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【21】東走西馳~今年も君といる幸運と幸福

ここも結局(元)御門寮

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 先日、博多に行ったときにハンドクリームを買って、時山から彼女の杷子に預けはしたものの、それだけでいいのかな、と心配ではあった。
 ウィステリアの先輩たちには、それはそれはよくしてもらい、なにかもっとお礼を、とは思っていた。
「バレンタインって感謝を伝えるわけだし、うん、それいいな」
「じゃあ、僕も参加するよ」
 御堀が言うと、河上と佐久間が驚き、喜んだ。
「マジで?器用な御堀君が入るなら作業楽になる!」
「なんか企画考えようぜ」
 二人が喋っていると、伊藤、そのほかの学生らが訪ねた。
「あの、質問なんすけど」
「なんだ?」
 河上が振り向くと、伊藤が言った。
「女子からのチョコは駄目でも、男子からのチョコを女子に渡すのは禁止されてねーっすよね?」
「全くないぞ?」
 すると、話を聞いていた伊藤たちが突然、うおお、と雄たけびを上げた。
「だったら!だったら!俺らがチョコを女子に渡せばいいんじゃん!」
「そーだよ!貰えないならむしろ渡せばいいわけで!」
「こっちから攻めるぞおお!」
 突如盛り上がり始めた伊藤たちに河上は驚くが、「いいなそれ」とニヤリと笑った。
「ホーム部で人材を確保したかったし、これで女子に近づく口実があるとなれば参加者大量に出るな」
 すると御堀がさっと挙手した。
「経済研究部が参加費を計算します。一人当たりの必要経費を提出願います」
「誉はまた」
 幾久があきれるも、御堀はにこにこと微笑んで言った。
「なに言ってるんだよ。男子がチョコを作るなんて良いことだしモテるチャンスでもあるだろ?」
「儲けるチャンスだろ」
 山田があきれて言うと御堀は「勿論」とにっこり微笑む。
「まー確かに、幾が作ったチョコレートでブロマイドセットして、ジュリエットからのチョコなんてやったら女子がキャーキャー言って買うだろうな」
 山田が言うと、山田の両手を御堀と河上ががっちり握った。
「お前はなんて有能な奴だ」
「御空、感謝するよ」
 え?と山田が驚くと、幾久は、はーっとため息をついた。
「もー、御空、余計な事言って。なんかオレの仕事増えそうなんだけど」
 団子を作る作業をしながら、河上と佐久間、そして御堀が早速バレンタインの話を始めてしまったので、幾久はため息をついた。


 バレンタインの計画で先輩たちと御堀はすっかり意気投合したらしく、詳しくは栄人も合わせて話をすることになったらしい。
 作業を終え、幾久と御堀は学校から歩いてほど近い、久坂の家へと帰ってきた。
「ただいま帰りましたー」
「はい、おかえりー」
 そう言って出迎えたのは、久坂の義姉である六花だ。
「どうだった?楽しかった?団子づくり」
「疲れました。明日も行かないとですけど」
「アハハ。まあがんばれ」
 そういって幾久と御堀を家の中へと通す。
「二人とも、適当にゆっくり過ごしな。杉松の部屋以外ならどこでも好きにしていいから」
「大人しく居間にいるっス」
 幾久が言うと、六花が笑った。
「そっか。じゃあ居間でね」
「うす」
 幾久が頷き、二人は居間へと向かった。

 居間は暖房がついていて、あたためられていた。
 居心地のいい場所に、幾久は腰を下ろしてふーっとため息をついて、ごろんと横になった。
「あー、疲れた」
「幾、ずいぶんリラックスしてるね」
「うん。畳って寝っ転がっていいから」
「そういう意味じゃなくてさ」
 御堀からしたら初めての家、しかも久坂の実家とあってはやや緊張するらしい。
「でも誉って、六花さんとは知り合いなんでしょ?オレより全然、前からじゃん」
「知らなかったんだよ」
 御堀はきまりわるく言う。
「だって姉さん、何も言わないから」
 実は御堀の姉と六花はウィステリアの先輩、後輩、で親しいということだった。
 なにかと御堀に差し入れがあるのも、実は六花のところに御堀の姉が、相談があるとかで訪ねているからだった。
「タマがぶっ倒れたときに、誉ん家のお菓子があったのも、桜柳寮にいつも大量のお菓子があったのも、お姉さんが六花さんとこに持ってきてたんだ」
「そうだよ。僕だってびっくりしたよ。まさか六花さんが久坂先輩の義姉なんてさ」
 御堀からしたら、六花は姉の先輩ということで、昔から面識があったらしい。
 ところが、六花は結婚して名字が久坂に代わっていたので、御堀はその事を知らなかった。
「六花さんのおかげで、帰らずにはすんだけどさ」
 御堀はあまり、実家に帰りたくはないらしい。
 家族間の関係が良くない、というわけではないのだが、自分がおもちゃにされる気がするので関わりたくないというのが本音だ。
 そんな御堀の気持ちをくんだ御堀の姉が、六花に泊まらせてやってくれ、と頼んだのが今回だった。
「姉が六花さんにお願いしてなかったら、実家に帰るしかなかったし、そもそも瑞祥先輩が許してなんかくれないよ」
「まあ、それは。まあ」
 久坂はパーソナルスペースを侵害されるのをなにより嫌うので、いくら御堀でも実家に居るのは絶対に嫌がりそうなものだが、家主が六花なので今回は全く逆らえない状況だ。
「でもよかったじゃん。誉が御門に居たからさ、瑞祥先輩もちょっとは慣れてるわけだし」
「そうかもしれないけど」
「においつけたら安心するんじゃない?猫ってそうなんだろ?」
 幾久が言うと、笑い声が聞こえた。
「じゃったら、御堀ににおいつけとくか?瑞祥」
 そう言って居間に入って来たのは高杉だ。
 幾久と御堀が学校に行っている間、出かけていたのだ。
「おかえりなさい、ハル先輩」
「おう」
「いっくんはすぐ無礼を言うよね。追い出すぞ」
 久坂が不機嫌そうに言うも、高杉が笑って言った。
「そんなことをしたら、菫さんがお前をぶん殴るぞ」
 菫は雪充の姉で、幾久をことのほか可愛がっている。
 女優とみまごうばかりのあでやかな美人なのだが、女性版青木のように幾久を物凄く溺愛している。
 久坂は嫌そうな顔をするも、肩を落とす。
「これじゃ、僕は家に帰った意味がないじゃないか。寮とほとんど同じ」
「まあ言うな。そのほうがお前もエエじゃろう」
 高杉の実家もすぐ近所にあるというのに、高杉は休みの時は、いつも久坂の家に泊まっているのだと聞いた時には驚いた。
 こうして、久坂の家に泊まりはしても自宅に遊びには行くらしいのだが、夜になると帰ってくるのだという。
「すみません、僕の我がままで」
 御堀が久坂に頭を下げるも、久坂は頬杖をついて「仕方ないよ」という。
「ねえちゃんの命令は絶対だし、御堀なら躾はできてるからいいんだけど。僕の静かなお正月が」
 はあ、とため息をつく久坂に幾久が言った。
「寮みたいで楽しいじゃないっすか」
「そりゃいっくんは寮大好きだからね」
「瑞祥先輩は、寮嫌いなんすか?」
「好きだけど、家まで寮にしなくったって」
 久坂が言うと、高杉が苦笑した。
「そんな事言っても、暫定的にもここは御門寮じゃったわけじゃし」
 久坂の兄、杉松が学生だった頃、同じく学生だった毛利とマスターが御門寮を壊してしまい、改築が終わるまで久坂の祖父がこの自宅を御門寮として開放したことがあるのだという。
「ああー、僕の居場所がいっくんに侵略される」
「気にせずにおいつけていっすよ」
「僕を猫扱いするな」
 久坂の言葉に、高杉がぶっと噴出したのだった。


 結局、居る人間が同じなら、することもやっぱり同じで、久坂、高杉、幾久、御堀の四人は寮と同じように過ごした。
「じゃあ、明日の大晦日はハル先輩も警備に参加するんすね」
「ああ。殿に頼まれちょるからの。お前らは明日も団子づくりか?」
「そうっす。今日作ったのは冷凍しておいとくそうっす」
 初詣には万単位の人が訪れるので、団子も大量に必要になる。
 なので幾久達は手がくたくたになるまでずっと団子を作らされ、作ったものは片っ端から大型の冷凍庫に突っ込まれた。
「こういう場合、学校って便利っすよね」
 報国院は全寮制の学校なので、当然全生徒が学食や購買を利用する。
 当然、学食には超大型の冷蔵庫がある。
 今回作った団子も、作るはしから運んで冷凍して、後から必要になったら運んで煮るそうだ。
「小豆は学食で作って、調理室で今日と同じように団子作るそうで」
「その間、ワシ等は清掃や準備じゃの。境内を駐車場にするけえ、ラインを引いたり係を決めるんじゃが、今回はかなり人数が多いから、楽ができそうじゃ」
「そうなんすか?」
 幾久が訪ねると高杉が頷いた。
「ああ。今年の桜柳祭で千鳥をSPにつこうたじゃろう?あれには祭示部の連中も多く参加しちょったんじゃが、自宅が近い連中に声をかけたら参加希望者が多く出ての」
「あ、モテたから」
「そう」
 幾久が言うと久坂が頷く。
 高杉が笑って説明した。
「連中、単純じゃからの。桜柳祭でスマートに女子を案内して、評判がえかったけえの、ぜひ今回もやりたいと」
「でも制服じゃないじゃないっすか」
 幾久が首をかしげるも、高杉は笑った。
「そこは、こういうもんがちゃあんとある」
 高杉が広げて見せたのは、真っ黒の着物の上着のようなものだった。
「これ、なんすか?」
「作務衣の上衣じゃの。コートみたいに長いし、ぬくいぞ」
 興味が出たので幾久は借りて羽織ってみた。
 短い着物のようなもので、長さは腿のあたりまで、作務衣のように前が閉じられ、腰もコートのように紐で結ぶようになっている。
 襟の部分は白い重ね襟、胸と背中には校章が刺繍してあり、かなりいい作りのもので、内布は真っ赤だ。
 腰を結ぶベルトのひもは、裏が黄色だ。
「黒いのにド派手っすね」
「じゃろう?試しに作ってみたら人気がすごくての。商品化もするらしいぞ」
「でも夜だと見えなさそうですけど」
 御堀が訪ねると高杉が言った。
「夜は安全のために反射板のついた襷とLEDのバンドを手首に巻かせるそうじゃ」
「ってことは、次の桜柳祭で使うつもりっすね?」
 幾久が言うと久坂が頷いた。
「そう。今回、アンコールを外でやって評判良かったろ?だったら来年も似たような事をするかもしれないから、早速今回で試すって方向らしいよ」
「迅速すぎっすね」
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