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【20】適材適所~愛とは君が居るということ

あの人はスノーフレーク

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 御堀が行きたいといったのは、季節のフルーツをふんだんにのせたパンケーキのお店で、確かに女性受けしそうな可愛い店内に、パンケーキも食べるのがもったいないくらい可愛いかった。
 御堀は見栄えのするパンケーキを注文し、幾久と一緒に並んで写真を撮った。
「それって営業?」
「そう、営業」
 そういって御堀はニコニコしているが、幾久はあえて突っ込むまい、と思った。
 とはいえ、パンケーキは美味しかったし、さすがに親子丼のあとにパンケーキどっさりで満腹だ。
 腹ごなしも兼ねて、駅ビルの中を散策することにした。


「雪ちゃん先輩のプレゼント、なにか決めた?」
「文房具がいいかなって思ってたんだけど」
 いざ、決めたけれど考えると難しい。
 というのも、雪充がどんな文具を使っているとか、愛用品を幾久は全く知らないのだ。
「手帳とかかっこいいけどさ」
 どうなんだろう、と幾久が言うと御堀が言った。
「雪ちゃん先輩はスケジュールは全部スマホ管理だよ」
「だよねぇ」
 確かそんな感じだった!と幾久は頷く。
「なんか情報知らない?誉」
 幾久に尋ねられ、御堀はうーん、と考える。
「イギリスの時、ピーターラビットのグッズけっこう買ってたし、自分でも持ってたから好きなんじゃない?」
 確か雪充が愛用しているボールペンが、そういえばピーターラビットだった!と幾久は思い出す。
「じゃあ決定!は、いいけど、どこに行けばあるんだろう」
 雑貨屋かな、と思っていると御堀が言った。
「スマホで調べたけど、書店で丁度英国文学フェスやってるみたい。ピーターラビットグッズもあるっぽいよ」
「すげえタイムリー。行こう」
 そうして二人は書店へと向かった。

 御堀は前原へ送る本を探しに行き、幾久は英国フェスの特別コーナーで雪充への贈り物を選ぶ事にしたのだが。
(……わりといい値段する)
 そう、便利そうなグッズやお洒落なものはあったのだが、「え?これでこの値段?!」というものが多い。
 安いものは可愛いもの、といえば聞こえはいいが、子供っぽい。
 文房具はなおさら子供っぽく、幾久は悩んだ。
 考え込んでいると、すでに買い物を済ませた御堀が覗き込んできた。
「決まった?」
「ううん。いいのはあるけどけっこうお高い」
 幾久が示すと、御堀も同じように思ったらしく「確かにけっこうするね」と頷く。
「うーん、やっぱ他のものにするかな」
 幾久が諦めかけた時、御堀が言った。
「幾、これにしなよ」
 御堀が示したのは、水色のシャツを羽織った、茶色の可愛いピーターラビットのぬいぐるみキーホルダーだった。
 片手で握るくらいのサイズで、値段もそんなに高くない。
「可愛いけど、可愛いすぎない?」
 ぬいぐるみのキーホルダーって、と幾久は思うが、御堀は自信満々に頷いた。
「絶対これがいいって。間違いなく、雪ちゃん先輩、気に入るから」
「誉がそういうならいいけど。でもこれだけじゃ寂しいよね」
 なにかないかな、と考えて幾久は思いついた。
「そうだ、ネックウォーマーとかどうかな。雪ちゃん先輩、いっつもマフラーじゃん」
「ネックウォーマーか。いいかもね」
 ネックウォーマーなら、邪魔にもならないし寮でも使える。
 受験勉強には役に立つんじゃないか。
「下の階にさ、そういうの置いてあったよね、確か」
 アウトドア用品をお洒落に並べている店舗が、確かあったはず、と幾久が言うと御堀も頷く。
「行ってみようか」
「うん」
 二人は頷き、キーホルダーを購入すると、早速アウトドアの店へ向かった。


 コンセプトが社会人の男性向けなのか、駅ビルだから洒落ているのか、値段もお高いがデザインがかなりいい商品が取り揃えてあった。
 キーケースに財布、どれもかっこいいし、雪充に似合いそうなものもあるけれど、値段がなにしろお高い。
「雪ちゃん先輩、これとか似合いそうだよなあ」
 幾久がキーケースを示すも、そこには万単位の値段が付いている。
「たっかい」
「そりゃ、革だもん」
「絶対に雪ちゃん先輩に似合いそうなのになあ、これ」
 残念がる幾久に、御堀が苦笑して言った。
「じゃあさ、雪ちゃん先輩の卒業のときに間に合ったら、プレゼントしたらいいんじゃない?冬休みにバイトでもしてさ」
「そっか。そうだよね。バイトすれば確かに買える!」
 よし、なんかバイト探そう、と考えた幾久の目に、ネックウォーマーが映った。
 スノーフレーク模様が入った、黒と灰色と白の、お洒落なネックウォーマーがある。
「これ!これかっこいい!」
「かっこいいね」
 カジュアルすぎず、かっちりもしすぎず。
 やや大人っぽいかな?とも思ったが、雪充には逆に合っている気がする。
 ただ、値段が、予算オーバーだ。
「でも買う。これがいい。絶対に似合うし」
 ちょっと予算は超えるが、絶対に無理なほどでもない。
「これにする。決めた」
「幾が決めたならそれでいいよ。きっと雪ちゃん先輩、喜ぶよ」
「うん」
 ネックウォーマーとキーホルダーなら、立派なプレゼントになる。
 幾久は満足して、買い物を終えた。


 プレゼントと、いま必要ない荷物を駅のロッカーに預け、少し身軽になって幾久と御堀は会場に向かう事にした。
 今の時間は三時前。
 今から会場に向かえば、宮部の言う時間くらいにはなるだろう。
「今からなら三時前くらいに到着するよね」
「うん。移動はバスだっけ」
「そう。すぐ判るみたいだから」
 二人で駅の近くにあるバスターミナルへと向かい、会場までのバスを調べる。
 番号の場所へ並んで、バスを待つとすぐにバスは来た。
 二人でバスに乗り、暫く博多の街を観察しながら会場へと向かった。

 さて、会場は駅から十五分足らず。
 すでに会場の周りには人が集まっており、遠くにはものすごい行列が見える。
「あれ、入場を待ってるのかな」
 あまりの人数の多さに驚くと、物販はこちらの看板が出ていた。
「えっ、あれグッズの列なんだ」
 長い長い列が、折り返しまであって人が並んでいる。
「こりゃすごいや。確かにタマが早めに行くはずだ」
「人気、本当に凄いんだね」
 幾久と御堀は驚きつつも、会場に到着した事を宮部へ伝えた。


 宮部からの返事はすぐに来た。
「えーと、メインエントランスを越えて、あっちの壁伝いに移動してくれって」
 いま、幾久たちは会場のまん前の広い通路に立っている。
 左手側に会場のメインの入り口であろうメインエントランスがあって、看板にはグラスエッジのツアータイトルと、バンドロゴが描いてあった。
 宮部の指示通り、メインエントランスの前を過ぎ、会場の角を曲がると確かに通路があるのだが、ロープで通れないようになっており、しかも、ロープの真ん前には黒いスーツの怖そうなお兄さんが立っている。
 どうなんだろう、と思ってとりあえずは怖いお兄さんの前までは移動してみた。
 お兄さんはじろりと御堀と幾久を睨みつける。
 この先は通れないのはわかってんだろうな。
 そんな目だ。
(こええ)
 鋭い目線にびくびくしながらも、宮部にメッセージを送ると、Tシャツ姿のお兄さんが走ってきたのだが、幾久は驚いた。
 五月のフェスでバイトした時に居たお兄さんだったからだ。
(確か、みなみさん、だったよな)
 幾久が思い出しているとお兄さんが近づいてきた。
「お待たせ!はいはい、ちょっとスンマセン」
 そういいながらTシャツのお兄さんは首から下げているパスを怖いお兄さんに見せた。
 お兄さんは頷き、ロープの前をTシャツのお兄さんに譲ると、ロープを持ち上げて御堀と幾久に道を譲った。
「さ、行こうか!」
 にこにことしたTシャツのお兄さんに案内され、幾久と御堀は頷き、後を付いて行ったのだった。


 ロープの張ってあった通路を少し歩き、会場の中ほどあたりから会場の内部へと入った。
「いやー今日はありがとうね、いっくん!久しぶり!」
「ほんと、おひさしぶりっス。五月はお世話になりました」
 幾久が言うと、スタッフのお兄さんは「こちらこそ!」と笑顔で答えた。
「秋は梨ありがとうね!」
「えっ、いえ、沢山あったので」
 秋に幾久は、グラスエッジ宛に梨を送っていた。
 宇佐美が送ってくれたはいいけど、けっこう大量にあって、でもなんとなかるか、と思っていたら御門寮のOBという人からも大量に届いた。
 あまりに多いのでどうしようか、と言っていたら丁度梨は喉にいいという情報を見つけて、だったら集にと、おすそ分けで送ったのだった。
「食べたんすか?」
 幾久が尋ねると、スタッフは頷いた。
「うん。ちょっとだけ食べた」
「少なかったっスか?」
 幾久が申し訳なかったな、としょんぼりすると、スタッフの人はげらげら笑って言った。
「違う違う!集もみんなも貰ったんだけどさ、アオがすげー欲張っちゃってさ。食いすぎで腹壊したの」
「ああ……」
 その名前を聞くとげんなりする。
「ほんっと、駄目な大人なんですね、相変わらず」
「まあ許してやってよ。アオはいっくんの事、世界一可愛いんだからさ。おかげで仕事もはかどるし!」
「だったらいいんスけど」
 先月も御門寮に泊まりに来たのだが、本当に相変わらず騒がしくて面倒くさい人達だった。
 いい人には間違いないのかもしれないが、大人といえばそうでもない気がする。
「みなみさんは、今日は物販じゃないんですね」
 幾久が尋ねると、お兄さんは頷いた。
「そう。今日は兄貴にこっちに回るように言われてさ」
「兄貴?」
 誰だろう、と首を傾げるとお兄さんは言った。
「俺、宮部(みやべ)南風(みなみ)。兄貴は宮部(みやべ)春樹(はるき)。似てるっしょ?」
 言われて、まじまじと見つめて、幾久はやっと気づいた。
「宮部さんの、弟さんなんすか?」
「そうそう」
 言われて見たら、確かに宮部に似ている。
「普段物販担当でさ、今日は責任者だけ。突然喋ってたら、これだと思って」
 そう言って南風(みなみ)はインカムを示した。
「判りました」
 南風は続けて言った。
「なんか困ったら俺に言ってね。ずっと一緒だから」
「はい!」
 知っている南風がいるのならちょっと安心だ。
 幾久はほっとした。
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