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【16】バッハの旋律を夜に聴いたせいです

ほらまた面倒くさいことだ

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 毛利から呼び出しをくらった時に幾久が思ったのは、なにかしたかな、ではなくまた面倒を押し付ける気だな、という事だ。
 なので、OBの先輩が来るから適当に頼むと言われたときについ口から出てしまった。
「またっすか」
「またってなんだよ。今度はオメーの知らない奴だぞ?」
「いや、常に知らない人ばっかりなんで」
 報国院は全寮制の男子高校だ。
 昔からの伝統ある学校のせいで、いろいろ変な決まり事があったりするのだが、その中でも変わっているのは、学生時代に所属していた寮に、泊まることが出来るというものだった。
 ゴールデンウィークはそれでいろいろ大変だった。
 面白くはあったし退屈もしなかったけれど、じゃあまた同じ目に遭いたいかと言えばお断りしますだ。
 幾久は所属している御門寮が大好きだ。
 人数は少ない、自由度は高い、学校から遠いのが難点だが慣れてしまえばどうということもないし、静かで過ごしやすくて寮母さんのご飯がおいしい。
 しかしOBの先輩たちが来るとそうはいかなくて、うるさい、騒がしい、やかましい、面倒くさい。
「そもそもなんでオレを呼ぶんスか?ウチの総督はハル先輩だか、ガタ先輩っすよね?」
 責任者はそっちなのだから、そっちに言えばいいのに、と幾久は思う。
「いや、それはもう言ってあんの。問題ねーの」
「だったらわざわざオレなんか呼ばないで下さいよー」
 もー、とむくれる幾久に、三吉が椅子を勧めてきた。
「乃木君、座って」
「あ、どうもっす」
 椅子に座ると、なぜか三吉も毛利の傍に移動してきた。
(あれ?ひょっとして深刻な話?)
 毛利だけならともかく、三吉まで近づいてくるとなるとなんだか面倒な話なんだろうか。
 おまけになぜか、コーヒーまで勧められた。
 あと、お菓子も出された。
「ひょっとしなくても、面倒くさい話ッスね?」
 お菓子はよく食べる生姜煎餅だったので、幾久はそれをばりばり食べた。
「その通り。クソ面倒くさい話でな」
 毛利の言葉に三吉も頷いて言った。
「とにかく、乃木君には面倒になるだろうことは間違いなくてね」
「どうにかそれ逃げることできねーんすか?」
 面倒なのは嫌だなあと思って二人を見たが、二人が同時に首を横に振った。
「正直言うと断りてえんだが、大人の事情でそうもいかねーって奴でな」
「報国院のお決まりと言う奴には逆らえなくて。というわけで乃木君に面倒がおきるんだよ」
「はあ」
 よくわからないが、毛利で三吉でもダメということは、本当にどうしようもないのだろう。
 じゃあ仕方がない。
 折角前もって面倒を教えてくれるのなら、どうにかしないとなーと幾久は煎餅を頬張る。
「で、どういう面倒がおこるんスか?」
 判っているならどうにかするので教えて欲しいとそう思って尋ねると、毛利が言った。
「お前、いじめられるんだよ」
 んん?と幾久は首を傾げた。


「幾、話なんだったの?」
 御堀に言われ、幾久は腕を組んだ。
「なんかめんどくさい話」
 幾久が答えると三吉が言った。
「いっくん、説明するのが面倒なやつだ」
「その通り」
 実際そうなのだ。
 毛利や三吉に言われたのは、ものすごく面倒くさい目に幾久が巻き込まれると言う予言めいたものだった。
「でも叱られたわけじゃねーんだろ?」
 山田が言うので幾久は頷く。
「むしろお願いされた系。あとこれ貰った」
 抱えた袋を出すと、一年生がわっとたかる。
「生姜煎餅だ!」
 それぞれが煎餅を貰い、ばりばりとおやつを食べ始める。
 ここは地球部の部室だ。
 桜柳祭も終わり、片づけも済ませ、やれやれと日常生活に戻ったのに放課後なぜか、部室に集まることが多くなっていた。
 これまでは寮に帰ることが多かったのだが、桜柳祭で互いに違うクラスであっても仲良くなったりして、どの寮でも学年でも、部室に居れば誰かと会えるとあって、放課後はたまり場のようになっていた。
 部活をするでもなく、他に用事がなければなんとなく集まって、話をしたり勉強をしたり。
「煎餅いっぱいあるなあ。昴に差し入れてくる」
「おー行ってらっしゃい」
 品川が煎餅をいくつか持って、服部の居る技術開発部へ向かった。
 服部はメカおたくで、桜柳祭が終わると地球部ではなく技術開発部のほうへ行っている。
 それでも週に一度、二度は必ず顔をのぞかせて、なにをするでもなく部室に居たりするので地球部が好きなのかもしれない。
「そうそう、俺今度からホームエレクトロニクス部入るんだよ」
 山田が言うと、皆が驚いた。
「ホーム部に?なんで?」
「料理するの?」
 ホームエレクトロニクス部とは、家庭科部の事だ。
 料理をしたり、手芸をしたり、いろんなことを学ぶ。
 桜柳祭でも地球部の使った衣装の一部の飾りやなんかはホームエレクトロニクス部が作成したものだった。
 山田が首を横に振る。
「そうじゃない。裁縫を学ぶ」
「裁縫?!」
「なんで?!」
 山田の意外な宣言に、皆驚く。
「俺さあ、なんで地球部入ったかっていうと、ヒーロースーツ着たかったからなんだよな」
「そう言ってたね」
 山田は特撮ヒーローが大好きで、変身ガジェットをいつも持ち歩いて、変身ポーズも完璧に覚えているくらいヒーローおたくだ。
「ロミジュリの衣装作った松浦先輩いるじゃん」
「ああ、ウィステリアの」
 報国院の生徒の制服も作っている、テーラー松浦の孫娘の松浦は、今回の衣装の功労者だった。
 御堀と幾久の見事な衣装をボランティアで作り上げ、桜柳祭の中日では改造までしてしまった、要するに衣装オタクである。
「ホームエレクトロニクス部なら、手芸もやってるしコスプレ衣装も作ってOKだから、所属したらどうかって言われて。うちの先輩に聞いたら作っても全然OKっていうから、もう自分で作ろうかと思ってさ」
「えー!ヒーロースーツ、手芸で作れるの?」
 幾久が驚くと、山田が頷いた。
「松浦先輩と、うちの先輩が言うには、時間さえかければ出来るんだって。学校も企画書出して、通ったら予算組んでくれるっていうから、じゃあそっちやろうと」
「すげー、マジで作っちゃうんだ」
 三吉が驚くと山田も頷いた。
「俺だって作れるとは思ってなかったよ。でも大人のコスプレーヤーの人紹介して貰ったんだけど、スゲーの!本物みたいに作ってあってさ。てっきり、頼まないと作れないって思ってたけど、自分で作れるなら、作りたいって思ってさ。あと、電飾とか昴が考えてくれるっていうからもうこれ本物できるじゃんって思って」
「確かに」
 昴は物静かで大人しいが、機械類に関する知識は半端ない。
 校内でも調子の悪い機器があったら、調べに行ってくれと頼まれるほどだ。
「余裕がありそうなのって、期末さえクリアすれば後期くらいのもんだろ?だからいろいろやっておきたいなって思ってさ」
 桜柳祭が終わったので心配なのは中期の期末くらいのものだ。
 そして後期に入れば試験は一度しかない。
 冬は報国院生にとって、思いっきり遊べる時期だった。
「そっかー。みんなやりたいことあるんだスゲーな」
「いっくんはサッカーしないの?」
 三吉の問いに幾久は頷く。
「遊ぶくらいならいいけど、今更本格的になんてしないよ。っていうかできないし」
「そうかなあ。桜柳祭の時凄かったじゃん」
 三吉が言うと山田も頷いた。
「そーそー!いきなりあんなこと対応できるとかスゲーよ」
 桜柳祭、アンコールが鳴りやまず、幾久の提案で、境内で抜粋公演を行ったのだが、その際にサッカーボールを投げつけられた。
 犯人は野山と岩倉という、幾久と児玉につっかかってきていた連中だった。
 しかし幾久のとっさの対応と御堀の判断で、リフティングしながら演技をしたことによって、問題は表ざたにならずに済んだ。
 桜柳祭の後、犯人である二人は玉木の発案で、今回の桜柳祭に関わったメンバーの前で(形ばかりだが)謝罪をし、三年の周布が預かるという事で手打ちとなった。
「まあ、声かけてくれた子がいたからね」
 幾久にぶつけられたボールは、ハナノスケという少年のものだった。
 が、彼も被害者で、自分の大切なボールを野山と岩倉によって奪われ、幾久に投げつけられてしまった。
 しかしハナノスケ少年が幾久に向かって叫んでくれたおかげで、幾久もすぐ対応できたし、誤魔化すことが出来た。
「それでもあの暗い中で対応できるのは凄い」
 山田が言うと、幾久が笑った。
「いや、ライトはあったからナイター練習みたいなもんだし、ボールが来るとわかれば反応はできるよ」
「でも動揺しなかったのはけっこう図太いよね」
 御堀がくすっと笑って言うと、幾久はむくれた。
「むしろ誉がそうしろって言ったじゃん」
「言ってないけど」
「雰囲気であそぼーって言ってた」
「まあそうだけど」
 御堀と幾久のやりとりを見て、三吉が言った。
「二人とも、図太いのはよく判った」
「サッカーではそうじゃないと勝てないし」
 幾久の言葉に、御堀がぷっと噴き出した。


 だらだらと地球部の部室で過ごしていると、久坂と高杉が入ってきた。
「幾久、おるか。おったの」
「何スカ?」
「今から一緒に帰らない?」
 久坂の誘いに頷く。
「別にいっすけど」
 特に用事があっていたわけでもないし、帰りたくない訳でもない。
 この二人が誘いに来たと言うことは、さっき毛利に聞いた話と関係あるのだろう。
「じゃあオレ、先輩と帰るわ」
 幾久が言うと、部室に居た面々が頷いた。
「じゃあねーいっくん」
「また明日ね、幾」
「明日なー」
「うん」
 挨拶して扉を閉め、久坂、高杉と一緒に幾久は地球部を後にした。
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