236 / 416
【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです
嫌いな奴と仲良くしろなんて歪んでる
しおりを挟む
いつの間にか長井は風呂を上がっていた。
判っていたけれど、一言すら伝えにこない事に、全員呆れたが、もうあきらめることを覚えていた。
「大人でアレって、本当にどうかしてる」
呆れる幾久に、栄人が首を振った。
「仕方ないよ。ああいう手合いは一定数いるもんだし」
「確かにそういうものかもっすね」
児玉が頷く。児玉にとっては判りすぎるくらい、判りやすい相手なのだろう。
「話し合いができればどうにかなっても、話する気もなければ、自分の考えが正しいと思ってる奴とはどうにもできないよ。諦めるしかない」
「誉でもやっぱ無理なんだ」
「無理だね。ただ、お互いに無理って判ってれば関わらずに済んでそれはそれで平和なはずなんだけど」
御堀の不思議な言い回しに幾久はひょこんと頭を上げた。
「え?どういう意味?」
御堀は続けた。
「長井先輩が僕らを嫌いで、僕らも長井先輩を嫌いなら、お互い関わらないようにするよね」
「わかる!ガタ先輩ってそういうポジションだもん!」
「お前が俺をどう思ってるかはよく判ったわ」
長井の後に入浴した山縣はさっさと上がってきていた。
「わータイミング良すぎ。いまガタ先輩の悪口言ってたんす」
「大丈夫だ後輩、ちゃんと聞こえてたぞ」
「あ、じゃあおれ次に入ってくる」
栄人が立ち上がった。
「じゃあお前らはアイツの後に順番で風呂入れ。俺は寝ねーから、明日は早く帰って来い」
「うす、了解っス」
「じゃーな」
山縣はそう言って自室へと戻って行った。
残された一年生三人は、お茶を飲んで一息つく。
「なんかばたばたしてた。桜柳祭みたいだった」
「ほんとそれな。久しぶりの空気感だったわ」
幾久と児玉が言うと、御堀も頷いた。
「桜柳祭の時は、やらなくちゃ!って責任感重かったけど、こういう立場いいね。お祭りみたいで」
「誉は責任感強すぎだからなー。そういうトコ、雪ちゃん先輩そっくり」
幾久が言うと児玉も頷いた。
「判る。そういう所は元恭王寮の俺から見ても、似てるって思う」
「なんか今更だけど、強引に呼びつけてごめん」
幾久が謝ると、御堀はいいよ、と笑った。
「協力はするよ。面白そうだし、役に立つことがあるかもしれないし」
それに、と御堀は続けた。
「ちょっと気になるんだ。さっきも言ったけど、お互いに気にいらないなら関わるまいとするはずなのに、どうしてわざわざ嫌いな奴を逆なでするような事をするのかっていうのが興味があってね」
御堀は興味深そうにそう言ったが、幾久はなぜそんな事に興味を持つのかが判らなかった。
翌朝になった。
高杉と久坂の居ない朝は少し妙な感じがしたが、代わりに御堀がいると、ちょっとほっとする。
長井はまだ起きていないらしく、そして誰もわざわざ起こすつもりもないらしい。
栄人が幾久に尋ねた。
「ガタの朝食、どうしようか」
「オレのスマホに持ってくるよう指示入ってますんで、持っていきます」
「やっぱ起きてるのか」
児玉が言うと、幾久はそりゃね、と言う。
「ガタ先輩、言ったからには絶対やるもん。さて、ごはんごはん」
幾久は山縣の指示通り、朝食を運びに行った。
「ガタ先輩、あさごはんっすよ」
「おー、いま開けるわ」
がちゃがちゃっという音がして扉が開く。
「マジで起きてんすね」
「起きてるに決まってんだろ」
「うっかり寝落ちしないように気を付けてくださいよ」
幾久が言うと山縣がモニターを示した。
「心配ねえよ。大佐が付き合ってくれるからな。リアルタイムで見張り中だ」
えっと部屋を覗き込むと、インカムを付けた人がモニター越しに見えた。
「大佐?!お久しぶりッス!」
『おお、後輩殿でごわすな!おひさしブリーフ!』
「また変な言葉にハマってんすか」
幾久は呆れるも、変わらないテンションと笑顔に思わず頭を下げた。
『事情はガタ殿にうかがっているでごわすよ!この不肖東大理三現役でよろしければ、協力しまくりんぐでごわす!』
「ホンっとお祭り好きっすね」
呆れはするが、山縣をサポートしてくれるのが大佐と言うのは有難い。
「ってなわけで、授業、受験勉強、見張り、同時進行でやってやっからよ、さすがの俺様も夕方までがリミットだ。できるだけ帰りは急げよ。状況はてめーのスマホに報告すっからよ」
「ウス!頼りにしてるッス!」
じゃあ、と言って幾久は山縣の部屋の扉を締めると、すぐにカチッという音がした。
「ほんっと用心してるなあ」
あれだけ用心していたら、そうそう長井は手を出せないだろう。
(でも、長井先輩、ほんとマジでなに探してるんだろう)
もしノートか本なのだとしたら、それは一体どういうものなのだろうか。
杉松達が卒業し、やれやれと思っていた。
毛利、宇佐美、椿、全員無事卒業し、これで面倒な連中はいなくなった。
杉松を心酔していた青木なんかも静かになるだろうし、気は楽になるな。
あとは一年を最初から締め上げておけばいいだけだ。
そう思っていた長井だったが、とんでもなかった。
元々、昔から盛り場に近い場所を遊び場にしていて、そのせいで柄の悪い連中とも付き合いがあった三吉は、暴力に長けていた。
あっという間に寮では三吉の恐怖政治が始まった。
三吉は杉松の前では相当猫をかぶっていたのだと、卒業後に長井は知った。
飲酒、喫煙、暴力。
毛利の方がよっぽどわきまえていた。
手加減と無茶を知らないやつのほうが、タチが悪いのだと、そうなって初めて気づく。
三吉と最初からうまくやっていた犬養は勿論揉めることもなかったし、三吉の飲酒も喫煙も咎めなかった。
吸う場所を決めろと言うくらいで。
二年になった青木、福原、来原は元々三吉と仲が良かったし、新しく入ってきた一年は、皆、青木達に懐いた。
ロックが好きで音楽が好きだとずっとはしゃいでいた。
結局長井は、望んだとおり、部屋にほとんど引きこもったまま残り一年の生活を終えた。
互いに関わらなかった。
それだけの事だった。
これからもそうするはずだったのに、今更、自慢しか能がない母親のせいで、ばかげたことをしなければならなくなった。
(あんなもん、さっさと処理しとけば)
そう後悔しても遅い。
だからこうして、この場所に戻ってきてしまった。
二度と足を踏み入れたくなかった、この街に、学校に、寮に。
さっさとあんなものを捨ててしまおう。
そしてもう、二度と帰ってこない。
幾久達は学校に向かい、御堀とは教室前で別れた。
昼に食事しながら作戦を考えようと約束していたら、高杉からも連絡が入った。
結局、今日は休んでいる山縣以外の御門寮メンバーと、御堀が参加する形で学食に集合した。
幾久はスマホを出し、皆に報告した。
「ガタ先輩からの報告っスけど、変わった様子はないみたいです。麗子さんからも長井先輩に、後輩のものに触らないようにって注意して貰ったし、オレらが帰るまで出来る限り寮の中で注意してくれるそうです」
「麗子さん、たのもしー!」
「長井の様子はどうなんじゃ?」
高杉の問いに幾久が答えた。
「なんかずーっと寮でチェロ弾いてるそうです」
「ま、明日が本番だからね」
明日は勤労感謝の日で、そのコンサートさえ終われば長井はいなくなる。
「しかし、一体何を探しちょるんじゃろうの」
高杉が首を傾げる。
「判らないね。わざわざ自分で来るあたり、相当見られちゃまずいものなのかなって思うけど」
久坂も言うが、見当もつかないらしい。
全員がうなっていると、高杉のスマホに連絡が入った。
「殿からじゃ。幾久、お前に用事じゃと。飯を食い終ったらでええから、職員室に来て欲しいそうじゃ」
「えぇー、なんかもうすっごい面倒くさい」
「悪いが頼むぞ。ああ見えて心配性なんじゃ」
「判ってますけどさー」
仕方ないな、と幾久は席を立った。
「じゃ、オレ職員室行ってきます。なんかあったら帰りに教えて」
「わかった」
「任せろ」
御堀と児玉が頷き、皆、うなづき会議に戻った。
「ご無礼しまーっす」
職員室に入ると、毛利と三吉が待っていた。
「おー、わりーな乃木。わざわざ来て貰って」
「別にいっすけど」
三吉もどこか心配げに見ているし、ちょっと離れた席には玉木が座っていた。
「ところで長井、どうだ」
「どうだって。普通に嫌な奴っすよ」
「やっぱりか」
はーっと毛利はため息をつくが、三吉は苦笑して言った。
「乃木君は容赦ないなあ」
「だって他に表現しようがないっす。オレの事杉松さんと間違えるし、バカみたいな嫌味言うし。勿論やり返しましたけど」
「うわそれ見てえなあ」
そう言ったのは三吉で、毛利がたしなめた。
「みよ、一応生徒の前では本音やめろ」
「だって私アイツのこと嫌いですし」
「俺もだよ。でも教育上よろしくねえだろ」
毛利が言うと、玉木が言った。
「あら、そうかしら?嫌いな奴と仲良くしろっていうほうが歪んでいるように思えるけど」
「たまきんが言うと説得力出ちゃうからやめて?我慢することを教えるのも大事な教育なの!」
「程度ものよね」
玉木が言うと、毛利もそこは頷いた。
「そう、程度ものなんだよ。俺だって実際さ、お前自身の問題なら手助けなんかしねーけどよ。長井は杉松の事、ネチネチネチネチ言ってくるだろーと思うのよ」
「もう言ってますよ」
教育に悪いと言いながら、幾久の事だったらほっとくって、そっちのほうが先生らしくないじゃないか、と思ったが面倒なので当然黙っておく。
「だからさ、ま、だから理不尽だなー、これさすがにオレの問題じゃなくね?面倒くせーなーって思ったら昨日も言ったけどちゃんと呼べよ。どうにかしてやっから。出来る事限定で」
「たのもしいっす」
幾久が言うと毛利が答えた。
「わー、心がこもってなーい」
なんだよ、と毛利は言うも、幾久はけろっとして言った。
「まあ、困った時とかは有難く助けて貰うッス」
そういえば毛利にそんな事を言われていたが、昨日はあまりに頭にきすぎてすっかり抜け落ちていた。
「お前にはとばっちりで悪りーな」
「別にいっすよ」
幾久が言うと三吉は少し楽しそうに言った。
「乃木君はそういうの嫌いかと思った」
「好きじゃないっすよ。でも、全部とばっちりでもないなって」
毛利と三吉が顔を見合わせると、幾久は言った。
判っていたけれど、一言すら伝えにこない事に、全員呆れたが、もうあきらめることを覚えていた。
「大人でアレって、本当にどうかしてる」
呆れる幾久に、栄人が首を振った。
「仕方ないよ。ああいう手合いは一定数いるもんだし」
「確かにそういうものかもっすね」
児玉が頷く。児玉にとっては判りすぎるくらい、判りやすい相手なのだろう。
「話し合いができればどうにかなっても、話する気もなければ、自分の考えが正しいと思ってる奴とはどうにもできないよ。諦めるしかない」
「誉でもやっぱ無理なんだ」
「無理だね。ただ、お互いに無理って判ってれば関わらずに済んでそれはそれで平和なはずなんだけど」
御堀の不思議な言い回しに幾久はひょこんと頭を上げた。
「え?どういう意味?」
御堀は続けた。
「長井先輩が僕らを嫌いで、僕らも長井先輩を嫌いなら、お互い関わらないようにするよね」
「わかる!ガタ先輩ってそういうポジションだもん!」
「お前が俺をどう思ってるかはよく判ったわ」
長井の後に入浴した山縣はさっさと上がってきていた。
「わータイミング良すぎ。いまガタ先輩の悪口言ってたんす」
「大丈夫だ後輩、ちゃんと聞こえてたぞ」
「あ、じゃあおれ次に入ってくる」
栄人が立ち上がった。
「じゃあお前らはアイツの後に順番で風呂入れ。俺は寝ねーから、明日は早く帰って来い」
「うす、了解っス」
「じゃーな」
山縣はそう言って自室へと戻って行った。
残された一年生三人は、お茶を飲んで一息つく。
「なんかばたばたしてた。桜柳祭みたいだった」
「ほんとそれな。久しぶりの空気感だったわ」
幾久と児玉が言うと、御堀も頷いた。
「桜柳祭の時は、やらなくちゃ!って責任感重かったけど、こういう立場いいね。お祭りみたいで」
「誉は責任感強すぎだからなー。そういうトコ、雪ちゃん先輩そっくり」
幾久が言うと児玉も頷いた。
「判る。そういう所は元恭王寮の俺から見ても、似てるって思う」
「なんか今更だけど、強引に呼びつけてごめん」
幾久が謝ると、御堀はいいよ、と笑った。
「協力はするよ。面白そうだし、役に立つことがあるかもしれないし」
それに、と御堀は続けた。
「ちょっと気になるんだ。さっきも言ったけど、お互いに気にいらないなら関わるまいとするはずなのに、どうしてわざわざ嫌いな奴を逆なでするような事をするのかっていうのが興味があってね」
御堀は興味深そうにそう言ったが、幾久はなぜそんな事に興味を持つのかが判らなかった。
翌朝になった。
高杉と久坂の居ない朝は少し妙な感じがしたが、代わりに御堀がいると、ちょっとほっとする。
長井はまだ起きていないらしく、そして誰もわざわざ起こすつもりもないらしい。
栄人が幾久に尋ねた。
「ガタの朝食、どうしようか」
「オレのスマホに持ってくるよう指示入ってますんで、持っていきます」
「やっぱ起きてるのか」
児玉が言うと、幾久はそりゃね、と言う。
「ガタ先輩、言ったからには絶対やるもん。さて、ごはんごはん」
幾久は山縣の指示通り、朝食を運びに行った。
「ガタ先輩、あさごはんっすよ」
「おー、いま開けるわ」
がちゃがちゃっという音がして扉が開く。
「マジで起きてんすね」
「起きてるに決まってんだろ」
「うっかり寝落ちしないように気を付けてくださいよ」
幾久が言うと山縣がモニターを示した。
「心配ねえよ。大佐が付き合ってくれるからな。リアルタイムで見張り中だ」
えっと部屋を覗き込むと、インカムを付けた人がモニター越しに見えた。
「大佐?!お久しぶりッス!」
『おお、後輩殿でごわすな!おひさしブリーフ!』
「また変な言葉にハマってんすか」
幾久は呆れるも、変わらないテンションと笑顔に思わず頭を下げた。
『事情はガタ殿にうかがっているでごわすよ!この不肖東大理三現役でよろしければ、協力しまくりんぐでごわす!』
「ホンっとお祭り好きっすね」
呆れはするが、山縣をサポートしてくれるのが大佐と言うのは有難い。
「ってなわけで、授業、受験勉強、見張り、同時進行でやってやっからよ、さすがの俺様も夕方までがリミットだ。できるだけ帰りは急げよ。状況はてめーのスマホに報告すっからよ」
「ウス!頼りにしてるッス!」
じゃあ、と言って幾久は山縣の部屋の扉を締めると、すぐにカチッという音がした。
「ほんっと用心してるなあ」
あれだけ用心していたら、そうそう長井は手を出せないだろう。
(でも、長井先輩、ほんとマジでなに探してるんだろう)
もしノートか本なのだとしたら、それは一体どういうものなのだろうか。
杉松達が卒業し、やれやれと思っていた。
毛利、宇佐美、椿、全員無事卒業し、これで面倒な連中はいなくなった。
杉松を心酔していた青木なんかも静かになるだろうし、気は楽になるな。
あとは一年を最初から締め上げておけばいいだけだ。
そう思っていた長井だったが、とんでもなかった。
元々、昔から盛り場に近い場所を遊び場にしていて、そのせいで柄の悪い連中とも付き合いがあった三吉は、暴力に長けていた。
あっという間に寮では三吉の恐怖政治が始まった。
三吉は杉松の前では相当猫をかぶっていたのだと、卒業後に長井は知った。
飲酒、喫煙、暴力。
毛利の方がよっぽどわきまえていた。
手加減と無茶を知らないやつのほうが、タチが悪いのだと、そうなって初めて気づく。
三吉と最初からうまくやっていた犬養は勿論揉めることもなかったし、三吉の飲酒も喫煙も咎めなかった。
吸う場所を決めろと言うくらいで。
二年になった青木、福原、来原は元々三吉と仲が良かったし、新しく入ってきた一年は、皆、青木達に懐いた。
ロックが好きで音楽が好きだとずっとはしゃいでいた。
結局長井は、望んだとおり、部屋にほとんど引きこもったまま残り一年の生活を終えた。
互いに関わらなかった。
それだけの事だった。
これからもそうするはずだったのに、今更、自慢しか能がない母親のせいで、ばかげたことをしなければならなくなった。
(あんなもん、さっさと処理しとけば)
そう後悔しても遅い。
だからこうして、この場所に戻ってきてしまった。
二度と足を踏み入れたくなかった、この街に、学校に、寮に。
さっさとあんなものを捨ててしまおう。
そしてもう、二度と帰ってこない。
幾久達は学校に向かい、御堀とは教室前で別れた。
昼に食事しながら作戦を考えようと約束していたら、高杉からも連絡が入った。
結局、今日は休んでいる山縣以外の御門寮メンバーと、御堀が参加する形で学食に集合した。
幾久はスマホを出し、皆に報告した。
「ガタ先輩からの報告っスけど、変わった様子はないみたいです。麗子さんからも長井先輩に、後輩のものに触らないようにって注意して貰ったし、オレらが帰るまで出来る限り寮の中で注意してくれるそうです」
「麗子さん、たのもしー!」
「長井の様子はどうなんじゃ?」
高杉の問いに幾久が答えた。
「なんかずーっと寮でチェロ弾いてるそうです」
「ま、明日が本番だからね」
明日は勤労感謝の日で、そのコンサートさえ終われば長井はいなくなる。
「しかし、一体何を探しちょるんじゃろうの」
高杉が首を傾げる。
「判らないね。わざわざ自分で来るあたり、相当見られちゃまずいものなのかなって思うけど」
久坂も言うが、見当もつかないらしい。
全員がうなっていると、高杉のスマホに連絡が入った。
「殿からじゃ。幾久、お前に用事じゃと。飯を食い終ったらでええから、職員室に来て欲しいそうじゃ」
「えぇー、なんかもうすっごい面倒くさい」
「悪いが頼むぞ。ああ見えて心配性なんじゃ」
「判ってますけどさー」
仕方ないな、と幾久は席を立った。
「じゃ、オレ職員室行ってきます。なんかあったら帰りに教えて」
「わかった」
「任せろ」
御堀と児玉が頷き、皆、うなづき会議に戻った。
「ご無礼しまーっす」
職員室に入ると、毛利と三吉が待っていた。
「おー、わりーな乃木。わざわざ来て貰って」
「別にいっすけど」
三吉もどこか心配げに見ているし、ちょっと離れた席には玉木が座っていた。
「ところで長井、どうだ」
「どうだって。普通に嫌な奴っすよ」
「やっぱりか」
はーっと毛利はため息をつくが、三吉は苦笑して言った。
「乃木君は容赦ないなあ」
「だって他に表現しようがないっす。オレの事杉松さんと間違えるし、バカみたいな嫌味言うし。勿論やり返しましたけど」
「うわそれ見てえなあ」
そう言ったのは三吉で、毛利がたしなめた。
「みよ、一応生徒の前では本音やめろ」
「だって私アイツのこと嫌いですし」
「俺もだよ。でも教育上よろしくねえだろ」
毛利が言うと、玉木が言った。
「あら、そうかしら?嫌いな奴と仲良くしろっていうほうが歪んでいるように思えるけど」
「たまきんが言うと説得力出ちゃうからやめて?我慢することを教えるのも大事な教育なの!」
「程度ものよね」
玉木が言うと、毛利もそこは頷いた。
「そう、程度ものなんだよ。俺だって実際さ、お前自身の問題なら手助けなんかしねーけどよ。長井は杉松の事、ネチネチネチネチ言ってくるだろーと思うのよ」
「もう言ってますよ」
教育に悪いと言いながら、幾久の事だったらほっとくって、そっちのほうが先生らしくないじゃないか、と思ったが面倒なので当然黙っておく。
「だからさ、ま、だから理不尽だなー、これさすがにオレの問題じゃなくね?面倒くせーなーって思ったら昨日も言ったけどちゃんと呼べよ。どうにかしてやっから。出来る事限定で」
「たのもしいっす」
幾久が言うと毛利が答えた。
「わー、心がこもってなーい」
なんだよ、と毛利は言うも、幾久はけろっとして言った。
「まあ、困った時とかは有難く助けて貰うッス」
そういえば毛利にそんな事を言われていたが、昨日はあまりに頭にきすぎてすっかり抜け落ちていた。
「お前にはとばっちりで悪りーな」
「別にいっすよ」
幾久が言うと三吉は少し楽しそうに言った。
「乃木君はそういうの嫌いかと思った」
「好きじゃないっすよ。でも、全部とばっちりでもないなって」
毛利と三吉が顔を見合わせると、幾久は言った。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!
いーじーしっくす
青春
赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。
しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。
その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。
証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。
そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。
深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。
拓真の想いは届くのか? それとも……。
「ねぇ、拓真。好きって言って?」
「嫌だよ」
「お墓っていくらかしら?」
「なんで!?」
純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!
思春期ではすまない変化
こしょ
青春
TS女体化現代青春です。恋愛要素はありません。
自分の身体が一気に別人、モデルかというような美女になってしまった中学生男子が、どうやれば元のような中学男子的生活を送り自分を守ることができるのだろうかっていう話です。
落ちがあっさりすぎるとかお褒めの言葉とかあったら教えて下さい嬉しいのですっごく
初めて挑戦してみます。pixivやカクヨムなどにも投稿しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる