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【23】拍手喝采~戦場のハッピーバレンタインデー
いろんな愛を考える
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部屋が再び三人だけになると、全員また同時に「はぁー」とため息をついた。
杉松の動画を見たという事も勿論だけど、そこからあふれるいろんな情報が、三人をすっかり疲れさせていた。
言葉だけなら何度でも聞いたのに、実際に目の前で見るのは全然違う。
例えばもし、幾久が最初からグラスエッジの存在を知っていたとしても、ライヴを見たらきっと驚いただろう。
『青木君にとって杉松さんは、全てだったんだよ』
映像を見て言う烈の言葉に、幾久は頷いた。
杉松に微笑み、話しかける青木を見て、幾久はようやっと皆が言っていた意味を初めて理解できた気がした。
あの冷たい、まるでガラス玉のような瞳が、杉松を見て話しかける時は、大好きな人を見つめる、好奇心いっぱいの高校生でしかなくて、その普通に見える有様が青木にとってどんなに『普通』ではなかったか、幾久は知っている。
杉松も、青木をまるでただの可愛い後輩としかして見てはおらず、誰に向ける目も、等しく愛情が注がれていた。
穏やかで優しい。
幾久にはもう判る気がした。
もし、誰か一人でも、自分を理解してくれて、守ってくれる人がいたら、幾久だってその人の為に、なんだってするだろう。
正月、御堀に言われた言葉を、幾久は改めてかみしめる。
『幾の為なら死ねるよ』
御堀はああいった。
言葉も気持ちも真剣なのは判ったからこそ、幾久は御堀に生きて欲しいと伝えたけれど。
幾久は御堀の手を握った。
「どーしたの、幾」
「いやー……オレ、恵まれてんなあって」
にぎにぎと御堀の手を握りながら、幾久は言う。
「アオ先輩の言葉とかさ、杉松さんへ向ける顔とか、皆が杉松さん大好きなんだなーってあれ見たらすっごい判ったけどさ」
「うん」
「なんかさ、大好きだって思うのも言うのも、すげー大事なんだなって判った」
きっとあの頃、あの映像に映っていた全員が、あんなにも早く杉松を失うだなんて思っていなかったに違いない。
それでも、皆、杉松を愛しているのは見て判った。
「誉がさ、オレの為なら死ねるって言ったじゃん」
「うん」
別に冗談だと思っていたわけでもないし、気持ちを疑っていたわけでもない。
でも、自分たちにはまだ遠すぎる『死』という概念に現実を感じられなかった。
だけど、古い映像の中、すでに居ない人を見て、その人がまだ強く、多分一生、皆の中に刻みついて離れないという事が、どんな事かほんの少し見えた気がする。
「改めて思ったけど、オレってマジで誉を助けてたんだね」
「そうだよ。今更なに言ってんの」
呆れながらも、御堀は幾久の手を恋人繋ぎに握る。
すると児玉も、ちゃぶ台に突っ伏していた顔を上げて幾久に言った。
「俺もだろ。どんだけお前に助けられたと思ってんだよ」
「そうかなあ」
のんびりと言う幾久に、児玉は「そうだよ」と言って幾久の頭に手を置いた。
「お前がいなかったら、報国院に居ても、こんだけ楽しくなかった。絶対に」
「僕も同じ」
「そうかなあ」
幾久が言うと、やっぱり二人とも「そうだよ!」と少し強めに返したので、幾久はつい笑ってしまった。
(ひょっとして、杉松さんもそうだったのかな)
杉松さんがみんなを助けている、と思っているけど、杉松さんはみんなに助けられてる、そんな風に思っていたんじゃないのかな。
だからきっと、あんなにも優しい目でみんなを見守っていたのじゃないのかな。
杉松はもう居ない。
居ない人に何か尋ねる事はできないけれど、その人が何を考えて何を思ったのか、幾久には判る気がした。
同じように東京から来て、この報国で自分を見つけた人。
高校時代の杉松が何を考えていたのか、ひょっとしたら少しでも判るようになるのではないか。
観察してみよう。幾久はそう思った。
自分の目を通しても、同じ風景が重なることはあるはず。
同じ海を見て、同じ人を見て、同じ風景を見るのなら。
杉松という存在が、誰をどう見ていたのか。
少しは判るようになれる気がした。
ホーム部でのカヌレ作りは、週末の土日と、建国記念日の月曜日が休みとなるので、二日半で行うことになった。
ホーム部の調理実習室では主にパッケージと、先生たちに配る用のお菓子を作り、順番で生徒が商店街にある『ヤギのパン屋』こと、八木ベーカリーにて制作を行うことになった。
「幾、俺らは月曜日に八木ベーカリーだって」
土曜日、授業が終わり幾久にそう声をかけてきたのは、桜柳祭が終わってからホーム部に所属している山田だ。
「最終日なんだ?」
「そう。だから今日の俺等の仕事は、部室でパッケージの準備とか、申し込みのチェックするんだって」
「判った。今から飯食うだろ?どうせ」
「そう。学食行こうぜ」
土曜日は午前中で授業が終わるが、学食は使えるようになっていて、寮ではなく学校で済ませる面々も多い。
午後からホーム部の部活に参加するつもりの幾久と御堀も、学食で昼食をとってから参加するつもりでいた。
「タマ、学食行こうぜ」
「おう」
幾久が児玉に声をかける。
「お前も参加すんの?」
山田が驚き児玉に尋ねるが、児玉は首を横に振った。
「いや、俺は今日ジムに行くから、学校で飯食って直で」
「ああ、なるほど」
じゃあどうせだから皆で行こうか、と幾久と児玉、御堀に山田で学食へ向かう事になった。
「昴!先に学食行ってるからな!」
山田が声をかけたのは服部にだ。
「うん。後から行くよ」
「昴、どうしたの?」
幾久が山田に尋ねると、山田が言った。
「なんか気になる事があるから、それ調べてから飯食うって。技研」
「ああ、そっちのね」
服部昴は技術研究部という、よく判らない部活に所属していて、普段はそっちの部活にどっぷり浸かっている。
バレンタインではホーム部の部活にも参加しているので、掛け持ちで忙しいのだろう。
「飯は食うから学食で待ってればいいし」
「そうだね」
ホーム部の部活は午後の授業が開始するのと同じ時間に集合になっているので、時間は十分ある。
昴を教室に残し、四人は学食へと向かったのだった。
いつもより人は少なめとはいえ、そこそこの賑わいを見せる学食で、四人は昴の席を確保して、テーブルに着いた。
定食のトレイを持ち、お茶を用意する。
いつものように、いただきます!と手を合わせた。
「昴、忙しいのにホーム部で毎日試作品作ってたんだろ?」
幾久が言うと山田が頷く。
「そう。普段、いろいろみんなに差し入れ貰ってるから、恩返ししたいって」
「偉いよな。そういう気遣いできるの」
児玉が感心すると、御堀も頷く。
「みんな、あるものを持って行ってるだけなのにね」
報国院は全寮制で、しかも育ち盛りの男子ばかりとあって、お菓子の持ち込みはかなり緩い、というか自由で、学食の購買部でもお菓子を売っている。
実家から送られてきたり、寮生のOBが送ってきたりという事もあるので、学校に持ってきてわけたりもする。
鳳はクラスも人数が少ないし、関りも濃くなるので、ずっと部活に籠っている服部の事を皆、気にかけて、なにかと差し入れをしていた。
「たまに気にしすぎだなって思う事もあるけどな」
山田が言う。
「地球部の時に、なんでそこまで気遣いできんのって聞いたら、頑張ってするようにしてるって言うからさ、そういうのもあんのかって」
「じゃああれって、気をつけてるのか」
児玉が驚くと、山田が頷いた。
「そう。凄く気になるんだってさ」
「でも周りをそこまで気遣ってるって、なんか疲れそう」
幾久が言うと、山田も頷いた。
「それは俺もそう思うんだけどさ。けど昴だってそんなことは承知でやってると思うんだよ」
山田の言葉に、幾久と御堀、児玉は顔を見合わせた。
「気にしすぎって口に出すのは簡単だけど、昴だって馬鹿じゃないし、だったら判ってやってんだろうから、それを俺がジャッジすんのはおかしいじゃん」
「確かにそうだね」
御堀が頷く。
「昴が気にしてるんなら、気にしたいんだろうし。だったら気が付いた時にフォローするくらいしかできないしな」
そっけないように見えて、山田も気遣いをするタイプだから、服部のこういう部分に気づくのだな、と幾久は思った。
「御空ってそういう所、なんかヒーロー好きのとこ、出てるよね」
幾久が言うと、山田が照れた。
「そ、そっか?」
御堀も頷く。
「ちゃんと見て考えてくれるの、御空のいい所だって僕も思う。僕もそれで助かった事あるし」
桜柳寮から逃げ出した後も、山田は御堀に気を回してくれていた。
それこそ、些細で気づかない事も、山田はよく見ていた。
「ああ見えて、マスターもいろいろ見てるし、正義の味方ってやっぱいろいろ見えるのかな」
幾久が言うと、山田がぽつり、とこぼした。
「……正義って聞こえはいいけど、結局自分に都合のいい暴力装置の事じゃん」
山田がヒーローをただミーハーで好きなわけではないのは、見ていたら判る。
こだわりがあるのも、山田がいろいろ考えている事も。
だから、三人とも、山田の言葉を静かに聞いた。
「子供ん時は、ヒーローかっけえ、としか思わなかったけどさ。でもやっぱ年くうとさ、いろいろ考えるじゃん。正義ってなんだとかさ。だけどやっぱ俺はヒーロー好きだから、俺は、馬鹿にされても、暴力装置でも、ヒーローってどういうものか知りたいんだ」
照れた表情で、山田が頬を指でかいて言った。
「だから、いい年してもヒーロー好きなんだろうなって」
幾久が笑って言った。
「そんなの言ったらマスターどうすんだよ。もうおじさんなのに現役でヒーローやってるんだよ。御空で『いい年』とか言ったらマスターなんかおじいちゃんじゃん。泣いちゃうよ」
多分、この場によしひろがいたら号泣間違いなしの酷い事を言うが、山田は「ひでえ」と言いつつも笑っていた。
話を聞いていた児玉が、静かに言った。
「いい年じゃないと、気づけないんじゃないのか?」
児玉の言葉に、山田が顔を上げる。
杉松の動画を見たという事も勿論だけど、そこからあふれるいろんな情報が、三人をすっかり疲れさせていた。
言葉だけなら何度でも聞いたのに、実際に目の前で見るのは全然違う。
例えばもし、幾久が最初からグラスエッジの存在を知っていたとしても、ライヴを見たらきっと驚いただろう。
『青木君にとって杉松さんは、全てだったんだよ』
映像を見て言う烈の言葉に、幾久は頷いた。
杉松に微笑み、話しかける青木を見て、幾久はようやっと皆が言っていた意味を初めて理解できた気がした。
あの冷たい、まるでガラス玉のような瞳が、杉松を見て話しかける時は、大好きな人を見つめる、好奇心いっぱいの高校生でしかなくて、その普通に見える有様が青木にとってどんなに『普通』ではなかったか、幾久は知っている。
杉松も、青木をまるでただの可愛い後輩としかして見てはおらず、誰に向ける目も、等しく愛情が注がれていた。
穏やかで優しい。
幾久にはもう判る気がした。
もし、誰か一人でも、自分を理解してくれて、守ってくれる人がいたら、幾久だってその人の為に、なんだってするだろう。
正月、御堀に言われた言葉を、幾久は改めてかみしめる。
『幾の為なら死ねるよ』
御堀はああいった。
言葉も気持ちも真剣なのは判ったからこそ、幾久は御堀に生きて欲しいと伝えたけれど。
幾久は御堀の手を握った。
「どーしたの、幾」
「いやー……オレ、恵まれてんなあって」
にぎにぎと御堀の手を握りながら、幾久は言う。
「アオ先輩の言葉とかさ、杉松さんへ向ける顔とか、皆が杉松さん大好きなんだなーってあれ見たらすっごい判ったけどさ」
「うん」
「なんかさ、大好きだって思うのも言うのも、すげー大事なんだなって判った」
きっとあの頃、あの映像に映っていた全員が、あんなにも早く杉松を失うだなんて思っていなかったに違いない。
それでも、皆、杉松を愛しているのは見て判った。
「誉がさ、オレの為なら死ねるって言ったじゃん」
「うん」
別に冗談だと思っていたわけでもないし、気持ちを疑っていたわけでもない。
でも、自分たちにはまだ遠すぎる『死』という概念に現実を感じられなかった。
だけど、古い映像の中、すでに居ない人を見て、その人がまだ強く、多分一生、皆の中に刻みついて離れないという事が、どんな事かほんの少し見えた気がする。
「改めて思ったけど、オレってマジで誉を助けてたんだね」
「そうだよ。今更なに言ってんの」
呆れながらも、御堀は幾久の手を恋人繋ぎに握る。
すると児玉も、ちゃぶ台に突っ伏していた顔を上げて幾久に言った。
「俺もだろ。どんだけお前に助けられたと思ってんだよ」
「そうかなあ」
のんびりと言う幾久に、児玉は「そうだよ」と言って幾久の頭に手を置いた。
「お前がいなかったら、報国院に居ても、こんだけ楽しくなかった。絶対に」
「僕も同じ」
「そうかなあ」
幾久が言うと、やっぱり二人とも「そうだよ!」と少し強めに返したので、幾久はつい笑ってしまった。
(ひょっとして、杉松さんもそうだったのかな)
杉松さんがみんなを助けている、と思っているけど、杉松さんはみんなに助けられてる、そんな風に思っていたんじゃないのかな。
だからきっと、あんなにも優しい目でみんなを見守っていたのじゃないのかな。
杉松はもう居ない。
居ない人に何か尋ねる事はできないけれど、その人が何を考えて何を思ったのか、幾久には判る気がした。
同じように東京から来て、この報国で自分を見つけた人。
高校時代の杉松が何を考えていたのか、ひょっとしたら少しでも判るようになるのではないか。
観察してみよう。幾久はそう思った。
自分の目を通しても、同じ風景が重なることはあるはず。
同じ海を見て、同じ人を見て、同じ風景を見るのなら。
杉松という存在が、誰をどう見ていたのか。
少しは判るようになれる気がした。
ホーム部でのカヌレ作りは、週末の土日と、建国記念日の月曜日が休みとなるので、二日半で行うことになった。
ホーム部の調理実習室では主にパッケージと、先生たちに配る用のお菓子を作り、順番で生徒が商店街にある『ヤギのパン屋』こと、八木ベーカリーにて制作を行うことになった。
「幾、俺らは月曜日に八木ベーカリーだって」
土曜日、授業が終わり幾久にそう声をかけてきたのは、桜柳祭が終わってからホーム部に所属している山田だ。
「最終日なんだ?」
「そう。だから今日の俺等の仕事は、部室でパッケージの準備とか、申し込みのチェックするんだって」
「判った。今から飯食うだろ?どうせ」
「そう。学食行こうぜ」
土曜日は午前中で授業が終わるが、学食は使えるようになっていて、寮ではなく学校で済ませる面々も多い。
午後からホーム部の部活に参加するつもりの幾久と御堀も、学食で昼食をとってから参加するつもりでいた。
「タマ、学食行こうぜ」
「おう」
幾久が児玉に声をかける。
「お前も参加すんの?」
山田が驚き児玉に尋ねるが、児玉は首を横に振った。
「いや、俺は今日ジムに行くから、学校で飯食って直で」
「ああ、なるほど」
じゃあどうせだから皆で行こうか、と幾久と児玉、御堀に山田で学食へ向かう事になった。
「昴!先に学食行ってるからな!」
山田が声をかけたのは服部にだ。
「うん。後から行くよ」
「昴、どうしたの?」
幾久が山田に尋ねると、山田が言った。
「なんか気になる事があるから、それ調べてから飯食うって。技研」
「ああ、そっちのね」
服部昴は技術研究部という、よく判らない部活に所属していて、普段はそっちの部活にどっぷり浸かっている。
バレンタインではホーム部の部活にも参加しているので、掛け持ちで忙しいのだろう。
「飯は食うから学食で待ってればいいし」
「そうだね」
ホーム部の部活は午後の授業が開始するのと同じ時間に集合になっているので、時間は十分ある。
昴を教室に残し、四人は学食へと向かったのだった。
いつもより人は少なめとはいえ、そこそこの賑わいを見せる学食で、四人は昴の席を確保して、テーブルに着いた。
定食のトレイを持ち、お茶を用意する。
いつものように、いただきます!と手を合わせた。
「昴、忙しいのにホーム部で毎日試作品作ってたんだろ?」
幾久が言うと山田が頷く。
「そう。普段、いろいろみんなに差し入れ貰ってるから、恩返ししたいって」
「偉いよな。そういう気遣いできるの」
児玉が感心すると、御堀も頷く。
「みんな、あるものを持って行ってるだけなのにね」
報国院は全寮制で、しかも育ち盛りの男子ばかりとあって、お菓子の持ち込みはかなり緩い、というか自由で、学食の購買部でもお菓子を売っている。
実家から送られてきたり、寮生のOBが送ってきたりという事もあるので、学校に持ってきてわけたりもする。
鳳はクラスも人数が少ないし、関りも濃くなるので、ずっと部活に籠っている服部の事を皆、気にかけて、なにかと差し入れをしていた。
「たまに気にしすぎだなって思う事もあるけどな」
山田が言う。
「地球部の時に、なんでそこまで気遣いできんのって聞いたら、頑張ってするようにしてるって言うからさ、そういうのもあんのかって」
「じゃああれって、気をつけてるのか」
児玉が驚くと、山田が頷いた。
「そう。凄く気になるんだってさ」
「でも周りをそこまで気遣ってるって、なんか疲れそう」
幾久が言うと、山田も頷いた。
「それは俺もそう思うんだけどさ。けど昴だってそんなことは承知でやってると思うんだよ」
山田の言葉に、幾久と御堀、児玉は顔を見合わせた。
「気にしすぎって口に出すのは簡単だけど、昴だって馬鹿じゃないし、だったら判ってやってんだろうから、それを俺がジャッジすんのはおかしいじゃん」
「確かにそうだね」
御堀が頷く。
「昴が気にしてるんなら、気にしたいんだろうし。だったら気が付いた時にフォローするくらいしかできないしな」
そっけないように見えて、山田も気遣いをするタイプだから、服部のこういう部分に気づくのだな、と幾久は思った。
「御空ってそういう所、なんかヒーロー好きのとこ、出てるよね」
幾久が言うと、山田が照れた。
「そ、そっか?」
御堀も頷く。
「ちゃんと見て考えてくれるの、御空のいい所だって僕も思う。僕もそれで助かった事あるし」
桜柳寮から逃げ出した後も、山田は御堀に気を回してくれていた。
それこそ、些細で気づかない事も、山田はよく見ていた。
「ああ見えて、マスターもいろいろ見てるし、正義の味方ってやっぱいろいろ見えるのかな」
幾久が言うと、山田がぽつり、とこぼした。
「……正義って聞こえはいいけど、結局自分に都合のいい暴力装置の事じゃん」
山田がヒーローをただミーハーで好きなわけではないのは、見ていたら判る。
こだわりがあるのも、山田がいろいろ考えている事も。
だから、三人とも、山田の言葉を静かに聞いた。
「子供ん時は、ヒーローかっけえ、としか思わなかったけどさ。でもやっぱ年くうとさ、いろいろ考えるじゃん。正義ってなんだとかさ。だけどやっぱ俺はヒーロー好きだから、俺は、馬鹿にされても、暴力装置でも、ヒーローってどういうものか知りたいんだ」
照れた表情で、山田が頬を指でかいて言った。
「だから、いい年してもヒーロー好きなんだろうなって」
幾久が笑って言った。
「そんなの言ったらマスターどうすんだよ。もうおじさんなのに現役でヒーローやってるんだよ。御空で『いい年』とか言ったらマスターなんかおじいちゃんじゃん。泣いちゃうよ」
多分、この場によしひろがいたら号泣間違いなしの酷い事を言うが、山田は「ひでえ」と言いつつも笑っていた。
話を聞いていた児玉が、静かに言った。
「いい年じゃないと、気づけないんじゃないのか?」
児玉の言葉に、山田が顔を上げる。
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