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【15】相思相愛~僕たちには希望しかない
近づくさよならと出逢い
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御堀が尋ねた。
「幾、なんでそこまで言い切れるの?」
御堀の質問に幾久は笑った。
「だってさ、ボールがオレに投げつけられた瞬間に、『ボール!』って叫んだの、キミだろ?」
はい、と幾久は少年にボールを渡す。
「……なんでわかったんすか」
少年の質問に幾久は笑って答えた。
「だってキミ、すげー通る綺麗な声してんじゃん」
幾久の言葉に、御堀も頷く。
「そういえば、確かに」
児玉も頷く。
「そういやそうだな」
「さっき話しかけて来たときすぐ判ったよ。あ、キミかって」
試合中、誰の声を聞いてボールの方向を判断するなんて、ずっとやっていたことだ。
ポジション、人の流れ、声の調子と勢いで判断する。
多分、いくら幾久でも声もなく突然ボールを投げつけられたらきっと反応できなかった。
おかげで反応もできて対処も出来て、当事者しかこの事に気づいていない。
久坂や高杉はそうじゃないかもしれないが。
「二人組の報国院生に、ボール取られたりとかだろ?」
幾久が尋ねると少年は頷き答えた。
「なんでわかったんすか」
「だってこんなに大事にしてるボール、あんな奴らに貸すわけないし」
新しいわけではないが、丁寧に大切に使っているのは見れば判る。
きっと愛用のボールなのだろう。
そうでなければ、こんな風に取りにきたりもしない。
少年はぼそり、と言った。
「……ボールで遊んでて、ちょっと舞台見てたんス。そしたら二人組の奴がぶつかってきたくせに、こっちに文句言ってきて」
「うわー、アイツラまだんなことやってんのか」
児玉は呆れた。
「でも、おれ、舞台見てたんで無視したら、足元のボール勝手にとって、気が付いたら投げてて」
「ごめんね」
幾久が謝ると少年が尋ねた。
「なんで謝るんスか?」
「だってキミ、報国院の被害者だろ?キミはなにも悪くないのに」
少年は驚いていた。
「でも、投げた奴、アンタの敵ですよね?アンタだって被害者なのに」
どうして謝るのか。
少年はそう尋ねた。
「だって、報国院生だから。確かにアイツラは嫌な奴だけど、報国院生なんだよ。報国院生がキミに迷惑かけたんなら、同じ報国院の、オレが謝らないと」
幾久が言うと、御堀も児玉も顔を見合わせた。
「確かにそうだね」
「確かにそうだ」
そういって三人が頭を下げると、少年は首を横に振った。
「いいっす。アンタ等が悪いわけじゃないし」
「ありがとう」
幾久がほっとして続けた。
「投げた奴は判るし。キミが声出してくれたからオレもすぐ反応できて助かった。ありがとう」
「イエ……」
少年はやや戸惑いつつも幾久に言った。
「あの、サッカー、うまいんすね」
「そう?ありがとう」
「そりゃ、ルセロのユース出身だからね」
自慢げに御堀が幾久を差しながら言うと、少年は顔を上げた。
「え?うそ、マジで?すげえ」
幾久は慌てて首を横に振った。
「いや、元!元!オレプライマリまでだから!その後落ちてっからね?」
「でも、ルセロなんすよね?」
はあーっと少年は感心して幾久を見つめ、言った。
「だからあんなにうめーんすね。ボールの勢い殺したとき、マルセロかと思った」
マルセロは世界でもトップクラスのプレーヤーだ。
ボールコントロールに長けていて、まるで魔法のようにボールを扱う。最高のほめ言葉だ。
「あはは、上手だね」
「本気ッス」
感心した少年に幾久は照れてしまう。
「嫌な目にあったかもしれないけどさ、報国院、悪いヤツばっかじゃないんだ」
「―――――ウン。わかった」
少年は素直に頷く。
サングラスで表情は判りにくかったが、笑顔なのは判る。
「ボール、あざっした」
「こっちこそ。声かけてくれてありがとう」
幾久がにこにこと笑っていると、少年はなにか言いたげだった。
「あ、花火始まった」
児玉が声を上げる。
桜柳祭の終わりには、花火が上がる。
冬の夜空に綺麗な花が咲く。
少年はパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。
くるりと背を向けた少年に、幾久はもう一度お礼を言った。
「キミ、本当にどうもありがとう」
すると少年は立ち止まり、笑って振り返る。
「オレ、キミって名前じゃないッス」
「じゃあ、名前は?」
幾久が尋ねると少年は、サングラスを外し、パーカーのフードを落とした。
幾久はびっくりして暫く口がきけなかった。
少年がパーカーのフードを外すと、柔らかく長い髪がふわりと落ちた。
流暢に日本語を喋っているのがおかしく思えるほど、煌めく栗色の、軽くうねる、つややかな髪。
瞳は美しいラベンダー色。
陶器のようにすべらかな白い肌。
良く見ると彫が深く、そしてただひたすらに美しい。
(て、天使?!)
一瞬、本気でそんなバカなことを考えたくらい、整った外見の少年だった。
花火の輝きを背に、まるで一枚の絵に見えるほど。
「ハナノスケ」
驚く幾久を見て、いたずらっぽく、にっと笑って、少年は言った。
「オレの事、覚えてといて。じゃあね先輩達」
そう言ってボールを上手に足で跳ね上げると、少年は軽く手を挙げ、去って行った。
境内を歩いていると、背後から声をかけられた。
「華(ハナ)!」
「なんだ、とーさんか」
振り返ってため息をつく。
そこに立っていたのは華之丞(ハナノスケ)の父親の律だった。
「まだ帰ってなかったのか」
「……花火みよっかなと思って」
「じゃあどこかに座ってみるか?」
「いい。見たからもう帰る」
夜空には立て続けに、花火が上がり続けている。
この距離なら、振り返りながら家に帰りつつ花火を見ることができるだろう。
「そんなんよりおじさんたち張り切りすぎ」
「ハハハ、まあ楽しかったからな」
後輩たちの舞台が終わった後、サイン責めや写真責めにあって、懐かしい友人とも再開したりして、けっこう時間が過ぎてしまっていた。
車を戻すからと花緒は楽器を積んで戻り、論や経は軽音部の後輩とまだ喋っているらしかった。
「そういえば、舞台?見たんだけどさ」
華之丞はニヤッと笑って父親に言った。
「ジュリエットの人、すげーイカしてた」
律は笑う。
「お前、あれが古雪の息子さんだぞ。幾久君」
「古雪おじさんの?」
古雪は華之丞の父、律とずっと昔から仲のいい友人だ。
昨夜も家に泊まっていって、サッカーにも詳しく、華之丞ともよく話をしてくれるいいおじさんだったが、まさか息子とは。
「……ふーん。イクヒサ、かあ」
華之丞は言った。
「あの人、すげーロック」
そう言って笑う息子に、律はふふっと笑った。
息子が『ロック』という言葉を使う時は、感情が高ぶっている時だけだ。
(幾久君を気に入ったのか?ひょっとして)
なんだかこの先、楽しくなるような予感がする。
しかし単なる予感なので、気まぐれな息子がへそを曲げないよう、律は黙るのだった。
幾久は過ぎ去った少年の美しさに呆然としていた。
「いまの何だったんだろ。天使かな」
ふわあーと驚いている幾久だが、児玉は首を横に振った。
「いや、フツーに金髪やろーだろ。そんであれコンタクトだ」
御堀も言う。
「うーん、でもなんか彫が深かったし、髪も金髪っていうか栗色っぽいし、色も白かったよね。日本語ってことは、ハーフとかなのかなあ」
だとしたらあの外見は納得だが。
幾久はまだ驚きから抜け出せずにいた。
「いやーびっくりした、雪ちゃん先輩のお姉さんもスッゲ―びじんだったけど、あの子も次元違った。本当に天使みたい」
「けっこう生意気だったぞ」
児玉が言うも、幾久は返す。
「可愛いからいいじゃん」
「幾って、ひょっとして面食い?」
御堀が尋ねると幾久は答えた。
「なんかそれ、雪ちゃん先輩のお姉さんにも言われたけどさあ、誰だって綺麗な人とかは好きだろ?」
「そうかもだけど」
どうも幾久は、綺麗なものに甘くないだろうか。
御堀は自分もそこにふくまれるのかな、と思ってじっと幾久を見つめる。
「なに?誉」
「僕は?美人?」
「誉はイケメンだよ」
「だよね」
「おいそこ、自分で言うな」
ったく、と児玉が御堀に呆れるも、実際イケメンなのだから仕方がない。
花火が上がり続けるのを見上げていると、幾久が言った。
「たーまや」
「呼ばれてる気がする」
「たまやーって?」
幾久が笑うと、御堀が言った。
「来年は僕も協賛しようかな」
「誉会で?」
「そしたら寄付が集められる」
「もう来年の商売の話かよ」
児玉が呆れると御堀が言った。
「いや、今からの」
「もっと酷い」
「稼ぐチャンスは逃すわけにいかないんだ」
御堀が言うと幾久も言った。
「ほんっと、誉、栄人先輩みたいになってきた」
「光栄だな」
「やめてよ、栄人先輩悪食なんだから。誉は賞味期限切れたもの食べないでよ」
「食べないよ」
三人で喋りながら花火を見ていると、後ろから声をかけてくる人がいた。
「おーい、いっくん、御堀、タマ」
くるっと振り返ると、そこにいたのは雪充だった。
「雪ちゃん先輩!」
幾久が喜んで駆け寄る。
「やあ、お疲れ。三人とも」
「お疲れ様でした」
御堀が頭を下げると、雪充が笑った。
「御堀、嫌な顔しなくても仕事の話じゃないよ」
「そうですか。良かったです」
「御堀、お前なぁ……」
呆れる児玉だが、雪充は「まあまあ」と児玉を宥める。
「御堀はよくやってくれたよ。おかげで僕も随分楽が出来たから」
それと、と雪充は三人に言った。
「本当に三人とも、よく頑張ったね。いっくんと御堀のお陰で舞台は大成功だし、タマもさっき、頑張ってたな」
「う、うす!」
「ギター、ずいぶん上手くなってたんだな」
「……雪ちゃん先輩が、俺を御門に入れてくれたおかげです。ずっと御門では練習、できてたんで」
「そっか」
よかった、と幾久は笑って言った。
「これで僕も、正式な引退だ」
三人とも、言葉が詰まった。
幾久達にとっては初めての桜柳祭でも、雪充にとっては最後の桜柳祭だ。
そしてその後は、受験に入り、卒業が近づく。
「桜柳会は任せてください。ちゃんとできます」
御堀が言うと、雪充は少しびっくりして、苦笑しながら言った。
「そんなに嫌がってるのに?」
「感情とすべきことは別なので」
きっぱり答える御堀に雪充は笑う。
「やっぱり嫌は嫌なのか」
御堀は言った。
「ええ。でも、あなたみたいになりたいので」
まっすぐ雪充を見据えて言う御堀に、雪充はやや驚いて、それでも目を細めた。
「そっか」
幾久がばっと手を挙げて宣言した。
「はい!オレも雪ちゃん先輩みたいになる!」
「言ってたな」
児玉も挙手した。
「俺も」
「知ってるよ」
雪充は泣いてしまいたいくらい、笑いたくなった。
後輩が追いかけてくれるのが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。
「頑張っておいで。あと二年あるんだし」
「二年かー。うーん。じゃあ、三人で頑張ります」
そう言った幾久に雪充は笑う。
「三人で来るのか」
「はいっす。そしたらちょっと負担が減るし。勉強と桜柳会は誉の担当で」
「ちょっと、それ僕の負担が大きくない?」
不満げに言う御堀に幾久が言った。
「出来る奴は我慢だ、誉」
「幾もがんばれよ」
「タマが手伝ってくれたら」
「俺が手伝うのデフォルトなのかよ」
児玉が呆れるも、雪充は笑ってしまった。
「お前らそのへんで止めようか。あっちで打ち上げのバーベキューやるから行くぞ」
「行きます!」
「どこっすか!」
「肉!」
さっきまであんなに雪充がどうとか言っていたくせに、すぐこれだ、と雪充は苦笑する。
「みんな集まってるし、肉は際限なくあるって言うから気にしなくていいよ。好きなだけ食え」
「やったー!にくだー!」
「幾、魚の方がいいんじゃない?」
「疲れたからなんでもいい!肉!肉!あーでも魚あったらいいなあ!」
「誰かが持って来てるかもしれないな」
「まじっすか!やったー!」
そういって腹ペコの一年生たちが歩いてゆく。
雪充は花火の終わった空を見上げた。
これで桜柳祭も終わった。
受験の準備には遅いくらいだ。
だけど、そのことも踏まえて計画はしてある。
(絶対に、合格しなくちゃ)
自分だけの人生じゃない。
もし雪充が受験に失敗したら、後輩たちが自分を責めてしまうだろう。
そんなことはさせるものか。
(自慢の先輩にならなくちゃな)
涼しい顔をして全部こなして。
そして先輩みたいにやってみたら、大変過ぎてめまいがして、一体なにやってたんだあの先輩、と愚痴を言ったら、「けっこう大変だろ?後輩の前では弱音吐くなよ?」と自分が言われたみたいに言ってやりたい。
雪充が空を見上げていると、幾久も一緒に空を見上げた。
「星、すげーっすね」
「寒くなったからね。よく見える」
月が見えない夜には星がよく見えるように。
寒い季節になればこそ、見えるものもあるのだろう。
これまでと違うものも見えるようになるかもしれない。
おなかがすいたなー、なにがあるかなー、そう楽しそうに喋る一年生を見ていると、幾久が雪充の袖をひぱった。
「受験、頑張って下さい」
「―――――勿論」
卒業までに、なにを強請ろうか考えておこう。
我儘をなんでも聞いてくれると彼が言ったのだから。
流れる星に願うより、それはもっと確実だろう。
もうすぐ本格的な冬が来る。
寂しい季節になっても、この優しくて可愛い後輩の手をきっと忘れないように、と雪充は幾久の手を握りしめた。
相思相愛・終わり
「幾、なんでそこまで言い切れるの?」
御堀の質問に幾久は笑った。
「だってさ、ボールがオレに投げつけられた瞬間に、『ボール!』って叫んだの、キミだろ?」
はい、と幾久は少年にボールを渡す。
「……なんでわかったんすか」
少年の質問に幾久は笑って答えた。
「だってキミ、すげー通る綺麗な声してんじゃん」
幾久の言葉に、御堀も頷く。
「そういえば、確かに」
児玉も頷く。
「そういやそうだな」
「さっき話しかけて来たときすぐ判ったよ。あ、キミかって」
試合中、誰の声を聞いてボールの方向を判断するなんて、ずっとやっていたことだ。
ポジション、人の流れ、声の調子と勢いで判断する。
多分、いくら幾久でも声もなく突然ボールを投げつけられたらきっと反応できなかった。
おかげで反応もできて対処も出来て、当事者しかこの事に気づいていない。
久坂や高杉はそうじゃないかもしれないが。
「二人組の報国院生に、ボール取られたりとかだろ?」
幾久が尋ねると少年は頷き答えた。
「なんでわかったんすか」
「だってこんなに大事にしてるボール、あんな奴らに貸すわけないし」
新しいわけではないが、丁寧に大切に使っているのは見れば判る。
きっと愛用のボールなのだろう。
そうでなければ、こんな風に取りにきたりもしない。
少年はぼそり、と言った。
「……ボールで遊んでて、ちょっと舞台見てたんス。そしたら二人組の奴がぶつかってきたくせに、こっちに文句言ってきて」
「うわー、アイツラまだんなことやってんのか」
児玉は呆れた。
「でも、おれ、舞台見てたんで無視したら、足元のボール勝手にとって、気が付いたら投げてて」
「ごめんね」
幾久が謝ると少年が尋ねた。
「なんで謝るんスか?」
「だってキミ、報国院の被害者だろ?キミはなにも悪くないのに」
少年は驚いていた。
「でも、投げた奴、アンタの敵ですよね?アンタだって被害者なのに」
どうして謝るのか。
少年はそう尋ねた。
「だって、報国院生だから。確かにアイツラは嫌な奴だけど、報国院生なんだよ。報国院生がキミに迷惑かけたんなら、同じ報国院の、オレが謝らないと」
幾久が言うと、御堀も児玉も顔を見合わせた。
「確かにそうだね」
「確かにそうだ」
そういって三人が頭を下げると、少年は首を横に振った。
「いいっす。アンタ等が悪いわけじゃないし」
「ありがとう」
幾久がほっとして続けた。
「投げた奴は判るし。キミが声出してくれたからオレもすぐ反応できて助かった。ありがとう」
「イエ……」
少年はやや戸惑いつつも幾久に言った。
「あの、サッカー、うまいんすね」
「そう?ありがとう」
「そりゃ、ルセロのユース出身だからね」
自慢げに御堀が幾久を差しながら言うと、少年は顔を上げた。
「え?うそ、マジで?すげえ」
幾久は慌てて首を横に振った。
「いや、元!元!オレプライマリまでだから!その後落ちてっからね?」
「でも、ルセロなんすよね?」
はあーっと少年は感心して幾久を見つめ、言った。
「だからあんなにうめーんすね。ボールの勢い殺したとき、マルセロかと思った」
マルセロは世界でもトップクラスのプレーヤーだ。
ボールコントロールに長けていて、まるで魔法のようにボールを扱う。最高のほめ言葉だ。
「あはは、上手だね」
「本気ッス」
感心した少年に幾久は照れてしまう。
「嫌な目にあったかもしれないけどさ、報国院、悪いヤツばっかじゃないんだ」
「―――――ウン。わかった」
少年は素直に頷く。
サングラスで表情は判りにくかったが、笑顔なのは判る。
「ボール、あざっした」
「こっちこそ。声かけてくれてありがとう」
幾久がにこにこと笑っていると、少年はなにか言いたげだった。
「あ、花火始まった」
児玉が声を上げる。
桜柳祭の終わりには、花火が上がる。
冬の夜空に綺麗な花が咲く。
少年はパーカーのポケットに両手を突っ込んだ。
くるりと背を向けた少年に、幾久はもう一度お礼を言った。
「キミ、本当にどうもありがとう」
すると少年は立ち止まり、笑って振り返る。
「オレ、キミって名前じゃないッス」
「じゃあ、名前は?」
幾久が尋ねると少年は、サングラスを外し、パーカーのフードを落とした。
幾久はびっくりして暫く口がきけなかった。
少年がパーカーのフードを外すと、柔らかく長い髪がふわりと落ちた。
流暢に日本語を喋っているのがおかしく思えるほど、煌めく栗色の、軽くうねる、つややかな髪。
瞳は美しいラベンダー色。
陶器のようにすべらかな白い肌。
良く見ると彫が深く、そしてただひたすらに美しい。
(て、天使?!)
一瞬、本気でそんなバカなことを考えたくらい、整った外見の少年だった。
花火の輝きを背に、まるで一枚の絵に見えるほど。
「ハナノスケ」
驚く幾久を見て、いたずらっぽく、にっと笑って、少年は言った。
「オレの事、覚えてといて。じゃあね先輩達」
そう言ってボールを上手に足で跳ね上げると、少年は軽く手を挙げ、去って行った。
境内を歩いていると、背後から声をかけられた。
「華(ハナ)!」
「なんだ、とーさんか」
振り返ってため息をつく。
そこに立っていたのは華之丞(ハナノスケ)の父親の律だった。
「まだ帰ってなかったのか」
「……花火みよっかなと思って」
「じゃあどこかに座ってみるか?」
「いい。見たからもう帰る」
夜空には立て続けに、花火が上がり続けている。
この距離なら、振り返りながら家に帰りつつ花火を見ることができるだろう。
「そんなんよりおじさんたち張り切りすぎ」
「ハハハ、まあ楽しかったからな」
後輩たちの舞台が終わった後、サイン責めや写真責めにあって、懐かしい友人とも再開したりして、けっこう時間が過ぎてしまっていた。
車を戻すからと花緒は楽器を積んで戻り、論や経は軽音部の後輩とまだ喋っているらしかった。
「そういえば、舞台?見たんだけどさ」
華之丞はニヤッと笑って父親に言った。
「ジュリエットの人、すげーイカしてた」
律は笑う。
「お前、あれが古雪の息子さんだぞ。幾久君」
「古雪おじさんの?」
古雪は華之丞の父、律とずっと昔から仲のいい友人だ。
昨夜も家に泊まっていって、サッカーにも詳しく、華之丞ともよく話をしてくれるいいおじさんだったが、まさか息子とは。
「……ふーん。イクヒサ、かあ」
華之丞は言った。
「あの人、すげーロック」
そう言って笑う息子に、律はふふっと笑った。
息子が『ロック』という言葉を使う時は、感情が高ぶっている時だけだ。
(幾久君を気に入ったのか?ひょっとして)
なんだかこの先、楽しくなるような予感がする。
しかし単なる予感なので、気まぐれな息子がへそを曲げないよう、律は黙るのだった。
幾久は過ぎ去った少年の美しさに呆然としていた。
「いまの何だったんだろ。天使かな」
ふわあーと驚いている幾久だが、児玉は首を横に振った。
「いや、フツーに金髪やろーだろ。そんであれコンタクトだ」
御堀も言う。
「うーん、でもなんか彫が深かったし、髪も金髪っていうか栗色っぽいし、色も白かったよね。日本語ってことは、ハーフとかなのかなあ」
だとしたらあの外見は納得だが。
幾久はまだ驚きから抜け出せずにいた。
「いやーびっくりした、雪ちゃん先輩のお姉さんもスッゲ―びじんだったけど、あの子も次元違った。本当に天使みたい」
「けっこう生意気だったぞ」
児玉が言うも、幾久は返す。
「可愛いからいいじゃん」
「幾って、ひょっとして面食い?」
御堀が尋ねると幾久は答えた。
「なんかそれ、雪ちゃん先輩のお姉さんにも言われたけどさあ、誰だって綺麗な人とかは好きだろ?」
「そうかもだけど」
どうも幾久は、綺麗なものに甘くないだろうか。
御堀は自分もそこにふくまれるのかな、と思ってじっと幾久を見つめる。
「なに?誉」
「僕は?美人?」
「誉はイケメンだよ」
「だよね」
「おいそこ、自分で言うな」
ったく、と児玉が御堀に呆れるも、実際イケメンなのだから仕方がない。
花火が上がり続けるのを見上げていると、幾久が言った。
「たーまや」
「呼ばれてる気がする」
「たまやーって?」
幾久が笑うと、御堀が言った。
「来年は僕も協賛しようかな」
「誉会で?」
「そしたら寄付が集められる」
「もう来年の商売の話かよ」
児玉が呆れると御堀が言った。
「いや、今からの」
「もっと酷い」
「稼ぐチャンスは逃すわけにいかないんだ」
御堀が言うと幾久も言った。
「ほんっと、誉、栄人先輩みたいになってきた」
「光栄だな」
「やめてよ、栄人先輩悪食なんだから。誉は賞味期限切れたもの食べないでよ」
「食べないよ」
三人で喋りながら花火を見ていると、後ろから声をかけてくる人がいた。
「おーい、いっくん、御堀、タマ」
くるっと振り返ると、そこにいたのは雪充だった。
「雪ちゃん先輩!」
幾久が喜んで駆け寄る。
「やあ、お疲れ。三人とも」
「お疲れ様でした」
御堀が頭を下げると、雪充が笑った。
「御堀、嫌な顔しなくても仕事の話じゃないよ」
「そうですか。良かったです」
「御堀、お前なぁ……」
呆れる児玉だが、雪充は「まあまあ」と児玉を宥める。
「御堀はよくやってくれたよ。おかげで僕も随分楽が出来たから」
それと、と雪充は三人に言った。
「本当に三人とも、よく頑張ったね。いっくんと御堀のお陰で舞台は大成功だし、タマもさっき、頑張ってたな」
「う、うす!」
「ギター、ずいぶん上手くなってたんだな」
「……雪ちゃん先輩が、俺を御門に入れてくれたおかげです。ずっと御門では練習、できてたんで」
「そっか」
よかった、と幾久は笑って言った。
「これで僕も、正式な引退だ」
三人とも、言葉が詰まった。
幾久達にとっては初めての桜柳祭でも、雪充にとっては最後の桜柳祭だ。
そしてその後は、受験に入り、卒業が近づく。
「桜柳会は任せてください。ちゃんとできます」
御堀が言うと、雪充は少しびっくりして、苦笑しながら言った。
「そんなに嫌がってるのに?」
「感情とすべきことは別なので」
きっぱり答える御堀に雪充は笑う。
「やっぱり嫌は嫌なのか」
御堀は言った。
「ええ。でも、あなたみたいになりたいので」
まっすぐ雪充を見据えて言う御堀に、雪充はやや驚いて、それでも目を細めた。
「そっか」
幾久がばっと手を挙げて宣言した。
「はい!オレも雪ちゃん先輩みたいになる!」
「言ってたな」
児玉も挙手した。
「俺も」
「知ってるよ」
雪充は泣いてしまいたいくらい、笑いたくなった。
後輩が追いかけてくれるのが、こんなに嬉しいものだとは思わなかった。
「頑張っておいで。あと二年あるんだし」
「二年かー。うーん。じゃあ、三人で頑張ります」
そう言った幾久に雪充は笑う。
「三人で来るのか」
「はいっす。そしたらちょっと負担が減るし。勉強と桜柳会は誉の担当で」
「ちょっと、それ僕の負担が大きくない?」
不満げに言う御堀に幾久が言った。
「出来る奴は我慢だ、誉」
「幾もがんばれよ」
「タマが手伝ってくれたら」
「俺が手伝うのデフォルトなのかよ」
児玉が呆れるも、雪充は笑ってしまった。
「お前らそのへんで止めようか。あっちで打ち上げのバーベキューやるから行くぞ」
「行きます!」
「どこっすか!」
「肉!」
さっきまであんなに雪充がどうとか言っていたくせに、すぐこれだ、と雪充は苦笑する。
「みんな集まってるし、肉は際限なくあるって言うから気にしなくていいよ。好きなだけ食え」
「やったー!にくだー!」
「幾、魚の方がいいんじゃない?」
「疲れたからなんでもいい!肉!肉!あーでも魚あったらいいなあ!」
「誰かが持って来てるかもしれないな」
「まじっすか!やったー!」
そういって腹ペコの一年生たちが歩いてゆく。
雪充は花火の終わった空を見上げた。
これで桜柳祭も終わった。
受験の準備には遅いくらいだ。
だけど、そのことも踏まえて計画はしてある。
(絶対に、合格しなくちゃ)
自分だけの人生じゃない。
もし雪充が受験に失敗したら、後輩たちが自分を責めてしまうだろう。
そんなことはさせるものか。
(自慢の先輩にならなくちゃな)
涼しい顔をして全部こなして。
そして先輩みたいにやってみたら、大変過ぎてめまいがして、一体なにやってたんだあの先輩、と愚痴を言ったら、「けっこう大変だろ?後輩の前では弱音吐くなよ?」と自分が言われたみたいに言ってやりたい。
雪充が空を見上げていると、幾久も一緒に空を見上げた。
「星、すげーっすね」
「寒くなったからね。よく見える」
月が見えない夜には星がよく見えるように。
寒い季節になればこそ、見えるものもあるのだろう。
これまでと違うものも見えるようになるかもしれない。
おなかがすいたなー、なにがあるかなー、そう楽しそうに喋る一年生を見ていると、幾久が雪充の袖をひぱった。
「受験、頑張って下さい」
「―――――勿論」
卒業までに、なにを強請ろうか考えておこう。
我儘をなんでも聞いてくれると彼が言ったのだから。
流れる星に願うより、それはもっと確実だろう。
もうすぐ本格的な冬が来る。
寂しい季節になっても、この優しくて可愛い後輩の手をきっと忘れないように、と雪充は幾久の手を握りしめた。
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