも謝ってください」
「いーぞ?『ごめんしてちょん!』」
 アニメキャラの真似をして言う山縣に幾久は冷たい声と表情で返した。
「キモイ。やっぱいらないっす。誉んとこの外郎買ってください」
 御堀が言った。
「請求書をお送りしておけばいいですか?」
「よかねーよ!」
 成程、と雪充は笑った。
 たった一年もない間に、幾久を中心にいろんな事が動き始めた。
(去年の今頃は)
 寮を出て行くことを考え、そうなったらどうしようか。
 自分がいなくてもうまく回るだろうか。
 ひょっとしたらもう廃寮になるかもしれない。
 そんなことばかり考えていたのに。
(ほんっと、思いがけないなあ)
 報国院での三年目なんて、予想がつくと思っていたのに、結局にぎやかに騒がしく思いがけない事ばかりだった。
 それでもどこまでも報国院らしい。

 ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる山縣と幾久に目を細めた。
 この日常ももうすぐ終わる。

(―――――楽しみだな)

 雪充は思った。
 新しい生徒が入り、報国院も御門寮も、きっと新しい色に染まる。
 だけどきっと、報国院らしくあるのだろう。

 それはこれからもきっと毎年。
 幾久も再来年、自分のように思うのだろうか。
 そう思うと、ちょっとだけ、その時に話を聞きたいと雪充は思い、まだ咲かない桜を見て、目を細くした。
 この桜が開く頃、報国院は新しい生徒を迎えるのだろう。


 まだ寒い山の中の桜のつぼみは固く閉じたまま、春の訪れを待っている。




 品行方正・終わり
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