上 下
322 / 416
【21】東走西馳~今年も君といる幸運と幸福

受験生はお年頃

しおりを挟む
「ピアノのかっこいいおじさん!」
「やあ」
 笑顔で立っていたのは、ピーターアートのベースである、律だった。
 夏に音楽室でピアノの調律をした時、幾久にピアノを弾いてくれた、超絶イケメンなおじさんだ。
「桜柳祭の時はありがとうございました」
 そういって幾久がぺこりと頭を下げ、御堀も児玉も頭を下げる。
 アンコールの追加公演を外でやることになったとき、音響が使えない状態なのに、音源の必要ないアコースティックギター、ベース、タンバリンで幾久達の舞台を盛り上げてくれた立役者だった。
「とんでもない。こっちこそ後輩の助けになったのなら何よりだよ」
 後で聞けば、有名なバンドのおじさんたちだったとの事なのだが、幾久達は世代的に知らないので、いまいち凄さが分からない。
「おじさんも鐘をつきに来たんですか?」
 幾久が訪ねると、律はちょっと驚いて、そか、とぷっと噴出した。
「違うよ。ここ、おじさんの家なんだ」
 え、と幾久は驚く。
「ここって、お寺、っスよね?」
「そう。おじさんのお家、お寺なの」
 えーっと幾久は驚いた。
「おじさん、バンドの人なんじゃなかったんですか?お坊さん?」
「おじさんはバンドの人で、ピアノの調律師さんだよ。ここは俺の母の実家でね。俺の祖父が坊主なの」
「へぇえ」
 なんだかすごく意外だ、と幾久が驚いていると、律が言った。
「それよりいっくん、ちょっとこっち来てくれる?」
「?ハイ」
 手を引っ張られ、案内されたのはお寺の本堂の玄関だった。
 なんだろう、と思いついていき、待っていると「ちょっと待ってね」と律が上がっていった。
 階段を上っていき、ドアをノックすると、ドア越しにうっせーな!と声が響いたのだが、律が怒鳴った。
「幾久君が鐘をつきにうちに今来てるぞ!お前、会わなくていいのか?」
 すると、どんっというドアを開ける音とともに、階段を駆け下りるどどどどどどど、と言う音が派手に聞こえ、幾久の前に現れたのは。
「―――――幾せんぱいっ!!!」
「ノスケ?!」
 幾久が驚くのも無理はない。
 そこに居たのは、この前、報国院に見学に来た中学生の菅原・オブライエン・華之丞だったからだ。
 しかも。
「お前、その頭、どーしたんだ?!」
 まばゆくきらめく天使のような美少年だった華之丞は、栗色の髪をばっさり切り落とし、坊主頭になっていた。
 華之丞は苦笑いして坊主頭をさすりながら言った。
「藤原に負けたし、俺、かっこわりぃいじめやってたんで。反省で」
「ベッカムみたいでかっけえ。似合ってるじゃん」
 幾久が言うと、華之丞は一瞬驚いたが、ニヤッと笑って「実は自分でもそー思ってるんス」と頷いた。
「でもノスケ、なんでお前がここに?」
 幾久が訪ねると、華之丞のほうが驚いた。
「だってここ、俺ん家なんで」
「……え?」
 ということは?つまり?
 幾久が驚いて律を見ると、律が言った。
「こいつ、俺の息子」
「え―――――っ!!!!!!」
 幾久が驚き、声を上げた。
「ノスケが、かっこいいピアノのおじさんの、息子?!」
 律が喜んで華之丞に言った。
「あはは、俺、かっこいいんだって」
 すると華之丞がかみついた。
「このおっさんのどこがかっこいーんすか!」
「や、かっこいいじゃん滅茶苦茶。ピアノ上手いし」
「ピアノくらい、俺だって弾けます!」
「それにイケメンだし」
「俺のほうがかっけーんで!」
 華之丞が噛みつくが、律はにこにこしながら幾久に言った。
「ゴメンねうちの息子、いまお年頃真っ最中で」
「反抗期だっつってんだろ!バカかよ!」
 ああ、なるほど、と幾久は苦笑した。


 華之丞に案内され、幾久と御堀、児玉の三人は鐘をつく列に並んだ。
 二列で並んでいるので、幾久と華之丞、その後ろに児玉と御堀が並んでいた。
「そっかー、華之丞のお父さんかっこいいからなあ。だからノスケもかっこいいのかあ」
 感心する幾久に華之丞は訪ねた。
「俺、かっこいいっすか?」
「え?ノスケはめちゃくちゃかっこいいけど」
 幾久に褒められ、華之丞はぱあっと顔を赤くした。
 その様子に児玉が笑って言った。
「顔真っ赤だぞ」
「るっさいっす」
 ふんと言うも、児玉は気にする様子もない。
「それより、家の手伝いとかしなくていいのか?ノスケ」
 幾久が訪ねると華之丞が苦笑した。
「幾先輩、俺受験生」
「あ。そういやそうだった」
 華之丞は中学三年生で、もうすぐ報国院を受験する。
 しかし、幾久はそのことを知らない。
「学校、どこ受けるか決めたのか?」
 相談を受けたとき、華之丞は周防市の学校に行くか迷っていた。
 だからそう訪ねたのだが、華之丞はちょっと考えて「決めてはいます」と答えた。
「え?どこ?」
 幾久が訪ねたので、華之丞はちょっと考えて答えた。
「幾先輩には、なーいしょ」
「えー、なんでだよ。オレ相談のったじゃん」
「いいじゃないっすか。サッカー負けたから仕返し」
「なんで。いいじゃん教えろって」
「嫌っす。内緒っす」
 そういう華之丞に幾久はため息をついた。
「もー、なんだよ」
「へへ」
 華之丞は幾久に構ってもらえて嬉しくてたまらないらしい。
 幾久はしょうがないなあ、と肩をすくめた。
「ま、どの学校でも、ノスケだったらうまくやれるよ」
「俺もそう思うっす」
 そう言って、華之丞はちらっと児玉と御堀を見た。
 というより、ちょっと睨んでいた。
(ははーん)
(なるほど)
 それで幾久の隣にべーったりくっついているわけか。
 華之丞の視線で察した二人は、視線を合わせて頷いた。
「せいぜい頑張れよ。ちょっとでも油断したらすぐ抜かれるぞ」
 児玉が言うと、御堀も頷く。
「そうそう。でも君だったら、ファイブクロスでは有望株になれるんじゃない?」
 御堀がわざとらしく言うと、幾久は残念そうに言った。
「そっか、周防市に行っちゃうのか」
「えっ」
 まさかの解釈に華之丞が驚くと、御堀は続けて言った。
「そりゃそうだよ。ファイブクロスは攻撃的な選手があまり育ってないから、菅原君は向いてるよ」
「嫌いな奴がいると、後々トラブルもおきやすいしなあ。離れたほうがいいって選択もあるよなあ」
 勝手にそんなことを言い始めた御堀と児玉だったが、幾久はその言葉を全く疑いもせずに頷いた。
「確かに、さっきもお父さんと喧嘩してたし、ちょっと離れたほうがノスケの為かもしれないなあ」
「えっ、あの、幾せんぱ」
(おい待て、気づけよ!ちゃんと幾先輩って呼んでんじゃん俺!)
 すでに幾久の後輩になる気満々でいるというのに、どうして気づかないんだ、この人は!と思ってふと後ろを見ると、児玉と御堀の二人が、ざまあみろ、といった風にニヤニヤしていた。

(……クッソ!毎日一緒に寮で過ごしてるくせに!ちょっと俺が幾先輩を取ってんのが気にくわねーのかよ!)

 その通りだった。
 華之丞によって幾久の隣にぐいぐい割り込まれた御堀は、笑顔を見せていたが非常に不機嫌だったし、児玉は児玉で、桜柳祭でお世話になった上に、大尊敬するグラスエッジの尊敬するピーターアートのメンバーである律に生意気な態度をとる華之丞が気に入らない。
「まあいいじゃん幾久。藤原君ってのが来るんだろ?お前の事大好きな」
 児玉が言うと、御堀が言った。
「そうそう。それに大庭先輩の弟さんも入学希望しているそうだし、楽しみだよね」
 大庭の弟を思い出し、幾久は頷いた。
「バキくんだっけ?あの美少女みたいな子!可愛いよね、お姉さんもすっげえイケメンだけど、どっちも美形だよね」
 話しかけられ、御堀がふっと笑って幾久に言った。
「今度一緒に、大庭先輩に話にいこうよ。大庭先輩、幾の事が大のお気に入りだからさ、きっと喜ぶよ」
「うん、受験の邪魔になんないようにしないとな。あ、でも絶対に誉も一緒に来いよ?オレ一人じゃ恥ずかしーし」
「勿論。幾を一人にするわけないじゃないか」
 ロミオ様スマイルをふんだんにぶちまけながら、御堀がじわじわと幾久と華之丞の間に割り込んでくる。
 すると華之丞が負けるものかとぐいぐい押してくる。
 華之丞が押し、御堀が押し。
 幾久はひょいっと後ろに下がった。
「もー、誉、なに焦ってんだよ。そんなに鐘つきてーなら、前に行けって」
「い、いやあの幾」
「いいから先行けよ。そんなに楽しみとは思わなかった」
 なー、タマ、という幾久に児玉は笑いをこらえながら「そうだな」と肩を震わせた。

 結局、押し合い圧し合いしていた華之丞と御堀の二人が並び、その後ろを幾久と児玉で並んだ。
 鐘楼の前に並び、狭い階段を順番で上がる。
「寮の蔵みたいだね」
「確かに」
 幾久が言うと児玉が頷く。
 鐘楼は蔵よりも随分と小さく狭いので、数人鐘の前に並ぶともう狭い。
「俺はいいんで、先どーぞ」
 華之丞が言い、御堀がまず鐘をついた。
 ごわぁあ~ん、と微妙な音だ。
 華之丞がぷっと笑い、小さく「ヘタクソ」とつぶやくと御堀が華之丞をぎろっと睨んだ。
「じゃー、次オレ!」
 幾久が変わり、鐘をつくが、御堀より一層鈍い音だった。
 わんっ……わん……っと明らかに失敗した雰囲気に幾久は苦笑した。
「やっぱ誉は上手だなあ。オレ下手だ」
 そう言って笑う幾久に、御堀はふふんと華之丞を見返し、華之丞はむっとして御堀をにらみ返す。
 幾久の知らないところで地味な戦いが繰り広げられている間、児玉が鐘をついた。
 こちらは流石に経験者だけあって、二人よりもまともな音が響く。
「タマが一番うまいなあ。軽音部だから?」
「関係ないと思うけど」
 幾久の言葉に児玉が笑う。
「じゃ、俺も」
 そう言って華之丞が鐘の前に立つ。
「幾先輩、見てて」
 幾久が頷くと、華之丞が鐘をつく。
 ごーん、とそれは奇麗な音が響いた。
 おお、と幾久は声を上げた。
「やっぱお寺の子だ!上手!」
「まーね!俺にかかればまーね!」
 えっへん、と華之丞は胸をはったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

城下町ガールズライフ

川端続子
青春
大嫌いな地元からやっと逃げられた。 サッカー大好き美少女、芙綺(ふうき)はあこがれの先輩を目指し 『ウィステリア女学院』に入学し寮生活を始めた。 初めての場所、初めての親友、初めての、憧れの人。 そして、初めての恋。 キラキラ女子校生活、と言う割にはパワフルな先輩達やおかしな友人との日常生活。 『城下町ボーイズライフ』と同軸上にあるお話です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ハッピークリスマス !  非公開にしていましたが再upしました。           2024.12.1

設樂理沙
青春
中学生の頃からずっと一緒だったよね。大切に思っていた人との楽しい日々が この先もずっと続いていけぱいいのに……。 ――――――――――――――――――――――― |松村絢《まつむらあや》 ---大企業勤務 25歳 |堂本海(どうもとかい)  ---商社勤務 25歳 (留年してしまい就職は一年遅れ) 中学の同級生 |渡部佳代子《わたなべかよこ》----絢と海との共通の友達 25歳 |石橋祐二《いしばしゆうじ》---絢の会社での先輩 30歳 |大隈可南子《おおくまかなこ》----海の同期 24歳 海LOVE?     ――― 2024.12.1 再々公開 ―――― 💍 イラストはOBAKERON様 有償画像

処理中です...