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【17】大安吉日~恋の為ならなんでもするよ

ロミオ様と恋と策略

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 御門寮は問題が多い。
 というのも寮の所属メンバーがどうこう、ではなく、そもそも御堀が入れる余地がないのだ。
 もともと幾久が入る前は、一年生が所属する予定もなく、ひょっとしたら寮は現在の二年生が卒業したら、廃寮になるかも、という危機的な状況ですらあったという。
 たまたま外部からの受験で、しかも最終の追加で受けた幾久がいい成績をとってしまったが故に、報国寮に入れるわけにもいかずの苦肉の策として、人数が少なく融通のきく御門寮に配属されたという。
 そして徐々に人が増えればよかったのだが、中期に入ってすぐ、恭王寮に所属していた児玉がトラブルを起こし、もしくは巻き込まれ、結果、恭王寮を退寮処分されることになった。
 問題なのは、児玉はもともと御門寮への移寮を望んでいたのだが、恭王寮のトップである桂雪充は、よりにもよって児玉を恭王寮の次世代の世話役として育てていた。
 その児玉が出て行くことになってしまい、雪充は頭を抱えてしまった。
 本来なら、ずっと御門寮に所属していた雪充は、せめて卒業は御門寮からできるように、前期、中期で跡継ぎを育てて自分は御門寮に戻る気でいたのに、肝心の児玉が御門寮へ出て行ってしまった。
 雪充にしてみたら、自分でも最良を思って判断したらしいが、やはり未練はそれなりにあるようだ。
 今は気持ちを切り替えて、二年の入江と一年の桂、服部の二人を育てている最中だ。
 それを知った、他の寮の寮長の立場の面々は、やはりそれなりに警戒するようになる。
 勿論、御堀の所属する桜柳寮もそうだった。
 二年は当然、とっくに一年に対しても、次世代は誰を中心において、誰を責任者としておくにふさわしいかを考えて人を見て育てる。
 長州という地盤は昔からそうらしい。
 とにかく人を育てるのが好きで、次世代に対する思いも強いのだそうだ。
 桜柳寮でもやはり、御堀の態度に疑問を持っている面々は出てきている。
 桜柳寮に所属しているのに、御門寮に行き過ぎではないのか、とは御堀も言われた。
 これまでは桜柳祭があるといえば、地球部の部長である高杉も居るし、舞台で競演する幾久とも関わりを持ちたいといえば、そういうものかな、で済んでいた。
 この前のピンチのときの呼び出しもそうだ。
 勿論、後からきっちり高杉や久坂は、御堀を強引に借りたことについて桜柳寮へそろって礼に来た。
 そのことについて、異論を唱えるような人は居ない。
 居ないのだが。
 ただ、桜柳寮は所属する全員が鳳クラスばかりだ。
 たまに鷹落ちしている人もいるのだが、すぐ鳳に戻るし、もともと頭のいいメンバーが揃っている。
 不平、不満をぶちまける、などと能力値の低い人がするような事は誰もしない。
 故に、なぜそれをするのか、という理由は冷静に尋ねられる。
 御堀は、三年になれば桜柳寮のトップになるのだ。
 そんな空気がもう出来上がっていた。
 桜柳祭のときはいっぱいいっぱいで逃げ出してしまったが、落ち着いてくればまた話をしようという事になっていた。
 実際、御堀は先輩に話を何度か持ちかけられたのだが、のらりくらりとかわし、逃げてきたのが現状だ。
(けど、そろそろ限界っぽいな)
 めずらしく心ここにあらずで御堀はペンを指で回しながら考える。
 先輩たちだって馬鹿じゃない。
 御堀が逃げていることにはとっくの昔に気づいている。
 桜柳寮が嫌いな訳じゃない。むしろ好きだ。
 きっと御堀は御門寮の存在を詳しく知らなければ、桜柳寮を一番好きだったろう。
 だけど、御堀が逃げ出したとき、一番居心地がよかったのは、御門寮だった。
 誰もなにも尋ねず、御堀のペースを崩さないように動いてくれた。
 それは単純に、御堀をかばってくれる幾久を、先輩たちが可愛がっているだけだ、というのは承知しているのだが、それでも御堀には嬉しかったのだ。

 第一、あの寮は海が近い。
 いつでも海に行けるし、寮の中は広く、サッカーも出来る。
 内緒だが、たまに三年の時山先輩が遊びに来たりもする、御堀にとってはなにもかもが自由すぎてあこがれた。
 報国院という学校に、そしてこの報国町という場所に一目ぼれした御堀だったが、ここにきてもうひとつ、好きなものが増えてしまった。
 御門寮だ。

 先輩たちは全員有能、二年のツートップ、経済研究部でも目立つ吉田、三年にいろんな意味で一目置かれている山縣。
 そして、御堀とロミオとジュリエットで競演した幾久は素直すぎて怖いくらいにまっすぐだ。
 児玉も同じく正義感が強く、人として正しくあろうとする。
 その窮屈さやバランスの加減だ、御堀にとっては面白く映った。
 ―――――いいな、と思った。
 あの仲間に入れたら、きっと楽しいに違いない。

 桜柳寮だって十分楽しい。先輩たちもみな頭がいいし、いろんなジャンルを知っている、いろんな仲間が居る。
 だけど、御門寮のような危うさはない。
(別に、危ないから楽しそうって訳じゃないんだけど)
 なんとなく、御門寮はバランスが悪い。
 その悪さで、微妙にうまくいっているような気がして、だから時々問題を起こす。
 それが御堀の興味を引いているのだろう。
(サッカーで考えたら、へんなチームだよ)
 御堀は思う。
 好きなサッカーで考えるなら、桜柳寮は昔から育成をちゃんとしている、歴史の長いチームだ。
 たとえば、幾久が所属していたルセロ東京などはその通りで、名門であり、サッカー少年なら、名前を聞くだけで凄い、となるだろう。
 そして御門寮は、歴史がありつつも、どうも曲者が多いイメージだ。
 他のチームが真似をしたら一発で最下位におちてしまうのではないか、という戦術を使って、ぎりぎりのラインで勝っているようなイメージがある。
 桜柳寮は、たとえば他に有能な生徒が居れば誰かで埋め合わせは可能な気がする。
 恭王寮なんかもそうだった。
 だけど御門寮はそうじゃない、絶対に今の面々でなければならないような、そんな気がする。
 常に互いの信頼関係がないと成り立たないような。
(けっこう、濃い上に、そのくせ兄弟や家族じゃないとか言ってるし)
 幾久は以前、御門寮の先輩に甘えてしまい、結果トラブルを起こした前科がある。
 といっても、それはタイミングとたまたまの結果であって、誰がおこしてもおかしくない問題だった。
 親しすぎるが故の、距離感の間違いが起こしたエラーであって、一度きちんと考えれば、もうミスを起こすこともない。
 そうしてきちんと考えた幾久は、すでにもともとの関係を取り戻していたのだが、その考え方は御堀にとって、というより普通に考えてもシビアなものだった。
 そのシビアさは、自覚はないが元々考え方がシビアな幾久にはぴったりはまったのだろう。
 今では先輩たちといっそう仲良くなっているし、毎日楽しそうに遠慮なくはしゃいでいる。
(幾と、もっと仲良くなりたい)
 御堀は誰かにそう思ったことがなかった。
 良くも悪くも、自分は淡白だったな、と今は思う。
 誰かに興味を持つこともなかったし、興味を持つ必要も感じなかった。
 サッカー選手にあこがれるとか、三年の雪充みたいになるためにはどうすれば、と考えることはあっても、級友に対して『仲良くなりたい』なんて思ったこともなかった。
 御堀は幾久を好きになっていた。
 地球部に無理やり所属させられた幾久を、最初はなぜだろうと思って観察していた。
 これといって目立ったところもないし、クラスは中期には鷹とはいえ、前期は鳩。
 それなのに、二年の高杉や久坂、三年の雪充といった、報国院でもはえぬきのメンバーは幾久を可愛がっていた。
 なぜだろうと思っていると、幾久自身は、「先輩たちのなくなった大事な人に似ているから、らしいよ」という理由で贔屓されていると笑っていたが、御堀から見たら全くそうは見えなかった。
 雪充も、高杉も、久坂も、幾久を全力で育てているとしか見えなかった。
 そう器用でもない幾久をどうして、と御堀は別に嫉妬するでもなく見ていたのだが、その疑問に高杉が先に気づき、御堀に語った。
『あれは、よくもわるくも素直なんじゃ。じゃけ、ワシ等がなにかしでかしたら、素直に聞いてくるぞ。なんでそんなことするんですか、っての』
 素直なんて子供みたいじゃないか。
 そう思った御堀だったが、高杉や久坂の態度を見て、そして雪充の行動を見て、気づいたことがあった。
 幾久は素直に物事を見る。
 つまり、フィルターがかからない。
『あの先輩は有能だ』という情報が、鳳にはかかっている。
 当然だろう、タイの色からして違い、教室も所属寮も違う。
 そんな鳳に対しても、幾久は常に自分の情報だけを頼りに判断する。
 だから、御堀に対しても、最初は素直に『なんかできそう、なんでも出来る王子様』として見ていてくれたが、御堀が逃げ出した時に『なんでも出来るのに、なんで逃げたんだろう』とは考えなかった。

 なぜあの時、僕になにも尋ねなかったの。

 御堀が幾久に尋ねたとき、幾久は笑って言った。

 だって、なんでも出来る誉が逃げ出すくらい大変だったんだろ?じゃあ、ものすっごく大変なんじゃん。
 そりゃ誉じゃなかったらもっと早く逃げちゃってるよ。そんなの聞かなくったって判るだろ。

 優秀なくせになぜ。
 そんな言葉を言わなかった。
 逃げたんだから大変だった。
 その事実だけを見て、じゃあ大変なんだ、と考えてくれる。
 御堀がどんな人間であるか計るものさしを、自分のものを使わずに御堀の言葉を信じてくれる。
 そんな人は、姉以外に御堀は見たことがなかった。

 ―――――だから、幾の言葉は信じる

 御堀は幾久にそう言った。
 言葉なんかいくらでも嘘がつける。
 御堀はよく知っている。
 だけど、幾久にはそれを、引っ込めるのだと決めた。
 幾久が嘘をつかないからではない。
 幾久の言葉の使い方を、御堀は信じたからだ。
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