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【24】品行方正~ロミオとジュリエット、巌流島にていざ決戦す(白熊を添えて)

祭の前の静けさ

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 え、と驚く一年生に、他の二年の先輩も笑って頷いた。
「そうそう、だから期待すんな、絶対になんもしねえぞって今三年の先輩に去年言ったんだけどさ」
「そしたら、雪の奴が、『僕たちも同じことを言ったけど、結局一年連中が三年を盛り上げて送り出したいって言い始めてさ。だからお前らも、来年なにもしなくてもいいけど、後輩がやりたいって言ったら全力で手伝ってやれよ、僕らみたいに』って言ったんじゃ」
 高杉の言葉に、一年生はなんとも困ったような表情でお互い顔を見合わせた。
「なんだあ、じゃあ毎年の事なんじゃん」
 呆れる普に、幾久も肩をすくめた。
「結局やってること、毎年一緒って事っスか」
「まあそう言うな。示し合わせた訳でもないし、そもそも三年連中が頑張っちょらんかったら一年もそんな気をおこさん、ちゅう事じゃしの」
「じゃあ結局、バレてそうなかんじ」
 品川があーあ、と言うと久坂が「どうかな」と笑った。
「今回の舞台はそこまで三年が出張っていた感じでもないし、いっくんならともかく、他の連中も絶対に三年になんかしたい、っていう空気もなかったろ」
「感謝してないわけじゃないです」
 山田が言うと、高杉が「わかっちょる」と笑った。
「今年は一年生が多かったし、配役も多かった。結果一年生がやることも増えたけ、三年は裏方にまわる連中が増えたしの」
「だからこそ、俺たち一年生は、余計に三年生に感謝したいんです」
 山田が言うと、普も頷く。
「学食とか、寮でも先輩とかほかのクラスの奴とかでも、滅茶苦茶褒められたんです。すげえなって。勿論、茶化すような奴もいないことはないけど」
 でも、圧倒的に『凄かった』『良かった』『頑張ったな』という評価の方が多く、一年生たちはその評価に驚いた。
 だから余計に、目立つ場所に居た自分たちよりも、先輩たちは頑張ってくれたのに何も評価がない事に申し訳なく思うようになっていた。
「たいしたことできないし、正直、自分らも楽しむつもりありまくりなんすけど」
 山田が言うと、高杉が「それでエエ」と答えた。
「頑張って楽しませよう、ちゅうのも大事じゃが、まず後輩が楽しんでくれんと先輩が頑張った意味がない。なにか面倒が起こっても、こっちは一年、二年の首席がついちょる。気にせずどんとやれ」
 高杉からのお墨付きに、一年生たちはほっとする。
「よし、じゃあものすっごく盛り上がってやっちゃおう!」
「衣裳はもう運んどく?」
「その方が良いな。確認もできるし、万が一の準備もいるし」
 そうして地球部の面々はにぎやかに打ち合わせをはじめ、今夜、学校に許可を貰って部室に集まる事になったのだった。



 皆一旦寮へ戻り、食事を済ませて再び学校へと集まった。
 問題なく全員が集合し、打ち合わせに入ることになった。
「では、台本の流れを確認する」
 高杉に、皆がしっかり台本を手にした。
 二年生がやりたいことはこうだ。
 今の三年生が一年生だった時にやったのはシェイクスピア劇の『ヴェニスの商人』だったそうだ。
 その頃、地球部にも所属していた梅屋の猛プッシュで決まったらしく、評判も良かったとの事だ。
 当然、その舞台を生徒としてみたのは今の三年生しか居ないが、地球部の面々は録画された媒体で見たことはあった。
 実際、報国院に舞台を見にきた二年生や一年生も居る。
「最初はこのヴェニスの商人のワンシーンを演じる。シャイロックとアントーニオの裁判の所じゃの。流石に三年を呼ぶわけにはいかんので二年でやる」
 二年生の面々が、一番の名シーンだったその裁判の部分を数人で演じる。
 衣装はあるし、例え一瞬でも、一度やったことのある舞台だ、すぐ気づくだろう。
「その次に、ワシと瑞祥で、去年の舞台のワンシーンをやる」
 去年は地元の歴史を基にした舞台で、高杉の先祖である高杉晋作の創作劇をやったそうだ。
 高杉と久坂が演じるのは、中でも一番評価が高かった。
 親友である高杉晋作と久坂玄瑞だが、ある時期で久坂は京都で戦いに敗れ命を失う。
 その頃、高杉は史実でも久坂の夢を何度も見、判らない親友の様子に不安だったという。
 そのシーンがとても評判が高く、去年の予餞会でも一部分を再演すると、拍手喝采だったという。
「いまの三年に対する、地球部の歴史へのはなむけとして、演じたいと思う」
 こんなことがありましたね、という意思だけ伝われば良いとの事なので、二年生が必要な時間はそう長くない。
「だから一年が演じる時間の方が圧倒的に長いわけじゃが」
 高杉が台本を示し、ふっと笑った。
「まずこの内容じゃと、三年にもウケる事は間違いないじゃろう」
 そのお墨付きに、一年は満足そうに頷いた。
 普の渾身の台本は、バラエティに富んでいて読んでいるだけで面白かった。
「じゃが、心配なのは、あまり自分たちばっかりが面白いはず、と思い込んで一方的に暴走することじゃな」
 それは一年も考えていて、バランスをどうするのか悩む所だった。
「先輩たちはどう思いますか?」
 普が尋ねると、二年は頷く。
「まず一回、通しで見て、そこで細かい修正を加えよう。問題なければその後衣装合わせと、軽く通す。衣装がどう影響するか気になるしの」
 予餞会ではほかの部も、三年生に向けて発表するので、小さい桜柳祭みたいなものだ。
 地球部は桜柳祭の時と同じく、控室を使わせて貰えるので、それはありがたいのだが。
「衣裳だけで笑いを取るシーンは、どうするかというタイミングの問題もある事じゃし」
「どっちかっていうと先輩らが忙しいっすよね。最初だし」
「まあの。じゃがワシ等の方が経験値が高い。このくらい、うまく回してこその先輩じゃの」
 高杉が言うと、御堀が尋ねた。
「ひょっとして、いまのセリフも雪ちゃん先輩の?」
「そうじゃ。よおわかったの」
「なんとなく、そんな気がして」
 雪充はもう、明後日には卒業してこの学校を出て行く。
「あーあ、本当に雪ちゃん先輩卒業しちゃうんだ。寂しいよー」
 がっかりと肩を落とす幾久だが、児玉が言った。
「でも別にまだ寮には居るじゃん」
 報国院は寮生ばかりだし、雪充のように受験日が遅い生徒は、受験と片付けを同時にしなければならなくなる。
 そうなると、どうしても受験がおろそかになってしまうので、卒業式後も三年生は寮に暫く居てもいい事になっている。
 その間に、各寮ではお別れ会をやったり、寮内でバザーをやったりするらしい。
「報国寮なんか、就職の先輩は寮から自動車学校通ってるの多いし」
 千鳥の生徒はほぼ就職となるし、この地方では車が絶対に必要なので、免許を取りに行く生徒も多い。
 結果、卒業と免許取得が間に合わず、しかも自宅より寮の方が自動車学校に近いとなると寮に居たほうが良いとなって、わりとギリギリまで所属する生徒もいる。
「報国院は扱いはともかく、面倒見はええからの。卒業してはい、サヨウナラ、とはならん。きちんと次を用意する」
 だからこそ、生徒たちは親になった時、子供を報国院に通わせることを選択することが多い。
 私学で学費は高いが、その中で得るものは多いからだ。
「所属してよくよく見ると、割といい学校ですよね」
 幾久が言うと、二年生が満足げに頷く。
「そうそう。但し」
「金にがめつい」
「成績にうるさい」
 全くその通りで、一年生も二年生も笑った。
「とはいえ、自由があるのも確かじゃ。おかげで時間もかなり貰えたし、予餞会は基本、なにをやってもお咎めなし」
「なんかワクワクしてきた!」
「本当だね。まるで桜柳祭の頃みたいだよ」
 品川と瀧川が言う。
「あんなに面倒くさくてしんどかったのに、面白かったんだよなあ」
 幾久が言うと御堀も「そうだね」と頷いた。
 夏からずっと、毎日舞台の準備をして、合間を縫って勉強して、やっと本番にたどり着いて。
 普通に楽しむだけの生徒がいいなあ、と思ったりもしたけれど、いざ舞台を終えれば褒められることが多く、やって良かった、と何度も思った。
「あんなに面白い舞台にして貰えたんだから、三年生が居なくても全力で楽しめてますって伝えたい」
 幾久が言うと、高杉が頷いた。
「そうじゃぞ。これはたまきんも言っておったが、先輩の一番の役目は『必要じゃなくなること』だそうじゃ」
「必要じゃなくなること?」
 幾久や御堀が顔を見合わせて首を傾げた。
「親でも教師でも、習い事でも先輩でも、下の連中に『お前らはいらん』と言われるほど、伝えることができるのが一番の誇りになるんじゃと」
 御堀が顔を上げ、まっすぐ高杉を見据えた。
 その様子に、高杉はふと笑った。
(そうか、先輩らも)
 きっとこんな風に、後輩が成長する瞬間を目の当たりにしたのだろう。
 成程、これはなかなかの快感だった。
 自分が持っているものを見せて、伝え、次世代が大きくなろうとする。
 言葉にもね、毒もあれば栄養もあるのよ。
 必要な毒は、あの小鳥ちゃん、しっかり食べてるみたいだけど。
 玉木はそう幾久を評価していた。
 山縣とのやりとりで、必要な毒を食べて強くなった。
 だから自分たちは、先輩から伝えられた栄養を、そのまま後輩に伝えるのだ。
 きっとこの後輩も、次に渡す時が来るだろう。
「じゃけ、次の桜柳祭ではせいぜい楽させてくれ。先輩なんかいりません、と言うてくれたらええのう」
「それってハル先輩が楽したいだけじゃないっすか」
 呆れる幾久に普が頷いた。
「途中までいいお話だったのにー」
 あーあー、とがっかりする一年に、高杉と同じことを思った二年生は顔を見合わせて、やっぱり含み笑いをしたのだった。

 来年、自分たちはどんな風に後輩に送られるのだろうか。
 面倒くさい、お世話になりましたーという挨拶だけで終わっても、それはそれで構わないのだけど、ひょっとしたら次の後輩に振り回されて、面倒な目にあって文句を言う、なんてこともあるかもしれない。
 サプライズの舞台より、そっちのほうが見たいかもしれないな。
 高杉はそう思い、来年送られるであろう、自分を考えて楽しくなったのだった。


 明日は予餞会。
 そして、明後日はとうとう、卒業式となる。
 桜柳祭の前のようなにぎやかな地球部の部室の明かりは、遅くまで消えることはなかった。
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