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【23】拍手喝采~戦場のハッピーバレンタインデー

そっくりな先輩と後輩

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 幾久もカードを選び終わり、御堀はついでに杷子や松浦にバレンタインに配る菓子につけるブロマイドをどうしたらいいかを相談し、じゃあ帰ろうか、と全員で店を出た。
「あ、待ってください、先輩達」
 遅れて店から出てきた幾久が、杷子、茄々、松浦に細い小さな袋を渡した。
「なにこれ?」
 杷子が尋ねると幾久が答えた。
「ボールペンっす。可愛いのがあったから、先輩たちに」
「え?そんなの悪いよ」
 いきなりの幾久のプレゼントに三人は驚き、首を横に振るが幾久は言った。
「ちょっと早いけど、オレからのバレンタインです。受験とか、進路とか、オレよくわかんないけど、頑張ってほしくて」
 三人は目を合わせ、全員が頷いた。
「わかった。じゃあ、これはいっくんからのバレンタインだね。ありがとう」
 杷子が受け取ると、茄々も松浦も受け取った。
「ありがとう」
「受験のお守りにするね」
 にこっと茄々が頷いて言って、幾久もこくんと頷いた。
「オレ、本当にスゲー助けて貰ったから。なんもできないけど」
 茄々が苦笑して言った。
「なに言ってんの。雪充が言ってたよ。試験会場で、面倒があるだろうなと思ったけどいっくんのプレゼントのおかげでストレスなく試験が受けられたって。あいつ自信満々だったよ。絶対にいけるって。本会場にも絶対に連れてくって」
「―――――そう、っすか」
 幾久がほっとして、よかった、と笑う。
「だからね、私もこれ、本会場に持ってくね。お守り」
 茄々が言うと、杷子も頷く。
「私も使う。やりたくてたまんないコスのアイディアノートに描く用!」
 杷子が言うと松浦が「それいいな」と頷いた。
「じゃあ私はデザイン用に使おうっと」
 うむ、と頷く松浦に、幾久は御堀と目を見合わせて、笑った。
(先輩達の助けになれたら、良かった)

 あとはバレンタインに向けて、おいしいお菓子を作るぞ!
 そう決意を新たにしたのだった。



 その日の夕食が終わった後、めずらしく山縣が幾久に尋ねた。
「おい、カヌレはどこにあんだよ」
 幾久は答えた。
「そこになければないですね」
「百均みてーな事言ってんじゃねーよ。今日は作ってねえのかよ」
 チッと舌打ちする山縣は、コーヒーを支度しはじめた。
 また今夜も受験勉強をするのだろう。
 大量のコーヒーを入れ始めたが、当然自分の分でしかない。
「コーヒーあざす」
 幾久が言うと山縣が「ちげーわ!」と言い返す。
「俺のに決まってんだろ。煽ってんじゃねえよ」
 すると御堀が山縣に言った。
「でも頂けたら、今度また持って帰りますよ」
 山縣の動きがぴたっと止まり、御堀を一瞥すると、山縣は全員分のカップを用意し始めた。
 見事な御堀の采配に、御門寮の面々は「おお」と御堀に見ほれた。


 御門寮では夕食後に全員が今日あったことなどを報告したり、相談したりするのだが、今日は山縣の入れたコーヒーを全員で飲みながら、御堀庵のお菓子を食べている。
 幾久は勿論、外郎だ。
「おいしいなあ、本当に誉ん家の外郎は神の食べ物だよなあ」
 うっとりと食べながら幾久が言うと、山縣が言った。
「神の食べ物はチョコレートだぞ」
 幾久が山縣に言い返した。
「またまたそんな嘘を」
 山縣はむっとして幾久に言った。
「嘘じゃねーよ。チョコレートの原料のカカオはテオブロマ・カカオつってテオブロマは神の食べ物っつう意味だ」
「誉、本当?」
「本当だよ。よくご存じですね」
「どうせアニメか漫画」
「残念、小説だ!ちなみにカカオを人に与えたのはケツァコアトルという南米の神だぞ」
 幾久が御堀を見つめると、御堀が頷いた。
「それも本当」
「へー、勉強になる。凄いなあ誉は」
「言ったの俺ですけど!」
 山縣が文句を言うも、幾久はどこ吹く風だ。
 これも毎日の事だった。
「まあいいわ。後輩、カヌレ忘れんなよ」
 山縣が言うと御堀が頷いた。
「勿論です。どうせ予備を大量に作るつもりでしたし」
 聞いていた栄人が尋ねた。
「そんなにたくさん大丈夫?全校生徒分とか大変そうだけど」
 いくらホーム部の調理室といっても、あくまで普通の学校の実習室なのだが。
「問題ありません。班ごとに分かれて『八木ベーカリー』で作ることになってます」
「八木先輩のとこ?」
 成程、と高杉も頷いた。
 名前の八木ベーカリーは商店街の中にあるパン屋で、店主の八木は報国院のОBだ。
 ますく・ど・かふぇのマスター、よしひろの主宰する社会人プロレスの仲間でもあるので、体はかなりマッチョな先輩だ。
 ちなみに八木にちなんでヤギの『め~ちゃん』を飼っているが、草むしりで報国寮に貸し出して以来、報国寮のアイドルになってしまい、いまでは名ばかりの飼い主になっている。
「パン屋ならでかい窯もあるの。確かに学校全体のも大丈夫そうじゃ」
 幾久が言った。
「家庭用のオーブンだと時間かかるものでも、パン屋の窯ってすげーでかいし早いんスって。だから生徒分も、誉会の分も作れるんだそうで」
「そりゃそうか。生徒分と、発注分、誉会。なかなか凄い数になりそうだね」
 御堀が頷く。
「八木先輩の店でも予約が入っているそうで、けっこう大変です」
「稼げる時には稼がないとね!」
 栄人が言うと、御堀も頷いた。
「ええ。バレンタインは儲け時ですし」
「男子のする会話じゃない」
 幾久がげんなりしつつ言うと、隣で話を聞いていた児玉が笑った。
「なに言ってんだ。お前だってしっかり乗っかってんだろ?雪ちゃん先輩に渡すって」
「そりゃね。でも今日ウィステリアの先輩に会ったら、雪ちゃん先輩、オレのあげたプレゼント、スゲー喜んでくれたみたいで」
 そう言って幾久は、今日の放課後にウィステリアの先輩たちに会った話をする。
 高杉が言った。
「バナナは昔から雪と張るくらいには頭がエエからのう。そりゃ余裕じゃろう。バレンタインも、ウィステリアじゃ、断トツ一番貰うんじゃないか?」
「えっ、イケメンなのに成績までいいなんて、カッコいい」
 幾久が言うと、御堀が苦笑した。
「幾をお姫様抱っこまでされちゃうし?」
「そうだよ。そりゃモテるよね、茄々先輩」
 話を聞いていた久坂が呆れた。
「女子の話をしているんじゃないの?」
「でもウィステリアの女子って男前じゃないっすか。なんかさっぱりしてるし」
 少なくとも、幾久が中学時代までに関わった女子はあんな風ではなく、ちょっと離れたところで誰かをくすくす笑うよな、そんなイメージだった。
「あそこはああいう校風じゃ。じゃから逆に、校風に合う奴と合わん奴の差が激しいらしい。合わん連中はさっさと辞めていくらしいがの」
「女子高っていうより男子校だよね」
 久坂が笑うと、幾久も確かにと頷く。
「オレよりからあげの方がモテてたし」
 ロミジュリの舞台前に、ちょっとばかりウィステリアで有名になってしまった幾久と御堀は、ウィステリアの部室を女子にぐるりと囲まれたことがあるが、御堀の策略で逃げ切った事がある。
 幾久を救ったのは大量の『からあげ』だった。
「中学時代なんて、女子はなんか感じ悪いし、男子も遠巻きって感じでつきあいもろくになかったし。空気は確かに悪かったかも」
 久坂が尋ねた。
「そこそこ良い私立だったんだろ?」
「幼稚舎からずっと同じっていう奴が多かったんで、中学から外部で入ったオレはなんか居心地悪いっていうのはあったんすけど」
 今思えば、自分の雰囲気も良くなかったな、とも思う。
「サッカー諦めて、ずっと塾で、学校でも塾の宿題とか考えていたし誰かと本気で関わることもなかったし、今思ったら、オレ割とヤな奴だったかも、とは思います」
 親しく話をしようとしても、空返事ばかりで、今日の宿題、どうしよ、そんな事しか考えていなかった。
 児玉は苦笑した。
「なんか恭王寮居た頃の俺みたい」
「そういうのもあってタマはほっとけないんだよなー。オレ先輩だし」
 御堀が言った。
「失敗の?」
「そう!オレはもうタマより先輩!」
「なんでだよ」
 児玉が苦笑するが、その様子を見て高杉がふっと笑って言った。
「じゃが実際、後輩をどうするかはけっこうな問題じゃぞ?説明会の時に誘っておらんしの」
 栄人も頷く。
「そーそー、誰か御門寮を希望してくれたらいいんだけどさ」
 高杉が言った。
「適当な奴は入れんぞ」
「同じく」
 久坂も頷く。
「そんな我儘な。桜柳寮と違ってブランド力よえーのに」
 桜柳寮は学校に一番近い上、地域にも『鳳の寮』として認識されている為、入学してくる鳳クラスの子も桜柳寮を希望することが多いという。
 成績が良く、特に希望もなければ問答無用でトップから順に入れられるので名前通り『選ばれし生徒の為の寮』だ。
 恭王寮は小さい上に、目立たないので近所の人しか認識していないが、報国寮と敬業寮は規模も大きく、目立つのもあって知っている人も多い。
 一番知られていないのがここ、御門寮だ。
「だからちゃんと拾ってこいって行ったのに。上手なんだろ?拾うの」
 久坂の煽りに幾久は口を窄めた。
「オレ、二匹も拾ったのに。じゃあ次に頑張りますよ」
 高杉が言った。
「ガタみたいなのは拾うなよ」
「当たり前です」
 すると山縣が幾久に言った。
「むかつくヤローだな」
「自己紹介おつ!」
「お前がな」
 いつものように山縣と幾久がやりあっているうちに、山縣は時計を見た。
「やべ、馬鹿に関わってると時間なくなるわ。勉強しよ」
 そう言ってマグカップを持って自室へ向かう山縣に幾久が言った。
「浪人生活頑張ってください」
「ぜってー受かるわ!」
 そう言って下品にも中指を立て、山縣は「ふんっ!」と言ってダイニングを出て行った。
「幾久、ほんとスゲー事言うよな。本気で山縣先輩が落ちたらどうすんだよ」
 児玉が言うと幾久は言った。
「落ちたらガタ先輩の自己責任だし、どうせ卒業するんだから寮にはいないし関係なくね?」
「幾ってホント、山縣先輩に似てきたね」
 御堀が言うと、「似てないっ!」と幾久は言い返す。

 そこに居た全員が
(確かに)
(似てきた)
(似てきたよね)
 と思って互いに目を合わせたものの、それ以上は言わなかった。
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