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【23】拍手喝采~戦場のハッピーバレンタインデー

切れ味鋭い王子様

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 そうして八木ベーカリーでの作業はせわしく続けられ、何度もオーブンにカヌレを入れて焼き、ようやっと最後のタネを型に入れ終わった頃にはお昼が過ぎていた。
「はー、やっと終わったぁああ」
 窯に最後のカヌレが入れられ、やっと全員が一息ついた。
「結局、晶摩も万寿も来なかったね」
 幾久が言うと、普は首を横に振った。
「あいつら、絶対に来てたけど、店の外から様子見て、忙しそうだから逃げたに違いないよ」
「えっ、マジで?見てたの?普」
「見てないけどそれしか考えられない。絶対そう。今頃大判焼き食ってるよ」
 きっぱり普はそう言う。
 商店街の中にある大判焼きの店は確かに報国院の生徒もよく買うが、そんな露骨にサボったりするだろうか。
 幾久が考えていた時だった。
「こんにちはー、遅くなりました!」
 そういって店に入って来たのは品川と入江だった。
「遅くなってわりーな。その代わり差し入れ持ってきたから許せ!」
 にこにこと笑って差し出されたのは、さっき話題に出たばかりの大判焼き屋の袋だ。
「焼きたてだぞ!」
「おれらはもう食べたから!」
 そう言う二人に、幾久は普と顔を見合わせた。
「ね?」
「……普の言う通りだ」
 幾久が呆れると、二人とも「え?なに?」ときょろきょろしたのだった。

 焼きたてのカヌレをいくつか貰い、幾久達は学校のホーム部へ向かっていた。
 品川、入江の二人は結局山田にげんこつを一発ずつくらい、他の面々にごめんなさいと謝った。
「来れないならそれでいいけど、ここまで遅れるなら連絡しろ!なにかあったかと心配するだろ!そうでないなら最初から約束すんな!」
 山田のもっともなお叱りに、品川も入江も、しゅんとした。
「別に手伝い頼んだのはこっちだし」
 幾久が言うが、山田は首を横に振った。
「それでも引き受けたんなら、ちゃんと来るのが礼儀だろ。断ってもいいのにそれもせずにサボったなら、無責任じゃねえか」
「確かにね」
 御堀も頷く。
「やりたくないならそれで構わないけど、やる気はあったけど仕事はなかった、なんて状況をわざと作るんじゃねえ。わかったな!」
 山田の言葉に、品川と入江ははい、と頷き、もう一度ごめんなさいと頭を下げた。


 報国院への道を歩きながら、山田は御堀と幾久に頭を下げた。
「ごめん。俺がちゃんと起こして連れてくれば良かった」
「御空のせいじゃないよ。それにちゃんと二人とも謝ったんだから、もういいって」
 幾久が言うと、御堀も頷く。
「そうだよ。ひとまずは片付いたんだから」
 にっこり微笑む御堀に、品川と入江がほっとして言った。
「良かった。幾、誉、ごめん」
「次は気を付けるから!」
 そう言った二人だったが、御堀はにっこりと微笑んで言った。
「なに言ってるの?次なんかないよ?」
 えっと二人が驚くが、幾久はやっぱりな、と思った。
「だって調子よく引き受けたのに、結局何にもならなかったろ?それって君らは気分いいけど、僕らからしたら最悪じゃないか」
 出た出た、と幾久はそっぽを向く。
 言葉はきつくても顔はにこやかな笑顔で、それが一層御堀のすごみを増す。
「謝罪は受け止めるけど、じゃあそれで無かったことになるかっていったら、そうじゃないよね。僕らはもう君たちを次から信用しないし、数にも入れない。あてにできないから」
 御堀の厳しい言葉に、品川と入江が、しまった、と慌てて幾久を見るが、幾久は首を横に振った。
「諦めろ。誉はこういう奴だよ」
「そんなあ!厳しすぎじゃん!」
 入江が言うと幾久は頷いた。
「そうだよ。厳しいんだよ。だから諦めろって」
 品川が驚いた。
「えー……誉ってそこまできっつい奴だったっけ?」
 御堀が言った。
「物事を甘く考える奴にはどんな考えもきついだろ」
 さっと品川と入江の顔色が変わったのだが、そこで幾久の手が入った。
「はいストーップ!誉、いまのちょっときつい!」
 幾久が言うと御堀が「そう?」と首を傾げた。
「そう。だって晶摩も万寿も鳳だろ。賢いからわかっちゃうんだよ。千鳥相手ならそれでもいいかもだけど、受け取る能力を考えないと」
「ふうん。難しいな」
 御堀が首を傾げるので、入江が幾久に尋ねた。
「お前ら、一体なに食ったの?なんかスゲーおかしくない?」
「や、誉って元々こういう奴だったの。猫かぶってたの」
 幾久の言葉に、品川が驚きつつ、でも「なんか判る」と頷いた。
「最近、特に御門の先輩の影響受けてて、一層こう、鋭くなってんだよな。加減がまだできないから、オレがジャッジ頼まれてんの」
 御門の先輩と言えば、二年の高杉、久坂のコンビが有名すぎるくらいに有名だし、地球部でもさんざんしごかれた面々にとっては、鋭さは嫌と言う程知っている。
「あ、そっか。失敗した。誉って思っちゃいけなかったんだ」
 品川が立ち止まり、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、御堀君。嘘ついてサボりました。二度としません。信用はなくてもいいですが、お誘いは下さい」
 そういう品川に入江が驚いた。
「お前、そこまでする?」
 品川が言った。
「ばか、お前、御堀じゃなくて高杉先輩と久坂先輩にやらかしたと考えてみろ!これでもまだ軽い謝罪だわ!」
 いつもののんびりとした雰囲気から一転、これままずいと品川が言うと入江も考えた後、頭を深々と下げた。
「本当にごめんなさい御堀君。二度としません」
 突然きちんと謝る二人に、御堀は頷いた。
「判った。出来るかどうかちゃんと見ておくね」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」
 山田が苦笑した。
「成程、誉ってなんだかんだ俺らに甘かったけど、高杉先輩と久坂先輩の影響受けてきてるなら、その対応が正解だな」
「そうなんだよ。ほんっと切れ味鋭くなってきててさあ。オレもはらはらするもん」
 幾久が言うが、山田が笑った。
「そんな風に見えねえけどな」
「いやー、けっこう気を使ってるよ?これでも」
 そう幾久は胸を張る。
「中期くらいまでは一人でのんきにやってたけど、タマや誉が入ってさ、どんどん先輩に似てくるんだもん。オレだって焦るよ」
 児玉は御門寮に入ってから、マスターとランニングをしたり、筋力をつける運動に付き合っている。
 入学した頃は幾久とそう変わらない身長だったのに、今では御堀に近くなっている。
 ボクシングを始めたせいか、ますます体つきもごつくなって、幾久はそれを見て、自分も筋力をつけようと思ったのだ。
 御堀は、正月の見合い騒動から一気に世界が開けたようで、以前より明るく、その分意見も考えも言葉も鋭くなった。
 元より鋭い先輩しかいない御門寮の面々は、むしろその変化を楽しんでいたけれど、幾久にしてみたら先輩が増えたみたいなものだ。
「なんかさー、急にみんな変わってくんだもん。成長って怖い」
 幾久が言うと、御堀がふっと笑って言った。
「幾だって成長してるじゃん」
「うーん、身長もっと欲しい。筋肉も」
「そうじゃなくて、ますます山縣先輩そっくりに」
「やめて。マジでやめて」
 嫌がって首を振る幾久に、品川と入江がくっついて尋ねた。
「なあ幾、どうすれば誉に媚売れるの?」
「そうだよコエーよ、そのうち高杉先輩とか久坂先輩になるんだったら今のうちに許して貰いたい」
 ちゃっかりした二人がそういうが、幾久はちょっと考えて、「誉会に入るとか?課金するくらいしか思いつかないなあ」と言うと、御堀がぷっと噴出した。
「そうだね、課金してくれたらちょっとは許すかな」
「晶摩、課金するぞ!」
「ラジャ!」
 二人はそう言ってスマホを取り出し、早速誉会に入会したのだった。


 叱られたのがきいたのか、その後の品川と入江はとても『良い子』で仕事に参加した。
 ホーム部では一年の志道、二年の河上と佐久間がすでに居て、パッケージをしている最中だった。
「おう、山田お疲れ!服部も悪いな。それとロミジュリも!あとほかのやつらも!」
 さっき手伝いをサボった品川と入江が参加し、瀧川と三吉は別口で、地球部で脚本づくりに入って貰った。
「お疲れっす」
 ぺこりと幾久が頭を下げる。
「今日はこれっすか?」
 カヌレを次々と透明なパッケージに入れてシールを貼るという作業だ。
「そう。そこに使い捨ての手袋あるから、それ使って入れてってくれ。二個セットな」
 誉会で販売するものや、学校に注文が入ったものは二個セットだが、バレンタインの日、報国院の学食分はパッケージせずに出すという。
「今回はカヌレだからいいけどさ、去年はクッキーだったろ?生徒分もパッケージしたから数が大変でさ」
 そう話すのは二年のホーム部部長の河上だ。
「ひょっとして、それもあってカヌレにしたんですか?」
 報国院の生徒は何百人も居る。
 その数があるとないとでは大違いだ。
 御堀が尋ねると、河上が頷く。
「そうなんだよ。冷凍からそのまま出しときゃ食えるんで、管理簡単だし、パッケージもこんな風にやりやすいだろ?」
 部室でもカヌレを焼いていて、いまパッケージしているのはその分だという。
「これは生徒への注文分な。焼いたのを冷まし終わったからパッケージして、学校の冷凍庫にぶちこむ。お前らが今日焼いた分は誉会の奴になるだろ?」
 ロミジュリコンビの作ったカヌレという意図で販売しているので、それと違うものはまずい。
 なので今日、幾久や御堀が手伝ったものは、勿論誉会で販売する。
 幾久達とは違うチームが作ったカヌレは学校での販売や、学食で食べる方へ回される。
「内緒にしときゃバレないのに」
 そう言った品川に、河上が苦笑した。
「そういうのが後々、どこからかバレて信用なくしちゃうんだよ。食べ物なんか特に信用第一だからな。絶対にやらねえよ」
「確かに、万が一でも変なものが入ってたら嫌ですもんね」
 幾久は頷く。
 青木の騒ぎを知ったから思うのだが、食べ物に異物を入れられたら、それだけで誰かから貰うのは怖くなる。
(せっかく、バレンタインって思っても絶対に嫌な思い出しか残らないよなあ)
 確かに物凄い勢いでモテるのは羨ましいが、青木に対してまるで『めずらしい生き物』の扱いをする人は理解できない。
(いや、確かにアオ先輩はめずらしい生き物だけど)
 面倒くさいし鬱陶しいし、やたらくっつくし。
(ただまあ、ちょっとは可愛そうかなあ)
 あんなにもファンから支持されて愛されて、才能は一緒に活動しているメンバーも絶賛するほどなのに。
「バレンタイン、楽しいものにしたいっすよね」
 幾久が言うと、河上も頷く。
「そうだろ?折角うまいもん食うんだからさ、笑顔になって貰わなきゃやった甲斐がねえよな」
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